110.細々と絶えず、命の鳴 その二
□クルクラの森・近辺
ソレがいつから在るのか、ソレ自身すら分からない。分かっているのは、自身が他とは違うということだけ。
世界に名を与えられ、特別な力に目覚めた魔物……【縷縷命鳴 ラ・ターリアザ】。
枝が動く。根が動く。幹も動く。
およそ通常の植物とは思えない動作を一つ一つ確認して、ソレは自分が何者なのかを考えるようになった。
けれど、太陽が幾度となく頭上に登っても、答えが出ることは無い。
当然だ。魔物に人並みの知性が宿ることは極めて珍しく、魔物としての本能があるために、思案という人類の専売特許といえる活動を得意としない。
ソレは太陽の光で成長し、生物の体液で力を増し、生きた年数が能力を尖らせる。
やがてソレに気づいた生き物が攻撃を仕掛けてきたが、返り討ちにした。
柔らかい肉で構成された体に硬い板を纏い、これまた硬い棒で武装している個体によって強さがまちまちな生物は、ソレの栄養源として優秀だ。
そう理解したから、ソレは人類を獲物として認識し、餌として捕食するために雌伏することを選ぶ。
自身が成長するためには栄養が必要だ。生きるためではなく強くなるために。
何故かは分からないが、更に強くならなければならないとソレは感じている。名を与えられると同時に植え付けられた使命のようなものだ。
♢
「――っしゃあ!」
斬撃が放たれ、二つの首が同時に宙を舞う。討伐対象に指定されていたツインヘッドオーガの首だ。
オーガ自体、生息域が深い森の中に限られているというのに、その異常個体が森の外で活動していたのだ。討伐対象に指定されるのも当然である。
オーガは物理的攻撃力、防御力に特化した魔物だ。だが、ツインヘッドオーガは片方の頭が体を動かし、もう片方が口頭で魔法を使用する。その脅威は通常のオーガとは比べものにならない。
「聞いてはいたけど、動き方は天性の才能かな」
ロザリーはツインヘッドオーガの首を斬り飛ばした彼の動作を見て、それが理に適ったものだと理解する。
機会があればあの動き方を取り入れみよう、と彼女は考えた。
ハイトリカブトはいわゆる個人勢の配信者であり、何かしらの武術を学んだわけでも、ジムに通っていたわけでもない。
しかし、身のこなしは数多のゲームによって鍛えられ、テンションによって技量が変わるテンションファイターであり、冴えている時ほど一瞬で情報を整理することで判断力と行動力が備わったのだ。
「俺を侮ったのがテメェの運の尽きだぜ!」
そして、首だけになってなお魔法を詠唱しようとした敵を、彼は刺し殺す。
一矢報いられる前に追撃し、終始自分のペースでハイトリカブトは戦いを終わらせた。
「これにて前座は終わり! ネームド探すぞネームド!」
普段とは異なる口調は、彼のテンションが高まっていることを表している。配信者としての皮を被っているのもあるだろう。
その証拠として、彼の視界の端には熱狂するコメント欄が表示されている。
リアルタイムでの配信なので、配信者である彼にしかコメント欄は見えない。これは配信サイトとゲームに使用するアカウントが共通されているためであり、権限を持っていない他者は外部検索を利用して視聴するしかない。
ツインヘッドオーガがポリゴンに変わっていくのを確認した三人は、ネームドを探すため移動を始めた。
とはいえ、闇雲に歩くだけでは効率が悪いので、索敵能力の高いベレスが影を利用して周囲を探索している。
「――そうそう、クラメンだよクラメン。俺と同じで普段はソロ活動が多いけどな」
移動中は配信者らしくコメント返信をするハイトリカブト。
「あー、ラストアーツは必殺技みたいなもんだな。レベル100で使えるようになるから、ネームド討伐に成功すれば俺も使えるようになるんじゃねぇかな?」
「ロザっちはもう100超えてるから、私も早いとこ超えないとなー」
ロザリーの場合は特殊な状況だったので参考にはならないのだが、二人はちらっ……とロザリーに視線をやる。詳細まで知りたいわけじゃない。どんな状況なのかを知りたいだけだ。
「参考にはなりませんよ?」
「いっすいっす。リスナーの殆どはセカンドワールドのプレイヤーじゃないし、詳細に教えろって話じゃないっすから」
諸々省いた簡易な説明でもいいからと続ける。
それなら、まあ、とロザリーも当時のログを呼び出して話してもいい内容を決めた。
「私の場合、まずオンリーワンスキルの取得が先でしたね。それからそのスキルの能力で強引にラストアーツを取得した形です」
「――ちょぉぉぉっと待って欲しいっす。……オンリーワンスキル……? なにそれしらん、こわ……ってのは冗談っすけど、どんなスキルなんすか?」
「……ラストアーツの亜種みたいなものです。試練を突破する必要があるので、取得難易度は高いと思いますよ」
【純潔魔王】と《私に従え》の効果については伏せつつ、ロザリーはスキルを取得するに至った経緯を話す。
もちろん、ハイエルフの里についてはぼやかした。
「見つけるところからっすから、たしかに難易度高いっすねぇ。場所が分かっても相性が悪いと突破出来ない可能性もあるなんて、エンドコンテンツっすかね?」
「かもしれないですね」
そうではないと知りつつ、ロザリーは表向きの返答をする。
そうこうしているうちに目的地に着いたらしく、一行は地面に木の根が張り巡らされた地域に到着した。
ここは元は街道であったが、【ラ・ターリアザ】の出現によって封鎖され、今では辺り一体がこのように侵食されている。
「燃やしたら倒せないかな?」
ふとユキが零した。
「無理っすよ。植物とはいえネームドっすから、燃やしたところですぐに回復されるっす」
「自己再生みたいな能力があるんですね」
「状況からの推測らしいっすけど。――いたっす」
ぱたり、と足を止める。
目線の先には一本の大樹があり、何も知らなければ通り過ぎてしまっただろう。
幅二〇メートルはある巨木だ。
「まずは私が呪います」
「相手の動き次第っすけど、枝を振り回すようなら俺とユキさんで伐採するっす。ロザリーさんは幹を」
「了解!」
ぶわりと濃密な呪詛が生成され、【呪怨支配】の効果で槍の形に形成される。ロザリーはそれを引き絞るように構え、巨木目掛けて投擲した。
圧縮された呪いは深々と突き刺さり、【ラ・ターリアザ】は思わず悲鳴をあげた。
悲鳴というよりは、黒板や金属を引っ掻いたような不快な音ではあるが、それは確かな効果があることを示している。
そして、互いを認識し戦闘状態に入ったことで、【ラ・ターリアザ】の偽装が解除された。
巨木の頭上に銘が表示され、アナウンスが流れる。
《――ネームドモンスター、【縷縷命鳴 ラ・ターリアザ】が戦闘行動に移ります》
《――フィールド侵食率、一〇%》
ザワザワと枝葉が蠢き、無数の根は複雑に絡み合いながらも牽制するように周囲に向けられる。
同時に、地面に拡がっていた木の根もゆったりと動き出す。それは【ラ・ターリアザ】とは別種の植物に由来するのだが、間違いなく支配下に置かれているだろう。
蠢く地面に植物の魔物。
挑むはトッププレイヤー三人のみ。対するは僅かな期間で数多くの生命を貪った怪物。
【ラ・ターリアザ】との戦闘が始まった。




