18.【ヴルヘイム】 その二
戦闘開始と同時に大技ぶっぱですか……範囲内にいた人はもれなくリスポーンでしょうね。
しかし、ネームドがボスとは……。イベント用に誂えたとは思えませんし、アナウンスから察するに過去の遺物だと思います。都合がいいから利用した、が適切ですかね。
それよりも、一番の問題は瘴気にあるんですよね。
瘴気……呪詛を含めた負のエネルギーが実体化したものと私は考えていますが、瘴気に晒されることで発生する状態異常を防ぐ手段が無いんですよ。
ああいや、私は【呪詛支配】があるので問題無いんですが、参加している異人の九九%は未対策のまま挑まざるを得ないでしょう。
呪いの武器を入手出来た人なら、【呪詛支配】や【瘴気変換】、もしくは瘴気への耐性スキルがあると思いますが……少人数でレイドボスを倒すなんてのはほぼ不可能ですからね。
レイドボスは大人数で戦うことが前提です。前提とした上でクリアが難しいよう調整されているものです。
初手の瘴気ブレスは戦闘開始の合図であり、同時にこの敵の強大さを異人達に知らしめるものでした。実際、あのブレスの範囲内にいた人達によって掲示板が阿鼻叫喚に陥っています。無理ゲーだとかクソゲーだとか、そんな言葉が飛び出るほど高すぎる壁が今の状況です。
【憎念のマレグナント゠ヴルヘイム】……私のハルバードと同じく、非人道的な実験で生み出されたアンデッドなのでしょう。マレグナントには極めて有害な、という意味がありますし、おおかた瘴気を動力源か何かにでもできないか試行錯誤したのでしょうね。
そしてああなったと。
どう見ても失敗。挙げ句の果てにネームド認定。
「ベレスもネームドになるのかな?」
「mya?」
ベレスは非実体のまま小首をかしげました。可愛いですね。
『オオオオォォォォ…………ッ!!!』
……さて、鳴き声? を上げている【ヴルヘイム】ですが、腕の集合体を足下に叩きつけたりと現在進行形で攻撃してきています。
私のいる場所とは逆方向なのでこちらはまだ安全なのですが、後ろ側が見えないとは限りません。念のため距離を取って観察に努めています。
今のところ【ヴルヘイム】は、巨体を活かした質量攻撃と瘴気を利用した範囲攻撃の二つしか手札を見せていません。
腕の集合体や触手での薙ぎ払いはかなりの人数が巻き込まれています。何というか、雑な範囲攻撃って強いんだなって感じです。戦力差が酷すぎます。
瘴気を利用した攻撃は、デバフ効果のある魔法みたいです。恐らく瘴気汚染によるDOTダメージが加速しているのでしょうが、一秒を無駄にできない状況ではかなり厄介ですね。
ちなみにですが、改造された死体の上位種はいつの間にか少なくなっていて、通常の改造された死体も同じく減っています。
【ヴルヘイム】の怨念にでも釣られたのでしょう。そして喰われて瘴気の回収とHPの回復が行われたのでしょう。
…………私も混ざりますか。【呪詛支配】を利用した回復手段を持っているので、上手く回避すればアタッカーとして活躍できますしね。
別に、目立つこと自体は嫌ではないですが…………自分で言うのもアレですが、ロスト・ヘブンのランカーは頭のネジが何本か外れた連中なので、少しは取り繕っておかないと悪い意味で目立ってしまうんですよね。
コミュニケーションすら出来ない奴と全力で他人に嫌がらせする奴と味方面して毒盛ってくる奴……上げればキリがありませんが、そんなイカれた奴と同じ土俵に立っていた私が、普通のはずありませんし。
「――うおおおおっ! こっち見やがれ【ヴルヘイム】! 【挑発】!」
「防御張るわよ!」
「かの者を癒せ、〈ヒール〉!」
「うわぁっ!?」
「一人巻き込まれたぞォ!」
うわぁ、混沌としていますね。
盾役が何とか生きているお陰で崩壊せずに済んでいますが、攻撃の余波で死んでいくアタッカーが多いですね。少しは回避しろよと言いたいですが、複数のパーティーが密集しているせいで前はともかく、横や後ろに動きづらい印象を受けます。
攻略組ならもっとマシな動きが出来るのでは……ああ、最初のブレスの被害者がトッププレイヤーだった可能性もありますね。
ディルックさん達のパーティーでもあのブレスを耐えれるとは思えませんし……っと、【呪詛支配】で支配下に置きーの、回復しーのっと。
高濃度の瘴気によってDOTダメージが増えていますね。バフに回す余裕がありません。
「部位破壊ならいけるか……?」
