11.ゾンビにクリティカルが効くものか
「――あれですか」
天気は良好。視界の先に広がる廃墟は、ただ一点を除けば神秘的という表現が似合っているでしょう。
ただ一点……そう、廃墟を徘徊する改造された死体です。
「どうやって動いているんでしょうね……」
「そこはほら、ファンタジーだから」
いや、確かにそうなんですけど。違うと叫びたい気分です。
だって、あのぐずぐずに腐りながらも徘徊している死体は、明らかに近代的な人工物である配管が所々から突き出ているんですよ? ときおり煙らしきものを噴出していますし、ファンタジーの一言で済ませるには、こう、やけにマッドでダークな雰囲気を醸し出しているのですが。
「見れば分かると思うけど、改造された死体は基本的に単独で動いている。だけど、近くで戦闘が長引くとあっという間に数が増えるから、時間を掛けるほど倒しづらくなる」
「私の方で検証スレに情報を投げているから、明日か明後日には物好きな奴らが対策を立てるだろう」
「まあ、経験値が向こうからやってくるって考えれば、今のままでもいいんだけど。幸い、廃墟の外までは追ってこないから逃げれるし」
それを聞いて少しだけ安心しました。
廃墟は始まりの街の倍以上の広さがありそうですが、改造された死体の動きはかなりぎこちないものです。数が増えると厄介なのはどの魔物でも同じ事なので、重要なのは逃走可能かどうかです。
死んだら経験値とお金と、あとアイテムも失ってしまいますから。
状況によっては装備品の耐久値が大幅に減少してしまう事もあるようなので、死ぬことだけは避けたいのです。
「デスペナは俺達も嫌だから、危険そうだったらすぐに撤退しよう。不足している物はないよね?」
「無いよ」
「問題ない」
「…………大丈夫」
「バッチリ!」
「ありません」
全員の返事を確認して、ディルックさんは大剣を鞘から抜き放ちます。
「ここから先に進めば奴らが俺達に反応するようになる。見つけ次第倒していくぞ!」
ここからはいつでも戦えるよう武器を手にし、ヒーラーである猫さんを中心に固まって移動します。
タワーシールドを構えた男爵さんが前方を警戒し、両脇を私とディルックさんが固め、シェィ・ランさんは背後から奇襲されないよう最後尾にいます。
瓦礫を避けながら進むと、前方に一体の改造された死体を見つけました。
「――むんっ!」
こちらに気付いた改造された死体は、ウボァと呻き声を上げてぎこちなく突進してきましたが、男爵さんがこれを盾で受け止め弾きます。
すぐさま私とディルックさんが頭と胸に武器を突き立て、それでもまだ倒せないらしく、頭の原型が無くなるほど潰してようやくポリゴンとなって消えました。
「左の建物から一体――じゃない、三体来た!」
近くの崩れかけの建物の中から次々と湧いて出てきましたね……休む間もなく連戦ですか。
先程と同じように男爵さんが一体を抑え、残りの二体は私とディルックさんがそれぞれ受け持ちます。
しかし……タフというのは思っていたよりも厄介ですね。
首を刎ねた、胸を潰した……私達であれば致命的なダメージとして即死するような状態でも動いているのですから。
一箇所潰れただけでは止まらない、複数箇所を破壊してようやく倒れるアンデッド。
死んでいるのだから簡単には倒れないなんて、ファンタジーの物語なら娯楽として楽しめるのですが、ゲームとはいえ相対すると辟易してしまいます。
っと、そうこうしている内に三体の改造された死体が全てポリゴンとなりました。胴の半ばまで縦に斬り裂けば一撃で倒せるんですね……。
私もアーツが使えるようになりたいですね。
「ふぅ……。ロザリー、死ぬか撤退するまでずっとこうだ。なるべく情報を持ち帰りたいから、試せることがあれば試してくれ」
「対策を立てるため、ですね? 武器系スキルの育成に時間を掛けているので手札が少ないですが……そうですね、こちらから奇襲した場合はどうなるんですか?」
私の持っているスキルの中で一番強力と言っていい【襲撃】は、まだディルックさん達に見せていません。
ディルックさんが、使いづらいとはいえアーツを温存していたように、力とはむやみやたらに見せびらかすモノではないのです。
必要なときに、必要なものを。私の場合はハルバードとこの【襲撃】ぐらいしか手札がありませんけど。
なので、【襲撃】が通用するかどうか一回だけ試したいとは思いますが、無駄だったら今と同じようにハルバードで何度も攻撃するしかありませんね。
「奇襲か……先制されてばかりだから考えてすらいなかったな。まずこちらが奇襲できるような状況を作らなければならないが……」
普通、奇襲したいと言われてもまずどうやって気付かれないようにするのか、を考えますよね。
「奇襲するのー?」
