30.爆発する大鍋、王都への旅路
「随分と採取してきましたね……」
「効率のいい移動方法があったのでつい」
「………………では、八九一個の納品と言うことで代金はこちらになります」
クエスト報酬とは別に代金をいただきました。
これであとは腕鎧を受け取れば王都に出発できます。
それと、暗殺桃を採取していたおかげで【採取】が【採取術】に進化しました。レベル消費は1だけだったのでコモンスキルですね。
……ソロ路線で極めるなら一つぐらい生産系のスキルも所得するべきですかね? リソース割り振り型じゃないので時間さえ掛ければ無駄になりませんが……保留にしておきましょう。
それからベレスと一緒に暇を潰して、昼になったらガンツさんの店に向かいます。
料理系の生産職が増えてきた影響で露天に並ぶ携帯食料もバリエーションが豊かになっていますね。簡単に作れる串焼きからハンバーガーもどきまで、人によって見た目も味付けも異なります。
中には大鍋で煮込み料理を作っている人も……おや?
「だあああああ! また失敗だよちくしょう!」
「ハーブ類を入れた途端に濁るな……レベルが足りないのか?」
「【調理】はマックスまで上げてるんだけどなぁ」
「進化で上位スキルにするか、もしくは別のスキルが必要かもしれないな」
「人柱……やるかぁ」
どうやら料理系の人も試行錯誤しているようですね。
何やらUIを操作して今度は別の大鍋を……あ、爆発した。【調理】系の生産って致命的な失敗すると爆発するんですね。
♢
「鞣したロックリザードの革に軽鋼と重鋼を二重構造で貼り付けてある。どこか調整して欲しい部分はあるか?」
「いえ、問題ありません。ありがとうございます」
受け取った腕鎧は私の腕にぴったりと馴染んでいます。
「それにしても、あの採寸だけでよくこれだけ精密に作れますね」
「俺は何十年も鍛冶一本で食ってるからな。職人技ってやつだ。それに装備……特に防具は命を守るものだからな。半端な仕事はしねぇさ」
リアルで作るなら腕の型を取るところから始めるのを、採寸だけでここまで仕上げられるのはさすが職人と言わざるを得ません。
「で、胸当てはどうするんだ? それもだいぶボロだろ?」
「耐久値はまだあるので使うつもりですが……予備も買うべきでしょうか?」
「ばっかお前! 耐久値があろうが予備ぐらい持っとけ! 生命線だぞ――って、そうか異人は加護のおかげで蘇るんだったか」
加護――神から授けられたこの力は異人を異人たらしめる重要なもので、死の瞬間にポータルを経由することで肉体が元通りに再生します。ただし、代償として培ってきた経験を失い、死から蘇る対価として冥府に金銭が支払われる――とされています。
そして、異人の中には神にその才能を見込まれ天使となった者――GMのことでしょう――がおり、その者が異人同士の諍いを調停し、時には導くとされています。
「いや、だとしても予備は必要だ。体は無事でも装備が壊れる状況はあるからな。ミラ!」
「はいはい」
「胸当ての在庫があったはずだ。コイツ用に調整してやってくれ」
「あの、いいんですか?」
「金はちゃんと払って貰うぞ」
奥から現れたミラさん――ガンツさんの奥さんです――に連れられて、在庫らしい胸当ての調整を受けました。
私が装備しているインパクトボアの胸当てと同じものらしいので調整はすぐに終わり、代金として一万SGを渡しました。
「異人とはいえ、うちの店の常連が防具買わずにくたばったなんていわれちゃ寝覚めが悪いからな」
照れ隠しでしょうか。
後から聞いた話ですが、ガンツさんが鍛冶師になったばかりのころ、彼の友人が旅の途中で死んでしまったそうです。冒険者だったそうですが、防具が壊れても買い換えるお金が無く、そのまま野盗に襲われたそうです。
この世界の常識というか、発展しきっていない文明の常というか、人の命はとても軽いものです。魔物が跋扈しているのもあり、街の外に出て死ぬ人は多いんだそう。
