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男子校生による7年目の青春物語

 三月十日正午。俺、桜川勉はスマホに表示された画面をベッドの上で見ていた。


「やっぱ落ちたか……」


 今日はあの東大の合格発表の日。無機質に受験番号が羅列されたページに俺の番号は無かった。


 中学受験は上手く行って、都内の有名中高一貫男子校、光城学園に入学した。高二まで普通に部活をして遊んで、気が付いたら高三になっていた。周りが皆受験勉強を始め、東大を意識する過程で、俺も自然と特に理由もなく東大を志望するようになっていた。


 じゃあ真面目に受験勉強に励んでいた友人たちと一緒に俺も頑張っていたかというとそうではない。何となくやる気になれなくて、塾の宿題はサボり、学校の授業は睡眠とソシャゲの周回。センター試験の足切りを突破できたのは、運が良かったとしか言いようがない。


 だから落ちたのも当然。特に涙も出ることはなく、後悔も湧いてこない。あるがままを受け止めている冷静な自分がいる。


 合格報告に溢れかえるタイムラインを横目に、俺は予備校の入学手続きを進める。勉強していなかったくせに東大単願だった俺に残された道は一つだけ。


 そう、浪人である。


 浪人って言うと聞こえが悪いが、俺はむしろ歓迎するべきものだと思っている。学校なんていう面倒なものから解放され、自由に時間が使える。就職までの時間が稼げるし、交友も広がる。


 そして何よりも、予備校には女子がいる。


 中高六年間男子校で育った俺には、彼女はおろか女子と喋った経験すらない。大学に行けば女子がいるじゃないか、と思うかもしれないが、俺の志望する東大理系はほぼ男子校のようなもの。


 だから俺は高校と大学の間のこの自由な期間に、失われた青春を取り戻しに行く。


 三月十日、俺は誰よりも浪人生活を満喫してやろうと心に決めた。



 「お」

 「あ」


 予備校の説明会会場、俺は見知った眼鏡と鉢合わせる。


 「なんだ桜川じゃんか! お前も浪人か?」

 「ふっ、俺が受かるわけないだろ。黒田も浪人か」

 「当たり前だろ。お前とずっと同じ成績だったんだからな」


 どことなく覇気が感じられない説明会会場の中、堂々と浪人した事実を言ってのけるのは俺達二人ぐらいなものだ。


 眼鏡をかけたこいつは黒田。眼鏡のくせに、キャラは若干体育会系とかいう面倒なタイプ。中高と俺と同じソフトテニス部に所属していていわば腐れ縁のような奴。ちなみにお互いが浪人したことは合格発表の当日にやり取りをしたので知っているので今のは茶番である。


 「黒田は文三志望だったか?」

 「そうだ。法律学ぶのは面倒だし、経済は数学使うから嫌だ。理系は社畜。消去法だ!」


 そんな志望動機もクソもないことを高らかに言ってのける。だから浪人するんだよ。


 「なんで桜川は理一志望にしたんだ?」

 「なんでって……これからの時代は理系だろ?」


 俺も似たようなものだった。


 「ま、これから浪人生活が始まるわけだ。俺達なら大丈夫だろ!」

 「来年は東大ライフだな」


 まあなんだかんだどうにかなって来年は受かるだろう。中学受験の時は頭良かったし、一年あれば大丈夫だ。

 


 あの後も何人もの光城生を見かけた。流石トップ進学校。東大生を多く輩出するからくりは、この浪人率の高さだろう。


 浪人の手続きは意外とあって面倒だった。その中でも面倒なのはクラス分けテスト。高3の時に模試で何度か来たことのある、御茶ノ水の校舎が受験会場だ。


 入試の時よろしく、周りの奴らは食い入るように参考書やノートを読み込んでいる。俺はそんな悪あがきはしない。あの時間に読むもの、頭に入ってこないんだもん……。


 黙って目を瞑って、精神統一。これが俺のルーティン。ちなみに寝不足の時はこのまま問題用紙配布まで寝ていたことがある。


 「あの……」


 この俺の精神統一は何人たりとも邪魔することは許されない。邪念を消して、脳のメモリ全てを試験問題に割り当てるための準備だ。


 つんつん。


 だが何故だか後ろからちょっかいが出されている気がする。この神聖な儀式を妨害しようとは……後ろに光城生の誰かでも座っているのか?


