遠かった朝
タタジクの朝とほぼ同時に、トレザにも朝の光が届く。
白く見えていた蝶が虹色になるのを初めて見た兵士が
「夢でも見てるのか?」
「こんな綺麗な蝶々初めて見る」
広場の兵士は笑い声と程好い疲労感で、ヒラヒラと舞う不思議な色の蝶と、近付くまでは人の判別も儘ならない薄明かりに意識が朦朧としている事を口に出す。
「ああ、訓練が気持ちいいなんて初めて感じたからな。夢かもしれない」
ずっと動いて汗をかいた分、火照った体に朝の冷たい風が心地好い。
実際の訓練が朝まで続いたら、きっと兵士を辞めたくなるぐらいだろうと誰かが言えば「全くだ」と同意の声がした とたんに皆が笑う。
少しずつ明るく色の変わって行く空から、輝いていた星の数が減って行く。
最後まで輝いていた星だけが、夜の終わりを告げる紫と橙色の雲間から覗いていた。
更に力強く輝く太陽の光に星が消えていく。
辺りが一気に明るくなると 夜露で重くなった羽を乾かす蝶が一斉にはためき、朝露が太陽の光を惜し気無く反射する。
タタジクでは見たことの無い景色だ。
虹色にはためく蝶が、無数に広場を通りすぎる。
少し見上げる先に洞窟があるのは、舞台上の絵画を見ただけで連想させる。
「あの、不思議に綺麗な絵は、きっとトレザの何処かに在るんだろうな」
「あの場所まで知らなくて良いけど、この風景を壊さなくて良かった、今は本当に、そう思う」
「太陽が眩しいせいかな、涙が出る」
「ああ、きっと欠伸を我慢しているからだな」
刻々と鮮やかに色を変化させて行く空と大地。
一晩中動いていたせいか、自然と呼吸が深くなっている。気持ち良い程度の冷たい空気は、全身の隅々まで覚醒を感じさせる。
副班長は太陽に背を向けて、長く伸びる影と先の景色に度々 入り込む蝶を見る。
「太陽が眩し過ぎてな」
誰に言うでもなく影を見て呟いた。
明るくなったことで、剣の指導を誇らし気に行う兵士の笑顔が はっきり見える。そして 朝露が輝く大地に目を細め、彼自身の生き方を振り返る。
「強さばかりを求めて来たのは、間違っていたのか」
やはり誰に言うでもなく呟く。
アギルが班長になっても、どこか侮って見ていた。戦闘の経験や実力は、遥かに上であるのも事実。戦力以外で領主やトーナの目に留まれる自信が無い。大きな失敗をした事も、今回だけでは無い。
だが強くなる努力は惜しまなかった。
静かにサラの声が心に届く。
「武力を求め鍛練に費やした努力は、間違えてなどいません。貴方らしく生きて来た時間に、無駄など ありません」
たったそれだけの言葉で副班長の目は潤む。
涙を溢すまいと、視線でサラを捕えたものの ボヤけた姿は微笑んで居るようにも、叱って居るようにも見える。
仁王立ちして自分の影を見ていたが、両膝を着いてサラに向かって深く頭を下げ 心に届いた言葉を何度も繰り返し「自分らしさ……か」
太陽の光に暴き出されるように、無能な自分の姿が次々と浮かび上がる中で、ひたすら強さを求めて努力していた頃を思い浮かべる。
広場には小さな子供たちも姿を見せ始めている。
純粋に何かの目標を持って 生き生きとした姿に自分を重ねれば、自然と表情が緩んでいく。
そう「自分らしく、出来る事を」他人に劣ることばかりに目を向けず、出来る事を精一杯やって来たからこそ、今の自分が あるのだ。
トレザでは「この時間が好き」と言いながら早起きする子供が増えた。明るくなる前に観察する蝶を見付けて、ボンヤリと眺めるだけなのだが 毎日のように眺めていれば、どの辺りに潜んで居るのか自然と解っていく。
ただ「綺麗」だと、手に届くほど近付いても 決して捕まえたりしない。鳥に補食されても助けたり、見逃してしまったり 自然のままの姿に深く手出しは しない。