それでも防具されあれば……みたいな状況は多々あり、鍛冶師として思うところがあるらしいです。
「……装備よし、アイテムよし、お金よし」
準備は万全になったので、レベリングがてら王都に向かいましょうか。
ポータルでミストレイルに飛び、そこからは徒歩で移動します。
昨日も確認しましたが、王都にはミストレイルの東門から出て道沿いを往き、分かれ道を北東に進んで宿場町を経由すれば着くそうです。
ミストレイル付近は鉱山が近いのもあって地面が石ばかりです。不整地なので即席の飛び道具には困らないのですが、それが効くような魔物はこの辺りには生息していません。
ロックリザードは皮が石のように硬いですし、ゴーレムはそもそも石や岩で体が出来ています。ロックタートルは甲羅の上に岩を纏っていますし、やはり石を投げても効きません。
街道は整備されているので歩きにくいわけではありません。ですが、時折すれ違う馬車に轢かれないよう端に避ける必要があります。
そうそう馬車といえば、この世界では馬車を牽く動物によって呼び方が変わるそうです。有名なのは亜竜や下位の地竜が牽く竜車で、竜車自体も頑丈に作られているのだそう。
貴族や王族は上位の地竜やスレイプニルという魔物を調教し牽かせているそうです。
地竜はドラゴンの中でも飛行能力を持たない種族で、スタミナが優れていると聞きます。なので長距離を移動する行商人は下位の地竜や亜竜を従えていることが多いらしいです。
盗賊や魔物に襲われた際の戦力にもなりますし、むしろ普通の馬に牽かせる方が少ないそう。
閑話休題。
「分かれ道だね」
日が落ち地平線が橙色に染まり始めた頃、私はようやく分かれ道に辿り着きました。
看板にそれぞれの行き先が書かれているので迷うようはありませんね。このまま北東に進みましょう。
「部屋は空いていますか?」
そして日が完全に落ち辺りが暗闇に包まれて、私はようやく宿場町に辿り着きました。
宿屋の看板を出している二階建ての建物が幾つも並んでいますが、その中でもまだ灯りが付いているのは一軒だけでした。
この世界の住人は日が完全に落ちたら店を閉めて寝る人が多いので、この時間帯でもやっている宿は貴重です。ログアウトすれば関係ないんですけどね。
でもせっかくなので宿に泊まってみたいんですよ。
「空いてるよ。二階に上がって一番奥の角部屋、料金は一泊500SG、食事は追加で300SGだ。体を洗う水と布は100SGで貸し出している」
「では一泊と食事を。明日の朝食も別料金ですか?」
「……いいや、一日分だからこれで足りる。今食うか?」
「お願いします」
宿の主人に800SGを渡し、部屋の鍵と食事を受け取って近くのテーブルに座ります。
食事はトレーに載っていて、肉と野菜の炒め物とスープ、そしてパンです。パンはいわゆる黒パンというやつですね。
ではいただきましょう。
……炒め物は塩と少々の香辛料だけで味付けされており、スープは若干鶏ガラのような風味があります。薄味ですが不味くはなく、むしろ素材の旨みを感じられますね。
黒パンはちぎってスープに浸し、柔らかくしてから口に運びます。
「ご馳走様でした」
トレーと食器を返却して部屋に行きましょう。
「……まあ、予想通りか」
部屋は狭く、ベッドと衣装棚以外、そして小さな机以外には何もありません。
さすがに文明レベルが違うのでリアルと比べるわけにはいきませんが、ビジネスホテルでももう少しまともですよ。
ベレスは影から出てベットに転がりました。
「おやすみ、ベレス」
そしてそのまま寝たので、私もログアウトしましょう。
ログアウトして晩ご飯を食べ、いつもより少し早い時間ですが就寝します。
今日はレベルが上がらなかったので、明日王都に着いたらクエストを受けてレベリングに集中しますか。
【調理】失敗時の演出:
・濁る、焦げる、変色する→技量はあるけどスキルが足りないね
・爆発する→技量もスキルも足りてねぇよ




