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セカンドワールド!  作者: こ~りん
一章:憎念に抗え
23/115

23.【ヴルヘイム】 その七

『ォォォオオオオオッ!!!』

「ぐぅぅ…………!」


 鞭から片手斧に変形した【ヴルヘイム】の武器は、鋼鉄とは比べものにならないほど頑丈な呪いの武器(ハルバード)でも、簡単には受け止められないぐらい強烈な重みがある。

 ミシミシと金属がしなる音を聞きながら、ロザリーは全身を使ってなんとかそれに抗った。


 一対一の戦闘になって五分。ロザリーを明確な敵と判断した【ヴルヘイム】は、その攻撃に殺意と使命感を乗せて殺しに掛かって来ている。なぜ彼女を敵と判断したのかは【ヴルヘイム】以外には分からないが、向けられる殺意と敵意にロザリーは少し昂ぶっていた。

 しかし、ネームドのような強大な存在に敵と認定されることに嬉しさを覚えながらも、兎にも角にもまず勝たなければ意味が無いと彼女は考える。


 勝利……言葉にするのは簡単だが、ネームドを相手にそれを実行するのは並大抵の努力では為し得ない。

 レベルにして一〇〇オーバー……その中でも才ある者しか会得出来ない必殺技を持つ住人(NPC)が数に任せなければ勝てない存在。種族ではなく個体としての最強種であるネームドは、それほどまでに隔絶した強さを有しているのだ。


 では、なぜレベル三〇にすら満たないロザリーが【ヴルヘイム】相手にソロで戦えているのかというと、それは【ヴルヘイム】が弱体化しているからだ。

 数百年ではなく数千年――途方もない年月で劣化した【ヴルヘイム】の性能は、元々の性能を大きく下回り四割を切っていた。

 たとえ、どれだけ無尽蔵にMPを作り出す炉心があろうと、どれだけの不可能を可能にする機能が備えられていようと、それらを使用する肉体が致命的に弱い状態では活用など出来ない。負荷による自滅すら有り得るのだから。


「威力もある、速度もある。……だけど、弱い!」

『ゥゥゥ……ゥオオオオオッ!』


 ただがむしゃらに振り回される片手斧を防ぎ、躱し、ロザリーは重量武器とは思えない速度でハルバードを振るう。

 蓄積されたかつての記憶――ロスト・ヘブン時代の経験が彼女の武器だ。


 近接武器オンリー(なお、弓やクロスボウなどの原始的な遠距離武器は使える)の戦場で、ハルバードを片手に数多のプレイヤーを屠ってきた経験が、ただの一回の戦闘経験すら持ち合わせていない【ヴルヘイム】とロザリーの差だ。


 ロザリーはあらゆる武器を相手に戦ったことがあり、とうぜん片手斧と正面から斬り合った経験も二桁では足りない。加えて、【仮想空間適応障害】という病気――或いは才能――は、彼女が理想とする動きを誤差無くアバターへ伝える。

 力の込め方、柄を掴む位置、視線を向ける方向、身体の操作。理論上は可能な動きを最大限活用する彼女の身体は、ともすれば世界大会のチャンピオンと比肩出来てしまうほど完璧に動作する。


 明晰夢のように思ったこと、考えたことを不足無く実行出来てしまう才能に、積み重ねられた戦闘経験。

 レベルやステータスに現れることのない強さで言えば、彼女はこの場において間違いなく最強だった。


『オオオオオッ! ナゼダァ! ナゼダァァァ!』

「ネームド……地力は確かにある。私一人じゃ適わないぐらいに」


 短い時間で言語を発することを覚えた【ヴルヘイム】に、ロザリーは攻撃を与えながら話す。


「力も速度も私以上で、体力も多い。万全であれば為す術なんて無かったけれど……お前は万全には程遠い」


 ステータスの上では隔絶した強さがあるネームドだが、その攻撃はだんだんといなされ反撃のチャンスを与えるだけとなっていく。

 地面すら容易く砕く一撃を添えるように受け流し、そのまま流れるように反撃する。


「技量も技巧も無い力任せの攻撃が私に通用すると思っているのなら大間違いだ。そんな攻撃、私より弱い奴らでも容易く防げるぞ」


 ロスト・ヘブン時代のランカーを脳裏に浮かべ、嘲るように言葉のナイフを突き刺した。

 言語を発し理解し始めた【ヴルヘイム】にとってその言葉は、存在そのものを否定されているような錯覚に陥らせた。ステータスの上では何もかも勝っているはずのネームドが、遥か格下であるはずのハーフエルフに否定される。


 それは許しがたい事実だった。許してはならない事実だった。真なる竜を倒すための【ヴルヘイム】が人間以下であってはならないからだ。

 だが、そうではないと言い返すことが出来ない。

 言い返そうと思考するほど、自分が劣っている事実を肯定してしまうから。


『――嗚呼アアアアアアッッッ!!!』


 【ヴルヘイム】に出来たことは叫び、武器を振るうことだけ。

 子どもの癇癪のような有様だが、ここにはそれを正す人も指摘する人もいない。

 いるのは彼を滅ぼそうとするロザリーだけだ。


「――《スラッシュ》」


 戦闘の中で高められた集中力によって手首ごと断ち切り、【ヴルヘイム】は誇りに続いて武器すらも失った。


「消えろ、出来損ないのアンデッドよ!」

『アアアアアァァァァ――――』


 そして、間髪入れずに差し込まれた刺突は、攻撃を防ごうと藻掻いて伸ばされた掌を貫通し、胸の中央にあるコアを真っ二つに割る。

 亀裂から莫大な瘴気が溢れだし辺りを黒紫色に染めるが、【呪詛支配】によって回復し続けるロザリーのHPを削り切るほどではなく、時間が経つにつれ霧散していった。


 瘴気の殆どは【ヴルヘイム】が炉心を全力で稼働させた結果として発生したものであり、MPから変換されたものであるため、【ヴルヘイム】が倒されたことで元の魔力へ戻っているのだ。


 【ヴルヘイム】の死体はポリゴンとなって消える。

 万が一を考えて戦闘の姿勢を崩していなかったロザリーだが、それも続くアナウンスによってすぐに解かれた。

 最後に大きく息を吐いたロザリーは疲労で倒れ、報酬を確認しないままログアウトするのだった。




《――【渇望遺骸のヴルヘイム゠ネオジェネシス】が討伐されました》

《――MVPを選出します》

《――プレイヤー【ロザリー】がMVPに選出されました》

《――MVP報酬として称号“憎念を討つ者”と特典装備【呪骸纏帯 ヴルヘイム】が与えられます》

《――貢献度一〇〇位以内のプレイヤーにネームド素材【ヴルヘイムの瘴気細胞片】が与えられます》

《――レイド参加者に称号“ヴルヘイムと対峙した者”が与えられます》


 戦闘に参加した異人にのみ聞こえるアナウンスによって大規模レイドは幕を閉じた。

 プレイヤーにとっては初めてのレイド戦であり、そしてNPCの話でしか登場しなかった特典装備が一人の手に渡った瞬間でもある。


 譲渡不可、破壊不可、売却不可の三拍子が揃った、正真正銘の専用装備。ただ一人しか装備できず、ただ一人にのみ合わせて自動作成されるもののため、その価値は金銭に換えようがない。

 そんな装備を手に入れたロザリーへの注目は、否応なく集まることになるだろう。

 その結果何が起こるのかは……今はまだ誰も知らない。

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