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セカンドワールド!  作者: こ~りん
六章:機械と共に生きる国
112/115

112.細々と絶えず、命の鳴 その四

 否、爆発ではない。圧倒的な膂力で地面ごと持ち上げられたためにそう錯覚しただけだ。

 【ラ・ターリアザ】は巨木を持ち上げ、無数の根を蠢かして活動を再開する。


「これは……(またエレメント系ですか? それにしてはやけに痛がっていましたが……)」

「くそっ、地下茎が本体かよ!」


 巨木の下から現れたのは鋏角類のような形に絡まっている地下茎で、分厚い根から細い根が無数に伸びているのだ。

 そして、ところどころに()()()()()()()()が存在している。この赤いこぶが【ラ・ターリアザ】にとって大事なものだというのは見れば分かるだろう。


「蜘蛛だー!?」


 鎌のように変形した根が、節足として機能している。本物の蜘蛛のように巧みに動かし、攻撃と移動を同時に熟す。


「――でも、性質は植物のままなんだね」


 だがどれだけ形が変わっても、本質が変わることは無い。

 ユキの刀が【ラ・ターリアザ】にとって弱点になるのは変わらず、多少硬くなった根でもスパスパと切断していく。


 『霊刀:銀世界』は魔法を斬る刀であり、魔法生物を斬る刀だ。そしてその本質は極寒の世界――冬という概念が込められた刀である。


「まだ慣れてないしぶっつけ本番だけど……」


 【銀世界】を発動し、込められた概念を外へと向ける。

 冷気が溢れ出し刀に結露が出来はじめる。この時点ですでに【銀世界】は発動し終えているのだが……


「征こう、【冬】」


 刀が砕け散る。

 『霊刀:銀世界』を始め、霊刀や妖刀には使用者に合わせて最大出力が変化する。それは滑らかな変化ではなく条件に即したリミットの解除である。

 ユキは今、それを全て取り外したのだ。


「……さむ。でも、いける!」


 鍵が全て外されたことで『霊刀:銀世界』は冬そのものと成った。刀身も、柄も、鍔も、雪のような白銀の塵となってもはや刀としての体を保っていない。

 だが、鞘だけは残っている。冬を納める鞘だ。


 ユキはこの塵を掴む。刀身も柄も鍔も無いが、この塵は冬の概念であると同時に刀でもある。

 故に、『霊刀:銀世界』を装備している彼女は、この塵を用いて刀系統のスキルやアーツを発動出来るのだ。


「《抜刀・三重桜》!」


 本来は刀が届く近距離が射程範囲なのだが、塵となることで有効射程は何十倍にも伸びている。

 地面にまで届く斬撃が【ラ・ターリアザ】の根を切り刻む。一つの斬撃が数本の根を斬り飛ばし、一つの斬撃が巨木に傷を残し、一つの斬撃が赤いこぶを切断した。


 すると、切断されたこぶから鮮血が噴き出し、傷口からずるりとピンク色の物体が零れ落ちる。

 それは間違っても【ラ・ターリアザ】の体の一部ではない。


 それは、人の肉だ。根を張られ、養分として命とリソースを吸われ続けるだけの肉だ。

 【ラ・ターリアザ】は獲物を生きたまま捕獲し、体内に取り込むことで効率的に養分を吸収する食人植物なのだ。


「ちっ、胸くそわりぃ!」


 人が囚われていること、救助が不可能なことを即座に理解したハイトリカブトは、怒りを覚えながらこぶを積極的に破壊することにした。

 幸い、彼のレベルはかなり高いので、中身ごと容易く切断できる。


「すでに死に体ってのが唯一の救いだが……」

「それでも、生きている人を殺さなければならないのは、腹立たしいですね」


 ロザリーもまた、怒りを胸に秘め、こぶの破壊に注力する。

 もはや助けられない状態とはいえ、自分達でトドメを刺さなければならない状況と、【ラ・ターリアザ】への怒りを感じているのだ。


 ……一応、助ける方法がないでもない。ルクスリアを助けた時のように、《侵食領域:色欲世界》に取り込めば時間を掛けて再生できる。

 だが、果たしてそれは助けたと言えるのだろうか?


