17.【ヴルヘイム】 その一
「――時間的にそろそろかな。ベレス、行くよ」
イベント七日目、朝。
満腹度回復のため始まりの街の屋台で買った串焼きを平らげた私は、中央広場に設置されているポータルで無人島へ移動しました。
無人島はすでにハッキリ分かるほど暗く重たい空気に包まれています。そして転移と同時に付与された瘴気汚染……激しく行動するほどダメージが発生する状態異常ですか。
廃墟の中心には黒いナニカで包まれた巨大な何かが佇んでいます。それはときおり煙のようなものを吐き出し、身震いしては小さな物体を切り離しています。昨日の夜に掲示板で騒ぎになっていたのはアレですか……
「そこの! 手が空いているなら雑魚を倒してくれ!」
「ボスは叩かないんですか?」
「ダメージが入らないから今は様子見をしている。それよりも、湧いてくる上位種の方が厄介だ」
「上位種? 改造された死体ではないんですか?」
てっきり雑魚が大量に湧いているのかと。
「昨日から剣、槍、大槌の三種類の上位種が湧き始めているんだが、アレから落ちてくるのは殆どが上位種で、攻略組も手を焼いている状態だ。手伝って欲しい」
「分かりました。とりあえず倒しておけばいいんですね?」
「ああ、頼む」
ここで立っていても貢献度は得られないでしょうし、さっさと前線に向かいましょう。
前線は廃墟の中のようで、無数のアンデッドを相手に異人達が奮戦しています。
観察してみると、確かに武器を持っている個体が多いですね。あれが上位種なのでしょう。攻略組と思われる人達は苦戦しつつも押し込まれないよう踏ん張っています。
「押せ押せ! こっちに来させるな!」
「後ろに通すなよ! 回り込まれたら厄介だ!」
檄を飛ばしながら武器を振るう彼らと合流します。
「手伝いは要りますか!?」
「倒せるなら何だっていい!」
なるほど。では私は遊撃に回りましょうか。他の異人に注意が向いている間に横から攻撃すれば、倒せなくとも大きなダメージになるはずですからね。
それに、私には【呪詛支配】があります。アンデッドなら呪詛の一つや二つぐらい宿しているでしょうし、上手く使えば私自身を強化しつつ戦えるはずです。
意図せず手に入れたスキルですが、アンデッド対策としてこれ以上に有効なスキルはあまりないでしょう。あったとしても、現時点で異人が取得できるほど簡単な者とは思えませんし。
恐らく、発見者へのご褒美というか、ボス戦を有利に進めるための要素なのでしょう。隠し要素の理由はインフレを防ぐためですかね。
「――まず一体」
剣を振り下ろした直後の個体に対して、ハルバードの斧頭を叩き込みます。魔物とはいえ、ベースは恐らく人間。司令塔である脳を破壊すれば私でも倒せるだろうと考えての攻撃です。
ハルバードの刃はアンデッドの頭に食い込みました。切断できないのは私の攻撃力が不足しているからでしょう。
倒したアンデッドからは黒い煙が発生します。ディルックさん達とパーティーを組んだときにもこの現象は目にしているので、アンデッドに共通する特徴なのだろうと推察しつつ、私は早速【呪詛支配】を試みます。
すると、その煙は微かに抵抗を示した後にハルバードへ吸収されていきました。
「…………嫌な声が流れてくるけど、これに比べたら全然マシだね」
【呪詛支配】のデメリットとして、呪詛を支配下に置く際に思念が頭の中に流れてきます。このハルバード然り、呪いという暗い感情を直接叩きつけられるのは、中々辛いものがあります。ですが、それを捻じ伏せるからこそ【呪詛支配】なのでしょう。
憐れむのではなく、同調するのでもなく、支配する。
アンデッドのように既に死んだ者が放つ呪詛は身勝手です。生きているのなら相手を慮って言葉を選ぶでしょう。身勝手な言葉を言ったとしても、反省し謝罪できるでしょう。
しかし、呪詛は身勝手な言葉を身勝手なままに垂れ流しています。ゲームとはいえ、そんな奴らに同情は必要ありません。
何色も混ぜられた絵の具のようにドス黒いのです。汚い黒色です。だから私は、これらを消費することに何の感情も抱きません。
「リジェネと身体強化、ベレスはハルバードに」
