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龍の居る世界     作者: 子萩丸
6/59

祝宴

 公開日の10日前に書き上げて、コピペに失敗して全てが1度、消えました。いやぁ、まっ白になりましたね。

 しかし、「紙に書いて置くと良い」とアドバイスを頂いていたので、消えた文章より良く仕上がったと自負しております。アドバイスを下さった方に感謝いっぱいであります。


 取り敢えず、頭の中の人達が好き勝手にやりたい放題なので、表現力は追い付かないし、私が妥協して仕上がったつもりになっていたのが、登場人物の皆さんは きっと気に入らなかったんでしょう。


 多分、もう少し続きます。

 出来るだけ外来語を使わずに書こうとか、漢数字で書こうとか、考えていたけど、案外と日常的に外来語で表現されている物が多い事に気が付きました。


 今回も、貴重な時間を割いて頂いて有難うございます。

 トレザの森では賑やかに準備が進む中、舞いの順序にアヤメが言いたい事があると、シュラにこっそり話す。

 子供達の次は、リリの舞いにしてみてはどうか?と言う。剣舞では鳴物なりものを用意するので、舞台に人が並んでも音がするまで立っているだけだ。女性達が舞う間に鳴物を用意して、剣舞では人が出てきたらすぐに音を出せれば、もっと見栄えが良いと、内緒にしたいのか、舞いに出る者に言いたいのか。あまり熱心に話すので、シュラはリリの所へアヤメを連れて行く。

「アヤメ、同じ事を話せ。順序を変えるだけなら間に合うだろう」

 旅芸人を見掛けると、必ず観に行くアヤメの視点なら、きっと何かしら案があるのだろう。

 リリにも同じように熱心に話すと、リリから舞いに出る者達にすぐに伝えれる。早速、どのように動きを変えるか皆で話し合う。


「兵士がトレザに着いたぞ」

 ユタとシュラの間で穏やかな表情のまま、ラ-ジャが言う。ユタは緊張で全身が強張こわばる。

「湖から崖迄の水路にする所だが。シュラ、今なら兵士もらぬし、見ておくか?」

 地図で見せただけで、シュラも確認しておきたいとは思ってはいたが、ユタと色々な薬の作り方を教え合っていたし、トレザ特有の薬草から良く効く鎮痛剤が完成して夢中になっていた事を思い出す。

 走ればすぐに往復出来るだろうと思い、ラ-ジャと供に向かった。


 走りながらラ-ジャが話し掛けて来る

「セトラナダの姫だろう、アヤメは」

 何でも知っているのだな、とシュラが返事に困っていると

「誘拐したのか?」

「違う、誘拐されていたのだ」

 シュラがすぐに否定をすると

「ほう」

 どうして誘拐されて居たのか知りたそうにシュラを見る。

 何でも知っている訳では無いようだ。

 会話らしい時間もかけずに湖のほとりへ着く。そのまま崖の方面まで走って行けば、湖から崖までのはばが狭い所に着いた。

「これが終わったら、アヤメはセトラナダに返しに行くつもりだ」

 シュラの言う『これ』はタタジクの兵士達に水路を造らせる事だ。湖のふちから崖に向かって歩き、崖の淵で座り込み下を覗く。

「覗いてもさすがに見えないな。多分、ずっと下には抜け道に使った穴があると思うのだが」

 湖から崖までシュラの歩幅で七十八歩。

「ここを滝にしたら、あの穴は使えなくなるぞ」

 シュラの隣に座り崖の下を見ながらラ-ジャが言う。

「構わない、もう通る事は無いだろう」

 じっと崖を見下ろしたままシュラが応える。

「では、ここを水路にするので良いな」

 水路の場所が決まれば、すぐに森まで走り出す。森までは特に何も話をしなかったが、ラ-ジャは何か思い付いたように笑う。


「ユタよ、タタジクの兵士に指令を出した者を連れて来るぞ。トーナと呼ばれていた」

 森に戻ったラ-ジャがユタに言う。ユタは硬直するが、もう覚悟を決めなければいけない。額から汗がにじむのを感じながら、頷く。

「良い眼だ」

 心の準備が出来たユタに、ラ-ジャは笑顔になる。



 湖に着いた兵士達は、トレザの住民が誰も居ない事を不審に思いながらも、湖にたどり着いた事で一旦休憩を入れる事にした。

 湖には魚もいるし、景色は至ってのどかだ。遅めの昼食を済ませれば、草の上で寝転ぶ者や、湖に入る者、思い思いに束の間の休息を満喫した。

 休憩が終わると、持参した大きな皮袋に、たっぷり水を入れてみる。

「かなり(重さが)あるな」

 どう効率良く運ぶか、トレザの住民は何処に居るのか、班長の代わりに兵士をまとめるのはアギル。ラ-ジャの隣で崖を登って来た者だ。


 兵士達が話し合いをしていると、近くに二人の男が現れた。一人は兵士達に指示を出す大元おおもとの人物トーナだが、もう一人の立派な身形みなりの紳士に兵士一同が顔を見合わせる。

 一緒にトレザまで来た兵士に一人、そっくりな者が居るではないか。アギルの隣で、皆が登る為に杭を打ち込んでいた兵士なのは覚えている。そう言えば誰もその者の名を知らない。

 突然トーナが現れたので兵士達は驚くが、統制の取れた動きで横一列に並ぶ。兵士のラ-ジャがトーナの隣に立つ立派な身形のラ-ジャに近付くと、兵士のラ-ジャは煙のように消えた。ラ-ジャが言う。