よく見れば、腕の殆どは細長いものです。骨に当たる部分は太く強度がある腕でしょうが、それを覆う細い腕が筋肉の役割を果たしているように感じます。
あれだけの巨体、相応の筋肉が無ければ立つことすら不可能のはずですし、切断できそうな腕を狙いましょうか。
「くそっ! また叩きつけだ!」
タイミングが合わないので次。
「時間数える奴がやられたせいで大技のタイミングが分からねえってのは、ほんと厄介だ」
「愚痴言う暇あったら攻撃しろよ! ゲージ全然減ってねえぞ!」
二回目、近い場所を腕が通りましたが、太くも細くも無い微妙なものなのでスルー。
「グワアアアッ!?」
「れ、れんたろー!」
ああ、盾役の人が遂にやられましたか。
「れんたろーの仇――ギャ!?」
「――そこ!」
余波で吹き飛ばされ、それでもギリギリ生き残っていたアタッカーの人を押しつぶした【ヴルヘイム】ですが、そこは私にとってバッチリな位置です。
廃墟の屋根から腕に飛び移り、人間で言う肘の内側にある筋肉の付け根……に該当する腕を断ち、回復しづらいよう周囲も斬れるだけ斬って呪詛を奪っておきます。
『アアアァァァァ……!』
「それぐらい予想していないとでも?」
周囲の腕の内、重要では無い外側部分が私を攻撃しようと掌を開いて掴みかかってきましたが、腕の集合体であるのならそれぐらいはしてくると思っていました。
攻撃しながら目端で捉えていた、指同士を絡ませた腕は迎撃用の部位でしょう。まあ斬れそうなら斬りますが。
「――よし」
一番重要と思われる腕を斬り飛ばすと、ここから末端の腕がだらりと動かなくなりました。どれだけの力があっても、繋がっていない部位は動かせないでしょう?
腕の集合体ですから、腕一本一本に筋肉はあるのでしょうが、腐ったり乾いたりしている細い腕たちに質量のある前腕部分を動かすパワーは無いはずです。
「っ、バラすことも出来るのか」
が、唐突にバラバラに解けたせいで私は空中に放り出されました。骨に当たる部分は……切り離していますね。白骨化したモノに多少の乾燥した筋肉を貼っ付けたような見た目なので、動かせないなら不要と考えたのでしょう。
ですが、HPが随分減りましたね?
「攻撃しろぉぉぉ!」
「続けぇぇぇ!」
地上にいる異人の方々が、上体を支えているもう片方の腕に殺到しています。
どれだけ異形の姿に進化した魔物だとしても、【ヴルヘイム】には四つしか身体を支える部位がありませんからね。
攻撃に使えるのは元々あった触手と、バラした左腕の前腕だった腕たちだけ。それも盾を持つ人がヘイトを受け持つことで被害を抑えています。
たとえ一撃しか耐えられないとしても、アタッカーが攻撃する時間を稼げれば上等って意気込みでしょう。
「私も攻撃に参加出来ますけどね。ベレス、引っ張って」
ぐいっと私の体が上方へ引っ張られ、【ヴルヘイム】の左腕の上腕に着地します。
自由に動けない空中でも回避出来るよう考案したこれは、ハルバードに同化したベレスが影のまま目的地まで伸び、【影爪】と【致命牙】を併用した状態で安定する場所に食い込むことで、ハルバードの柄を持つ私を引っ張って貰うと言う、とても単純でベレスの労力が半端ない方法です。
あとでご褒美をあげましょう。
「大したダメージにはならないけど、乗っかられるとウザったいよね」
無数の腕、触手、私を落とそうと殺意を伴った攻撃が殺到してきます。それを時々ベレスに手伝って貰いながら避け、首を狙いに行きます。
頭を破壊すれば首から下が役立たずになるのは、改造された死体の上位種との戦いで確認済みです。
その頼りなさそうな首は、果たして腕よりも頑丈ですかね?
『ォォオオオオオ……ッ!!!』
「――っ、さすがに対策して来るか……【呪詛支配】!」
所々にある突起物を私に向け、大量の瘴気を噴出してきました。
【呪詛支配】で相殺することで耐えられていますが、状態異常がヤバいですね……。
瘴気汚染が重篤化し、毒、麻痺、侵食、etc.な諸々の状態異常。酩酊の影響で上手く体が動かせなくなり、脆弱でステータスそのものが減少しています。
保護機能があるので意識自体はしっかりしているのですが、身体が言うことを聞きませんねこれ……
おおう、毒と麻痺の耐性スキルのレベルがガンガン上がっています。
そして私は、そのまま追いついてきた無数の腕にグチャグチャにされリスポーンしました。……エグい死に方でしたね。