 「何だ――」


 苛立たしげに振り返って、息を呑む。


 女子だ。女子がいた。


 しかも可愛い。


 可愛い……というか顔立ちが整っているというべきか。女子高生に見られがちなロングではなく、鮮やかな赤のショートヘア。白のトップスにジージャンを羽織っていて、ラフなかっこよさも感じられる。


 「あ……ごめん」


 俺の肩を突いていた指を引っ込めながら、彼女は謝罪する。


 「え……何で謝ったの?」

 「その……迷惑そうだったから」

 「誰が?」

 「君が」


 言われて俺の先程ののリアクションに気づく。赤髪の彼女のインパクトで忘れていた……。


 「いやそれは違くて……。最初俺にちょっかい出してくる高校同期かと思ってて……」


 なるべく愛想良く返事する。だが悲しいかな、男子校出身者は気持ち悪い笑顔しか浮かべたことがないから、上手く笑えているのか分からない。


 「そうだったんだ……」


 彼女は胸撫で下ろして笑う。あぁ、こんな良い笑顔の前で俺なんかが笑っているのが恥ずかしくて死ねる。


 「ごめんね、突然。実は今日筆記用具忘れちゃって……周りに知り合いもいないから……もし余っていたら貸してくれない?」

 「あ、それはもちろん。はい」

 「ありがと!」


 予備のシャーペンと消しゴムを渡してあげると、またもや良い笑顔を浮かべる。あー精神統一とかどうでも良いわ。こっちの方が100倍効果ある。


 これだ。これが俺の求める浪人ライフだ。

 せっかくのチャンス、もっとお話しようと――


 「それでは問題用紙を配布します」


 空気読めよ試験官!


 「それじゃあお互い頑張ろうね!」

 「あ、頑張ろう!」


 まあ応援してもらえたから良い。中高時代、部活の対戦相手はだいたい共学で女子マネがいた。俺が大会で勝ち上がれなかったのは、女子の応援がなかったからだと確信している。


 そんな俺に今、人生で初めて女子の応援というバフがかかったのだ。負けるはずがない。



 「それでは解答用紙を回収します」


 集中できんかった……。

 後ろに女子がいるっていう意識がずっと脳内に居座っていて、メモリが何割か減っていた。それにちょくちょく胸の奥底をくすぐるような良い匂いがするし。


 「お疲れ様、難しかったねー」

 「う、うん。そうだったね」


 休憩時間とかにも少し話した彼女の名前は佐々木麗華。そこそこ話したけど、未だに目を見て話せないし、たまにキョドッてしまう。


 「帰り、そこのスタバ行かない?」

 「……え?」


 案の定キョドッた。……てかスタバ?

 なんだと、俺は今スタバに誘われているのか?


 「スタバだよ。筆記用具貸してもらったお礼に奢ってあげよう」

 「いやいや、スタバ高いし悪いよ!」

 「遠慮しなくて良いって! それとも私と行くのは嫌?」

 「い……嫌なわけじゃないけど」


 はっずかしい!てかこれセリフ男女逆じゃね?


 「なら良いじゃん! これも何かの縁だと思って行こう!」


 女子に物を奢ってもらうっていうのはなんとなく気が引ける。けれども目の前の眩しい笑顔は、俺の中高6年間の砂漠のような男子校生活にはなかったもので無下にはできない。


 こうして浪人生活早々、人生初のスタバデートが始まる。

 


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