エッセイで常識を知る
ポン柑は非常識な人間です。いや、果物です。
いや、やっぱり人間です。。
あの、話それますけど、
エッセイジャンルにはご自身を動物だとか食品だとか言い張ってらっしゃる作家さんが多いような気がします。ああいうの良いですよね、以前から羨ましかったんで、私も果物だってキャラで通そうかなと一瞬魔が差したけど、やめました。ウソ言うとエンマ様にべろを抜かれるらしいので(笑)。
じゃなくて、犬にしてみようかな。
ポン柑だワン!
ボフッ。ボフッ。ワワワン。ガウー!
やめよ。
はい。なんだっけ、私が非常識だって話ですね。
世の中の雰囲気とか、多くの人の感覚とずれることがよくあります。ですので、意識して能動的に世間の空気を知ろう、理解しようとしていかないと周囲と合わせられない奴です。
そのような世間の空気や、他人の感覚をなろうのエッセイから知れる事がよくあります。
少し前に大きな事件がありました。日本中でみんなが話題にするレベルの事件でした。
これの受け止め方が、ズレていたようです。
私はもっとクールというか、冷めていました。
そんな状態でエッセイを見て、あ、皆さんは私よりもかなりナーバスになられているんだなと分かったのです。悲しみや怒り、あるいは憎しみという感情が大きいんだなと分かりました。加えて、わけもなく気分が沈むという状態の人も多くいらっしゃったようです。それから関連して誰かの行動に憤るという感情もありましたね。
私はこのような感情に共感できていないので、理解しようと努めていた、といった具合なんです。
で、どうやらなかなか危険な話題だと分かってくるわけですよね。
不用意な発言で会話相手を怒らせてしまいかねない話題ですので気をつけないといけません。政治的立ち位置によっても受け止め方には激しい違いがあります。私はどのような立場の人がどのような感情や意見を持っているかなどを分析していたりします。これは趣味でもあります。
このように書くと「お前は人間じゃねえ」などと言われそうです。
はい果物です。
いや、そういう事ではなくて。
私は感情が無いわけではないです。感情は豊かな方ですよ。
ただ観点が違ったり、興味の方向性が違ったりしていると思います。それに直感的、印象的な情報の受け取り方というのがちょっと違うんだと思います。
まあそこはどうでもいいです。精神病とかじゃないです。
とにかくですね。
マトモな常識人の顔をして私は生きています。生きていきたいです。
エッセイなどを読んでですね、しっかり勉強して、空気を読んでいかないと非常識な人間だとバレちゃうんですよ。
非常識な人間だとバレるのは、ちょっと困りますよね(笑)。
だいたい物書きとか、なろうで投稿してるような輩がまともなわけねーだろ、と思うんですけど(笑)。わりとそんな場所でも常識を求められるものなんですよね。