「トーナよ、この者達は今しがたトレザにたどり着いたばかりだ。命を落とし兼ねない道程みちのりを来た者にねぎらいの言葉を掛けよ」

 トーナに話し掛けるラ-ジャの姿を兵士達が凝視しているとトーナは

「この者は龍神ラ-ジャ。全ての兵士と同行し、私がその報告を受けた。急遽きゅうきょ隊長を解任したばかりである。今後の報告は私に直接行うが良い」

 兵士達に全く労いの言葉が無い。そして龍神が隊長の代わりにトーナの為に働いたと言っているように聞こえる。

 アギルは兵士達と相談していた事をトーナに報告し、トーナとラ-ジャに敬礼する。

「早速だがトーナ、これを持て」

 ラ-ジャが軽々と片手でトーナに差し出した皮袋には、たっぷり水が入っている。

 トーナは両手で受け取るが、あまりの重さにその場で落とす。バシャッと音を立てて水がこぼれ出すと、辺りが少し泥濘ぬかるみになる。

「此をタタジクが潤う程に人の手だけで運ぶか?」

 かなりの重さがある水も、畑をひとつ潤すのに、ここの兵士だけで運びきれる量では無い。

すでに三番班には砂漠に水路を整えよと、通達してある。そしてトレザの民だが、タタジクから遥遥はるばる訪れる者を歓迎する準備をしておるぞ。支度が整えば迎えを寄越そう」

 ラ-ジャは水路を提案したのはトレザの長だと伝え、湖から直接梺まで水を落とし、砂漠に水路を造る計画を伝えて、二番班と崖の下で待つ先頭班にも伝えると言って姿を消した。

 ラ-ジャが居なくなってからトーナが言う。

「歓迎という応戦の準備だな。兵士達は応戦に備え、万全の態勢で挑め」 

 兵士達は揃ってトーナに敬礼し、すかさずアギルが疲労のたまった兵士達に休憩を伝える。臨戦の予定が解ったのだから当然の事でも、トーナは気に入らない。

 トーナの周りに居た者は皆、当然のようにトーナの機嫌を最優先にしていたからだ。身の回りの世話をする者が二人以上、護衛の為の兵士が複数、各部所への連絡事項をまとめる書簡達、常にトーナが居心地の良い環境で居られるように気を配っていた。

