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私たちは甘いものが好きだと思う。
遠慮がちに言っても、嫌いではない。
例えば、チョコレートや、ケーキ。
ケーキなら特にチーズケーキ。
コーヒーや紅茶、アルコールのお供にも、甘いものをそばに置いていることがほとんどだ。
ただ、甘いものを口にするのが好きだとは言っても、甘い言葉はお互いに苦手だ。
劇中のセリフなら、私はどんな言葉でも声にすることができる。
今ではこのことに揺るぎない自信がある。
大甘でも、下品でも、卑猥でも残虐でも、なんだって言える。
言えるのだが、「セリフ」は私自身の言葉ではない。
私自身の言葉であるようにできれば舞台では理想だが、それはあくまでも役のキャラクターが言っているもので、やはり私の言葉ではない。
幕が上がれば現実はどこかに行ってしまうけれど、幕が下りて、私が自分自身に戻ってしまうと、「I love you」を日本語に訳して言うただそれだけのことが、ものすごく高いハードルであるように思う。
平仮名でならたった5文字の「あ」で始まるひとことなのに、私はうまく使いこなせない。
誰かに対して「好き」と言うことにはなんの支障もない。
家族や友だち、もちろんあなたにだって何度でも言えるし、そうしてきている。
5文字の半分にも満たない2文字の言葉が、私にはちょうどいいようだ。
あなたはそんな2文字でもうまく使えないみたいだけど。
あなたが私に「好き」と言ってくれたのは、片手ほどにもならない。
ごまかすように「好きみたい」と言われたのはよく覚えている。
でもそれっきりだ。
果たしてこの先言ってくれるのかどうか、これもひとつの疑問である。
それでも、私はとてもたくさんの言葉で、あなたへ向けて声にするすべての言葉で、いつも気持ちを伝えているつもりだ。
タマキちゃんがよくあなたに言っているらしい「心が込もってない言葉は届かない」というひとことは、すごくよく実感できる。
私もあなたに同じようなことを言ったことがある。
タマキちゃんのようにはうまくまとめられないままだったけど、私なりの言葉であなたに言ったのだ。
それじゃお客さんに伝わらない、と。
その後間もなく、あなたは自然に「伝わる」言い方をできるようになっていた。
いや、本当は最初からできるのに、できないフリをしていただけだったのだろう。
今ではいつも何気なく交わす言葉のひとつひとつに気持ちが、心が込められていると感じる。
あなたが「そうですか」と言い、私が「そうですよ」と返す。
そんなやりとりでさえ、私はとても嬉しい。
取るに足らない、くだらないような、意味がなさそうなひとことのうちに、たくさんのものが詰め込まれている。
極端な例えになるけれど、もし通りすがりの見知らぬ人と同じ言葉を交わしたとしても、虚ろな声が聞こえるだけで無意味なだけだ。
あなたは違う。
たったひとことだとしても、あなたは私に、言葉にはならない何か、きっとエネルギーになるものを載せて届けてくれる。
あなたがどう感じているか訊いたことはないけれど、私はいつもそれを受け取っている。
あなたが言葉と一緒に届けてくれる全部を。
私があなたの言葉のひとつひとつに心を動かされてしまうのは、その証拠だと思う。
私はこのことをすごくすごく、すごく素敵だと感じている。
あなたはそう思わない?
だからこそ、私もあなたと同じようにできているといいなって、ずっと思っている。
うまくできているのかは分からないけれど、うまくできるようになりたいと思い続けている。
その理由のひとつは、あなたが私にくれる言葉にあるから。
私は素直にそう感じている。
5文字の「あ」で始まるひとことを使わなくても、充分に伝わってくる。
あなたが私にとってそうであるように、私はあなたにとってそうした存在でありたい。
── そうなれたなら最高だなって思わない?
私が質問したら、あなたはなんて答えてくれるだろうか。
なるほど?
確かに?
そうですか?
あなたのこうした文字数が少ないひとことは、いつだって「Yes」という意味だと私は受け取っている。
それでいいんだよね?
*
ドリッパーの中が透明な濃い琥珀色で満たされていく。
そろそろお湯を注ぐのはやめどきだ。
こう思ったらすぐに切り上げなくてはいけない。
経験からそう私は学んでいる。
ちょっとでも油断すると物足りない味わいになってしまいがちなのだ。
なるべく速やかに、でも静かに、あなたが温めておいてくれたふたつのマグカップへ、サーバーから淹れたてのコーヒーを余計な泡が出ないように移す。
立ち上る湯気さえ美味しく思えるなら、ドリップは合格だ。
そして、私は並んだマグカップから香る湯気に太鼓判を押す。
自然に私は嬉しさや誇らしさや愛しさや感謝や、そうしたいくつもの喜びがひとつになった独特な感情が湧いてくる。
私が淹れたこの一杯をあなたがひとくち飲んでくれたときにくれる言葉次第で、この感情の行く先が決まる。
いつもほんのちょっぴり、私が緊張する瞬間だ。




