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大学デビューがあるなら浪人デビューもあって良い

 東大理系の女子率は著しく低い。その割合は10%代だと言われ、クラスによっては女子がいないなんていうケースもあるらしい。

 

 ではその問題は東大入学後だけに関わるものだろうか?

 答えは否。

 俺の浪人生活にも関わってくるのだ。

 

 俺は初授業日、指定された教室の前に佇んでいた。この扉の向こうには、前期の半年間互いに競い合うクラスメイトがいる。ここに女子がいなければ、俺は浪人した意味がなくなる。むさ苦しい男だけの教室なんて6年で十分だ。


 手を合わせ、目を瞑り、祈る。ソシャゲのガチャでルーティンと化していたこの動作だが、今回俺がこめている念は前例がないほど強い。


 これがゲームならリセマラでも課金でもしているところだ。でも現実じゃそんなことができない。予備校のクラスで女子を多く引くまで浪人する?頭おかしいYoutuberでもそんな企画は却下するぞ?


 深呼吸を一つ。緊張で強ばる腕を伸ばし、グッと力を込めて扉を開く。その先に広がるのは――


 女子だ……。女子がいっぱいいるぞおおおおおお!


 いっぱいいるといっても過半数に行っているわけではない。だが確実に3割は女子がいる。理系でこの割合は、勝ち!

 小さくガッツポーズを決めて、いざ自分の席に進もうとすると――


 ぽんぽん


 肩を誰かに叩かれる。思い起こされるのは、クラス分けテストの日のこと。もしかして佐々木さんが――


 「ベン! 仲間がいて嬉しいよ!」

 「……俺の期待を返せ」

 「いたっ!」


 期待した俺がバカだった。


 「いきなり叩くのは無いだろ!」


 コイツは光城で一緒だった南健一。男にしては低身長で、服装はいつもパーカー。右目を隠す特徴的な前髪を持っている。別に性格は悪いやつじゃないが――


 「叩くのはケツだけにして欲しいな!」

 「声がでけえよっ!」


 極度の下ネタ好きという重大な欠陥を抱えている。しかもそれを隠さない。

 もちろん男子校生というのは下ネタが大好きだ。俺だって教室や部活で下ネタでゲラゲラ笑っていた。でもそれは学校の中だからできたことだ。


 ところが困ったことに、男子校生の中には時と場所を弁えず、頭のネジが外れたかのように下ネタを垂れ流す人種がいる。住宅街でもファミレスでも、下ネタが頭に浮かんだ瞬間言葉を発する、そんな単純回路を持つ人間。その代表例がこの南という人間である。


 光城の時は別に面白かったし、コイツとつるんだりもした。だが、俺の浪人計画にコイツの存在は破滅しかもたらさない。


 「なあ南……俺たち浪人生だよな?」

 「ん? そうだね」

 「なんで、俺たちは浪人したと思う?」

 「毎日オ◯ニーしてたから」

 「俺は毎日じゃねえよ!」


 ヤバい、ついコイツのペースに巻き込まれそうになってしまう。


 「答えはな……勉強量が足りてなかったからだ」


 別に俺も南も地頭が絶望的に東大に足りてないわけではない。それは光城に受かっている時点で明らかなことだった。


 「それはそうだね」

 「だからな……お互い浪人中は変に騒がずに真面目に勉強しないか?」


 嘘だ。勉強はある程度するつもりだが、俺は浪人生活を満喫する。


 「なるほどね……つまり桜川は光城での自分を否定するつもりなの?」

 「……どういう意味だ?」

 「君の思惑は分かっている。誰だって女の子のいる環境じゃ、好んで下ネタなんて言おうとは思わない。それは僕にもわかる」


 こいつ……俺が想像していた以上に鋭いぞ。


 「光城では、君は下ネタが好きな部類の人間だったはず。でもここではその自分を否定して、新しいキャラで行くんでしょ? いわゆる大学デビューならぬ、浪人デビューかい?」


 浪人デビュー……なんて屈辱的な響なのだろうか。

 南の目は真剣だ。ここで嘘はつけない。


 「……そうだ。俺は浪人生活を誰よりも充実させるつもりでいる。そのためには今までの自分を否定してやる」


 男子校は青春の墓場だ。でも墓場は墓場にしかない楽しさがある。アニメとかラノベに思いっきりのめり込んで、くだらない下ネタでゲラゲラ笑って、互いに気を遣わないで過ごしても全く嫌にならない。


 そういった楽しさは6年間で十分だ。これが1つのケジメ。これからの1年は全く新しいものにしないと、俺は一生男子校の業を背負っていく気がした。


 「なるほど……桜川の決意は強いね。僕は応援するよ」

 「え、応援してくれるのか?」

 「もちろん。邪魔もしない」


 南の反応が予想外すぎて、呆然としてしまう。


 「お前のことだから、てっきりしつこく絡んでくるのかと……」

 「いやいや、友人の意思を妨害するようなことはしないよ……でもね」


 そこで南はグッと近づいて、俺の真横に来る。


 「僕は下ネタを我慢できない。だから、僕の欲望は君が受け止めてくれ」

 「キモっ!」


 耳元で囁かれて、生暖かい息を感じる。咄嗟に後ずさって、ゴシゴシと耳を擦って穢れを落としにかかる。


 「当たり前だろ? 女の子の前じゃ下ネタ言えないから、僕が下ネタを言いたくなった時は全部君にこっそり言いに行くから」

 「キモいからやめてくれ!」

 「なら君の邪魔するよ?」

 「なんで?!」

 「それは君が僕の欲望を妨害するからだよ。互いの意思は尊重し合おうじゃないか!」


 手を大きく広げて、さも素晴らしいことのように彼は言う。

 なるほど、つまりコイツは俺の浪人デビューを邪魔しない代わりに、下ネタの欲望を全て俺にぶつけると……。


 しんどすぎだろ!


 そしてこんなくだらないことに時間を使っていると、あっという間に初授業の時間になってしまった。

 クソみたいなやつと話して、女子と一回も話せなかった……。

 

 

 

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