類は友を呼ぶ、あるいは王子様と姫君が結ばれるまでの話
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マルティナは容姿端麗、文武両道、品行方正と文句なしの伯爵家令嬢であった。
のだが、彼女には悩みがあった。
「そんなに男っぽく見えるかな……?」
鏡を見てそんなことをマルティナは呟く。
鏡には見事なまでにしゃんしたまさに“王子様”とも呼べる人物が映っていた。
「むう。どうして私はお母さんに似なかったんだろう……。ミアが恨めしい……」
マルティナの悩みとは、それは自分に女性らしらが欠けていることであった。
妹のミアは美女と呼ばれた母によく似ていた。目はぱっちりとし、唇はふっくらとふくらみ、化粧がなくても美少女と言えるだけの美貌があった。その上、母からのスタイルも受け継いでおり、女性らしら満点のボディラインをしている。
マルティナはどちらかと言えば美男と言われた父の血が濃く反映されている。目鼻立ちはしっかりしているがどこか中性的で、美形と言われれば美形であるが、ミアのような女性的な美形ではない。美少女ともほど遠い。
体型も胸はなく、長身で、スレンダー。
鏡を見て、マルティナはため息を吐いた。
今晩は自分とは違う共学の学園に通っているミアのダンスパートナーをやることになっていた。よりによってミアの彼氏という役割で。
「お姉ちゃん! 準備できた!?」
ミアがノックもなしに部屋に飛び込んでくる。
「ミア。いい加減に彼氏作りなよ。あなたなら余裕でしょう?」
「えー……。だって、あんまりいい人いないんだもん。それにさ、こういうのってやっぱり運命を感じる出会い方じゃないといけないと思うし!」
「はあ。ミアは暢気でいいね」
「それほどでも!」
「褒めてない」
男性用の礼服がしっかりと似合ってしまう自分も憎らしいし、それと並ぶとミアがより女性らしく輝くのもなんども恨めしい。
「じゃあ、お姉ちゃん。打ち合わせね。お姉ちゃんはパーティーではマティアス・フォン・マッケンゼン。お母さんの旧姓だから間違えないよね。それで、私は彼氏がいるんだぞー! って自慢するから、お姉ちゃんは私とラブラブしてね?」
「ラ、ラブラブって……。あなた、恥ずかしくないの? 実の姉だよ?」
「だから、安心できるんじゃん。下手な男を連れてきちゃうと勘違いされちゃうから。お姉ちゃんなら安心です!」
ミアがグッとサムズアップする。
「ミア。来年はちゃんと彼氏作りなよ?」
「んー。努力はする」
「はあ」
何度目から分からないため息をマルティナが吐く。
「それで、お姉ちゃんは私がある程度注目を集めたら自由に行動していいです。一曲だけ踊ってね? それからは自由にどうぞ」
「帰っていい?」
「それはダメ。帰るときは一緒に」
ミアが両手で×印を作る。
マルティナがこういう役割をするのは何もこれが初めてというわけでもなく、ミアが入学したときのパーティーもお相手を務めたし、マルティナが通う女子校でもマルティナは大抵ダンスパーティーの際は男役だった。
なんとも複雑な気分だ。
ミアのようにとまではいかなくとも、自分も女性らしく着飾って、好みの男性とダンスを踊りたいものなのだが。
「じゃあ、お姉ちゃん。準備ができたら、出発ね。準備できてる?」
「できてるよ」
「じゃあ、レッツゴー!」
ミアはどうして立派な彼氏ではなく、男装した姉を相手にしたダンスパーティーでここまでテンションを上げられるのだろうかと、マルティナは心底疑問だった。
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学園のパーティーは立派なものだった。
マルティナが通っている女子校より設備がいい。
貴族のための学園だからと言ってもこれはなかなかに味わえない体験だと、前に来た時もマルティナは思っていた。
「ミアー! またあのお方を連れてきてくれたのね!」
「えへへ! 私の彼氏のマティアス様でーす! 君たちも早く立派な彼氏を捕まえなよ。ね、マティアス様?」
ミアは自慢げにウィンクして見せる。
全く、この子はすぐ調子に乗る。
「ミアがお世話になっています。手のかかる子ですが、根は純粋な子ですので……」
「は、はい! ミアさんのことは任せてください!」
ミアがそこでにやりと笑っていた。本当に根は純粋なのだろうか。
