113.細々と絶えず、命の鳴 その五
「なんですかアレは!?」
「魔王の眷属よ。私が創ったものだからガワだけで中身は殆ど無いけれど」
事実、ソレらは魔王の眷属としては不出来だ。
だがロザリーからすれば予想だにしなかった戦力であり、手札としてはあまりにも強力すぎる。
「アレは私でも使えるんですか?」
「むしろ貴女でなければ使えないわ。私が使えた理由は、私が貴女の力の一部となったからよ。というか、なんで知らないの?」
「……半分以上聞き流してましたから。あの時は全部受け止めるほど余裕がありませんでしたし」
「そう」
管理者が掛けたラストアーツの制限の破壊、【純潔魔王】を取得したことによる知識の継承、魔王としての力の行使、これらを全て行えるほどの精神的余裕は、当時のロザリーには無かった。
ルクスリアは呆れたような、嬉しいような、どう表現すればいいか分からない様子で肩を竦める。
「あとでちゃんと使えるように修行をつけてあげるから、今はアレを倒すことに集中して。もう手助けしなくても大丈夫でしょ?」
「そうですね……ええ、ここまでお膳立てされておいて、まだ助けて欲しいと言えるほど弱くありませんから」
さすがにHPが半分以下にもなるとなりふり構わなくなるようで、【ラ・ターリアザ】は自身の生命線であるこぶを犠牲にしながらも眷属を皆殺しにした。
それによって更にHPが削れたものの、ルクスリアが創った眷属は全て消滅している。【ラ・ターリアザ】を脅かす敵は四人へと戻った。
「……では、行ってきます」
そのうちの一人、ハルバードを持った女が荒れ地となった地面を駆け抜ける。根の半分以上が魔王の眷属に食い破られ、残った分の殆ども自傷によって折れている。
根による猛攻が無ければ、巨大な物体による質量攻撃を躱して接近することは可能だ。限りなく不可能に近いがロザリーなら出来る。
「(あの時、流れ込んでくる情報を聞き流していなければ……いいえ、あの時はルクスリアの救出が最優先でしたから、その選択は有り得ませんね)」
取れる手段はこれまでと変わらない。
ハルバードを振るい、呪いを用い、装備を使う。そこにスキルとアーツを乗っけるだけの、プレイヤースキルに依存した戦闘。
ベレスは未だ影の中で待機している。
「あの魔物の群れはまだ出せるっすか!?」
「追加は無理ですよ。お断りしてきたので」
「いや、ちょ」
「私たちなら消耗したアレを斃すぐらい可能でしょう?」
「……あーもう、予想外の戦力で手数が増えたと思ったんすけどね。無いなら無いで仕方ないっす!」
ハイトリカブトは両手に持つ片手剣を握り直し、弛んだ気を元に戻す。
「それにしても……ユキの攻撃で随分と削れていますね」
細かな雪の結晶となった『霊刀:銀世界』を用いた、射程距離ガン無視の攻撃は痛打を与えている。
しかし無制限に維持できるという訳でもなく、刀の状態に戻したユキが地上に降りてきた。
「うあー、スタミナ切れだー!」
「ペース配分……はちゃんとしていますよね。消耗が激しいスキルだったんですか?」
「練習無しで調整もせずに使ったからね。ちょっと辛いかも」
それならまあ仕方ないか、とロザリーは納得する。
「ところで今更っすけど、MVPは誰がなっても文句無しっすから――ねッ!」
瞬間、ハイトリカブトが疾走した。
両手に握りしめた魔剣を走りながら振るい、【ラ・ターリアザ】に着々とダメージを与えていく。
彼の敏捷は元から高いが、上昇したテンションの影響でよりスムーズに身体を操作した結果、ロザリーのような最小限の動きで自身の行動を成功させる曲芸となっていた。
MVPのみが入手できる特典装備はいずれも強力であり、それは使用者にある程度アジャストするようになっている。実物が少ないので断言できるほどではないが、配信者として――無論個人としても――是非とも入手しておきたい逸品だ。
「それなら……私はここから攻撃しましょうか」
ロザリーはハルバードを地に差し、その柄を握ったまま呪いを放出させる。
使用するのは【死呪】一択。文字通り死を与える、死に至らしめるための呪いだからだ。これは物理的に殺すわけではなく、呪いによってもたらされる概念的結果である。
