102.名瀬遙香 その五
□東京・名瀬遙香
「――ん」
眩しいと感じて目を開くと、開きっぱなしのカーテンの間から日が差し込んでいました。
ルクスリアは……あの遺跡はどうなったのでしょう……
VR装置のバイザーが上がっているので、どうやら自動ログアウトしていたみたいです。気絶していたようなので当然の措置ですが……なぜ気絶したのか分かりません。
何か色々と情報が詰め込まれた気がしますが、あまり覚えていませんね。
ベッド脇の時計を確認してみると、私は二日以上眠っていたようです。履歴にユキの名前が二〇以上溜まっているので、心配させてしまったみたいですね。
……しかし、なぜ志遠さんから電話が掛かってきているのでしょう?
「――おはようございます、お嬢様」
「っ……愛咲さんですか。いつから居たんですか?」
「昨日のお昼からです。当主様が、お嬢様が起き次第お迎えするようにと。本条様も心配されておりましたよ」
「びっくりするような事は控えて欲しいんですけど……」
「前向きに考えておきます」
部屋の隅で静かに佇んでいた彼女は名瀬家に仕えるメイドで、衣服のコーディネートなどでよく相談に乗ってもらっています。
半ば私の専属となっているので、緊急時に備えて合鍵も渡されています。
少し独特な性格をしていますが、有能なのは確かです。
「それより、体調に問題無いようでしたら、支度を整えてください。本家から呼び出されていますので」
「本家から……? 分かりました、すぐに支度します」
この場合、名瀬家ではなく臥龍岡家の方でしょう。
名瀬家はあくまで分家、元は臥龍岡家に仕える立場の者が興した家ですから。
急いで支度を整えます。たしか……一昨年の礼服をタンスの奥に仕舞っていたはずなので、それを着ていきましょう。
車の手配も済ませていたようで、愛咲さんのお兄さんが運転席に座っていました。タクシーだと安全を保障できないとか言って、義父様が出すように指示したようです。
臥龍岡家は京都に本邸があるので、途中で新幹線に乗り換えますが、だとしても過保護すぎます。
あっちに着いたら着いたで別の人が待機しているんでしょうね。
「荷物は私が持ちますので」
そう言ってスッと私から荷物を取り上げた愛咲さん。グランクラスのチケットも予約済みのようで、「こちらをどうぞ」と端末を渡されました。
改札を抜けて新幹線に乗れば、到着するまでゆったりと過ごせるでしょう。
私を窓側に座るよう促し、ぱぱっと荷物を仕舞った彼女は通路側に座ります。
「はあ……」
「どうしました?」
「いえ、ちらちらと鬱陶しいゴ――方々が多かったので、少しひねり潰したくなっただけです」
「……VRで我慢してくださいね」
「善処します」
予想通り待機していた車に乗って臥龍岡家の本邸へ向かいます。
京都の郊外に建てられたこの屋敷は、広大な敷地をふんだんに活用した日本家屋であり、現代の建築技術も活用されているため、災害レベルの地震が起きようと崩れることはありません。
本邸と呼ばれるだけあって、この屋敷には臥龍岡家の歴史が詰まっています。分家の娘である私には関係の無いことですけどね。
「当主様、名瀬遙香様がお見えになりました」
「通せ。……ああ、分かっている。また後で連絡する」
通された部屋は西洋チックなもので、調度品の一つに至るまで現代にかぶれています。
その中で志遠さんは、忙しそうに電話をしながらキーボードを叩いていました。
臥龍岡家の当主である志遠さんは、臥龍岡財閥の代表として様々な会社を抱えています。名瀬家もその傘下であり、VR部門を担当しています。
「緊張しなくてもいい。愛咲、説明していないのか?」
「していません。私が説明できる案件ではないと判断したので……」
「そうか。なら一から説明するべきか。名瀬の、時間はあるか?」
「はい」
「では宿を――ああいや、客間を用意させる。すまないが二日ほど我慢してくれ」
使用人が紅茶を淹れたカップをテーブルに並べました。その後、彼が無言で頷いて部屋を退出すると、志遠さんは私の向かい側に腰掛けます。
愛咲さんは私の後ろで控えているので、これからの話を知っているのでしょう。
「さて……一昨昨日は随分と無茶をしたようだな。可能とは言え、既存のルールを塗り替えるのは相当な負担になっただろう」
「……それは、ゲームの話では?」
「そうだな、一般的にはゲームだ。だが、一部の者にとっては違う」
♢
遙かな昔、ここではない別の世界でソレは出現した。ソレは一夜で都市を滅ぼし、次の日に国を焦土に変え、三日目には大陸を磨り潰した。
世界を滅ぼす存在、どこまでも冷たく、恐ろしい脅威。【邪神】と呼ばれるようになったソレに対抗するため、各国は連合を組んで挑み――惨敗した。科学技術も魔法技術も通じず、発展途上だった異能はソレの尖兵によって先んじて封じられた。
生き残った者達は【邪神】を斃すため……もう助からない自分達の世界を捨てることを決心した。
世界を渡り、力を身に付け、戦力を増やす。
その中でリーダー格として集団を率いるようになった者達は、やがて幾つかの計画を発案し、それぞれ別の世界で計画を進めるようになった。
この人類が地球で繁栄した世界にはχが訪れ、地盤を確立した後にθの分体が複数名とτの分裂体が訪れた。
数百年間χは臥龍岡家が受け継ぎ――それは今、臥龍岡志遠が継承している。
♢
「……そして、俺達がこの世界で進めている計画の名は、仮想誘因計画。その舞台として用意されたのが、『セカンドワールド』というゲームだ」
衝撃の事実に、頭がフリーズします。
嘘だと言ってしまえれば楽なのですが、私は志遠さんが語ったことを否定することが出来ませんでした。
非科学的で、空想的な、冗談のような話。
「薄々、感づいていたのだろう? そしてそれは、目を覚ましたときに確信に変わったはずだ」
けれど……確信してしまったのです。あの世界で暮らす人達、あの世界で私が得た力……ラストアーツと呼ばれるモノの正体を。
あの座を得た瞬間……私が何を獲得し、何に成ったのかを。
「お前が手に入れたそれは、異能と呼ばれる力だ。科学では説明できず、魔法でも再現できない特別なもの。【邪神】に対抗するために、俺達が進めている計画の産物だ」
スタイルいい美人がメイド服着ているんだから目立つのはしょうがない