洞窟にも朝の光が届く。
まだ温かいパンを頬張った後に、瓶を持って洞窟の奥で光の花が開くのを待った。
花が開き始めると、不思議と寒さも緩和される。
3人で溢れるほどの蜜を採取しながら、まだ残っている「気」の石の光を眺める。
「びっしりと光っていたのも綺麗だったけどさ、こうやって まばらに光っているのも、ずっと見て居られるね」
ムウが呟き、イイスとトトも頷く。
イイスは自分の「気」に近付き、話し掛けるように座ると 輝きが増した。
金属の楽器を叩くような音がして、イイスは何かを手に持った。
「ムウは、絵をヒムロ様に見付けて貰ったけどさ、他にも特技が隠れてる。ワタシが探して見せるよ」
「何を見付けたの」
蜜の採取を続けながらトトが聞く。
「これ、糸なのかな?」
イイスが握った何かを見せるが、どうやらムウとトトには見えてない。
「凄く長いんだ、光ってるよ」
糸の先を探す視線は洞窟の外に向いている。
そろそろ開いた花から出る蜜が減って来た。
「ねえ、イイスの見えてる糸の先を、探しに行こうよ」
いっぱいになった瓶をムウとイイスが持つ。
「あのさ、パンは食べちゃえば荷物が減らせるよな」
イイスが一緒に残ったパンの籠を持ったのを見て、トトが言う。空になった籠なら、左腕にかけて持てる。左手を無くしたせいで、パンが入ったままだと落としちゃうかもしれないと笑う。
「そうだね」
「ワタシさ、アヤメみたいにパンにたっぷり蜜を付けて食べてみたかったんだよね」
洞窟を出て一旦座り、3人はパンを直接瓶に突っ込んだ。
「うわ、甘い。美味しい」トト
「ちょっとベタベタするけど、美味しいねえ」イイス
「なんか蜜の色って、とても綺麗だよね」
口に運ぶ前に、パンに滴る蜜を朝陽に当てて観察してから食べて旨いと笑うのはムウ。
「ムウは美味しいだけじゃないんだね。あ、ムウにも糸」
イイスは自分の手から伸びる糸に似た光る糸をムウの胸から伸びているのを見付けた。
「何も無いよ」
ムウとトトは、イイスが掴んだ糸がわからない。引っ張れば、いくらでも伸びて消えて行くのだ。
「多分、ムウの糸に繋がってる先を見付ければ、こっちの糸も何なのか わかると思う」
イイスが言うと、トトは空になったパンの籠を腕にかけて背負い小走りで下り出す。
「見付けに行こうよ」
先を行くトトに追い付くように、荷物を抱えて家に向かって走る。
数日だったが城で体験した事や見た物が、衝撃的に珍しかった分 とても懐かしい気持ちで走る。
季節が進んで木々の葉が色付いて来た坂道を、家に向かって走る。
「ただいま、父さん、母さん」
扉を開けると、誰もいなかった。
「クウ様が広場って言ってなかったっけ?」
「あ、父さんはタタジクに行ったって聞いたかもしれない」
だから蜜を採取したのだ。
取り敢えず道具や荷物を置いて、広場へ向かう。
大勢が気だるそうに話し合う姿の中には、タタジクの兵士も一緒だ。
「あ、ムウ。糸が絵に繋がってる」
イイスが言葉に出すと、光る糸は消えた。
そして手の中で無数に伸びる糸の先に、才能と作品が繋がっているのを確信した。
「タタジクの兵士と剣の練習してたんだね。大人のみんなは、寝てなさそう」
涙目で欠伸をしたり、ボンヤリ動く大人に糸の先を見付けたイイスが走って行った。
少し何か話して戻って来ると
「絵は描けないって言われちゃった。でも、他の何かだと思うって言ったのに、今は疲れてるって」
大勢の大人たちが、数人ずつで座り込んで笑い合ったり話している中に、他の糸を見付けて迷わずに走って行く。
「イイス、戻ってたのね」
リリが呼び止めた
「あ、母さん ただいま。洞窟の蜜は持って来たよ」
「あら、すっかり忘れてたわ。ありがとう。ところでクウ様は?」