 しかし、兵士達はアギルの一言で草の上に寝転び始めたではないか。トーナは地面に直接腰を下ろした事も無く、ただ威厳を見せるように立っているだけだ。

「トーナ様は休息を取られないのですか?」

 アギルが声を掛けるので

「地べたに座らせる気か」

 とトーナが言えば、兵士達が荷物の袋を積み上げて座れる高さに調節し、トーナに勧める。

 どかっと腰を下ろせば、とても座り心地が悪い。

「気が付きませんでした」

 アギルを始め、皆が揃って頭を下げるが昼食も抜かしていたせいか、トーナは腹の虫が落ち着かない。

「今のうちに休むのだから、確実にトレザを制圧せよ」

 トーナの言葉で兵士達は敬礼した後、思い思いに休憩を楽しむ。

 そんな兵士達にトーナは苛立ちを覚えながら、迎えを待つ事にした。敵地でいかに安全な所から指示を出すか、座り心地の悪い椅子で考える。



 森の結界では、来客の到着をユタがしらせて、大移動が始まる。

 舞いに出る者、料理の準備がある者は先に広場へ向かうようにと、若者達は順序良く指示を出し、ほとんどの者が森から居なくなる。

 シュラとアヤメは兵士の前に出ないようにユタ達からきつく言われて居るので、森に残って後片付けをしている。

 三柱も舞いに出る事は無いので、森に残っている。

 ラ-ジャがアヤメを呼ぶ

これをやろう」

 アヤメが受け取った物はラ-ジャが沢山持っていた宝剣の一つでセトラナダの紋章が入った短刀だ。

 アヤメは何となく見覚えのある紋章が少し気になるが、シュラだけ貰ってご機嫌だったので正直な気持ちとても嬉しい。

「有難う」

 笑顔で礼を言うが、アヤメの視線は短刀だけだ。

 危なっかしい手付きで鞘から剣を引き抜くと、鞘を持っていた指先から血が流れ出す。

「あれ?痛いかも」

 何故なぜ指先が切れたのか解って無いアヤメの傷口に、シュラが黙って緑色の軟膏を塗り付ける。

「げっ、臭いんだけど」

 軟膏の強い刺激臭を嫌がるが、血は止まったようだ。

「痛みは?」

「うん、全然痛くない」

 シュラは止血効果も高いな、と傷口の心配をするよりも自作の薬の効果に満足している。

 ラ-ジャに笑われながら短刀の持ち方から使い方までを、シュラがアヤメに教えていると、若者達の手ですっかり建物も片付けられていた。



「ラ-ジャ様、サラ様、ヒムロ様」

 若者達が素晴らしい体験が沢山出来たと感謝の気持ちを伝えて、光沢のある白い布を返しに来る。

「持っていれば良いだろう」

 ヒムロが言う。

「これは神々の安らぐ神性な所に自由に出入り出来る物です、お気持ちは嬉しいのですが、私達が勝手に行き来してはいけないと、皆で決めました」

 とても肌触りが良く軽い。そして汚れてもはたけば簡単に落ちる。若者達が口々に布の良い所を誉めあげていると、とても嬉しそうなヒムロが

「ならば、預かっておこう。何時いつでも遊びに来ると良いぞ」

 布を持って何処かへ行く。

 ラ-ジャが走り出したヒムロに何か話すと

「承知した」

 右手を真っ直ぐ上げて元気に返事をすると、楽しそうに去って行った。



 ラ-ジャとサラを先頭に、森の片付けが済んだ若者達とシュラ、アヤメが広場に着くと、ユタがシュラに「ちょっと」と声を掛ける。

 ユタに付いてシュラが歩けば、アヤメも付いて歩く。

「二人が一緒ならばちょうどいい。兵士が君たちを狙って居るのに、ここに居ては駄目じゃないか」

 まるで悪戯をした子供を叱るお父さんのように安全な所で待つように言いさとす。

「でもね、舞いの流れで私が考えた所があるでしょ?どう変わったか観たいの、凄くすーごく観たいの」

 アヤメが一生懸命ユタにお願いする。

 しつこく懇願されてユタが根負けしそうになると、シュラが追い討ちをかける。

「アヤメと一緒に兵士に見付からない場所で、家族の晴れ舞台を観たい」

 シュラが『家族の晴れ舞台』などと言うからユタも折れて、絶対に危険な事はしないで、隠れておとなしく観てるように何度も注意する。

 兵士を招待する予定の場所は舞台の前だ。木箱が椅子になるように並べられて、ユタとタタジクの代表者の木箱の椅子の前には食事も並べられるように机まで準備されていた。

「あの辺りならば、気付かれないだろう」

 ユタが兵士達の来る方向と座る場所を教えてくれたので、シュラは広場で兵士から死角になりそうな場所を示す。

 その場所から離れないように何度も二人に言って、ユタは準備に戻る。



 アヤメとシュラがユタに指定された場所に落ち着くと、多分いちど帰宅していたであろう人々が広場に集まって来た。

 兵士の死角で人混みならば、きっと見付かる事は無いだろう。



 湖では兵士達が出陣の準備を始めている。

 トーナの指示で、迎えの者は即刻捕らえトレザの民の場所まで案内させる。そして一網打尽にするのだ。少し杜撰ずさんな計画では?とアギルが意見したのだが、却下された。

 トーナの指示で兵士全体の士気は上がる。

 しかし兵士達が全員戦闘に向かうとトーナの護衛は居なくなる。それでは困ると五人の兵士が護衛の為に残る事を決め、弓矢と剣を兵士達が手にし始めた時に湖が大きく波立った。

 何事かと、湖を見ていれば白い大蛇が頭だけ出して真っ赤な眼で兵士達を見下ろす。

 トーナは一目散に逃げ出そうとしたが、腰が抜けて動けない。

 大蛇はするすると湖から出て五十人の兵士とトーナを囲む。(ヒムロは80メートル以上ある)

 兵士達が大蛇に攻撃する態勢を構えると

「ラ-ジャに言われて迎えに来たのだ。武器を下ろせ」

 突然、少女の姿になったヒムロが兵士の間を縫うように走り抜けて

うたげに武器は必要無いぞ、これは預かっておこう」 

 そう言うと、両手に兵士の持っていたはずの剣や弓、弓矢を持ってたもとに入れる。

 いつの間に?兵士達はぽかんとしている。

「う、宴と言う応戦であろう、何をしている。捕らえよ」

 震えながらヒムロを指差し、兵士達に命じるが兵士は誰も動かない。いや、動けないのだ。武器をいつの間にか奪われていたのだから仕方ない。誰一人ヒムロの動きを捉えられる者が居ないのだから。

「仕方ないのう」

 ヒムロは軽々とトーナを担ぎ上げると

「疑うな、宴だぞ。みんな一生懸命に練習したのだぞ。ほれ、付いてまいれ」

 ヒムロがトーナを担いだまま歩きだすので、兵士達も付いていくしか無いだろう。

 トーナは訳も解らず、捕らえられた恐怖で言葉を失っていた。


 広場が見える所まで来てヒムロが

「自分で歩けるか?」

 トーナを立たせて見上げる。

「タタジクの偉い者を担いで行ったら、後でラ-ジャに怒られるのでな」

 膝がまだ震えて居るが、トーナは自分で歩けそうだ。

「まだ持っている武器は無いか?宴で怪我をしてはつまらぬだろう」

 ヒムロから見て、兵士達は特に目立つ武器を持っていないようだ。

「では、参ろうか」

 トーナは少女が差し出した陶器のような白い手を取り、広場に先導されるままに付いていく。戦場に出た事の無いトーナは、どんどん血の気が引いていく。



 広場では、来客を歓迎する『気』が満ちている。ラ-ジャとサラは、いつの間にかシュラ達の隣に立って、トレザの民の『気』を堪能しているようだ。



「皆の者、タタジクから来た者を出迎えよ」

 ヒムロの言葉にトーナは目をきつく閉じて、串刺しにされる覚悟をした。しかし、出迎えたのは剣でも矢でも無かった。広場全体から出迎えの歓声だった。

 驚いて顔を上げれば、王族のような出で立ちの男、ユタが笑顔で出迎えて来るではないか。

「宴だと言ったであろう、せいぜい楽しむがいい兵士ども」

 いつになくむすっとした顔で、ヒムロは兵士達の案内を若者達に任せて何処かへ行く。


「遠いタタジクから遥遥はるばる、ようこそお越しくださいました」

 ユタとトーナはお互いに自己紹介から始める。多分、同じ位の年齢だろう。

 若者達が兵士を案内して座らせれば、自由に取れるように食事の準備がされている所も若者達が案内する。ひととおり落ち着いて兵士達が座るとユタが立ち上がり

「では始めようか」

 ユタの声を待っていたように、子供達で舞台がいっぱいになる。舞台に乗り切らない子供達はトーナの目の前まで来て踊り出す。

 木箱はさっきまで腰を下ろしていた兵士達の荷物入れより座り心地が悪く気に入らないが、ユタと同じような衣装の子供が目の前に三人並んでトーナや兵士に笑顔を向ける。子供の笑顔に少し癒されたトーナは舞台の上にも白い光沢のある衣装の子供が何人も見付けた。衣装を着けているのは貴族の子供だろうか、平民と仲が良いようだとトーナは目の前の中央で舞う女子を見ながらあと五年先が楽しみだと思うと、なにやら愉快な気分になって来る。

