後任
一応この話しが区切りの良い時までは、毎週月曜日13時に公開更新しようと思っています。
お陰様で6月に入ってからというもの、1週間が早い事。
お楽しみ頂ければ幸いです。
タタジクの領主の息子トーナが父親に任されて農地の運営に本格的に携わってから三年になる。今では兵士や街の商人達の運営にも携わるようになり、近い未来には領主の座に着けるよう当人は勿論の事、周りも着実に引き継ぎを始めている。
しかし現在は引き継ぐ仕事の他に深刻な水不足に見舞われていて、特に農地は酷い状況だと報告を受けている。
農地の先には、以前は森があったが、春の種蒔き時期には豊作を願う祭りを行う為に木材で矢倉を作り、祭りの終わりには燃やす。
その矢倉の材料として森の木を伐採するので年々森は遠くなり、忙しい種蒔き時期の祭りは準備だけでも大変だった。それを簡素化したのはトーナが引き継いだ年だった。
トーナが矢倉を組む事を廃止したため、大掛かりな準備と後始末から解放されたと農地の民衆から感謝と支持を得る事が出来た為、次は商業施設から商人全体の引き継ぎ、更に治安維持に勤める兵士の一部と順調に引き継ぎを始める事が出来ているのだ。
ただ、今は街の外れに広がる農地から草原となっていた筈だった所はすっかり枯れている状態だとも報告されている。
農地とは反対のタタジクの都市部から程近い砂漠を越えた先に山脈が見えるのだが、暫くは薄い雲がかかって居るのを確認出来た。雲がかかっているならば、雨も降るだろうし当然水もあるはずだ。
山頂まで水資源を調査する為の調査団と、安全に往復出来るよう護衛の為の兵士を取り急ぎ結成する事に決めた。
タタジクから山脈に向かう者が無く、地形や生態の情報が全く入らない。古い文献からはトレザという農地らしき土地が確認出来るが、今では砂漠に呑まれてしまったのだろう。全く往来も無い事から、消えた土地と誰もが思っていた。
農地だけでなく商業地からも、水不足の報告が次々上がる事で、数日ずっと頭を抱えていたトーナが山脈を見れば、山頂がすっかり雲に覆われているではないか。
あの山頂から水を持って来る事が出来ればと思うと、とても歯痒い。人が運べる量はたかが知れているが、兵士の増員をして出来るだけ水を持ち帰るよう伝達させる。
召集された兵士達も、治安の良いタタジクが少しずつ水不足を原因として起こる小さな諍いが増えて来ているのを肌で感じていた。
その頃、山脈に向かう旅人が居ると聞いて情報を引き出すよう役人達に命じる。
商業地の者から上がる報告では、旅人の特徴から大人の方は『ヌッタ』か『ヤマビト』だとトーナは判断した。上手く捕獲出来れば他国の王族に高値で売れる。
身元が明確で無い者は人身売買の対象になる事も当たり前の世だから、領主の息子が旅人を二人捕獲しろと命令すれば役人達も当然のように従う。
ただ、今回は山の情報収集が主な目的なので情報を引き出せれば無理に捕獲せずに良いと役人達には伝達してある。
情報収集は上手く行ったが、旅人の捕獲は失敗した。睡眠薬を入れた食事を出した所、警戒していた様子が役人から報告された。
情報収集を終えた頃に眠った所をそのまま捕まえてしまう予定だったが、山に向かうのだから途中で兵士による捕獲も可能だろう。先回り出来るよう、予め戦闘準備も整えていた兵士を砂漠に向かわせるように命じる。
後からは農作業が出来ずに困っている者を募り、兵装だけは整えるが、主に兵士によるトレザでの戦闘後、水の運搬を任せる。
総勢千人の兵士を整えよ、とトーナが命じる。
トーナは休憩室で談笑していた役人達からの報告を先に受ける。旅人の話しをかい積まんで聞いていた者達の報告だ。
山の中腹には現在もトレザが存在し、人が住んでいるという事実に驚く。しかも湖が在るという。ならば、山頂まで兵士を向かわせなくても良いだろうと、計画が変わり始める。
「所詮は山で暮らす民族なのだから、捕らえて働かせれば良かろう。食事と衣類さえ与えれば、反って感謝されるのではないか?」
古い文献に残るトレザは、タタジクから布地や麦、金物を仕入れていたとある。
布地も金物も無いならば、トレザの生活水準はかなり低い筈だ。此を機に、タタジクの産業を見せ付けてタタジクまで水を運ばせ、働き手が減ると出兵を渋っていた農地の民にはトレザから捕まえて来た者を働かせれば、何もかも上手く行くではないか。井戸を掘り下げるにも人手は必要だ。トレザの民を使えば良い。
旅人からの情報には貴重な薬草とあったが、ずる賢い旅人の事だ。知識の無いトレザの民を騙して適当な物と交換し、他の地方で高く取引しているに違いないと勝手に思い込む。
トレザの民を悪い旅人から救い、馬車も行き交う高い生活水準のタタジクに招けば、山で不便な生活をしているトレザの民は喜んで働くだろう。農具も金属加工された物は無いに違いない。多少きつい仕事で文句など出ない筈だ。タタジクの農地が落ち着いたら、トレザに帰る民衆が新しい農具を広め、トレザの農耕も盛んになるだろう。トレザはタタジクの領土に取り込む方向で考える。
領土を広げる事が出来れば、確実に領主として認められる日も近いだろう。
