「振り返ることはできなかった」で始まり 「あの頃の自分を許せる気がした」で終わる物語
「『振り返ることはできなかった』で始まる短編」
スマホの画面が通知をポップさせる。幼馴染の七海からだった。
「それ、ふつうは末尾の文章だよね?」
僕は返事を打ち返す。
「くじ引きで、文章を組み合わせて物語を作るという試みだったんだけど、冒頭側のくじの中に間違えて入っちゃったみたい」
快活で人当たりのいい七海が、高校の部活に文芸部を選んだと知ったときは驚いた。そして理由を聞かされたとき、胸に走る痛みが確かにあった。
「気になる先輩がいてね……」
それは、無自覚だった七海への想いをはっきりと自覚させ、気づくのが遅すぎたことを悟らせるには充分な言葉だった。
活字と言えば、TVドラマのノベライズくらいしか読むことのなかった七海が、部活で出るテーマに四苦八苦したのは当然で、何回か相談に乗るうちに、いつしか代筆をするようになった。つまり、僕は七海のゴーストライターというわけだ。
そんな関係でも、七海と同じ時間を共有するのは楽しかった。
恋する乙女とお助けゴーストライター。
その関係が終わるのは、先輩が卒業をする間近のことだった。
「……カイト。振られちゃった」
結局、先輩は七海の想いに応えるはなく、七海は僕の前で泣き崩れた。
僕は、七海にかける言葉を見つけることができず、ただ呆然を立ち尽くすだけだった。
……そんな追憶を、七海から届いた結婚式の招待状は呼び起こした。
要するに、僕は、未だに七海に未練タラタラなのだ。それなら、なぜ、あの時、傷ついて弱った七海に付け込む形になっても僕は告白しなかったのか。幾度となく繰り返した自問自答と悪態。それが甦りかけたとき、ラジオの声を耳が拾った。
「……苦手な人に困ったことをされたとしますよね? そんなときは、こう呟くの。『あの人はあれで精一杯なんだ』って……」
言葉を変えて、口にしてみる。
「あの時は、あれで精一杯だった……」
自己嫌悪しか見出せなかった追憶に、新たな視点が加わる。
あの頃の自分を許せる気がした。(了)