 トーナがトレザで城のような建物は見付けたかと兵士達に尋ねるが、まだ全体を見ていない為、確認できたのは農地の家のような建物だけだったと報告される。きっとユタの城で大勢の民を避難させていたのだと、トーナはこっそり兵士達に宴の後で城を探せと指示を出す。


 まずアヤメが助言して披露されたのは子供達の舞い。

 振付けを覚え切れない子も多いので、遅れたりよそ見していて踊れていないのが残念だった。振付けをちゃんと覚えているムウ、イイス、トトは一番前で、ユタの目の前で舞う。後ろの子達は少し遅れてイイス達の真似をしてみて、と伝えた通りに動いて見たら、皆の舞いが揃ってとても綺麗に仕上がった。

 アヤメは遠くからこっそりと見ながら、大満足だと料理を口に運びながらシュラに言う。


 シュラの隣では、ラ-ジャが目を細め

「あの者が厄介だな」

 とトーナを見ながら呟く。


 兵士達はトーナの指示をききながらも、子供達の舞いを夢中で見ていた。家の子供に似ているとか、良く揃っていて見応えがあるとか、自由に食事を取りに行けるように準備されているので、毒味の心配も無い。

 出陣の準備を考えていた状況と全く違い、任務を忘れる程楽しい。

「トーナ様、この食事なら安全に召し上がれます」

 出された料理に手を付けないトーナに、アギルが料理を持って来た。

「宴の席で料理を安全などと、気に障ったであろう、ユタよ」

 気に障ったと言われてアギルは、しまったという顔になるが、ユタが

「トーナ様のお立場ならば、食事に気を配るのも当然でしょう、お気になさらず」

 とアギルにも笑顔を向ける。

 トーナは王のように見えるユタからトーナ様と言われて、気分が向上する。


 兵士達は子供達の舞いを楽しみながら、自分たちの子供に会いたくなったと言い出すと、トーナはまた気分が悪くなる。トーナには子供が居ないのだ。そもそも妻が居ない。

 子供達の舞いが終わる頃に、広場全体から「ラーラー」と歌が聞こえる出す。

 歌に合わせて子供達が去ると、舞台には歩く姿だけでも美しい女性が集まる。中央の女性はトーナの好みだと思っているとユタが

「私も次の舞いで披露させていただきますので、これで失礼しますね。今から中央で舞うのは私の妻なんです」

 照れたように頭をかきながら立ち去るユタにトーナはいきなり腹が立った。


 龍神をタタジクの隊長に就任させれば、トレザも支配下になる。トレザの長が居なくなれば、民衆の掌握は容易だろう。

 ついでに、夫を亡くした女は私が可愛がってやる。

 トーナは子供達の舞いでも出ていた少女も気に入っている。いや、他の女達もなかなか美しいではないか。年寄りも居るが、皆を可愛がってやろう。

 トレザを支配下に置くつもりで見ている為、トーナの妄想は止まらない。

 兵士達に少しずつ指示を出し始める。


 広場の外れではラ-ジャを始め三柱とシュラ、アヤメが兵士達の死角で舞いを楽しんでいるが、

「ラ-ジャ、あの男は気持ち悪い『気』で嫌いじゃ」

 ヒムロがトーナの『気』を気持ち悪いと言うが、ラ-ジャとサラは苦笑いする。しかしラ-ジャの目は珍しく笑っていない。

「わたくし、あの者を突然……凍らせてしまいそうですわ」

 やはりホホホと笑うサラも目が座っている。

「あれでもタタジクの領主の息子だ。殺せばタタジクとの戦争になるやもしれぬ」

「生きていれば、手足の有無は?」

 シュラが対話に口を挟む。

「問わぬ、と言いたい所だがな。ははは」

 ラ-ジャを始め、黒い笑いが立ち込める。

 アヤメには、何で笑うのか解らない。取り敢えず、一緒に笑っておく。


 ちなみにアヤメが歌を入れようと言ってサラ様の舞いで採用されたのは嬉しかった。広場全体で舞いに参加してない女性達の声が広がり、一層素晴らしい舞いになったと思う。


 兵士達も女性達の舞いに見とれている。

 顔立ちが整っているとか、好みというよりも、指先の動き迄が美しい。柔らかい動きに合わせた歌声で、ここ数日の疲れが取れるようだ。

 兵士達が舞いを誉めれば、トーナは自分の嫁が誉められたように嬉しくなる。


 女性達の舞いと歌が終わると同時に、カカカッと小気味良い音がして中央にはユタとパウゾが、隣にはトーナがお気に入りになったリリとイイスが、反対の隣には男の子が二人ムウとトト、奥にも複数の者で剣舞が始まる。子供や女性ばかりでなく、高齢に見える者も居る。

 兵士達は、中央で舞う二人の剣技を正直に誉め称える。ユタと剣を交えるなら、確実に倒すならば二人、隣の大きい男は三人か四人で同時にかからなければ、と盛り上がって来る。

 兵士達は舞いを楽しみながらトーナからの指示を聞き、怪しまれないように伝え合う。

 広場に迎えられた時は穏やかな印象だったユタが、剣舞の動きは人が変わったように勇ましい。それに対して隣の女性達の舞いは同じように動いているのにしなやかで美しい。反対側の男子達は子供達の舞いで最前列で舞ってたが、全く雰囲気が違う。