 養分とされている彼らはロザリーとは関係のない赤の他人だ。どこまで行っても、被害者と救助者にしかならない。

 彼らに恩があるわけでも、そうしなければならない理由も義理も無い。

 怒りは覚えるが、そこまでして助けたい関係性があるわけじゃない。


 もし助けたとしても、その後の面倒まで見る気が無いのなら自己満足でしかない。


「(こぶが弱点なのは確定……ベレスのスキルがあればどうにでもなりますが、ほかの三人が積極的にこぶを狙っている以上、まだ温存しておくべきですね)」


 どこかに核となる部位があるのか、それとも数え切れない根を全て切り刻んで漸く倒せるのか。

 ネームドにもなれば、本能的なものだとしても物事を考えるようになる。

 最初から手札を見せるわけにはいかないだろう。まして、ロザリーにとってベレスは切り札の一つ。


 確実な痛手を与えるためにも、彼女はベレスを影の中で待機させる。


「ああ、とてもおぞましい生き物ね」


 斯様な状況で、ルクスリアは小さく微笑む。

 ロザリーに助けられ、彼女のラストアーツで肉体を取り戻した恩はあるものの、ルクスリアに手助け以上のことをする気は無い。

 次代の【純潔魔王】であるロザリーを見守り、成長させるためだ。


 顕現してから数度の攻防で【ラ・ターリアザ】の性質を理解し、どうすれば斃せるか判っていても、彼女はすることは望まれた手助けのみである。


「(どうしましょう……私であればすぐにでも斃せるけど、それだと彼女の糧にならないわ)」


 戦斧と盾で根を斬り飛ばしながら、ルクスリアは横目でロザリーの様子を確認した。

 彼女もまたハルバードと呪いを駆使して【ラ・ターリアザ】を攻撃しているが、【純潔魔王】の力を発揮できているとはお世辞にも言えない。

 【ラ・ターリアザ】のような相手にはめっぽう強いのが【純潔魔王】だと言うのに、出し惜しみをしているのか、はたまた使い方が分からないのか、発動する様子が感じられない。


 実用品を宝箱に仕舞って大事に大事に隠すような所業だ。意味が無い。

 世界を傅かせる能力は、世界を侵食する能力に強いからである。

 そんな力を使わずに戦うのは、実に勿体ない。


「(伝えてあげようかしら。……でも)」


 ロザリーは恐らく望まないだろう。

 彼女は自分の意思で強くなりたいのであって、他者に強くしてほしいわけじゃないのだ。

 無いモノを得るためならともかく、有るモノをどう使うかは自身で模索するべきだ。有効活用とも言う。

 何もかも頼ってばかりでは成長できない。


 そんな奥底の矜恃を、朧気とはいえ知ってしまったルクスリアには、踏みにじるような真似は出来なかった。


「(――なら、お手本だけ見せてあげましょうか)」


 ♢


 かつて世界を滅ぼしかけた厄災、その力の一欠片。善でなければ悪でもない純然な暴力。

 英雄と呼ばれた者達と力ある神々の尽力によって斃され、遺体ごと七つと二つに分けられ封じられたモノ。


 今でこそ【魔王】と呼称されるオンリーワンスキルとなっているが、その源は一つの異能である。

 ()()()()()()()()()()()()


 ♢


 ルクスリアが盾を投げ捨てる。同時に鎧も脱ぎ捨て、身軽な格好になった。しかし戦闘を放棄したわけでは無い。

 彼女の右手には戦斧が握られているし、その瞳は【ラ・ターリアザ】に真っ直ぐ向けられている。


「さあ……いくわよ」


 伏せるような極端に低い姿勢から大地を蹴り、彼女は根を掻い潜って疾走する。

 迎撃のために何本もの根が差し向けられるが……戦斧の一閃で細切れにされていた。


 ロザリーは彼女がここまで戦闘に秀でているとは思っていなかったため、その様子を見て足を止めた。彼女の意図を探るためである。

 彼女はロザリーのラストアーツの一部としてシステムに認識されているが、魂まで融合したわけでは無い。居候、同居人のような関係だ。


 先程まで守りに徹していたルクスリアが攻めに転じる理由を考え……


「――“ラディアンス・シング”」 


 思考が纏まるよりも先に驚愕が訪れた。


「行きなさい、眷属達」


 細切れにされた木片が伸縮し、膨張し、異形の生物となって【ラ・ターリアザ】に襲い掛かったからだ。

 そこに元が植物だった面影は一切無く、牙持つ四足獣や鋏を持つ鋏角類に似た怪物達が増殖するように生まれる。

 ルクスリアはそれを眷属と呼んだ。


『■■■■■■■■ァァァッ!』

「うおぉ!?」


 敵意しか込められていない咆吼をあげ、眷属と呼ばれた怪物が突撃する。

 位置的にハイトリカブトが巻き込まれ掛けたが、彼は四連続バク転を足場の定まらぬ空中でやってのけることで回避した。

 その際に最大レベルの【看破眼】を使ったが、怪物はそこまで高い戦闘能力を有しているわけでは無いと分かる。


「あっぶねぇ!? なんだいまの!」


 それでも、眷属の破壊力は凄まじい。

 ネームドに認定された魔物である【ラ・ターリアザ】を、命も意思も持たない見た目だけの怪物が食い破っていく。


 【ラ・ターリアザ】はその巨体を用いて一度に一〇体前後の眷属達を肉片に変えていくが、破壊された眷属は肉片ではなく木片に戻るだけだ。再生に利用することは出来ない。

 赤いこぶも幾つか破壊され、植物だというのに苛立ちを覚え始める。


 鎌のような節足で斬り裂き、無数の根で捻り潰し、だが怪物はそれ以上の手数で攻撃をする。

 いつの間にか、蟻のように群がる魔王の眷属は、それだけで【ラ・ターリアザ】の総HPの半分を削り取っていた。

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