「なんかね、大事な用があるって」
大事な用と聞いてリリの表情は一瞬強張る。しかし振り払うように笑い、
「そうなのね。ムウがどんな絵を描いたのか、教えてくれる?」
城がどんな所だったのか、ムウがどんな絵を描いたのか、ムウとトトも一緒になって家に戻りながら手振り身振りを交えてリリに伝える。
フカフカで とても寝心地の良い寝台や、広い部屋に階段。手入れのされた花咲く庭園の様子を口々に言えば、
「そんな素敵な所に居たのに、家が狭く感じない?」
リリが聞くと、揃って「自分の家が最高」だと笑う。
砂漠にある城で窓から空を見つめて居るクウ。
怒りの気持ちなのか、度々クウの周りに黒い霧が出ては消える。
ラージャが見せたタタジクの朝は、小さな星が減り始めた砂漠の城で セトラナダの朝を待ち望むクウの意識に直線 届いた。
すでにムウ、イイス、トトはトレザに送り届けた。
完成した絵はトレザの朝に併せたように明るさを増している。まだクウの力で移動した名残が絵の本来の姿を少しばかり明るく色を変えている。
「これはこれで美しいものだね。景色を切り取ったとは、ヒムロも良い表現をしたものだよ」
今のセトラナダは龍の使役を自在にした上で、龍の命を奪い取る強硬な結界まで造り出した貴族に 憤りを隠せなくなっていたクウは、怒りに任せて子供たちの存在を忘れていた。
落ち着かなければ。
怒りに任せて子供たちを巻き込みそうになり、焦る。
見送りに併せて僅かな時間だがトレザの「気」を洞窟内で目一杯吸い込んだ。
そしてラージャが見せたタタジクの朝。
人々の心を直接照らし出す朝陽と祝詞に冷静な思考を取り戻した。
最悪な未来のひとつ。
憤りの瘴気にあたった子供たちの、命の灯火が消える。
最悪な未来のひとつ。
クウがタタジクとトレザの朝に併せてセトラナダに向かい、結界に阻まれて崩れ消失する。
我を忘れる程の怒りに、周りを認識しきれずに招く事態だ。
「まさか本当に、そのような心境を味わうとは 思っていなかったよ」
苦笑して砂漠の城から空を見上げる。
確実に幾つもの最悪な未来を回避しては いる。
まだ城から見えるトレザに近い空は、橙色に変わり始めたばかりだ。大きな星が、まだ空に残っている。
セトラナダの朝は、砂漠の城より少し遅れる。
朝陽がセトラナダに入る時間に合わせて出発準備は万端だ。
まだシュラの意識は戻らない。
『龍、こいつは死んだのか?』
ヘルラが聞けば、ラーは首を横に振るだけで応じる。
パチン!
シュラの頬にアシンの平手打ちが決まる。同時にアヤメが「ひっ」と声を漏らす。
『龍によって動けないようになったはずだ、取り敢えず起こせ』
アシンの命令に従い、数人がかりでシュラは殴られて 薄く目を開ける。
シュラが視線で合図を送っても、アヤメは目の前で起きている事が怖くて合図の意図が掴み切れない。
ラーが伸ばす腕の先で、ヒムロがジタバタ動く。
『その男が言っていた どこかの土地に巣食う大蛇とは、これのことか』
『そうでしょうな王。この蛇の皮を剥げば、衣装の素材と同じ物になりましょう』
苦痛に耐えているのか歯噛みするシュラを見て、アシンが言い直す。
「この蛇の皮で作った衣装で、間違いないな?」
「私が知る限り、これよりも かなり巨大だった。それに脱皮した後の脱け殻を使っている。皮は剥いでない」
アシンがヘルラに耳打ちする。
『龍、その男は真実を言っているか?嘘ならば殺せ』
ラーは動かない。
実際に嘘を言っている訳ではないからだ。
『ふん、そんなに都合良く龍に会えるものか』
『確かに、龍の衣とその捕まえた蛇の皮は似ている』
ヘルラは衣装を着た時の苦痛を思いだし、慎重になっている為か 暴れるヒムロに触ろうとしない。