 どれだけ練習しているのか感心しながら、子供が舞えばやはり兵士達は自分の家族が気になると口々に言う。

 度々トーナから指示が入る。ユタは必ず殺せと。

 アギルが武器はほとんど没収されてしまったと伝えるが、

「まだ何かあるだろう。終演と同時に、良いな。女達は狙うな」

 トーナの言葉で、兵士達の『気』は再び引き締まる。


 ラ-ジャ達は兵士達の『気』が解りやすく淀んだ事で兵士達の死角を通り、舞台の近くに寄る。シュラとアヤメもその気配でラ-ジャ達の後に続く。


 カカカカッカカカカカッ

 揃った音が鳴り止むと同時に拍手が広場を埋めるが、拍手が鳴り止まない内に真剣な目付きになったパウゾとユタが大きく剣を振り下ろす。何かが剣に当たったカラカラとした音と同時に前列の一番 下手しもてに居たトトが、左手を押さえてうずくまる。

 兵士達が吹き矢を放ったのだ。更に次を放つが氷の壁に阻まれる。

「兄さん!」

 トトが踞るのと同時にシュラがトトに駆け寄り、押さえていた左手を見れば矢先が刺さり、左手はもう赤く腫れ上がっている。すぐに手首を縛り上げ、舞台に落ちている矢先を兵士に向けて投げた。

 パウゾとユタが、咄嗟に叩き落とした吹き矢の矢先だ。

 兵士から放たれる矢は通さないが、シュラの投げた矢先は一人の兵士の右手に刺さる。

「うわぁあ、死にたくない」

 矢先が刺さった兵士が狂ったように叫ぶと、右手に刺さった毒のせいか肘まで赤く晴れて居るのが解る。叫ぶ兵士を周りの兵士達が押さえて右腕を切り落とした。

「血清の無い毒を使うなど……」

 シュラは悔しそうにトトの左手を持上げたまま、兵士達の様子を見ている。

 

 旅先で急な襲撃に合う事は、シュラにとって日常茶飯事だ。大抵はアヤメを守りながらでも交わせるが、時に剣先に毒物を仕込んでいる相手から怪我を負わされる事もある。即座に相手の剣を奪い、適度に傷を負わせる。殺してはいけない、普通ならば毒性を失くす薬を持ち合わせて居るからだ。相手が解毒薬を出した所で、旅先ならば奪い取る。今回もそのつもりで、兵士に投げ付けたのだ。


 右腕を失った兵士は気を失って居るのだろう、静かになった。数人で止血をしようとしている。


「致死毒を振り回し、血清も持たぬとは」

 シュラが怒りをあらわにしていると、ユタが

「トト、すまない」

 と、腫れ上がっている左手を切り落とした。

 トトの絶叫が響く。

 シュラとユタですぐに止血するが、落ちたトトの左手はすぐに黒ずんで来る。

 トトは痛みで気を失った。


 トーナと兵士達は氷の壁に囲まれて、誰も出る事が出来ない。


 広場全体が、突然の出来事を理解出来ずに居るのだろう。

 誰もが無言だ。


 氷の壁はサラが作り出した物だ。いつの間にか、三柱も舞台の上から兵士達を見下ろしている。


 トーナは思いがけない状況に、冷や汗が全身に伝うのを感じて居る。普段は安全な執務室で、思い付いた事を伝えれば良いだけだ。敵地で捕らえられたような状況に、冷静で居るように見せるので精一杯だ。

 初めての環境に本心はとても狼狽うろたえている。しかし、兵士達は次の指令を待って居るのも、良く理解している。


 ラ-ジャがユタに小さな声で話し掛ける。

「剣と上着を、しばし貸すが良い」

ユタは言われた通りに剣と衣装をラ-ジャに渡す。

「この剣は民からの信頼を得られる者に持つ資格が在る」

 広場全体に届く声で言う。更にユタの着ていた上着を掲げ

「この布は、我に害する者には触る事が出来ぬ」

 そして、小さな声でヒムロに「頑張れよ」よ言ってトーナと兵士達の元へゆっくり歩いて行く。


 兵士達が通れない氷の壁を通り抜け、

「トーナよ、これを持って見よ」

 瞬時にトーナはラ-ジャの後押しでトレザを掌握したと信じ、両手を伸ばし、うやうやしく受け取る姿勢を取る。

 氷の壁に阻まれはしたが、ユタの持っていた剣を手渡されるのだ、私こそが民を治める頂点に相応しいと認められたのだ。

 ラ-ジャがトーナの両手に乗せた剣は、驚く程の重さで、両腕で抱え込んでも落としそうだ。あまりの重さにみっともない姿で両手で抱え込むが、一歩も動けない。ユタは軽々と片手で持ち、軽やかに舞って居たのに。

「放して良いぞ」

 ラ-ジャに言われてトーナは剣を落とす。

 カラン、と軽い音がして、ラ-ジャが拾い上げてユタに投げる。ユタは片手で受け取った。

「着てみるが良いぞ」

 ユタの衣装を差し出す。

 舞台の女性神が微笑んでトーナを見守っているように見える。

 子供神は眉間に縦ジワを寄せて口を半開きにして見ているが、今後につかえるあるじが代わるのは嫌なのだろう。

 トーナは神々の上に立った気分でユタが着ていた上着に袖を通す。ラ-ジャが丁寧に腰紐まで結んでくれる。

 神々を従え、トレザを治め、広くなったタタジクの領主に相応しいではないか。

 微笑みかけている女性神は妻として迎え入れてやろう。衣装はもっと豪華に仕立てさせ、領主の就任式には神を妻として迎えた事を民衆に広めてやろう。トーナが悦に入って居ると、帯がぎゅうっと締め付けられるのを感じて