「マティアス様。踊りましょう。私たちラブラブですから!」
「そ、そうですね。ラ、ラブラブですから」
言ってて恥ずかしくないのかこの子はとマルティナな心底疑問に思う。
いつも通りの社交ダンスを踊る。妹が相手だと調子も合わせやすくてやりやすい。何度も練習役をやったからかなとマルティナは思う。
「マティアス様、素敵……」
「ミア様羨ましい……」
本当に複雑な気分になる。妹と踊っているのにそういう言葉を受けるのは。
「ふう。ありがとうございます、マティアス様」
そして、ミアが耳元に口を近づける。
「後は自由にいいよ、お姉ちゃん」
ミアはそう囁くとそそくさとどこかに消えていった。
そう言えば1年のときも途中まで踊ってどこかに消えたんだよな、あの子。本当は何か別の目的があって自分を連れ出しているんじゃないだろうかとマルティナは思った。
「自由に、と言ってもな……」
マルティナと踊りたがっている女子生徒は何人もいるようで、声をかけてくれるのを待っている。基本的にこういうのは男性側から声をかけるものだ。そして、今のマルティナは男性側である。
踊ってもいいのだが、あまり噂になるようなことは避けたい。
ミアの彼氏という偽装であるのだから。ミアの彼氏らしく振る舞わなければならない。下手に噂されるような相手と踊って、ミアの立場を不味いものにはしたくない。わがままな妹だけど、可愛い妹でもあるのだ。
マルティナは少し所在なさげに周囲を見渡す。
そこでひとりの少女を見かけた。
地味目のドレスを身に着け、銀髪に近いプラチナブロンドの髪をポニーテイルにしただけというなんとも飾り気のない様相の女子生徒だ。それがどうにもマルティナの注意を惹いてならなかった。
どうしてこの華やかなダンスパーティーでそんな地味なドレスなのか。どうしてそれだけいい髪質の髪を持ちながらポニーテイルで妥協してるのか。どうしてそれだけ可愛いのに部屋の隅っこで地面を見つめているのか。
自分にないものをたくさん持っているのに、どうして人生を楽しんでいないのか。
そう思うとどうにもその子を引きずり出したくなった。
「失礼、レディ。一緒に踊ってはいただけませんか?」
「え……? その、私は……」
「どなたか約束のお相手が?」
「い、いえ。そういうわけでは……。では、一曲だけ……」
銀髪の姫君をマルティナが光の当たる場所に誘い出す。
銀髪の姫君は実にダンスが上手かった。だが、癖を見るにどうも男性側で踊り慣れている節が受け止められた。飾り気がなかったのは、そういうことだろうかとマルティナは疑問に感じる。つまりは彼女もマルティナと同じ側だったということ。
銀髪の姫君の顔を見ていやいやと否定する。
どう見てもミアのような絵にかいたような美少女だ。美形であるが美少女ではないというマルティナとは明確に違う。
マルティナにはこの一曲が酷く短く感じられ、あっという間に踊り終えた。
「あの、少しいいですか?」
「何でしょう?」
銀髪の姫君がマルティナの耳に囁く。
「女性の方、ですよね?」
「……!」
マルティナは心臓が口から出そうになった。これが見破られたのは初めてのことなのだ。これまでは絶対にバレなかったので今回も絶対にバレないと油断していたかと、思わず顔を青ざめさせる。
「いいんです。内緒にしておきますから。それよりもお願いがあるのですか、聞いていただけるでしょうか?」
「な、なんでしょう?」
銀髪の姫君がゆっくりと告げる。
「私のことを心から愛してはいただけませんか?」
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あの後、銀髪の姫君の名前を聞いた。
ラファエラ・フォン・ルントシュテット。
「困った……」
別に男装のことをバラすと脅されたわけではない。本当にただのお願いだった。
断ってもいいし、受けてもいい。
だが、マルティナが男装をしているということに気づいていながらの、あのお願いである。彼女はそういう趣味の人なのか? と疑問に感じる。別に人の趣味にどうこう言うつもりはないし、マルティナの通う女子校では珍しくもないことだ。
問題はマルティナにはそういう趣味はないということである。
無駄かなとは思いつつ、ミアに相談してみたところ。
「え!? それはもう付き合うしかないじゃん! まさしく運命の出会いじゃん! 憧れちゃうなあ、そういうのー!」
