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私は研究者でも思想家でもない。
だからあくまでも個人的に、自己流で、勝手に想像しているにすぎない。
ただ、学問的にとか科学的にとかいうことはさておいて、直感的に「これは間違いない」と思うのだ。
マクロの世界とミクロの世界は相似であり、存在しているものはすべてリンクしている。
── どうして私はここにいるのか?
私の拙い脳を使って突き詰めていくと、やがて、宇宙はどうして、世界はどうして存在しているのかという疑問と同じであると分かる。
その答えが人間に出せるのか、あるいは、答えはないのか、科学で解けるのか、解けないのか、疑問は疑問を呼び、連鎖しながらまた次の疑問へ続いていく。
実はこうしたことは、宇宙の在り方とリンクしており、同じ構造になっているのかもしれない。
しかしながら、現時点においてどんな想像や仮説を立てても、正なのか偽なのか、誰も説明できない。
科学的な研究は進んでいるけれども、答えが確実に存在しているのかどうなのかさえ判然としていない。
可能性としては「答えがない」ということもありうる。
はっきりしないのだから、あらゆる可能性がある。
私は大いに不思議を感じるし、世界は不思議で満ちているし、永遠の謎になるかもしれない。
それに、なんでもかんでも必ず答えがあるなんて、勝手な思い込みかもしれない。
もっとも正解に近い回答は、今のところは、「分からない」とするのが正直なところではなかろうか。
そんな「分からない」世界の中で、私がひとつ信頼していること、それはあなたと私の関係であり、宇宙へひとりぼっちで投げ出されないための大切な命綱、絆である。
考えているからと言って何かが見つかったり、分かったりするとは限らない。
けれども、きっと何かいいもの、いいことに出会う。
そう信じて、どんなにのんびりであろうと前へと進んでいく。
たかだか二十数年の私の人生は、このことに尽きる気がする。
* * *
あなたの「最近のお気に入りを集めてみたんだ」というカセット・テープからは、ビリー・ホリデイの声が聞こえている。
── ビリー・ホリデイは1950年代のヴァーヴ(注:Verve/ジャズ音楽の有名なレーベルのひとつ)への録音から後が、ホント、最高だと思う。
既に声はしゃがれてしまい、歌手としての全盛期は過ぎているのは明らかだ。
なのに、彼女の歌は晩年に近づくほど心にしみてくる。
あなたがそう話してくれても、私はまだそのことを実感できるほどビリー・ホリデイを聴き込んでいるわけではない。
でも、あなたが言うのだから確かなことなのだと私は信じている。
── この曲もフランク・シナトラじゃなくてビリー・ホリデイを選んで正解だったと思うよ。
この曲、とは「All The Way」というスタンダードだとあなたは続けてくれた。
どうしてシナトラの名前を出したのか、その理由は、この曲のオリジナルは彼だから、ということだった。
私はヒゲさんが言っていたひとことを思い出した。
(なんで土井くんはそんなことまで知ってるの?!)
タマキちゃんも音楽好きだから、あなたみたいな先輩がいたら気になっても仕方がない。
── 日本では『ラスト・レコーディング』と呼ばれるアルバムに入ってるんだけど、同じレイ・エリスと組んでレコーディングした『レディ・イン・サテン』と共に一家に1枚は必須だとボクは思ってるよ。
レイ・エリス?
私は初めて聞いた名前について質問した。
── 2枚のアルバムでアレンジと伴奏の指揮を担当した音楽家だよ。
ふうん、と私は声には出さず思っていた。
なんであなたはそんなによく知っているのだろうか?
あなたは『ラスト・レコーディング』のCDをいくつもの山の中から苦もなく取り出すと、私に差し出してくれた。
晩年のビリー・ホリデイを絶賛するあなたの説に賛同しながら、私はなんとも素敵な雰囲気で流れている「オール・ザ・ウェイ」の歌詞をCDのブックレットで確認する。
……ずうっと、いつまでも。
* * *
「ねえ」
私はブックレットをテーブルに置いてから、私にとって重要な質問をあなたに投げかけてみた。
近頃思いを巡らせている疑問を、疑問は質問へと形を変えて。
あなたは無言のまま、目をパチクリさせて私の方に顔を向けた。
私はベッドを背に膝を抱えながら、ぼんやりとあなたを見ていた。
「どうして私はここにいるのかしら?」
「また突然だなあ」
ビリー・ホリデイの前にはドビュッシーの『交響詩“海”(La Mer)』の第3楽章が流れていた。
あなたが大好きな指揮者、エルネスト・アンセルメとスイス・ロマンド管弦楽団。
その前の曲は、ボブ・ディランをカヴァーしたスティーヴィー・ワンダーの「風に吹かれて(Blowin' in the Wind)」。
あなたは「今回はスティーヴィーを選んだんだ」と言った。
それから少し間を置くと「ディランのオリジナルもいいけれどソウルフルな解釈が最高だから」と理由を教えてくれた。
さらにその前の曲は……。
私は思い出すのをやめた。
きっとどんな音楽が流れていたとしても、私が前触れもなく異次元な質問をすれば、あなたはまず言うだろう。
── 突然だなあ。
これは近頃ほとんどお約束のようになっていた。
そのひとことと一緒に苦笑いを浮かべることも。