「少し苦しいぞ、龍神」

「そうか?」

 無表情で立ち上がったラ-ジャが

「もう良いぞ」

 子供神に声を掛けた途端、

「ぐわぁっ」

 トーナは全身を何かに刺されるような痛みに襲われた。トーナは叫んで膝を着く。

 ラ-ジャは表情を変えずに

「兵士達よ、あるじが苦しんでるぞ。この上着を脱がしてやれば、解放出来よう」

 それだけ言って、氷の壁を通り抜けて出ていく。

 兵士達が脱がそうと衣装に触ると、兵士にも激しい痛みが走る。その度にトーナの悲痛な叫び声が上がる。


「ラ-ジャ、大変だったのだぞ。あの気持ち悪い男がオサの服を着るまで、凄く集中して頑張った」

 ヒムロは誉めて欲しそうにラ-ジャを見上げる

「良く頑張った。私も転げ回って脱げぬよう腰紐でしっかり結んだのだが、うっかり絞め殺さぬよう我慢したぞ」

 ヒムロの頭を撫でるラ-ジャもいい笑顔だ。



 トーナがどんなに叫んでも、トトの左手は戻らない。シュラは耳障りな悲鳴を止める為にトドメを刺しに行こうとするのを、ユタが止める。

「トトは生きている。彼等かれらを許しても、許せなくても、トトの左手は戻らない。何故なら私が…」

「兄さんが命拾い出来たのは、父さんの早い判断力のおかげです」

 シュラは、ユタが「自分で切り落とした」と言うのを止めた。シュラの言葉ににユタは救われる思いだ。

 傷口から切り落とせば助かると、兵士達を見ればすぐにシュラにも理解出来た。だが躊躇ためらった。シュラが悩んでいる間に、ユタがトトの命を救ったのだ。

「シュラが左手をすぐに縛ってくれたから、トトは失うものが少なくて済んだ。シュラ、君は私達の自慢の息子だよ」

 シュラはユタの言葉に、トトの左手が無くなった悔しさを呑み込んで

「ありがとう、父さん」

 初めて覚えたトレザの言葉は『ありがとう』。ユタとリリが何度も自然に言うからだった。今では、良い言葉だと感じている。


 意識が無いトトの顔に流れた涙の痕を拭い、リリがそっと抱き上げる。静かに呼吸するトトが、確かに生きている実感と、多少は予測していたとはいえ、突然の出来事にリリも苦しい表情は隠せない。

 リリとイイスはトトを休ませる為に自宅へ向かう。ムウはユタに着いて、トレザの民に伝えるべき事実を見届けると、広場に残る事にした。

 

「あれも治療は必要であろうな」

 白い布を手にしたシュラが立ち上がり、兵士達に近付く。氷の壁を通り抜けた所でトーナが

「と……捕らえよ、その者を、捕らえ…」

 苦しそうに兵士に指示を出すが、シュラを捕らえようと近付く兵士は倒れて行く。兵士に見切れない速さで的確に気絶させているのが解ると、兵士達はシュラから距離を取る。

「治療する者が増えるのは厄介だ、退け」

 右腕を無くした兵士を布でくるんでも、気絶しているせいか反応は無い。

「仲間をどうする気だ」

 距離を取ったまま兵士が怒鳴る。

「ここに居ても失血して死ぬだろう。私が安心して治療出来る場所に移すだけだ」

 きっとユタならそうするだろう。だが今はトトの事で動揺している。治療が間に合わずに失血死したら、ユタが後悔するに違いない。例え敵でも、ユタの前で助けられる者をみすみす見殺しにする訳に行かない。

「な……何をして…いる。捕らえよ」

 しつこく命じるトーナの口を白い布でふさぎ、シュラは気絶した兵士を抱き上げて氷の壁を出て、その場で兵士を横たえる。氷の中からも見えやすいようにだ。

 まだ出血を続ける右肩に、強い刺激臭のある緑色の薬を直接ベッタリと塗り付けると、大きな葉を傷口にあてる。血で汚れた部分を拭えば、新しく出血していないのが解る。

 氷の壁からじっと見守る兵士達に向かって

「止血をしただけだ。この先はお前達に任せよう。トレザに害する気が無ければ、簡単に出られるとラ-ジャ様から教えられた。この兵士を助けるも、見殺しにするも、お前達次第だ」

 兵士達は氷の壁をひたすら叩いたり蹴ったり破壊しようと奮起するが、傷ひとつ付けられない。

 ユタが隣に戻ったシュラに

「兵士の傷口は……」

「すぐに死ぬ失血では無かった。だが、他の兵士があのままならば、明日の夜には残念な事になるだろう」

 ユタとしては、シュラが介抱を続けると思って居たので少し驚く。シュラには五年の旅で、きっと色々な事があったのだろう。

 

 ラ-ジャは舞台の上から

「トーナよ、聞こえておろう。」

 トーナ自身、気絶出来た方が楽になれるような激しい痛みなのに意識だけは、はっきりしている。

「我を害なす者で無ければ、その苦しみから解放されようぞ」

 龍神を従えた筈だと思っていたトーナは更なる痛みに襲われる。

 兵士の中で、ラ-ジャの言葉に従うべきだと感じていたアギルが氷の壁から転がり出た。負傷した兵士を心配して氷に寄りかかって居たようだ。這うように兵士の容態を見に行く。

 一人の兵士が出られた事で、他の兵士達も出ようと体当りを始める。


 舞台のサラは、ずっと穏やかに微笑んでトーナを見ている。良く見れば、笑顔のままで怒りを発しているのが解る。


 ラ-ジャがゆっくり続ける。

「トレザの地は豊かな水に恵まれておる。しかし、初めから全てが有った訳では無い。民の全てが相手を思い遣り、切磋琢磨し、考え、築き上げた物を、下らぬ欲の為に奪おうとは。大概にせよ」