まるで役に立たなかった。
「ラファエラさんてどういう人なの?」
「別のクラスみたいだし、知らない。聞いておいてあげようか?」
「お願い」
ミアに情報収集を依頼するのは嫌な予感しかいなかったが、他に頼れる人はいない。
「はい。分かりました。まず、ラファエラさんはうちの学園の生徒じゃないです」
「なんじゃそりゃ」
数日後、ミアが説明する。
「うちの学園のローラント・フォン・ルック君って人のパートナーで他校から参加していたみたいです。つまりは彼氏持ち。それなのにお姉ちゃんに愛の告白。修羅場の予感がしますよ! お姉ちゃん、刺されないようにね!」
「なんで嬉しそうに言うの? 姉の危機だよ? 少しは心配して?」
マルティナがミアをジト目で見る。
「それ以外に分かったことは?」
「今度、うちに来るって」
「へえ。今度、うちに来るのか。……は?」
「私が誘っておきました」
ペロリと舌を出して、ミアが笑顔を浮かべる。
「ミア。あなた楽しんでいるでしょう?」
「そんなことないよ。私も恋する乙女としては、他人の恋を応援せざるを得ないんです。それにさ、お姉ちゃんって女子校だし、こういうの慣れてるでしょ? 軽くラブラブして満足してもらいなよ。じゃないと、地雷になるかもよ?」
「他人事だと思って……。まあ、下手に先延ばしにするよりそっちの方がいいかな」
「でしょでしょ? ミアはできる妹ですから!」
ミアがどやあっと胸を張る。
「それで具体的な日時は?」
「明日」
「……もうちょっと時間に余裕を持たせてくれたら、お姉ちゃん嬉しかったな」
果たして明日、いきなり会って何をすればいいというのだろうかとマルティナは頭を抱えたのだった。
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「おはようございます、マティアス様。それともマルティナ様とお呼びした方が?」
「お任せします」
「では、マティアス様と」
銀髪の姫君──ラファエラが頭を下げて、マルティナに挨拶する。
マルティナはここで少し違和感を感じた。
カーテシーはなし。軍人がするような礼。女子校では定番のごきげんようの挨拶ではなく、おはようございます、と。女子校で過ごしてきたマルティナにとっては違和感のあるものであった。
まあ、共学の学園だからと思ったが、思い出してみるとラファエラの学校は不明だ。
でもまあ、共学なのだろうと思っておいた。女子校なら教師から嫌になるほど挨拶やら立派な淑女の在り方について叩き込まれ、どう足掻いてもそういう所作が身についてしまうものなのである。
「それでは参りましょうか?」
「ええっと。どちらへ?」
「ああ。申し訳ありありません。予定を連絡し忘れていたようですね。今日は我が家の別荘で乗馬と狩りをと思いまして」
「ほう」
実際に所はラファエラはそうミアに伝えていたのだが、ミアが伝え忘れていただけである。ミアはマルティナの後ろでテヘペロしていた。
「アウトドア派だったのですね」
「ええ。昔からアウトドア派でして。よろしければお付き合いいただけますか……?」
ラファエラがマルティナを見上げてくる。
「もちろんです。興味、ありますから」
ここまでこられて別の予定にしましょうとは言えない。
しかし、段取りを整えるのが上手い子だとマルティナは思う。普通、女性側からの誘いであろうとこういうことのスケジュールを考えるのは男性側のようなものなのだが。
いいやいやいや。同性だ。ラファエラと自分は同性だ。どちらも男性側ではないし、これは断じてデートではない。どちらが予定を考えてきてもいいのである。ついつい外見的なものや普段の立場に影響されそうになるが、自分が女だということを忘れないようにしなければとマルティナは思った。
「それでは向かいましょう。日帰りで行けますので」
馬車に乗って屋敷を出る。
ダンスパーティーのときは些か暗い子だという印象を受け、また弱弱しくも感じたために銀髪の姫君などと思ったりもしたものだが、馬車の中のラファエラは口数こそ少なかったものの、狩りや乗馬の話になると明るく解説してくれた。
とは言え、今日も飾り気のないポニーテイルに地味なドレス。
せっかくの素材がもったいないとマルティナは心の中で嘆いた。
「マティアス様は乗馬の経験はおありで?」
「2回だけ」
