25.管理者の一幕 その一
□地球・セカンドワールド運営会社
彼女自身の記憶と照らし合わせるとレトロな……そして現代における最先端の技術が組み込まれた巨大な量子コンピュータの前で、安堂瑞希は背もたれに身体を預けながら緊張を解いた。
「第一段階クリア……だけど、全体のレベルはまだまだ低いか」
その量子コンピュータと接続しているモニターには、セカンドワールドの第一回イベントの結果が表示されてる。
掲示板で散々扱き下ろされているにも関わらず、彼女はその結果を上々だと捉えていた。
「安堂、なぜ勝手にイベントを起こした」
すると、彼女の背後から声が掛けられる。
この部屋に繋がる扉はただ一つだけであり、その扉のセキュリティが地球で最も優れていると分かっている彼女は、振り返らずとも声の主の表情が見えている。
「理由くらい分かっているだろう。少しでも戦力を増強するためさ」
「だからといって勝手な行動は慎んでくれ。仮想誘因計画のためだとはいえ今はその前段階の状況――セカンドワールドをゲームとして成り立たせなければならないんだから」
つかつかと近寄りもう一つの椅子に腰を下ろした彼は、怒りを覚えながらも冷静にモニターを見ていた。
彼の名は新堂浩介。表向きはセカンドワールドの運営責任者として会社を経営しつつ、裏では仮想誘因計画を進めている。
「まずはゲームとして人を集めなければ話にならない。その点では君も同意してくれたはずだ」
「確かに同意したとも。だが、集まったのが烏合の衆では意味が無い。我々の目的はあくまでも【邪神】討伐だからだ」
「分かっている。だが、分体である私達に任されているのはサブプランであり、長期間を掛けることが前提のはずだ」
新堂はそう言ってモニターの表示を切り替える。
それは【渇望遺骸のヴルヘイム゠ネオジェネシス】の討伐に貢献したプレイヤーのランキングだ。一位にはロザリーの名前とプレイヤーデータが表示されている。
「……突出した才能の持ち主を見つけたことは評価する。だがやはり性急だ」
そして、この戦闘でのログも同時に呼び出し、データ化された彼女の才能を確認する。
平和な世界では珍しい、戦うための才能を持った人類。
「急激なレベルアップには負荷が掛かる。人工知能での実験でそれは確認していたはずだ」
「負荷軽減のシステムをアバターに組み込んだだろう?」
「それはあくまで人工知能を基準とするシステムだ。本物の魂を持つプレイヤー相手に正常に動作するかどうかを含めて、最低一ヶ月は様子を見ると伝えたはずだ」
「……内部世界で【ヴルヘイム】の復活は確定していた。予期せぬ事態のまま対処させるより、予めイベントとして発生させることで違和感なく対応に当たらせた方がいいだろう?」
「ならGM権限で削除すれば良かっただろうに……。ネームド一体分の齟齬は」
「――埋められる。けれど、それは内部世界そのものに負荷が掛かる。やはり私の行動が最善というわけだ」
その反論を聞いて新堂は溜息をついた。
(この女の性格は本体と変わらないな。享楽主義というか刹那主義というか、我慢できない性格には本当に振り回される。【調律者】の二の舞にはならないだろうが、計画そのものを破綻させないよう私が手綱を握っておかなければ)
「……次からはやることなすこと全て報告するように。事後承諾は以ての外だ」
「理解していただけたようで何より……私はまだ後始末が残っているから、もう一度潜るよ」
「そうか……くれぐれも計画は破綻させるなよ」
「分かっているさ」
♢
専用の機械を用いてセカンドワールドにアクセスした安堂は、今回のイベントの舞台となった無人島――人為的に浮上させた下手人をGM権限で一箇所に集めた。
そこは冒険者組合の本部にある会議室の一つ。GM権限を持つ人物しか入室できない部屋だ。
「さて、お集まりいただいた諸君。なぜこの場にいるのか理解に苦しむようだが、君達の事情は関係ない」
集められた者達はみな一様に口を封じられ、身動きも取れないよう身体が縛られている。
会議室の椅子に順番に並べられた彼らは、自分がどのような手段で拉致されたのか困惑し、そしてその下手人であろう人物に鋭い視線を向けるばかり。
それに対し安堂は、飄々とした姿勢を崩そうとしない。自分のペースで話している。
「シュアデルセ近海に浮上したあの島は、本来なら永久的に封印しておくはずだった。だが、なぜか封印が解け、あの地下に封じられた存在ごと発見されてしまった」
そもそも、あの島はGM権限で海底に沈められたものだ。
ロザリー達が倒したあのネームドを含め、今の世には不必要だと判断されたために封印されたのだ。
「古代遺跡……その中でも死霊術系の実験施設があの島にあった。それを知るのは我々と、残しておいた文献を読んだ者だけだ。なぜ文献を残していたと思う? それはね、君達のような人物を排除するためだよ」
古代遺跡と呼ばれる場所には、ときおり文献が残されている。
それは基本的に失われた技術について記されているのだが、ごく稀に他の施設の座標を記しているものもある。
安堂を始め、GMの役割を担う者はその文献に細工をしている。
「読んだ者に位置座標を発信するマーカーを付けるから、どこに逃げても私が転移させる。そして始末する。これはシミュレーションの中で不要な技術を作ってしまった君達が、間違った方法で強さを得てしまわないようにする措置だ」
本来、ただのゲームとするならそれはフレーバーと呼ばれる設定。だが、最初の段階からシミュレートし発展したこのセカンドワールドにフレーバーは存在しない。
「まあ、大体のものは浮上した際の衝撃で壊れているし、回収されてしまったものまで消すわけにはいかないからね。あとは君達を始末すれば全て終わりだ」
回収されたキメラや武器も、使う者がプレイヤーなら問題にならない。最悪BANすればいいだけだからだ。
だから、下手人さえ始末すれば後始末は完了する。
あの無人島にはもう、分解して得られる技術など無いのだから。
「――――削除っと。これでこいつらのデータは完全にロストしたから、私の仕事は完了だ」
GM用のUIを操作してセカンドワールドからその存在を削除した安堂は、誰にも知られないまま会議室を後にする。
この場所で起こった出来事はログすら残らない。ログを含め完全に削除したからだ。
こうして、第一回イベントは表も裏も完全に終了した。
第一章はこれで終了です。
前々からずっと登場させたかったのに見積もりが甘いせいで登場しなかった設定をここぞとばかりに使ったので、ちょっと――いやかなり説明不足だと思いますが、説明=ネタバレなので口を噤みます。
これでも出し過ぎにならないよう色々と削りました。




