105.神と竜
□ハイエルフの里・ロザリー゠ルナハート
ログインしました。
どうやらベッドの上に寝させられていたようで、着の身着のままではなく防具類を外されていました。ベッド脇の机の上に整備された状態で置いてあったので、状態を確認して装備します。
「……mya? mya!」
「おはよう、ベレス」
床で丸まっていたベレスが飛び起き、嬉しそうにビュンビュン走り始めました。
屈んで腕を差し出すと大喜びで飛びついてきたので、そのまま抱きかかえます。こういった行為は初めてですね。
「――ロザっち~~~っ!」
「おはよう、ユキ」
「愛咲さんから無事だって連絡は来てたけどさあ! せめて電話ぐらいしてよ!」
「……ごめん、ちょっと忙しくて」
異能の訓練をしたり、志遠さんに言われたことを咀嚼したりで、ユキのことが頭から抜けていました。
「おお友よ! 無事目覚めたようで何よりだ!」
「……これくらいで死ぬような人じゃないって言ったでしょ。ボクのお気に入りなんだからさ」
続いて来たフェイルさんも大袈裟に喜びました。
ですが……その後ろで暢気に欠伸をしている幼女は……誰ですか?
背の丈は私の腰までしかなく、どれだけ背伸びしても鳩尾辺りが限界でしょう。髪色はありふれた茶褐色ですが、黄金の瞳は縦に裂けた瞳孔が特徴的です。
ですが、それは彼女の特徴の極一部でしかありません。
側頭部から突き出た宝石の原石みたいな角。腰から伸びる長くて太い岩石の尾。爬虫類を彷彿とさせる両腕。下半身は上半身と比べると屈強で鱗に覆われており、一般的に逆関節と言われる構造をしています。
「まあ、起きたのなら話は早いかな。ボクもずっと寝ていられるほど暇じゃないし……暇かな? どっちだろ。……まあいいや。こっち来なよ」
のしのしと外に向かう彼女の後に付いていきます。
初対面ですが、どこかで出会ったような既視感があるんですよね……。逆らいたくないと目で訴えてくるベレスの雰囲気からも、以前遭遇した真なる竜を思い出させます。
「フェイルさん、彼女は……?」
「おや? リリー様は既に知り合っていると言っていたけど、違うのかい?」
「いえ、会ったような気はしますけど……」
多分、劇的な出会いをして、そのまま分かれた程度の関係な気がします。ですが、そんな出会いをした相手を忘れるとは思えませんし……それに、リリーという名前はどこかで……
「ユキ、彼女、は……どうしたの?」
「いや、その、別に?」
そわそわとしている様子のユキに訊ねてみると、【看破眼】が全然通らない上に勝てる未来が見えないから、私が起きてくるまで居心地が悪かったみたいです。
頑張って話そうにも、彼女は独特のペースを保ち続けているから打ち解けにくいようですし。
気になったので私も【看破眼】を使ってみましたが、確かに通りません。ですが、両腕に装備している【彷徨の竜鱗腕鎧】が仄かに熱を持ったような感覚を覚えると、一瞬だけですが名前が見えました。
その名は――【彷徨竜 ワンダー・リリー】。
「……あれ? 前にあったよね? 気付いてなかったの?」
「見上げるような巨体と今の姿を紐付けられるほど、私は貴女について詳しくないので……。名前も見えませんし」
どうやら【看破眼】を使ったことがバレたらしく、顔だけ振り返った彼女は不思議そうにそう言いました。
「アレはボクの鎧だからね。本体の方が強いのは当たり前でしょ?」
そして【彷徨竜】……リリーさんは我が物顔で安寧の間に通じる階段を登り始めました。
一瞬大丈夫なのかと不安になりましたが、階段前に常駐している人が当たり前のように脇に逸れたので、私達の彼女の後に続きます。
安寧の間では、【安寧神】でありハイエルフ達の長老でもあるアウラ゠リオさんがベッドに腰掛けていました。
彼女はその瞳を開き、眩しそうに細めると、側に来るよう言いました。
「無事、試練は達成されたようだ……。同胞の中から【魔王】を継ぐ者が現れたことを、誇りに思う」
アウラ゠リオさんは淡々と語りますが、朗らかな表情から歓迎していることが分かります。
【魔王】は罪源を背負う者……救世主の役割を担っていることは、断片的に覚えている情報から推測できるので、彼女がそれを誇りに思うのは当然のことでしょう。
そして私はあの座で出会った彼女のことについて、問い質します。この人はきっと、知っていたと思いますから。
「長老、訊きたいことがあります」
「述べよ。同胞の疑問ならば喜んで答えよう」
「ルクスリアについて……あの座に囚われていた人物について教えていただきたいのです」
「構わない。汝にはそれを知る義務がある」
義務……?
「あれ、長くなる感じ? じゃあちょっとベッド借りるね、アウラ」
「…………ええ」
了承する前にベッドによじ登ったリリーさんは、我が物顔でシーツを剥ぎ取り寝転がりました。
「……いいのですか?」
「真なる竜は神すらも凌駕しうる存在、自然の象徴。【彷徨竜】はその中でも遍く大地を掌握する者」
「ボクはまだまだだよ。隣の大陸までは手が届かないからね」
「……戯れ言を。大地の上に在る限り、その全ては【彷徨竜】の支配下。この里も例外ではない」
つまり、この大陸は彼女のモノということでしょうか……スケールが違いすぎますね。
他人のベッドでぐうたらしてる様子からは考えられませんが、ハイエルフの種族神であるアウラ゠リオさんが逆らわない現状を見るに、リリーさんの方が立場が上なのでしょう。
なんというか、苦労させられそうな上位者ですね……