『しかし、アヤメが舞い込んで龍まで手に入るとはなあ。盛大に祝う準備をせよ』
火糞笑むヘルラの指示に、側近も動く。
『しかしヘルラ王、龍まで連れ込んだアヤメ様とシュラは危険かと。シュラは即刻 使役したいと望みます』
『良かろう』
乱暴にアシンはシュラをバルコニーに連れ出す。
アシンの肩にシュラが体重を預けてバルコニーへ出ると、薄暗い中でも大通りの人だかりは良くわかる。
国民の歓声が上がった。
アシンは国民から尊敬の眼差しを浴びる。
タタジクの使節団が揃い、旅芸人の芸が披露される中に居合わせたアヤメの出生地を調べた事が、国民向けの内容に書き換えられた状態で読み上げられている。
バルコニーの一定の場所で話すと、声が拡声されて大通りの先まで届く仕組みだ。
この声は、酒蔵にもハッキリ聞こえる。
アヤメは誘拐された後に、慕い続けたヘルラに再開するべく 運良く逃げ出して旅芸人になった。そこで全く無関係だった筈のヘルラとアシンが、さりげなく活躍する内容だ。
いかにも心配してアヤメを探し続けた結果、ヘルラの恩情厚く病床のコアと感動の対面を果たしたと告げられれば、大通りの国民から歓声が上がる。
まだ朝陽は出てないが、空は次第に明るくなり始めた。
『この旅芸人がアヤメ様を連れて、この城までたどり着いた。褒美として私の配下として迎える』
どよめきと歓声が入り雑じる。
シュラは紋様の中央まで連れて行かれ『自力で立て』と言われた。
「ここでシュラと契約をしてやろう。国民も見ている前で顔を晒せば、逃げられんだろう」
ここでシュラは逃げるべきか躊躇う。まだ薄暗いうちならば、顔の判別も曖昧になるだろうとも。
足元の紋様は、新しい。しかしアシンも側近も、張り替えた紋様を気にする様子が無い。
暗がりで見えてないだけなのか、張り替えたことに気付かない何かがあるのか、判断出来ない。
アシンと側近は紋様の外に出る。
『ここで国民に宣言する。アヤメ様を守り続けた褒美として、貴族アシンの片腕と同等な扱いをする』
ヘルラの宣言に併せて シュラの立つ辺りに金色の光の粒が浮かび上がり、グルグル回転しながら巻き付いた。
「はっ……ぐっ。うぅ」
巻き付いた光は徐々にシュラの体に入り込む。
崩れるように膝を付き、そのまま横に倒れ込む。
謁見の間の窓は大きく開かれていて、アヤメは倒れるシュラを見て叫んだ。
『次期王とも在られるお方が、感情を見せるのは恥ずべきだと 教わりませんでしたかな?』
ヘルラがアヤメの隣まで歩き、ロアルの所から押収した箱を見せる。木組みの玩具が入った箱だ。
『これ……』
『やはり お子様には玩具が必要であろうよ』
ヘルラが座ってアヤメの視線に合わせ
「コレの持ち主をトラエル事も、出来るのだゾ」
箱を軽く叩きながらアヤメに手渡す。
黙って受け取ったアヤメを見て立ち上がり、満足そうに
『さすが次期王でいらっしゃる。国民の前で無様な姿を見せる訳に行きませんからな』
駄々っ子でもあやした顔でアヤメの頭に手を乗せる。
近くに居た側近がアヤメの頬に流れた涙を拭う。
倒れたシュラに取り巻いていた光が消えると、アシンの側近が紋様の上から窓際まで運び出す。小刻みに震えて短い呼吸を繰り返すシュラは、今にも死んでしまいそうに見えてアヤメの不安は膨れ上がる。
『さて、そろそろ朝陽が出る時間だ。国民が待ち兼ねております、次期王らしく振る舞えますな?』
ヘルラはアヤメの持った箱を見ながら言えば、
『ここの方々には、お世話になったのです。何もしないでくださいませ』
明らかに怯えるアヤメを見て笑みを深める。
『アヤメ様次第と、お伝えしておこう。さあ、まいりましょう』
バルコニーではアシンがシュラを配下として迎えるに至った経緯を述べている。
