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答えのない質問  作者: カワヤマソラヒト
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「けっこうな雨なんだから仕方ないな」


 朝からずっと露骨に不満な表情の私に、あなたは言った。


「予報がはずれることだってあるさ」


 それはそのとおりだと自分でも分かっている。

 今の私が不満な気持ちを隠さず表情に出しているのは、お互いの部屋にふたりきりでいるときなら、ありのままの自分でいいからだ。


(私、自分は晴れ女だと思ってたのにな)


 近頃の私はなんとなく運が悪い気がする。

 出かけると決めたなら、その日は必ず……とは言えないまでも、曇っていたなら晴れになったことが多いし、雨が降っていたなら止むことが多かった。

 少なくとも私の記憶の中では。

 なのに今日は雲の色がどんどん濃くなって、パラパラと降り出した雨は次第に強くなってしまった。


「きっとそう遠くない将来、予報はほとんど当たるようになるって」


 あなたは得意の苦笑いを浮かべながら言った。


「もしかして、出かけずにすんでよかったとか、思ってないでしょうね?」


 私が問いただすと、あなたの苦笑いはワンランクアップした。


「さすがにそこまでのことは……ちょっぴりだけしかないです」

「ほら、あるんじゃん」


 私は立ち上がると不満をワンランクアップして突っ込みを入れた。


(やっとコアラに会えると思って、すごく楽しみにしてたのに)


 窓を少しだけ開けて外を見ると、あなたが出かけたくないと思うのも無理はない気がした。

 弱い風が吹いただけで、雨は少しだけ空いた隙間から私の顔を濡らした。


      *


 あなたと過ごせる時間は私にとってかけがえのないものだ。

 余程のことがない限り、いつまでも、ずうっと。

 自由にお互いの部屋を行き来できるようになってから、あなたと会えない日はほとんどなくなった。

 これは素直に嬉しい。

 でも、日中からデートができる日は思いのほか少ない。

 学校に行く必要がない日だとしても、お互いにアルバイトがあったり、私には稽古の日もあったりと、一日中ふたりで一緒に過ごせることは減ってしまったように感じる。

 うまくタイミングが合って、私がにこにこしながらカレンダーに赤い「◯」をつけても、どちらかの予定がずれたり、今日みたいに天気が残念になることもある。

 贅沢なのかもしれないが、私はあなたとただ一緒にいるだけではなく、ふたりでどこかに出かけて同じ景色を見たり、街を歩きながら他愛もないおしゃべりをしたり、前から目をつけていたお店で紅茶を飲みながらチーズケーキを食べたりしたい。

 もっと、もっとたくさん、いくらでも思い出が欲しいのだ。


      *


 こんなことは気にしたくないのに、やっぱり近頃の私はなんとなく運が悪い。

 ついそう思ってしまう。

 新しい演目の練習が始まって、脚本を見ながら練習場で自分の動きを確認していたとき、どういうわけか足を滑らせて尻餅をついてしまった。

 昨日この話をしたとき、あなたは私にこう言った。


── ケガはしなかったか?


 心配してくれていると分かって、私は嬉しかった。

 でもその気持ちは次の瞬間には跡形もなく消えた。


── 安産型でよかったなあ。


 ホッとした様子で言われてしまったので戸惑いはしたが、私がやや不機嫌になったことに変わりはない。

 私は真っすぐに自分の感情を表情に出していた。

 即興でもないし、脚本があるわけでもない。

 あなたはすぐにいつもの表情で「冗談だってば」と言った。

 決められた型があるわけではないのに、あなたと私にはいくつかのパターンのようなものができつつある。

 その結果、私の気持ちは安定していく。

 私が何も意識することなく私自身でいられる場所があるから。


      *


 ずっと演劇を続けているせいか、私は無意識に自分を作って見せることがうまくなっているのかもしれない。

 演じるために役作りをするのは当然だと思っている。

 気になるのは、役を離れているときの普段の私だ。

 つい最近だが、駅のホームで電車を待っているときにふと頭に浮かんだ。

 私は部屋を出ると「無難な私」という役を演じているのではないだろうか、と。

 その脚本を書いているのは私自身なのだと。


      *


── 世界は不思議で満ちている。


 私はこのセリフが気に入っているし、よく使ってもいる。

 セリフと言っても何かの劇から引用したものではない。

 無意識のうちに誰かの言葉がすっと入ってきた可能性はもちろんある。

 けれど、いつの頃からか私の魂に灯っていた小さな明かり……それを自分の言葉にしただけ。

 そろそろ、このセリフに換わるもっと気の利いたものはないかな、と疑問に思ったこともある。

 私はこの疑問について真剣に考えた。

 するとすぐに気がついた。

 このセリフはすっかり自分の一部になっている、ということに。

 そして、気がついてみると答えはそこにあった。


── このセリフよりシンプルで私にふさわしい言葉は存在しない。


 私が出した結論だ。

 今もなお変わらない、変わる気配もない。

 たったひとつのセリフで自分の想いを言い尽くすなんて、おこがましいかもしれない。

 ましてやこんなに未熟な私が、自分のことであるにせよ、充分に意図を満たすのは無理だとも感じる。

 それでも、自分なりの言葉で、シンプルな言い方で、今の自分にとって大切なヒントになると感じられることや、つい覗いてみたくなる興味の入口を示せるなら、とても素敵なことだと考えているのだ。

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