16.上位種の出現
イベント六日目。
数多くの異人が無人島の廃墟に挑み、そして返り討ちにされた。
前線拠点として廃墟の近くにテントを張り、異人達は得られた情報を精査し攻略の糸口を探っている。
「――やはり、どの方向からせめても出現する範囲は決まっているようだ」
「攻め込むか?」
「その範囲に入り込んだ途端に全滅するパーティーばかりだ。まともな情報が無い」
「少数精鋭を援護する?」
「一部の奴らが黙ってないだろうな。PSがあるならともかく、他人を下に見るやつらをサポートをしたくないだろ」
異人の間で攻略組と呼ばれている集団の中で、各々が意見を出し合い少しずつ、少しずつ全容を探る。
「ディルック! どうだった!?」
「……ダメだった。ダメージが入っているとは思えない。オブジェクトの可能性も視野に入れよう」
「だとすると、より奥地に侵入するべきか……」
リスポーンして戻ってきたディルックのパーティーも、僅かな情報しか得られず参っていた。
ディルックは攻略組のリーダーではあるが、それは成り行きでそうなっただけであり、この場に集う異人を率いているわけではない。
そも、異人はあくまでプレイヤーであり、ゲームを遊んでいるだけなのだ。描写や五感が限りなくリアルに近かろうが、ゲームはゲーム。
クランが解禁されていない現状、プレイヤーは集団ではなく個の集まりとして活動している。ディルックのパーティーもそう言った小さな集まりであり、実力や元βテスターといった知名度からリーダーを任されていると言ってもいい。
指標となるリーダーは、誰でもいいのだ。モラルやマナーを守り、規約に違反せず、一人のプレイヤーとして立っているのであれば誰でもいい。
そうして自然と選ばれたのがディルックであり、彼もまた自らが最前線に立つことで周囲のモチベーションを保っている。
もちろん、プレイヤー全員が彼をリーダーだと思っているわけでは無い。一部の心ない者達が彼に誹謗中傷を浴びせたり、彼をリーダーだとする風潮を非難するのもまた事実。
それらの出来事があってなおリーダーとして認められているディルックに、この場にいる誰もが尊敬の念を抱いている。
『プレイヤーの最前線に立っているだけあって、リーダーシップはあるんだよな』
『カリスマって言うの? アイツなら攻略組を引っ張っても可笑しくないなって』
『そりゃあ俺だって一番になりたいさ』
『諦めたわけじゃない。ただ、今はアイツのほうが相応しい』
『こっちを見下したりしないってのが一番の理由だよな』
『NPC――じゃなかった、住人にも人当たりがいいから、やっぱリーダーはアイツしかいないんじゃね?』
掲示板で、外部のSNSで、もしくは野良パーティーで、彼の評判は広まっている。中には、彼のクランに参加したいと意気込む者もいる。
「フラグが立ってない可能性は?」
「それは無いだろう。あからさまに異常が起きているのに、何もありませんは有り得ない」
空を見上げたディルックは、そこに広がる不気味な黒い雲を指してそう言った。
黒い雲は四日目の夜から広がり始め、今は廃墟を中心に島の南側が覆われている状態だ。最終日である七日目には、七割以上が覆われると検証スレが予想している。
「…………関係ないけどさ、クランが実装されたらやっぱ作るのか?」
「まあ、仮にもリーダーだしね。俺以外にもリーダーになりたい人は作るだろうさ」
MMORPGによく採用されるシステムの一つ、クランシステムは現状未実装だ。ディルックはいずれクランを作ったら、今よりも纏まったメンバーでレイドをしてみたいと思った。
「――報告! ディルック、新手だ!」
焚き火を囲んでいたディルック達の元に、今しがたリスポーンした異人が大声で駆け寄る。
「何がいた!?」
「おそらく、上位種だ。【鑑定眼】で改造された剣死体の名前が見えた」
「……剣士か。他の武器を使う上位種も出現していたか?」
「いや、他のは見ていない。それよりも、そいつはレベルが30を超えていた! 【看破眼】で攻撃系スキルを所持していたのも確認している!」
スキルを持った魔物――それを聞いて周囲に集まっていた異人が動揺した。
これまで生態として擬態したり、姿を隠したりしていた魔物と戦ったことはあるが、スキルを持っている魔物との戦闘は今回が初めてだからだ。
決闘システムを使ったPVPを行った経験がある者は、その厄介さに顔を顰める。
「……一体だけでパーティーを追い込みやがった。他の改造された死体に命令している素振りもあったから、大量に湧いて出るとは思わないけど……」
「…………統制は取れていたのか?」
「分からない。ただ、命令に従ってる個体は少ないように感じた」
「そうか、ありがとう。これも含め、レイドに備えて作戦を練るよ」
「頼んだ。俺はもう一回挑んで確かめてくる」
そう言った彼は、パーティーメンバーと共に廃墟へ再突入した。彼らのレベルがプレイヤーにとって中堅辺りだとしても、一つのパーティーを壊滅させる魔物が出現するのなら、少しでも詳しい情報が無いと致命的な敗北に繋がる可能性があるからだ。
とにもかくにも情報を。それがトッププレイヤーの共通認識だ。彼らがそう考える理由はVR黎明期のとあるMMORPGにある。
技術的には現代より劣っているが、三〇年ほど前の当時としては革新的なフルダイブ技術を採用したゲームだ。リアルタイムで進行するゲーム世界にプレイヤーは魅了され、右も左も分からぬまま各々が自由にクエストを進めた結果――詰んだのだ。
様々なフラグが乱立し、それがリアルタイムで同時進行するのだから、どのクエストで何が進行するのかプレイヤーの殆どが把握していなかったのだ。
結果として、手つかずのまま放置されたクエストのボスが異常に強化されたり、重要NPCが死亡したり、一ヶ月足らずでサービス終了となった敗北の歴史だ。
当時を知っているプレイヤーは情報を重視するようになり、それを知らない世代もゲーム内で交流している内に情報の重要さに気付く。
攻略組を名乗る彼らはとうぜん情報の大事さに気付いているため、致命的な敗北をしないためなら無謀な突撃を繰り返してでも情報をもぎ取る覚悟がある。
リアルの肉体とほぼ同じ機能が備えられたアバターには、軽減されているとはいえ痛覚も存在する。リスポーンだって無痛じゃない。それでも、勝利のために痛みを覚悟して突撃する必要性を、彼らは知っている。
「俺達も行こう。上位種が一種類とは限らないからね」
「はいはい」
ディルックもまた立ち上がる。離れて休憩していたパーティーメンバーにも情報を伝え、上位種の情報を探りに出るのだ。
以前は数によるゴリ押しさえ突破出来れば、廃墟は効率のいい狩り場だった。
だが、暗雲がたちこめ、廃墟全体が重苦しい空気に包まれた今は違う。数の暴力に加え、スキルを持つ上位種が混ざるのなら苦戦は確実だろう。
ディルックのパーティーにロザリーが加わっても、突破は難しいかもしれない。
(彼女は彼女でレベリングに励んでいるだろう。俺達も、やるべきことを果たさないと)
そう考え、ディルックは大剣を手に魔物を両断した。