旅に危険は付き物で、アヤメを守る為とはいえ武器を所持したまま王に謁見してしまった不敬に対する処罰は必要であること。
本来ならば処刑でもおかしくない罪ではあるが、アヤメを無事に連れて来る為の所持だと 今回だけ特別に認めた結果、王に対して敵意を向けない契約に縛ったこと。
これからセトラナダに留まるアヤメに、話し相手として貢献する栄誉を与えること。
『旅人という立場では、人として生きる権利も無い。しかし私の配下と言う立場になれば、貴族に貢献できる栄誉を与えた』
苦し気に倒れたシュラを、まるで労るように伝えれば 国民も納得と称賛の声を上げる。
ヘルラの後から凛と姿勢を正して歩くアヤメの表情は固い。
『ここにアヤメ様がご無事で戻られたことを、国民の皆に知らせる為に時間を設けた』
ヘルラが国民に向けて伝えれば、拡声された音は遠くセトラナダ全域に伝わる。
小さくラーに向けて言う。
『龍、その捕まえた蛇を人の姿に変えろ』
謁見の間から堂々と歩いてバルコニーまで出たラーの姿に、騒がしかった大通りは静まった。
ヘルラやアシンが、いくら残虐な邪龍と触れ回った所で、本物の龍神に畏れ敬う国民の真髄は変わらない。
まさに神々しい姿は、人混みを思わせない静けさが広がった。
右手に蛇を掲げ、薄明かりの中に一段と輝く衣装と 腰より長く垂らした橙色に近い金色の髪。
大通りから見上げる国民の息遣いすら聞こえるほど静かだ。
ヘルラは使役している龍に対する国民の表情に苛立ちを押さえられず
『龍、蛇に見える龍を人の姿に変えるが良い』
国民に届く声で伝える。
ラーが蛇を高く投げると、上空から落下しながら白い衣装のヒムロの姿に変わった。
『龍、白い奴を逃がすな』
着地する前にあっさりヒムロを捕まえて、後ろ手に拘束する。
大通りからざわめきが上がる。『白い子供だ』『龍だったのか』『昨日見掛けたぞ』『旅芸人のもう一人の子供ではないか』
口々に出る声が波のように押し寄せる。バルコニーでは個々の声まで判別出来ない上に、対話出来ないほど大通りからのざわめきが煩くなる。
『ほう、綺麗な顔立ちではないか。旅芸人の子供は二人と聞いていた。アヤメ様、間違いないですな?』
トントンと箱を指先で叩いてヘルラが言う。
アヤメは唇を噛んで悔しそうに頷いた。
『では、国民にお友達も紹介して頂こうか』
ヘルラはアヤメの背中を押して、拡声出来る位置に立たせる。
大通りの人混みを見下ろした後、空を見上げて ひとつだけ残った星を見つめながらアヤメは口を開く。
『セトラナダの素晴らしき国民の皆様』
視線は星から離れない。
『まだ暗い時間から お集まり頂きましたこと、わたくしは心より嬉しく思います』
少し星の輝きが弱まったのを確認して、改めて大通りに視線を送る。
さっきのざわめきが嘘のように静まった。
アヤメの後ろでは、ラーとヒムロが紋様の中央に立たされる。
『五歳の誕生日を祝う時期に起きた出来事が切っ掛けで、セトラナダの国を離れることになりました。しかし、わたくしは、ここで起きていた真実を知りません』
ヘルラがなにやら言うと、ラーとヒムロが金色の光の粒に縛られた。
シュラと違って倒れることは無いが、次に取り巻く黒く光る粒に縛られた時にはヒムロが片膝を付いた。
『意識があるなら、さっさと離れるが良い』
ヘルラが言う通りに、ヒムロがラーと紋様の上から離れる。
背後で起きている事に、震える指先を押さえながらアヤメは もう一度星を見上げる。僅かに光っていた星が消えた。
バルコニーから正面の地平に眩い光が零れ出した。
セトラナダの朝だ。
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本当に遠かった。