 トーナは何を言われているのか良く解らない。下らぬ欲などでは無い、立派な目標だと思うと激痛に見舞われる。

「自分の都合で欲を目標と置き換えるのか?」

「民の、喜び、敬い、尊重し合う者達の時間まで奪う事が許されると思うは愚か。それほど水を求めるならば、タタジクを湖に致しましょうか」

 サラは凄みのある笑顔でトーナに語る。

 

 トーナが痛みに悶えて居る間に、兵士は一人、また一人と出て来る。

 出てきた兵士達は、自然と負傷した兵士の元に集まり、気に掛けたユタによって治療法を教えられると、質問したり手当ての方法を覚えようとする。

 兵士が増えて来ると、ユタは舞台に戻った。


 躍起やっきになって出ようと体当りする者も居るが、トーナの周りに残る兵士は気絶している者を除いて六人になった。


「タタジクの民を守り、豊かにしようとするならば、トレザの民も同じと気付いたか」

 ラ-ジャの言葉に頷く兵士達。

 ユタが広場全体に届くように

「突然の事に、皆が驚いたと思う。神々から聞かされ、兵士だと知っていたのに皆には伝えなかった。済まないと思う」

 深々と頭を下げる。

「しかし、ここに居るシュラに、タタジクは水不足で苦しんでいると知らされたのだ」

 五年前の小さなシュラを知る者達の驚きは様々だ。

「身の危険をかえりみず、兵士を助け、いずれ交流を持てるようにしたいと、神々に申し出た」

 ラ-ジャが言う

「このシュラに止められる前はな、兵士が登って来る崖から水を流してやろうと」

 ラ-ジャに続き、凄みのある笑顔のサラが

「砂漠を凍らせて兵士ごとタタジクへ送り返し、そのまま沈めるつもりでしたのよ。水を求める地ならば、水で沈むのも喜ぶでしょう」

 トーナを見たまま、皆に聞こえるように語る。

 兵士達の顔色は急に悪くなる。

 トーナは今も激痛にまとわり付かれたままだ。


 ユタの言葉に始まり、神々が語る真実に皆が耳を傾ける。


 ユタが話す。

「驚いた事に、タタジクからはシュラを捕らえる命令が出ていた。恐ろしい命令だと思った。兵士の皆は知っているね?」

 アギルが答える

「旅人は生きていれば手足の有無を問わない、という命令でした」

 トレザの皆が驚き、ざわめく。

「その命令を知らされても、シュラは神々に兵士を見殺しにしないよう何度も申し出たのだ」


 ユタの言葉では、まるでシュラが善人ではないか。シュラなりに兵士は無傷で捕らえて強制労働させるつもりだったので、民衆からの熱い視線は居心地が悪い。


「シュラの願いもあり、ラ-ジャ様が各方面の兵士達を安全に導く為に、大変な御尽力を頂く事になったのだ」


 トーナが何か言いたげにシュラを睨めば、全身を焼かれるような痛みに襲われる。口を塞がれているが、苦しみにうめく声が続く。


 広場の皆が口々に「ラ-ジャ様」「ユタ様」「シュラ」と讃えるので、トーナの呻きは聞こえない。


「皆には歓迎の為にと騙すように避難してもらった事を、とても済まなく思っている」

 再び深く頭を下げるユタに、トレザの皆がこの二日間で出来た貴重な体験を口々に話し出して、ざわめきが大きくなる。

 兵士達が統制の取れた動きで一斉に舞台に向かってひざまずいた。トーナの周りに居た兵士も同じだ。その音で気絶していた兵士達も目を覚ます。

「ラ-ジャ様のお陰で我々は無事にトレザ迄たどり着く事が出来ました。険しい崖に杭を打ち込み、我々を助けて下さいました」

 最初に話したのはアギルだ。次々に崖でラ-ジャに助けられた事を言い出せば、トレザの民は兵士の言葉も真剣に聞く。

 そして、子供達の元気な舞いに娘達の華やかな舞い、美味しい食事に登山の疲れが消えた事、剣舞の実力と、タタジクに無い文化には、純粋に感動したと言うと、

「トーナ様の命令とはいえ、攻撃するべきではありませんでした」

 跪いている兵士達は、その体制のまま更に頭を下げる。

 兵士達を睨むトーナは違う痛みに身悶える。


「勘違いするな、兵士達。シュラが水路を提案せねば、今頃タタジクは新しい湖だ。兵士達ごと流すつもりだったとさきも伝えたぞ」

「わたくし達は、誰かの命令で行動する事は有りません。人の強い願いが、わたくし達を動かせるのです」

 

 隊長が話していた言葉を思い出し、兵士達は顔を上げられない。この旅人は余所の王国に高く売れるのだと聞かされ、死なない程度に遊んでやろうと話して居たのは、他でも無い、自分たちだ。

