111.細々と絶えず、命の鳴 その三
根が伸びる。植物とは思えない素早さで、穂先のように鋭いソレはロザリー達を狙っている。
「ふっ」
「わあっ!」
「ハハッ!」
だが、三人は身軽な動きで根を躱しつつ距離を詰める。この時点で【ラ・ターリアザ】は三人をただの獲物ではないと判断した。
根を撓らせて打ち付ける。
ロザリーはハルバードを短く持ち直してその根の一つを断ち斬ろうとした。
カコォンと小気味よい音が鳴るが切断は出来ず、根の中程に食い込んだハルバードを引き抜いて、すぐさま反対側から叩きつけることで無理やり断ち斬る。
「っ、たしかに再生力は高いようですね!」
しかし、断面からすぐに新たな根が伸びたので、ロザリーは舌打ちをしつつ回避した。
ハルバードは斧の属性、即ち木材への特攻能力があるため、一回で断ち斬れない時点でこの魔物が強大であることは否応なく理解させられる。
ハイトリカブトとユキはそもそも木を切るのに向いている武器ではないため、根は無視して本体であろう巨木に向かって疾走している。
「ハイトリカブトさんはどうやって攻撃をするんですか!?」
ユキは魔法を無効化できる刀とスタミナを奪取する刀を所持しているため、どんな敵でもある程度戦える。
対してハイトリカブトが持つのは、至って普通の片手剣だ。稀少かつ高品質な素材を使っているとはいえ、特別な効果は何一つ無い。
【ラ・ターリアザ】も、なんの効果も無い武器は脅威ではないと分かっているのだろう。明らかにハイトリカブトよりもユキを警戒している。
向けている根の数が倍近く違うのだ。
「そりゃあ――こうするに決まってんだろッ!」
ハイトリカブトは比較的少ない根をくぐり抜け、【ラ・ターリアザ】の懐に潜り込む。
そして両手の剣で攻撃しようとした瞬間、黒みがかった銀色の片手剣を真っ赤な片手剣と真っ青な片手剣の二つに一瞬で持ち替え、絶大なダメージを与えた。
【ラ・ターリアザ】はまたもや悲鳴を上げる。
凄まじい数の根をハイトリカブトに向け、全方位から押しつぶすように叩きつける。しかし、それはユキによって防がれた。
通常の生命ではない【ラ・ターリアザ】はネームドであり、意思を持つ植物のため分類上は魔法生物となる。
ユキの主武器『銀世界』はアンチマジックウェポンであるため、魔法生物に対して無類の強さを発揮するのだ。無数の根は一撃で断ち斬られ、再生もすぐには始まらなかった。
三人とも【ラ・ターリアザ】にとって弱点となりうるモノを有している。それをこの十数秒で理解したため、根による攻撃が苛烈になる。
根の一部を切り離し、弾丸のように丸め、バネのように束ねた他の根を使って、地面を粉砕する勢いで射出する。それが辺り一帯に放たれた。
弾丸の雨。一つ一つが人の頭ほどもある雨。
「――ルクスリア」
ロザリーはラストアーツを中途半端に発動することでその雨の軌道を逸らした。
だが彼女は、その弾丸の雨を回避するためだけに使用したわけじゃない。
「…………防御と妨害は任せても構いませんか?」
「ええ、大丈夫よ」
影から滲み出た人影はそう言って、巨大な戦斧と、蠍の尾を組み合わせたような盾を構える。
体躯は小さめで、ロザリーの胸の辺りまでしかない。それはスマートな全身鎧を身に付けているが、鎧というよりはSF物のロボットのように見えるだろう。
バイザー部分が蒼く光っていることで、余計にロボット感が増している。
「ちょ、誰っすか?!」
「質問は後にしてください」
急にパーティーメンバーが増えたのでハイトリカブトは困惑したが、今は【ラ・ターリアザ】との戦いの最中だ。ユキも気にしているが、恐らく試練に関係のある人物だろうと察しがついたので黙っている。