「それでしたら分からないところがあればいつでも質問なさってください。私は乗馬に慣れておりますので」
本当にアウトドア派なんだなと思わされた。
乗馬部は女子校にもあるが、乗馬部の女子生徒はモテるものだ。……同性に。
演劇部がトップでモテるらしいが、マルティナはテニス部だ。純粋に体を動かすのは好きである。その点、アウトドア派であるラファエラとは気が合いそうである。
マルティナは目の前の銀髪の姫君に好感を抱きつつあった。
「さあ、着きました。我が家の別荘です」
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乗馬のために乗馬服に着替えることになった。
それぞれの部屋が割り当てられ、マルティナも持ってきた乗馬服に着替える。この後は狩りもあるのでアウトドアな服装が必須だ。
「お似合いです」
「そちらこそ」
ラファエラは乗馬服に着替えると、随分と立派に見えた。
印象ががらりと変わる。いつもの地味なドレスがいけないのだろう。乗馬服だとポニーテイルの飾り気のない髪型も気にならない。むしろ、これはうちの学校でモテるタイプだ。女性らしい細さがありつつも、芯はしっかりとした女性だ。
「うちの馬は大人しいですから、どの子を選んでも大丈夫ですよ」
そう言ってラファエラはマルティナを厩舎に案内した。
「おお。白馬ですか?」
「芦毛ですね。白馬ほど白くはありません。気性の大人しい子ですよ」
「では、これに」
白馬でないのは残念だが、素人目には似たようなものだ。
確かに大人しい子らしく、スムーズに厩舎から出てきて、大人しく鞍をつけられる。暴れることは全然ない。これなら安心だなとマルティナは思った。
その間にラファエラも栗毛に白い流星のある馬を連れてきて鞍をつけ、慣れた様子で乗っていた。マルティナも同じようにして乗ろうとするが、なかなか上手くいかない。それでも馬は暴れずに辛抱強く待っている。
「地面を蹴ると同時に体の重心を持ち上げるようにしてください。それでうまくいくはずですから」
既に馬にまたがっているラファエラがそうアドバイスする。
「こうっと」
マルティナが言われたことを意識してやると上手くいった。
「上出来です、マティアス様。それではぐるりと牧場を回ってみましょう」
「ええ」
乗れたらこっちのものだ。乗馬は経験が全くないわけではない。
鞍上で揺られながら、パカパカと馬をゆったりと歩かせる。
「ラファエラさんは乗馬が趣味で?」
「ええ。以前は障害馬術もやっていました。うちの牧場の馬たちは気性は大人しいですが、他の馬に負けないぐらいのタフネスがありますよ。馬たちが軽やかに走り抜けていく様子をお見せしたいものです」
「それは凄いですね」
やっぱり乗馬部か。しかし、どうもイメージが合わない。
どこかで何かが致命的に食い違っているかのような、そんな気がする。
しかし、そのどこかが分からない。ただ、最初に銀髪の姫君という印象を受けたせいだろうかとも思うが、そうではない気がする。
「どうかなされました?」
「あ。いえ。意外だなと思いまして。ダンスパーティーでは随分と暗くされていたので。こうしてアウトドア派だったとしるとより一層意外に感じまして」
「ああ……。少し、事情がありまして。いずれお話します」
ラファエラが表情を曇らせる。
どうやらこの話題は避けた方がいいらしいと思ったマルティナはそれ以降、この話題を出さず、ラファエラが馬を巧みに操って牧場内におかれたちょっとした障害物を乗り越える様子を見たり、ふたりで牧場の周りを駆け巡ったりした。
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その後は狩りだ。
狩りばかりはマルティナも初めての経験になる。
「弾はこのようにして込めます。銃口は決して人に向けないでください。弾が入っているときも、弾が入っていないときもです」
「はい」
銃を使っての狩猟だ。猟犬もいて、案内の老人や仕留めた獲物を管理してくれる使用人たちもいる。
狩りは貴族の趣味とはいうものだが、貴族は貴族でも男の趣味だ。女性たちは男性が狩りに熱心な間にお茶をして、優雅に過ごすもの。少なくともマルティナの中ではそういうイメージがあった。
だが、男性向けのディアストーカーを被ったラファエラはその銃の剣呑さを含めて、完成された形に見える。