「私の魔法の射程、一〇〇メートルはあるんだけど、その距離でも気付かれているから難しいと思うわよ」
リンゴさんの遠距離攻撃でも気付くんですかここのアンデッドは……
「いえ、先制する必要はありません。レアスキルを一つ持っているのですが、未発見状態での攻撃が奇襲扱いになる効果があるので、一瞬でも私を見失ってくれれば奇襲できます」
「おおう、レアスキル……」
「リンゴも持ってたよね!? 【遠隔起動】!」
「こら、勝手に人のスキルを話さない。……まあいいか。私のは遠くからでも魔法を発動できる効果だけど、ロザリーのも中々使い勝手が良さそうね」
「…………話の途中だけど」
そう言って私達に声を掛けたシェィ・ランさんが指を指した先には、こちらに向かってくる二体の改造された死体の姿が。もうお代わりですか……。
今度は片方を弾き飛ばし、その隙にもう片方を抑え、一体目が戻ってきそうになったら二体目を弾いてそれを抑え……と、男爵さんが器用にも二体のヘイトを受け持ちました
「背中借りますよ」
「ああ」
一体が弾かれ距離が空き、二体目が男爵さんの盾に押さえられた瞬間、私は地面を蹴ってから男爵さんの肩を足場に跳躍。身体を捻りながら回転しつつ、重力も加わるようにハルバードを縦に振り抜きます。
肉と金属を斬り裂く手応えを感じつつ着地した私は、一刀両断された改造された死体がポリゴンになったのを確認しました。
「じゃあ、あっちは私が――燃えよ」
背後でぶわっと炎が上がり、もう一体の改造された死体がそのまま炎に巻かれて消えました。
魔法を見るのは初めてですが、掲示板の有志が纏めた情報によると自分から矢のように放つと書いてあったので、遠くから発動できると言うのは、途轍もないアドバンテージなのでしょう。
「【遠隔起動】自体がMPを消費するから、使う魔法は簡単なのばかりだけどね。弱点属性で格下相手なら一撃よ」
ふふん、とどこか得意げにリンゴさんが話します。得意なことだと普段より饒舌になるみたいです。
ちなみに、燃えよ、と言うのは始まりの街で端金で売られている魔法の詠唱です。魔法の効果は、触れたモノを発火させる、です。店先に並んでいたそれを見たとき、私は使えねーと思いましたよ。
そんな魔法が、使い方次第でこうも化けるんですね。
「それにしても、一人増えるだけで随分楽になったな」
「ロザリーがレベル以上に強いから、全員に掛かる負担が軽くなってるよね」
「…………出番ない」
「私も暇!」
ヒーラーが暇なのはいいことでは……? 私は訝しんだ。
「奇襲か……一例だけでは判断できんな」
男爵さんはもう検証可能かどうかを思案しているようで、ぶつぶつと何かを呟いています。
「…………もう来た」
はい、今度は私も気付きましたよ。反対側の建物の屋根に数体乗っているので、もしかしたら落下ダメージで楽に倒せるのでは?
戦闘の度にアクロバティックな動きをしていたらさすがに疲れますから、楽に倒せるに越したことはありません。
「――うん?」
が、その直後、数体の改造された死体が大きなナニカの腕に吹き飛ばされました。
腕……そう、腕です。
巨大な腕があの建物の裏側から伸びてきて、見える範囲でも五体はいる改造された死体を薙ぎ払ったのです。
「レアエネミーだ! 【鑑定】も【看破】を通らないから格上なのは確定だ!」
「一時撤退!」
ディルックさんが叫びます。彼でも撤退を最優先にするほど、あの腕は強いのでしょう。言われたとおり撤退します。
「……数が多い」
しかし、廃墟の外への道は、音に釣られたのかかなりの数の改造された死体が蠢いており、あの腕から逃げながら突破するのは不可能だと感じます。
それは全員同じ考えのようで、踵を返し廃墟の奥へと私達は撤退しました。
「あれはなんですか!?」
「分からない! 検証どころの話では無いからな!」
「神出鬼没で攻撃力も高いから、とにかく攻撃するなよ! 昨日はそれで死んだ!」
どうやらあの腕に一回やられたようで、苦々しげにディルックさんが教えてくれました。
【鑑定】や【看破】は格上には殆ど通用しませんからね。それもあるからこそ、戦っても色々と失うだけだと判断しているのでしょう。
ですが……少々名残惜しいです。
少しだけあの頃の私に戻れた気がするので、こういうハラハラした状況で戦いたいと思う私がいるのです。
別に、真っ正面から挑んで倒したい訳ではありません。毒でも火でも、使えるものを全て使って、卑劣な罠を活用してでも仕留めたい。卑怯だろうが卑劣だろうが、私は持てる全てを動員して格上の獲物を狩りたいのです。
しかし、今はパーティーで行動しているため迂闊な行動は迷惑を掛けるだけです。経験値やお金を失うのも痛いですし、黙って逃げましょう。




