現役作曲家が語る、「アンダーマイニング効果」の恐怖 〜創作活動におけるモチベーション低下と克服の経緯〜
前回のエッセイに書いたように、自分はポップス作曲家として生活しているのだが、作曲家生活3年目のある時、いわゆる「スランプ」に陥った。
その原因はまず、作家事務所に入ってからずっと曲を作り続けたことによって「心が乾いてしまった」ことだ。
現在、大半のアーティストは「楽曲コンペ」を行い、候補曲を数十〜数百曲集めてその中からリリース曲を決めるので、作家事務所に入ればそのコンペにせっせと曲を提出し続け、採用を目指す。
ほとんどのコンペ参加者がそうだと思うが、はっきり言って採用になる曲よりもボツになる曲の方が断然多いので、正真正銘の「下手な鉄砲も数打てば当たる」状態、兎にも角にも提出を続けないとどうしようもない。
それをひたすらに続けた結果……。
例えるならば「カピカピに乾ききった雑巾から無理やり水を絞り出そうとするような状態」になり、楽曲制作が苦痛にすら感じてきた。
しかし、採用が取れなければ収入も減るので、採用を取りたいがためにいつのまにか「成功例の寄せ集め」のような、面白くもなんともないどこにでもありそうな曲ばかり作っていた。
そうなればコンペに勝てるわけがない。
完全に負のスパイラルに陥り、結果も出ないのでだんだんやる気もなくなっていった。
ついには、いつも作曲に使うギターを部屋の隅に追いやり、曲を作ろうとすら思わなくなってしまった。
これはマズイと思った自分は、色々と本を読んだり調べたりした結果、とある心理効果を見つけたのだ。
それがタイトルの、「アンダーマイニング効果」だ。
アンダーマイニング効果とは、
「内発的に動機づけられた行為に対して、外発的な動機づけを行うことによって、モチベーションが低下する現象」
のことである。
(ほぼ逆の効果の、「エンハンシング効果」というものもある)
自分の場合だと、
「好きで曲を作っていた(内発的動機)はずなのに、いつのまにか採用(外発的動機)にモチベーションがすり替わり、採用が取れないことがモチベーションの低下につながっていた」
のである。
もしかすると、なろう作家の皆様にも思い当たる節があるのではないだろうか?
「ポイントが入らないと書く気が起きない」
これもまさにアンダーマイニング効果じゃないだろうか?
自分の場合、作曲を収入源にしていたので、このままやる気が起きないままでは本当にマズイと思い、克服を試みた。
その時思い出したのは、「魔女の宅急便」というジブリ映画だ。
物語の途中、主人公の「キキ」がある種のスランプに陥り、森に住むウルスラという画家の元を訪ねる。
そして、ウルスラはキキにこんな感じでアドバイスをした。
「そういう時はジタバタするしかない。描いて、描いて、描きまくる」
そしてそれを聞いたキキが、「ジタバタしてもダメだったら?」とさらに訪ねると、
「描くのをやめる。散歩したり景色を見たり、昼寝したり何もしない。そのうちに急に描きたくなる」
と答えたのだ。
なんだか自分にも重なるようで、思い切って一週間ほど作曲作業を休み、大好きな長野の美ヶ原高原に向かった。
「こんな風に息抜きをするのも久々だな」とか思いながら、雲海の上に顔を出す高ボッチ高原やアルプス山脈を眺めているとふと、心の中でとある曲が鳴り出した。
「クロノ・トリガー」というゲームの「時の回廊」という曲だ。
心の底から大好きな曲だ。
眼下の山々がまるで雲海に浮かぶ船団のようで、そんな目の前の異世界感と、あの曲とが脳内でリンクしたのだろう。
しばし、時を忘れて眺めていると……。
いつのまにか、頭の中で曲を「分析」し、感動していた。
自分は絶対音感はないが相対音感はあるので、いわゆる「コード進行」はすぐにわかるのだが、「時の回廊」のコード進行の素晴らしさと旋律の美しさにすっかり酔いしれていた。
ぶっちゃけ、目の前の景色よりもそっちの方が夢中になっていた。
心がワクワクし、潤うのが明らかにわかった。
自分も誰かの胸を打つ曲を作りたいという、初心の心が呼び覚まされた。
そう、「音楽にワクワクし、曲を作るだけで楽しかった」自分に立ち返れたのだ。
(余談だが、「クロノ・トリガー」「ファイナルファンタジーⅥ」「ロマンシング・サガ3」、この三本のゲームのBGMは死ぬほど好きで、間違いなく自分のルーツの一つだ)
長野から高速を(ほどほどに)飛ばして東京へ帰り、ちょうど来ていた次のコンペへの楽曲制作に早速取りかかった。
以来、煮詰まってきた時は「いつ聞いてもワクワクする曲を聞き返して心を潤す」ことで、モチベーションの低下は段々と克服できるようになってきた。
また、「自分の曲づくりのクセ、マンネリパターン」がわかってきたことや、採用になった曲とそうでない曲との違いを徹底的に分析することによって、一つの壁を打ち破れたのは間違いない。
そのおかげで現在でも、作曲家としてなんとかやっていけている。
アンダーマイニング効果は創作活動以外でも、実は日常生活の様々な場面で出くわす。
最初は楽しくて始めたことが、続けていくうちにストレスになってしまう時もよくあると思う。
そうなったら可能な限りそのままにせずに、そのことから少し離れてみたり、初心に感じた「内発的動機」を思い返してみるのも、一つの解決策かもしれない。
自分の場合はたまたま、息抜きに出掛けた先の風景から内発的動機が呼び起こされた訳だが、「乾いた心を潤す」というのは大事だと、それ以降強く思うようになった。
そして、その手段を用意しておくことも。
ウルスラの言っていた、「描くのをやめる。散歩したり景色を見たり、昼寝したり何もしない」というのは、もしかしたら脚本を書いた宮崎駿氏自身がそうしているのかもしれない。
そんなことを考えた、作曲家生活3年目の出来事であった。