この世界では、呪いは西洋ではなく東洋の呪いに酷似しているのだ。
「【呪怨支配】……【死呪】……」
だが、今回はそれで終わらない。
「【怨念解放】」
王都でのテロの際に使ったきりの、【呪骸纏帯】の装備スキル。効果は生成し貯蓄した呪いを文字通り解放するだけだが、あまりにも長期間放置していたため、一瞬で彼女の周囲が侵食されるほど濃密な呪いが……呪怨が生み出された。
そしてそれらを、圧縮していく。
ただでさえ濃密な呪怨を、圧倒的な支配力でさらに濃く圧縮する。
「――《投擲》!」
極限まで圧縮されもはや光すら通さない漆黒となった呪怨をハルバードに固定し、ロザリーは最も威力を発揮する効率的な動きでそのまま投擲した。
投擲したあとも彼女は右腕を伸ばしており、その手は何かを掴むように開かれている。
ハルバードは狙い通り【ラ・ターリアザ】の幹と地下茎の間に直撃し……
「……《カース・オブ・ピリオド》!」
おどろおどろしいオーラと共に破裂した呪怨が、その大半を消し飛ばした。
ロザリーの手は握りしめられている。
「なにそれ!?」
「奥の手です。ベレス」
そして、僅かながらに命と保っている敵は、ベレスの牙によってトドメを刺された。
声か音か判別のつかない絶叫をあげながら、【縷縷命鳴 ラ・ターリアザ】がポリゴンになって消えていく。
それは地面を覆っていた根まで及び、ペンペン草すら生えない荒れ果てた地面が露出する。
「うわ、ひっどい有様だね……」
遺されたのはグチャグチャの肉塊と、荒れ果てた地面、そしてMVP報酬である特典装備――
《――【縷縷命鳴 ラ・ターリアザ】が討伐されました》
《――MVPを選出します》
《――ロザリー゠ルナハートがMVPに選出されました》
《――MVP報酬として称号“縷縷を終わらせた者”と特典素材【縷縷命核 ラ・ターリアザ】が与えられます》
《――貢献度一〇〇位以内のプレイヤーにネームド素材【ラ・ターリアザの転葉】が与えられます》
《――レイド参加者に称号“ラ・ターリアザと対峙した者”が与えられます》
「「「……特典素材?」」」
三人の声が揃って疑問を形にする。
装備だけだと思っていたMVP報酬が素材の状態で贈与される初めての事例だったからだ。
「これは……一体どうすればいいのでしょうか」
「とりあえず【鑑定眼】掛けて詳細を――」
「mya!」
ぱくん。
「……ベレス?」
「myaa!!!」
まるで、美味しかったよと言わんばかりに元気よく返事をしたベレスは、そのままロザリーの影の中に帰って行く。
【縷縷命核 ラ・ターリアザ】は、持ち主が詳細を確認する前に使用されたのだった。
久々の後書きです。
ネタバレ……というよりは使わなかった設定です。
【ラ・ターリアザ】は本来、フィールドを侵食することで【ラ・ターリアザ】そのものが増大していくネームドでした。危機感を覚えた結果が本体を動かしての迎撃です。生物を取り込んでリジェネ要員にするこぶとか、後述する二回戦とか、とにかく生存能力が高いネームドです。
アナウンスで流れる侵食率が一〇〇%までいけば、地面の下から次の本体が出現してHPもそっちが参照されることで結果的に全快し、二回戦が始まる予定でした(過去形)
想定されてない状態でルクスリアが生存し、彼女が次代へのお手本としてちょっとグリッチじみた方法で能力を使い、そして本体を移せるほど侵食率が進んでいなかったためこうなりました。
【純潔魔王】が強力すぎたんです……管理者達も溜息をついて眉間を揉みほぐすぐらい強かったんです。
MVP報酬は、装備にするのが微妙なら素材になります。お前には必要無いだろって感じで。
つまり【ラ・ターリアザ】由来の能力はロザリーには適合しないということです。MVPがユキでもトリカブトでも適合はしないでしょう。
ちなみに、なんで【ラ・ターリアザ】が今まで討伐されなかったかというと、本編でも触れたとおりいてもいなくてもあまり問題の無い場所に鎮座していたから。王都テロ前はアリアが出張でいなかったし、テロ後は文字通り忙しくて手が回らなかったし、自分から動かないならとりあえず放置しとこうってことです。
あと一ヶ月ぐらい放置されてたら動き回ってたけど。




