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私は何故疑問を感じているのか?
私がここにいることについて。
私は地球で生まれ、今もなお生きている。
私自身の意志を持ち思考を重ね、いくつもの不思議や疑問に行き着いて、またこうしてすぐそばにいてくれるあなたに問いかけている。
私はあなたのそばにいたかったし、いたい。
だから今日もあなたのそばにいる。
あなたに問いかけている疑問の原点にはこうした背景がある。
私はこんなふうにあなたへ訥々と返した。
私の返答を聞き終えると、あなたはカセットデッキの前から移動して私の右側に腰を下ろした。
あなたと私はふたりでベッドの縁に凭れて並んでいる。
あなたは両手を頭の後ろで組んだ。
私の両手は私の両膝を抱えている。
私は首を左へ傾げてあなたの表情をうかがう。
あなたの視線は天井へ向いているらしい。
私の視線をあなたの声がやんわり止める。
「キミがここにいたい、ここにいようって決めたってことだろ」
「うん。それはそうよね。否定できないわ」
「キミ自身の選択の結果だ」
「そうね、私が自分で……」
世界には現在までにいくつもの思想や様々な考え方がある。
それらの理論や意味について学ぶことは、楽しいだけでなく、とても参考になっている。
私は東洋の哲学だけでなく、一般教養では西洋哲学についても学んだ。
ゼミの課題では東洋と西洋の思想を比較することもしばしば行なった。
だからと言って、疑問は消えるわけではない。
どんな思想でも考え方にしても、すべての物事を解決できるものではないのだ。
おまけに、というのはちょっとだけ違うかもしれないが、疑問が消えないのはまたひとつの不思議でもあると私は気がついてしまった。
疑問のすぐそばに不思議がちょこんといるみたいな感じだ。
とても仲のよい親友同士のように。
そしてまた、私は性懲りもなく疑問を質問に換えて意見を求め続ける。
「私が自分で、っていうのは分かってる。でも、それだけじゃないと思うことがあって」
「そうなると、いつまでもしっくりくる答えは見つからないような気がするのですが」
「そうかな?」
「そうじゃないのかな」
いつもとは逆の立場のような感じになって、私は眉を上げてしまう。
待てよ、と私は思う。
私が知りたいのはそこから先のこと、またはそのずっと奥にある根っこの部分だと思い至る。
思い至って、とりあえず今はこれ以上追究するのはよしておく。
ひとつ何かが分かると、そこからまたいくつもの疑問が生まれてしまうけれど。
よく言われていることだが、これはきっと真理なのだと私は受け止めている。
袋小路を見つけた私は疑問を質問という形に変え、あなたの意見を求めてしまう。
このパターンが続いてきた。
また同じことを繰り返さないように、私は立ち止まってみることを思いついていた。
そのためには落ち着いて、冷静になることが必要だ。
そう思いついたこと自体はよかった。
待てよ、とさっき思えたことでわずかに前進できた気がする。
反面、これもあなたの術中にはめられたように思えて、悔しい気もしてくる。
── ここにいたい。
私がそう決めたのはもちろんだけど、ここならいついかなる時でもいいのかと言うとそうではない。
あなたがいてくれることが必要条件だ。
もしあなたが留守だとしても、私はここに来ることはできる。
合鍵を使ってあなたの部屋に入り、ベッドの縁に凭れて膝を抱えることも可能だ。
でも仮にそうしたとしても、目的はひとりで膝を抱えるためではなく、あなたが帰ってくるのを待っていたいからだし、やはりあなたのそばにいたいというのが原点だ。
あなたはついさっき「いつまでもしっくりくる答えは見つからないような気がする」と言った。
なんだか、ずるい。
癪に感じた私は、あなたが見上げている天井に視線をやりながら、こんな質問をぶつけてみた。
「どうしてこの世界は不思議と疑問でできているのかしら」
「また突然だなあ」
あなたはちらりとも私に視線を向けることもなく、微動だにせずそう言うと、さらに続けた。
「キミがそう思ってるからだろ」
あなたは即答した。
私は膝を抱えるのをやめて身体を起こした。
地球は宇宙の一部であり、人間は地球の一部。
だから人間は当然宇宙の一部である。
あなたも地球の一部で、あなたの身体は地球や宇宙にある原子からできていて、あなたの中にだって私と同じように電子や陽子が入っているらしい。
私は知識として聞いたことがあるだけで、原子をちゃんと実感できているのではない。
実感して確認したいのだが、私自身が自力で電子や陽子を逐一確かめることはできない。
けれど、このことは真理とされる類いのものだ。
真理とされることに対しても、こんなふうに疑問を感じることがある。
ただ、追究してもなお疑問はなくならず、私が知っている世界は何ひとつ変わらない。
それではいくら頑張っても徒労に終わるのは目に見えている。
私はあなたの視線を塞ぐように表情を覗き込んだ。
覗き込む前はやや不機嫌そうに見えたあなたの表情は、「高度に洗練されている」という苦笑いに変わった。
「なんだかボクの答えが気に入らないように見えるのですが」
「気に入らないって言うよりは、そうね、癪に感じるのよね、いつも」
「なるほど」
「次は『確かに』って言うんでしょ?」
「確かに」
「何よ」
「何が?」
これは今やお決まりのパターンによる会話の区切りではないか。
私はまたひとつ溜息をつくことになる。