その鎧の正体は、当然だがルクスリアだ。ロザリーのラストアーツによって魂だけでも生き長らえていた彼女は、試練の番人であったアスモデウスを取り込む形で融合し、短時間であればラストアーツを介して実体化することが可能になったのである。
重厚な戦斧を軽々と手の中で回すと、ルクスリアは近くに寄ってきた根を一撃で叩き割った。
繊維に沿うのではなく、繊維を断ちきるように割ったのだ。そして、一瞬で再生して突き出された根を盾で受け止める。
すると盾の装飾だったはずの蠍の尾が動き出し、三方向から掴むように根を突き刺す。
根はぐずぐずと腐食し、【ラ・ターリアザ】もこれは拙いと感じたのか自切してルクスリアを避けるように動き始めた。
「――ハッ、ほんのちょっと分が悪くなった程度で逃げ腰かよ!」
が、ハイトリカブトが二振りの片手剣でルクスリアの反対側から根を攻撃し、否が応でも根の一部をルクスリアに向けざるをえなくさせている。
「私を忘れてもらっちゃ困るな~」
そして、根を掻い潜りながら再び巨木の近くまで接近したユキが、『銀世界』の能力を解放しながら斬りつけた。
凍てつく空気が刀から発生し、斬りつけた場所には霜が出来る。戦闘を重ねたことで刀の性質をより理解した彼女は、単なるアンチマジックウェポン以外の使い道を編み出したのだ。
これを、彼女は《霜斬り》と呼んでいる。
「からの《乱れざ――」
そこから更に追撃しようとした彼女だったが、地面の根が撓るように捲れてユキを宙に放り投げた。
けれど、そこに隙は無い。隙があるのは【ラ・ターリアザ】の方だ。
「力はあるのに戦い方はまるで素人ですね。《投擲》」
ロザリーへの警戒が薄くなっていた。投擲されたハルバードが空を切り、《霜斬り》によって出来た傷に深く突き刺さる。
それだけなら、【ラ・ターリアザ】にとって無視できるダメージだ。
だが彼女は呪いのエキスパートと言える存在であり、しかもハルバードは呪いの塊だ。――“死”を流し込む呪物を魔法生物が無視できるはずが無い。
「一人にしか集中できねぇとか、視野狭すぎて笑えるぜ!」
「というか、わざわざ足場用意するとか間抜けじゃない?」
ハイトリカブトが地上から、ユキが根を足場にして空中から追撃する。
ルクスリアは蠍の尾と戦斧で根を切断していき、ロザリーは注ぎ込む呪いを更に増やす。
やがて耐えられなくなったのか、【ラ・ターリアザ】は根を使ってハルバードを無理やり引き抜くと、ロザリーの方へ乱暴にぶん投げた。
けれど、空中でおかしな挙動をしたハルバードは回転しながら、今度は斧頭を【ラ・ターリアザ】に叩きつける。
その柄には真っ黒な帯が巻かれている。
「《乱れ咲き》!」
「《疾風迅雷・参》!」
怒濤の連続攻撃が巨木に傷を付ける。
根を斬られ、巨木を切られ、枝を折られ、【ラ・ターリアザ】のHPが減っていく。
「《フェイタルラッシュ》」
ハルバードを手元に戻したロザリーも、アーツを用いて攻撃に参加する。
「外に出て初めての仕事が木の伐採なんてねぇ……」
ルクスリアはその特性上アーツを使えないため、大人しく戦斧で幹を叩いていた。
彼女の魂に紐付くアーツは存在せず、【純潔魔王】の座もロザリーが引き継いだために、今のルクスリアには【アスモデウス】以外に使えるモノが無い。
管理者の一人である新堂が見れば頭を抱えるだろうが、バグのような状態でもシステムが否定していない以上は何も出来ない。ロザリーのラストアーツ、《侵食領域:色欲世界》の一部として判定されているからだ。
次第に巨木の幹が軋み始める。
本格的に重傷となったのだろう、自慢の再生力も阻害されてばかりで発揮できていない。
あと少しで幹が折れそうだ……四人がそう感じ始めたとき、再びアナウンスが鳴った。
《――フィールド侵食率:三〇%》
『……は?』
直後、地面が爆発した。
真っ赤な片手剣と真っ青な片手剣。
制作者はふもっふです。作った後は精根尽き果ててログアウトしてました