ああ。この子は内面が男性的なのだ。と、ようやくそこで今までの違和感に気づいた。外見は銀髪の姫君と言っていいほどの華奢さと可憐さを持ち合わせていながら、趣味嗜好と所作は男性的。それが違和感の正体だ。
「何を仕留めるんです?」
「思い切って鹿を狙おうかと。ふたりで2体、仕留めましょう。狙うべき場所は──」
ラファエラはかなり慣れているのか、鹿狩りについて詳しく教えてくれた。どうすれば獲物を苦しめず、かつ肉質を痛めずに仕留められるかを教えてくれる。猟銃の構え方もしっかりと教えてくれた。
「では、行きましょう」
乙女の心に鈍い人でもラファエラが気合が入っているのはよく分かった。
「ひとつ、気を付けてください。角の4本ある鹿は絶対に撃たないことです。4本角の鹿は、狩人に途方もない不幸をもたらすと言われています。絶対に、絶対に、ぜーったいに撃ってはいけませんよ?」
「りょ、了解」
ラファエラの様子が鬼気迫っていたためにマルティナは思わず頷いた。
過去に何かあったのだろうか? と疑問に感じる反応だった。
そして、猟が始まった。
獲物は猟犬が探すのでマルティナたちは後ろをついていくだけでいい。
「山歩きは疲れませんか、マティアス様?」
「こう見えて鍛えているので平気ですよ」
「それはよかったです」
ラファエラの方こそ疲れていないのかと聞こうとしたが、マルティナの見る限り、ラファエラは元気いっぱいだ。あの華奢な体でよくと思うが、アウトドア派ならば自然に体力がつくものだろうと思った。
「いました」
ラファエラが合図する。
ラファエラが指さす先に、2頭の鹿がいた。角は4本ではない。
「幸いこちらは風下です。私は右手のを狙いますから、マティアス様は左手のを」
「分かりました」
銃を撃つなんて初めてだ。ここで外したりしなければいいけれどと思いつつ、銃弾を込める。安全のためにギリギリまで弾は詰めないことにしていたのだ。
弾を詰めた猟銃を鹿に向けて狙いを定める。構え方はラファエラに教わった通り。
「今です」
ラファエラの合図で引き金を絞る。
鋭い銃声が響き、鳥が羽ばたいていくのが聞こえる。
「お見事です、マティアス様。仕留めましたよ」
2頭の鹿が地面に倒れている。
「少し、可哀そうですね」
「そう思われますか?」
「ええ。あの鹿は剥製に?」
「いいえ。ある程度熟成させたのちに食卓に上ります。既に熟成したものがありますので、今日の夕食は別荘で召し上がっていかれてください。きっとその美味しさに驚かれるかと思いますよ」
ラファエラはそういってにこりと微笑んだ。
ちょっとぐらりと来たことは否定できない。ラファエラは美少女だ。それもそういう趣味のない人間までそっち側に引きずり込んでしまう危険性を持った美少女だ。
だが、マルティナは彼女のことが好きになり始めていた。
理由は似ているから、だろう。
マルティナだってフリフリのドレスを着て、髪を長く伸ばし、男性役としてではなく、女性役として社交ダンスを踊りたい。思う存分着飾って、お洒落がしたい。だが、絶対に似合わないという現実がある。
ラファエラもこうしてアウトドアで過ごすのが好きな男性的側面を持っていながら、社交界ではドレスを着て、男性が声をかけてくるまで待っていたないといけない。それが社会的に決められた彼女の地位だから。
全く以て世の中とは上手くいかないものだ。
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それから別荘で鹿肉のシチューをいただき、帰宅することになった。
「楽しんでいただけたでしょうか?」
「とても。新しい体験ができてよかったです」
「それはよかった」
ラファエラが胸を撫でおろす。
「それで、あの、お願いしていたことはどうでしょうか……?」
そして、また心配そうにラファエラが尋ねる。
正直なところ、もう性別の壁はどうでもいいと思いつつあった。確かにマルティナはできるなら男性と恋をしたかったが、ここまで熱心にアプローチされてしまうと心が揺らいでいるのである。
だが、マルティナにも譲れないところはある。
ラファエラには事実を見てもらいたい。その上で“ラファエラが自分を愛せるのか”を尋ねておきたかった。
