21.【ヴルヘイム】 その五
倒れる。【ヴルヘイム】のHPが三割を下回り、エネルギーが足りなくなったのか両腕が自壊して倒れ始める。
「好機! ガンガン行くぞ!」
異人が吼える。武器を片手にコアへと殺到する。
【ヴルヘイム】はその細く伸びた異形の首の先でそれを視認しつつ、黒布を動かして阻止せんと試みた。
しかし、異人の数があまりにも多く、周囲の呪詛や瘴気がある人物と個体によって大量に消費されたせいで、巨体を維持するためのエネルギーが足りていない。結果、動かせたのは五〇にも満たない本数であり、それらの殆どは魔法を使う者や盾を持つ者によって阻まれる。
呪われた大剣を両腕で握り、コアを叩き割らんとする者がいる。
大剣が脅威だ。それが呪いを帯びているのなら猶更。
【ヴルヘイム】は巨体を維持することを止め、膨張してきた肉体を放棄し元の姿へ回帰する。それは、アンデッドには無いはずの生存本能。消えたくないという思いが生み出した、完成形。
『――ゥガアアアアアッ!』
「ぐぅっ……! 直前で阻まれたか……っ!」
直径一〇メートルはあるコアに大剣が触れようとする寸前、巨体の内部から突き出した無数の骨がコアを覆い、大剣をすんでの所で防いだ。
大剣は鋼鉄並の強度を誇る骨に弾かれた。
――ずるり、と胸腔からナニカが這い出る。
それはアンデッドにしては瑞々しく、凝縮された肉体を持っていた。グールのような細い肉体には不釣り合いな、アスリート並の筋肉。
そして、胸の中央には赤く輝くコアが在る。付けられた傷を修復するため、限界まで圧縮されたコアだ。
【憎念のマレグナント゠ヴルヘイム】はこの瞬間、ネームドとして一段階成長したのだ。
《――憎念を呑み込み、新たな自己が確立される》
《――WARNING!》
《――【渇望遺骸のヴルヘイム゠ネオジェネシス】が誕生しました》
《――残骸に呼応し、呪層が新たに形成されました》
《――フィールドの瘴気汚染が更に進行します》
「――何ですか……これ」
リスポーンしてすぐさま戦場に駆け戻ると、そこでは新たな【ヴルヘイム】が蹂躙を繰り返していました。
二メートルほどにまで小さくなった【ヴルヘイム】は黒布を手足に纏い、肉塊で出来た刃を鞭のように振り回しています。
その姿形は人間とほぼ同じで、胸にあるコアを除けば何ら変わりありません。
しかし、やはり異形なのは変わらず、本来目がある場所の上と下にも目があり、それはギョロギョロと忙しなく辺りを見渡している。口は無く、鼻も無い、三対の目が激しく主張している顔です。
異人達は【ヴルヘイム】と必死に戦っていますが、鎧をバターのように斬り裂く刃の前には無力で、装備を失う者が続出していますね。
「とにかく躱せ! 躱して攻撃しろ!」
そう声を飛ばすディルックさんも、躱すので精一杯で攻撃が出来ていません。そして【ヴルヘイム】の攻撃は一撃で地面を砕き、瓦礫を斬り裂く威力があります。
少し……いえ、かなり本気で行く必要がありますね。
ですが、私実はテンションファイターでもあるので、調子が乗らないと上手く実力を発揮出来ないんですよね……。できる限り頑張りますけど。
「――ロザリー! 鞭をどうにか出来るか!?」
「分かりませんが、やってみますとも!」
縦横無尽にビュンビュン振り回される鞭は、軌道が読みにくいので苦手な武器なんですが、苦手なだけで対処出来ない訳ではありません。ちょっと疲れますが、どこから攻撃されるか予想することは可能です。
今の状況だと……ディルックさんが大剣で防いだので…………左下からですね。
『……ッ!?』
掬い上げるように受け流し、姿勢を低くして【ヴルヘイム】へ接近戦を仕掛けます。
次は右から攻撃が飛んできました。地面に叩き落とします。
私が攻撃を防ぎながら接近しているのを見て、ディルックさんもじりじりと距離を詰め始めました。
「――炎よ燃えよ、破裂せよ……〈ファイアーボール〉!」
そして、【ヴルヘイム】の頭上に人の頭ほどの大きさがある炎が出現し、そのまま落下して爆発しました。
リンゴさんの【遠隔起動】による攻撃ですね。ヘイトが向かないよう隠れていたのでしょう。
爆発の衝撃で硬直した隙を突くように、私とディルックさんが一気に駆け寄ります。後ろから足音が聞こえますが、敵ではないので無視します。
「「はああっ!」」
「……〈ファイアーボール〉熱拳!」
ハルバードと大剣がすれ違うように【ヴルヘイム】の胴を薙ぎ、私のすぐ後ろを走っていた殴り魔の人がコアへ拳を叩き込みました。
そして、少しでもダメージを与えるために、私達は即興で連携を取り攻撃を続けます。
ディルックさんが地面すれすれに大剣を振るい、同時に私は跳躍して斧頭で首をへし折り、殴り魔の人が跳び蹴りで脇腹を抉りました。
即興にしては中々いい連携が取れたと思います。
【ヴルヘイム】が反撃しようと鞭を振るいました。しかし、その予備動作が見えた時には私達は距離を取っており、予め詠唱をして待機していた魔法職の人達が無数の魔法を浴びせます。
これでもまだHPは残っていますが、攻略組の人が続々と復活してきたので、一旦回復のために下がります。
瘴気汚染の影響も酷くなっていますし、DOTダメージが最初の倍以上に増えているのもあって、攻撃に参加する時間がだんだんと減り始めています。
HP管理を怠るわけにはいかないので、【呪詛支配】でのリジェネを増やしてはいるのですが、私以外の人はポーションが枯渇してもおかしくありません。
「……拙いな」
【ヴルヘイム】が再び瘴気を集め始めました。あれはブレスの予備動作だったはずですが……
「ロザリー、キャンセルできるか?」
「難しいですね。生きているなら方法はあるのですが」
アンデッドは既に死んでいる魔物です。聖水などがあれば話は別ですが、普通は怯むことも怯えることもありません。
火属性の魔法はダメージになりますが、忌避するほどのものかどうかは疑問の余地があります。有名なホラゲでも炎に巻かれても無事なゾンビとかいますし。
私達はとにかく、物理で殴るか魔法で殴るかしか取れる手段がありませんから、行動キャンセルは難しいでしょう。
「……タンクはアタッカーの壁になれ! 一秒でも後ろの奴らを守るんだ! 自力で生き残れる奴は好きにしろ!」
「焼け石に水だけど、バフ掛けとくよ!」
ブレスからアタッカーを守るよう並んだタンク達にバフが掛かったエフェクトが纏わります。
【ヴルヘイム】が瘴気を集めている間はDOTダメージが消えるので、回復を挟まず動けるのはありがたいです。私を含め瘴気への対抗手段を持っている人や、ダメージを稼ぐのを狙っている人はタンクから離れ、なるべくヘイトを分散させるよう動きます。
しかし、周囲の瘴気が殆ど消えても【ヴルヘイム】はブレスを使わず、地面から発生している僅かな瘴気を吸収し続けています。
【ヴルヘイム】の肉体が膨張し始め、ギチギチと何かが弾けそうな音が微かに聞こえます。嫌な予感がした私は踵を返し、瓦礫の背後へ飛び込みました。




