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テーブルに置かれてしまった『恋人たちの予感』のサントラ盤は、おそらくある程度の時間をかけて見つけたはずで、あなたがあらかじめどこにあるのかを把握していたとは思いにくい。
私がこの部屋を片付けることがあったとしても、レコードやCDといったディスク類には絶対手を出さないことにしているが、これには理由がある。
私の目の前の壁一面にドーンと聳えるように存在しているCDラックには、現在ほぼクラシックのディスクが埋め尽くしており、ラックから閉め出される形になったジャズのディスクはラックの前でいくつもの新たなヤマになっている。
さらに、ポップスの類は時間の経過に連れて脇の方に追いやられ山脈になってしまった。
そして、ラックには今や隙間は見当たらず、新しく入手したものは「ひとまず」また新たなヤマを形成することになり、再生するために取り出したディスクも「ひとまず」そうしたヤマに加わることになってしまう。
―― クラシックは作曲家別に、ジャズなら楽器別に整理してあるんだよ。
そうあなたは言っていたので、あなたと同等の知識を持ってない私には手が出せないということもあるが、根っから大切にしているディスク類ぐらいはあなた自身でどうにかしなくてはいけない、という私の意思表示でもあった。
そろそろCDの山はなくしてほしいなあ、と、私はことあるごとにあなたに申し渡している。
片付かないものがどうなるか、答えはただひとつよ、とも、申し渡してある。
私としてはラックに片付かないディスクは処分するしかないと考えたのだが、あなたはどうやらラックを増やそうという計画を立てたらしく、どうしたら部屋にラックが増やせるのか真剣に考えているらしい。
私の目で見た限りでは、もっと広い間取りの物件に引っ越すか、非現実的だが、ディスク類以外のほとんどのものを捨てるか天井裏にでもしまうくらいしか方法がないと思えてしまう。
この分だと早晩あなたの部屋はディスク類が主となり、あなたはちょこっと隙間に住まわせてもらっていることになるだろう。
私の居場所なんて、何をか言わんやなのだ。
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アイヴズのディスクはクラシック音楽だから、整理されていてすぐに見つかったのだろう。
でもあなたは「運良く見つかった」と言った。
このセリフは整理されているはずのクラシックのディスクにも崩壊の危機が迫っているのだと私に感じさせた。
きっと私は近い内に、また一段と立派になった山脈を見やりながらあなたと話すことになるのだろう。
あなたに言うつもりはないが、私はこの膨大なディスク類はあなたの生きがいや財産にあたると思っているので、本当は無理に処分してほしくない。
でもそうしたものだからこそ、日々のストレスの要因にはなってほしくないのだ。
あなたにとっては、その時々にお目当てのディスクを探すことは苦ではないのかもしれないが。
近頃だと、お目当てのものを探すのは難しそうだから「とりあえずは」目のつくところにあるディスクで手を打っている……そんなふうに見えてしまうことがある。
ついさっきも「とりあえずは」と言っていたのを私はしっかり覚えているし。
―― 探すのをやめたら見つかるらしいから。
あなたはどこかでよく聴いたことがある曲の歌詞みたいなことを言ったこともある。
―― 1分くらい探してみて見つからない場合は探すのをやめることにしたんだ。
こうも言ったのだから、探すことがストレスになっているに違いない。
踊ったり、『夢の中へ』行ってみたいと思ったのかもしれない。
―― そのうち、忘れた頃にでもふらっと見つかったりするのかも。
それでかまわないのなら別に私もことを荒立てたりはしない。
けれども世界は不思議で満ちており、「今どうしてもこれが聴きたい」という事態にしばしば遭遇する。
私にもあることだが、大概はあなたにだ。
妙なストレスを貯めないようにしてほしいと私はつくづく思っている。
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それにしても、探すのをやめると見つかるというのは、どういうことだろう?
すごく引っかかる。
私の心に、また保留中の疑問が顔を出す。
あなたに質問しても仕方ないなと思うから保留中なのだ。
名曲と言われる作品にはなんらかの鍵が含まれているに違いないと、私は理解している。
何かしら引っかかる歌詞やフレーズには、いつだって。
こんなことをさりげなく歌えてしまう井上陽水という人はなんてすごい人なんだと感じて、「ひとまず」山脈についてこれ以上の追及はやめておく。
追及をやめると解決策が見つかるならいいのに。
私は思った。
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陽水のこの曲をこの部屋で聴いたこともある。
最初はLPを私が自分で探そうとした。
あなたは「ベスト盤のLPも絶対にあるから」と言ってくれたし、ここにある山脈に比べればアナログ盤は圧倒的に少ないから見つけにくいものではないと思ったのだ。
―― 斉藤由貴がカヴァーしたやつもあるけど。
私は斉藤由貴が嫌いなのではなく、オリジナルの陽水の歌が聴きたかった。
私がアナログ盤の置かれた一角に向かうと、あなたは山脈の奥の方へと、なんとなく向かったように見えた。
ほどなくして、あなたが私よりも先に4枚組のCDを見つけた。
このうちの1枚、アルバム『氷の世界』をあなたは再生した。
この4枚組では『氷の世界』の1曲目に特別収録されていたのだった。
―― ボックスセットになっていたから見つけやすかったんだ。
あなたはそう言うと、恒例の苦笑いを浮かべてもうひとこと言った。
―― シングルCDもあったんだった……。
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直径8cmのシングルCDなら、山脈やアナログ盤を探すまでもないくらい少ない枚数だったっけ。
おかしな記憶が蘇ってしまい、私は困ったような表情をしていたらしい。
「どうしたの、そんな顔して?」
あなたはそう言いながら、CDプレーヤーのリモコンを持って私の隣に腰を下ろした。
元々こういう顔なのよ、と言い返す暇はなかった。