「今日から1週間後、また会いましょう。我が家で妹の誕生日パーティーがあります。そこでお互いの“本当の姿”を見せ合い、その上で判断するとしましょう。安心してください。私はもうあなたのことが好きですから」
「本当ですか!? しかし、本当の姿、ですか。分かりました。準備しておきます」
「招待状をお送りしますので、確認されてください」
ラファエラとはそう告げて別れた。
そして、帰宅したマルティナはミアの部屋の扉を叩く。
「お姉ちゃん! どうだった!? 修羅場になった!? 誰か刺された!?」
「誰も刺されてない。それより頼みたいことがあるんだけど」
「何かな、何かな。このミアにお任せあれだよ、お姉ちゃん」
ミアがワクワクした様子で尋ねる。
「私に合う、女性もののドレスをコーディネイトしてくれないかなって。無理なら無理で自分でやるからいいんだけど、少なくともミアの誕生日までには」
マルティナが恐る恐るそういうと、ミアがまるでチェシャ猫のようなにんまりとした笑みを浮かべて、マルティナを見つめ返してきた。
「ふふふふふ。いつ、お姉ちゃんがそうお願いしてくれるかなと思ってずっと待ってたんだよ! このミアに任せといて! お姉ちゃんにばっちり似合うドレスをコーディネイトしてあげるから!」
「あの、本当に似合うのにしてね? 似合う奴だよ?」
「大丈夫! ずっとお姉ちゃんにこれ似合いそうだなと思っていたものがたくさんあるから! 明日は買い出しね! あ、言っておくけど財布はお姉ちゃんのだよ?」
「分かってる。お願いね」
「任せろ!」
ミアは鼻歌を歌いながら、自室に戻っていった。
「本当に任せて大丈夫かな……」
とは言え、ミアの他に頼れる相手がいないことも事実だ。ここ数年ドレスなんて着たことがない。男性物の礼服ばかり着てきた。そして、そのせいで自分のセンスは正直言って信頼できない。ここ最近の流行りや、マルティナのような人間にも似合うドレスとなるとなると数多を抱えざるを得ない。
それでもラファエラに本当の姿を見てもらうために、ドレスは必要だ。
自分は女性なのだという事実を向ける。
相手が男装のせいで男性のように付き合えると勘違いしてるのであれば、それは正さなければならない。ラファエラに本当の姿を知ってもらって、その上でラファエラに本当に自分でいいのか尋ねなければならない。
そうしないといつか現実が追いかけてきて、追いつかれ、幻想は剥げ落ちる。
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1週間後。
ミアは見事なコーディネーターであることを証明した。
「凄い。凄いよ、ミア。ちゃんと私に似合っている」
「でしょー! ふふふ。お姉ちゃんがこういう可愛いドレス着ているところ、見てみたかったんだよね。お姉ちゃんってばすぐにお洒落諦めちゃうから、残念だなってずっと思っての。これで万全だね!」
そう、今日はミアの誕生日パーティーだ。
「でも、それでラファエラさんと会うの?」
「そう。私の本当の姿を知っておいてもらわないと」
自分が男装した女ではなく、こういうドレスも纏う女であることをマルティナはラファエラに知ってもらい、その上で判断してもらうつもりだった。
「ま、いいかな。面白そうだし」
「あなたねえ……。姉の人生をかけた一大事に……」
「私の誕生日パーティーだもん」
「そ、それはそうだけど」
近いイベントがミアの誕生日パーティーしかなかったから、選んだものの失敗だったかとマルティナは後悔しつつあった。
「ラファエラさんに負けないぐらい私も着飾っておかないとね。向こうも本気で来るんでしょう?」
「あ。そうか。お互いに本当に姿って言ったから、ラファエラもいつもの地味なドレスじゃないかもしれないんだ」
「もー。お姉ちゃんは自分のことばっかり考えすぎ。ラファエラさんのドレスも褒めてあげるんだよ? それから当然妹のドレスも大絶賛してね! それから誕生日プレゼントは期待しているから!」
「誕生日プレゼントはね──」
「ダメダメ! 今言っちゃダメ! 楽しみがなくなるでしょ?」
「ごめん、ごめん」
さて、そろそろ時間だ。
招待客がやってくる。ミアの学友たちもやってきた。
「ごきげんよう、ミア様。……!?」
「ごきげんよう」
流石にいきなりドレスで着飾っていたら、相手も驚くかと思った。
こんな人、いたっけ? という顔をして、ミアの学友は会場に入っていった。
ラファエラも驚くだろうか?