 しかも、そんな相手から救われたのだ。

 吹き矢の矢先を投げ返した時から尋常な強さでは無いと感じていた。兵士の怪我まで思いやり、危険をかえりみずに助けに来た時も同じだ。

 トーナの指示で攻撃し、隊長から持たされた毒を塗った吹き矢を使った事が、悔やまれてならない。

 上層部の命令は絶対なのだが、それでもトーナを説得する事は出来なかったか、本当に歓迎されて居たのに、疲れを忘れるほど楽しかった空気は今は無い。

 自然に兵士たちは深く頭を下げる。


 ユタは兵士達を見下ろして

「君達がどれほど頭を下げても、息子の手は戻らないよ」

 穏やかに見えていたユタの声が兵士達に冷たく響く。

 ちょうど気絶していた兵士が目を覚ます。ヒムロの布にくるまれて居るが、特に苦しがる様子は無い。

「助かったのか」

 横になったまま呟けば、兵士達が覗き込むように様子を見る。

「あの子供は、助かったのだろうか」

 更に呟くのを聞いて

「息子は、私が左手を切り落とした事で、生きている」

 ユタが冷たい声で答える。

 兵士達は吹き矢への反応速度にも驚いていたのだが、ユタが切った子供が実の息子だった事に驚き、判断力と精神力が同時に備わっているユタの行動を、尊敬すると同時に言葉を無くす。


「危険な毒を使うのなら、解毒薬を持つのは当然だろう。何故なぜ持っていない?」

 シュラが表情を変えずに言った。

 元々は、旅人を捕らえる時に使えと隊長から渡された。解毒薬なんて受け取って無い。

 生きて捕らえろと言いながら、隊長は致死毒を軽々しく渡したのだ。

 捕獲対象としていた人物からも救われた兵士達は、どうにも居たたまれない。


「どうしたら、許されるだろうか」

 一人の兵士が口を開けば

「許す事は出来ないな」

 ユタが即答すると、兵士は皆が項垂うなだれる。

「だが、歩み寄る事は出来るんじゃないかな。許せるかどうかは、その先になると思う」

 ユタの声はまだ冷たいままだが、恩情のある言葉に兵士達は揃って跪く。

 いつの間にか、トーナの周りに兵士は居なかった。


 ユタは広場の皆に

「楽しい宴にするつもりでいたのに、驚かせて済まなかった。怪我人が少なかった事を何よりと思う」

 ユタに若者が近付いて、この後は皆で片付けるので、トトの為に帰宅するよう勧めてくれた。

 ユタを見送り、ムウは広場に残る。トトが心配ではあるが、ムウには治療らしい知識が殆ど無い。広場で皆の為に動く若者達に混ざって、出来る事を手伝おうと決めた。


 タタジクから来た者が友好的では無かった事にトレザの民は悲しい気持ちになったし、恐怖も体験した。

 しかし、トレザでは水不足を想像する事すら出来ない。きっとタタジクの民も苦しい選択だったに違いない。良い方法を見付けられないものか話しながら、それぞれが帰り支度を始める。


「兵隊さん達よう、オレん家の倉庫で良ければ、寝るぐらい出来るで」

 パウゾが兵士達に声をかける。

「その前に、全ての武器を出せ。私が貰っておこう」

 ヒムロは悔しかった。まだ武器を隠し持っていた事、知らない武器がまだまだある事。。

 もっと世の中の事を知りたいと思いながら手を出せば、武器になりそうな物を兵士達は素直にヒムロに差し出す

 

 若者達とパウゾの提案で、明日また宴会を仕切り直さないかと皆に伝えれば、兵士達も手伝える事をしたいと言う。しかしユタ達の気持ちを考えると、誰もこころよい返事は無かった。


 呻き続けるトーナを広場に残したまま、それぞれが家路に着く。



 翌朝は、二日間とても早起きだった為か、広場は早い時間から大勢が支度していた。

 大掛かりな準備は出来なかったが、シュラとアヤメにも、当然、神々にも特等席で楽しんでもらうつもりだ。



 ヒムロが一晩中呻いていたトーナに近付いて

「良いことを教えてやろう。私が大好きな者に意地悪しなければ、とても手触りの良い布になるぞ。意地悪な事を考えるのもダメだからな」


 トーナの隣で立ち上がり

「トレザの者はみんな私のお友達じゃ。喧嘩しても良い、仲直り出来れば良いのじゃ」

 そして舞台に飛び乗ると

「競う事は良い、だけど争うのはいかんぞ」

 そして舞台から飛び降りて

「それでは、私が今からトトを迎えに行って来るぞ」


 トーナのうめき声が止まった。死んでないか心配になった者が近付けば、寝息が聞こえる。一晩中苦しんだ跡であろうしわが顔に深く刻まれては居るが、寝顔は穏やかだ。

 トーナの心境に変化があったのだろう。



 トレザには日常が戻ったが、幾つか大きな変化があった。

 思い思いに、目まぐるしく起きた出来事を考え、お互いが相手を思う気持ちを上手く伝え合い、誤解や間違いは小さなうちに溶いて行こうと、自然に皆が思うようになった。

 


 最大の変化は神々から友と認められた事だろう。

 以前にも増して、トレザの民は笑顔が輝いている。


 今回のを読み返してみたら、オッサン大活躍なお話しでしたね。

 あっちの世界を書いてみたいのです。ちなみにリアル方向音痴なので、今回までに出て来た所の地図を書いて見ました。

 


ラ-ジャ「一度消えて良かったな、トーナが主役みたいな出だしだったぞ」

サラ  「ラーが消したのかしら?」

ラ-ジャ「そんな所にまで干渉かんしょう出来る訳なかろう、子萩丸が機械音痴なだけだ」

サラ  「あら、方向音痴なだけでは無いのね」

 クスクス笑うサラは決して小馬鹿にしてる訳では無い。



 書いた地図を見ていたら、この辺りでこんな事が起きてみたり、あんな事が起きてみたり、新しく知らない人が出て来たり、新しく出て来た人達は勝手に名前を着けてごめんなさい。

 出来るだけ、短くて覚えやすい名前を着けようと思っていますが、似たような名前も混乱するので、あらたに楽しい悩みが増えました。


 なんだか、終わり迄がまた遠退とおのいて行きました。お付き合い頂けると嬉しいです。

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