106.【彷徨竜の加護】
三週間空きました……
スターレイルとティアキンが楽しすぎる(現在進行形)……!
「さて、【魔王】の座を守護する者についてだが……彼女らは生贄、人柱だ」
「それは、必要な犠牲だったんですか?」
「然り。そも【魔王】の座は七つと二つに分けられた厄災の欠片。神代が衰退する要因となった者に由来する力だ。……言葉で語るより、視た方が早いだろう」
目を開き、万華鏡のような瞳が私を見据えます。吸い込まれそうな、生物の瞳とは到底思えない代物です。
何をするのかと身構えそうになった私は、次の瞬間には見覚えのない大地を見下ろしていました。
「……ここは」
「身構えなくともよい。我の権能を用いれば夢へと誘い、過去の情景を見せることなど容易い」
どうやら過去を夢という形で見せられているようですね。
「ここはかつての時代、神代の終わり」
浮遊している私の隣から声がします。それはアウラ゠リオさんのものです。彼女の万華鏡のような瞳は開かれており、大地を見下ろしていました。
眼下では巨大な大陸が早回しのように変化しており、瞬く間に地形が変わっていきます。
そして、それを引き起こしている男の存在が、異様なほどに目立っていました。
「当時は座というものが用意されていなかった。資格のある者が自然と身に付け、力を振るうのが当然であった」
その男が手に持つ武器を振るう度に大地が裂け、山々が砕けていきます。その威力は私が知る限り最強の住人であった“授格騎士”アリアさんですら霞むほど。
「かの者は失意と絶望から世界を滅ぼすことにした。人が持つ当たり前の感情を用いて、超常の力を創りだした」
「……【魔王】」
「そうだ。正確には、かの者が創りだした力を分割したモノが七つと二つの【魔王】だ」
アウラ゠リオさんと思われる光が瞬くと、空中に九つの紋章が映し出されます。
その内の一つ、あの遺跡でも見た蠍のような紋章には色が付いており、彼女はそれを【純潔魔王】だと言いました。
……とすると、他の紋章はそれぞれの【魔王】を指しているのでしょう。
「分割し封印してもなお消えることのない力は……生贄を用いなければ、ただ在るだけで世界を蝕むこととなっていただろう」
「封印ではなく消すことはできなかったんですか?」
「可能ではある……だが、来たるべき災厄に備えるため、少しでも戦力が必要だったのだ」
視線の先では、大陸の三割を海に沈めたことで神罰を食らった男の遺体を、当時の人々がどこかへ運んでいくのが見えます。
運ばれた先の神殿で遺体は引き裂かれ、それぞれ九つの水晶に封じ込められています。
水晶は多くの人の手に渡り、最終的に座と呼ばれることになる遺跡に安置されることになりました。
それと同時に、一つの座につき一人、生贄が選ばれます。座を守護するため……そして、いずれ訪れる継承者を見定めるために。
「【魔王】の力は絶大だ。分割されてなお神に匹敵する。たとえ毒だとしても、害敵を討ち滅ぼすためならば許容する……当時の神々はそう考えたのだ」
生贄の一人、ルクスリアはハイエルフの里の座に封じ込められ、それを行ったのはアウラ゠リオさんです。
「仕方の無いことだった。より多くの人を、未来を、世界を守るためには。……尤も、それを為した女だけはどこかへと去って行った」
けれど、その封印を主導していたのはアウラ゠リオさんとは似ても似つかない女性で、場所と手法を用意して姿を眩ましています。彼女の行方は知れず、ただそうするべきだと言う助言だけした謎の存在です。
私はその姿に見覚えがありましたが……GMとしての仕事の一環なのか、それとも志遠さんと同じように何かしらの目的があってそうしたのか、判断することが出来ません。
アウラ゠リオさんの言い方からすると後者に近いような気もします。
「これより後のことが知りたければ内にいる彼女にでも訊くといい」
そう言うと過去の情景は消え去り、アウラ゠リオさんはその瞼を閉じました。
時間は……進んでいませんね。あくまでも夢だったからでしょうか。
「ん? 終わった?」
「伝えるべきことは伝えた。あとの時間は好きに使うといい」
「んー、じゃあ、好きにさせて貰うね」
軽快な動きで私の前に着地したリリーさんは、流れるように腕を掴んで勢いよく引っ張りました。
咄嗟の事だったので反撃しようと身体が動きましたが、綺麗に関節を固められています。
「……んー、やっぱりボクの加護が薄いね。お気に入りがこんなんじゃ自慢できないし、こっち来て」
そのままぐいぐいと引っ張られ、屋外へ連れ出されました。
ユキは何も言わず後ろを着いてきています。
一体何をするのかと不思議に思いましたが、先程の加護云々の話から、強化するなり上書きするなりするのでしょう。
……ルクスリアの存在が消えてしまう、なんてことは無いと思いますが、念の為意識しておきましょう。訓練を始めたばかりですが、こちらではリアルよりスムーズに扱えるので、展開せずに補強することぐらいは可能です。
「うん、ここならボクの権能を振るえるね」
到着したのは里の外れにある結界に程近い森の中でした。いえ、里の周り全部森なんですが。
リリーさんが大地に両手を当てると、小規模な揺れと共に地面が隆起し始めます。
ですが、出現したのは土でも石でも鉱石でもなく、リリーさんの鱗と同色の、淡い光の集合体です。
「あ。……アウラなら何とか出来るしまあいっか」
待って何か拙いことしてません?
「大丈夫なんですか?」
「なんか枯れてる気がするけど……」
ユキは私より目敏く周囲の変化を認識していました。確かに少し土が乾いていますし、木々からも生気が失われています。
「大丈夫大丈夫、森はアウラの管轄だから。それよりも、はいこれ」
有無を言わさず押し付けられた光の集合体は暖かく、私の内に入り込むと確かな力となりました。
精霊から与えられたものとは違う、竜の加護。
《――【彷徨竜の加護】を獲得しました》
これの効果は不明で、詳細を見ようにもフレーバーしか書かれていません。訊いてみても、必要なときに力を発揮するから気にしなくていいと言われました。
Sレベの存在しないスキル扱いで表示されているので、他のスキルとは毛色が違いますね。その点だけは【純潔魔王】とよく似ています。
「ああそれと、君が獲得した【魔王】だけど、二つ以上持つのは止めた方がいいよ。じゃあね」
最後にそう言うとリリーさんは地面に潜り、去って行きました。鎧であるあの巨体の元に帰っていったのでしょう。
……私達もそろそろ帰らないといけませんね。ただでさえあっちは事件が起きて大変だというのに、手伝わないのはディルックさんに悪いですから。