だが、驚くのはラファエラだけではなかった。
「……ラファエラ!?」
「……マティアス様!?」
ラファエラは男性用の礼服に身を包んでいた。
いつもの飾り気のないポニーテイルと美少女の中の美少女と言える顔立ち、そして華奢な体のラファエラに男性用の礼服が似合うはずもないと思ったが、これはこれでしっくり来ている。
「その格好は……」
「マティアス様、いえ、マルティナ様が仰った通りですよ。『お互いの“本当の姿”を見せ合い、その上で判断する』と。これが私の本当の姿です。嘘偽りなく、私です」
「そうか。似合ってるよ。私のはどうかな?」
「とてもよくお似合いです。イメージががらりと変わりましたが、マルティナ様はマルティナ様ですね」
「ありがとう、ラファエラ」
ラファエラが微笑むのに、マルティナも微笑む。
「お互いの本当に姿は確認できたかと思います。それではマルティナ様のご判断をお聞かせ願えますか?」
ラファエラが決意を秘めた瞳でそう尋ねる。
「いいよ。あなたのことを心から愛する」
マルティナはそう告げると、ラファエラと唇を重ねた。
その不意打ちにラファエラは戸惑ったようだったが、彼女はそれを受け入れた。
「ああ。ありがとうございます、マルティナ様。私の呪いは解けたようです」
「え?」
不意にラファエラがナイフを取り出すと、ポニーテイルにして纏められていた髪をざっくりと切り落とした。見ていたミアの同級生たちが目を丸くしているし、ミアも目を丸くしている。
「これまで偽りの名で接してきたことをお詫びいたします。私の名はラファエル・フォン・ルントシュテット。ルントシュテット家の嫡男です」
「男の子……?」
「はい。狩りの際に誤って4本角の鹿を撃ってしまい、その呪いによって6年間女として過ごしました。ですが、その呪いは本当に自分を愛してくれる女性の接吻でのみ、解けると言われていました。そして、今それがなされたのです」
ラファエラ改め、ラファエルがそう宣言する。
「ありがとうございます。そして、私には気持ちの変わりはありません。どうか、私の伴侶になってはいただけませんか、マルティナ様」
「……喜んで」
騎士物語のようにかしずいて告白するラファエルにマルティナがそう言って、その手を握った。
「やったじゃん、お姉ちゃん! 今日はお姉ちゃんの婚約記念パーティーもセットでやっちゃおうね!」
ミアがぴょんぴょん跳ねて大騒ぎする。
「あはは。それもいいかもね」
「指輪も用意してあります。受け取っていただけるかは分かりませんでしたけれども
「もちろん、受け取るよ。これからも末永くよろしくね、ラファエル」
ラファエルは男になっても相変わらず美少女の顔をしているが、マルティナは彼のことを受け入れた。こんな告白断れるはずがない。
「でも、どうして私を選んだでくれたの?」
「あなたも性別のことで悩んでおられるようだったので共感が湧きまして」
「そうか。これが怪我の功名というものだね」
「はい。では、よろしいでしょうか?」
「ええ。もちろん」
ラファエルが指輪を差し出すと、マルティナがそれを受け取り指にはめた。
「……あ。これからダンスパーティーの相手、誰に頼めばいいんだろう」
「だから、恋人探しなっていったでしょう?」
「実はね、恋人はいるんだ」
ミアがマルティナの耳にそっと囁く。
「え。あなた、学園の先せ──」
「しーっ! 卒業してからって約束してるから」
ミアが指でマルティナの口を封じる。
「ミア様、マルティナ様。皆さんがお待ちのようですよ」
「ええ。行きましょう」
こうして王子様と姫君は結ばれたのでしたとさ。
めでたし、めでたし。
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