空気中に漂う瘴気の影響でDOTダメージが発生しているので、それと相殺させる量だけリジェネに回し、残りを身体強化のバフ代わりに私自身に流します。
【影同化】のスキルで非実体になったベレスがハルバードに絡み、刃を更に尖らせます。
二体、三体、とアンデッドと倒し、倒した側から呪詛を支配して補充します。数は多いですが、倒した分だけ強化できるので、思っていたより楽な戦闘です。
まあ、呪詛が無くなったら強化もリジェネも無くなるわけですが。
「経験値は……さすがに少ないか」
ちらりとステータスを確認してみましたが、上位種を倒した割には少ないですね。経験が積まれるほどではない戦いだと、たとえ相手がレベル的に格上でも経験値量は少ないと掲示板に載ってましたから、落胆はしません。
細かいところが妙に現実的で――だからこそ楽しいのですが――、トレインして範囲狩りのような従来のレベリングが通用しないセカンドワールドですから、相応の経験値が欲しいならそれに見合った戦いを求められます。
計算で表すなら、レベル相応の経験値-(他の異人達にヘイトが向いている+複数のスキルを組み合わせた奇襲+自分自身にバフ)=獲得できる経験値、でしょうね。結果的に楽をしたから少ない経験値なのです。
さて、一〇体倒したわけですが……無尽蔵に思えるほど数がいますので、倒した側から後続が埋めています。
異人達が壁となってヘイトを集めているおかげで私へのヘイトはほぼ無いのですが、瘴気汚染対策のリジェネで呪詛が消費されているので、常に倒し続けて補給する必要があります。
追い詰められる前に移動して倒しますか。気分は辻斬りです。
そして、アンデッドを倒し始めてから三時間ほど経って、戦場が次の段階へ移行しました。
『――ォォォオオオ……ッ!!!』
「っ、今のは――」
空気が振動するほど野太く、大きな鳴き声。発生源はどう考えても廃墟の中心に陣取っているアレでしょう。
ボロボロと崩れるように黒いナニカが剥がれ、その下に隠されていたモノが顕わになります。
それは巨大な腕の集合体で、しかしほんの一部分でしかありません。
繭のように球体となって本体を包んでいた腕の集合体は、ソレの手足であり、翼であり、触手でした。大まかな形はアンデッドらしく人型ですが、その大部分は人とは似ても似つかない異形のもの。
チーズのように溶けている乾燥した肌、獣のような胴体の鳩尾で紅い色彩を放つ丸いナニカ、植物の壁のように無数に絡まり合った巨大な腕の塊、瘴気と思われる煙を吐き出す数え切れない量のパイプ、機械のような首からだらりと垂れる歪な顔。
どこをどう見ようとマッドな研究の産物です。【鑑定】や【看破】は例の如く通用しませんでしたよ。
それと、グパァと花のように開いた顔で地面ごとアンデッドを捕食すると、大量の瘴気を撒き散らしました。アレの足下が如何にもなドス黒い煙で覆われたので、近づけば瘴気汚染が重篤化するでしょうね。
ベレスの【瘴気変換】みたいなスキル持ちがいないと詰みますねコレ。
私は瘴気に含まれる呪詛を【呪詛支配】でポーション代わりに使えるので身軽に動けますが、大多数の異人は為す術無くDOTダメージでやられています。
掲示板が荒れていますねえ……
そして肝心要のアレですが、鎌首をもたげると私達を睥睨するかのようにじっくりと動き、足下の瘴気を吸収してブレスとして吐き出しました。
同時に告げられるのはシステムとしてのアナウンス。頭上に名前が浮かび、大規模戦闘が否応なく開始されたのだと異人達に通達されます。
《――ネームドモンスター、【憎念のマレグナント゠ヴルヘイム】が戦闘行動に移ります》
《――過去からの憎念が湧き上がる》
《――WARNING!》
《――【憎念のマレグナント゠ヴルヘイム】が呪層を形成しました》
《――フィールドの瘴気汚染が進行します》
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【プレイヤー非通知アナウンス】
《――【憎念のマレグナント゠ヴルヘイム】がアクティブ状態です》
《――超大規模戦闘、ネームドレイドが開始されました》
《――【憎念のマレグナント゠ヴルヘイム】の現在のレベルは37、推奨討伐人数は五〇〇〇人です》
《――難易度:低》