トーナは思い付いた最高の計画を箇条書きした後に、書簡達を集めて各々の部署に伝達する書類を作らせる。
商業地区に出す書類、農業地区に出す書類、どちらにも砂漠の先にある山の梺から水を運搬する為の人員を出すよう命令が記されている。
トーナが領主から任されている兵士の人数は多くない。千人は兵士が必要だと言うトーナの意見が通った結果、仮の兵士で整える予定だ。
砂漠に向かう兵士は、既に山頂まで向かう予定で結成された者だけで百人。
行先の変更、山頂から中腹のトレザへ。
現地の民衆を捕縛、水を運ぶ要員としてトレザの民は強制労働、二人の旅人を捕縛、旅人は捕らえ次第、タタジクに送還する事。大人の方は生きていれば手足の有無は問わない事を加える。
山頂迄行かずに済む事で兵士達も安堵する。
調査の必要は無いと調査団を外し、戦闘に向いた者だけで結成される。
朝早くから出発する兵士達に激励を飛ばしているのは、トーナが引き継いだ兵士の隊長だ。小肥りで背も低いが、声は大きい。
先頭班の役割は、追い付いて来た旅人の捕縛とトレザの制圧。旅人は大人の男が一人と少女が一人。大人の方は生かしておけばどんな状態でも良いと聞かされているが、色白の細い男だと役人から聞くと、兵士達は大笑いしながら死なない程度に手加減してやると口々に話して、散歩にでも出掛けるように砂漠へ向かった。
ラ-ジャが兵士と同じ武装で同行しているが、誰も気に留める者は居ない。
先頭班の兵士達が出て間もなく、旅人達が役人に挨拶に来た。一人の役人と少し話しをするが、すぐにトレザへ向かう砂漠に出たのを確認された。旅人達が先頭隊に気付いて引き返して来ても、すぐに捕縛出来るようタタジクには兵士が配置される。
トレザの山頂は、雲に覆われて見えない。
岩場で夜営の準備を始めた先頭班は、まだ旅人がタタジクを出た事を知らされていない。
夜は野獣の警戒と旅人が通れば捕縛する為に交代で見張りを付ける。
明け方にラ-ジャが交代に入るが
「ちょっと用を足しに」
と断ると、交代要員は三人居るので早く戻れよと言われて持場を離れる。
兵士から見えない所まで行くと、ラ-ジャは小さな龍に姿を変える。蜥蜴程の大きさだ。飛ぶように砂漠をひと息で駆け抜け、山の梺で二人が眠る姿を見付けて近付いた。アヤメの方を向いて眠るシュラの顔も確認しておこうとアヤメとシュラの間に音を立てずに近付いたのだが、目を覚ましたアヤメに見付けられてしまう。
「可愛いトカゲ、珍しいな。おいで」
アヤメが話し掛けて来るが、当然逃げる。
人の子供のくせに意外とすばしっこいアヤメに暫く追い回されて、ラ-ジャは草の影に上手く隠れて逃げ延びた。
このまま様子を見て居たかったが、取り敢えず岩場に戻る。
岩場の持場へ戻ると、深夜に捕らえた獣が二頭居ると言われて、朝食に出す為に一人が解体の手伝いに行く。
出発して二日目の朝。捕らえる目的の旅人達は先に行ってしまったというのに先頭班は、のんびりした朝食だなと、ラ-ジャは思いながら、周りと同じように出発の準備をして砂漠を歩き出す。
同じ頃にタタジクでは、二番班が朝から出発だ。
先頭班と今から出発する兵士で挟撃ちにすれば確実に旅人達を捕獲出来ると、隊長から送り出される。
ここにもラ-ジャが紛れ込んで居たが、旅人の現在地は知っているし、タタジクからの大きな情報が無いと判断して次の出発班に加わる。
先頭班は陽が落ちる頃に山の梺に着き、再び夜営の準備だ。
その間にラ-ジャはまた二人の足跡を追ってみる。少し登った所で崖になるが、役人から知った情報ではまだ先まで登るようだったと思いながら、シュラとアヤメの残り香をたどり、崖をするする登る。下から見上げただけでは解らない穴がある。肉食の大きな土竜の巣だ。
トカゲより少し大きい姿になり穴の中を追い掛けてみれば、光苔のぼんやりした灯りが二つ動いている。
この穴の土竜は人ぐらいの大きさならば補食するはずだ。ラ-ジャはシュラの「一刻でも早くたどり着き、危険を知らせたい」と願う『気』に満たされたので、眠っている土竜に暫く目覚めないよう暗示をかけておく。
ラ-ジャは何事も無かったように梺の夜営場に戻って、周りの兵士と同じように仮眠を取るふりをする。
まだトレザの雨は降っている。
その頃タタジクでは、次に出発する兵士が準備していた。三番班だ。兵装だけの農家の人や商業施設で働く男達で、目的は水の運搬。
確かに水が無ければ仕事も出来ないが、この人数で行く意味が解らないと、特に商業施設で働く者達は困っていた。
それでも翌朝には総勢五百人で岩場に向かう事に決まっている。
出兵の意欲が低い者が多く、本来の兵士が半数以下の班は兵士達が先導しても上手く行きそうに無い空気で、ラ-ジャはあまり面白く無い。
更に次に出発する四番班は予定の人数が高齢者か子供ばかりで準備も覚束無い状態のようだ。
トレザの雨は、上がる様子が無い。
三日目の朝。
先頭班は梺で夜営した後を片付けて急斜面を登り始める。すぐに現れた崖を迂回して先を急ぐが、二番班から足の早い者十人が追い付く。旅人を挟撃ちにする計画が、先頭班と二番班の間に見付からなかった事実に、計画の変更を余儀なくされる。
急いで二番班の者は自分の班まで戻り、隠れる所の多い梺を二番班が捜索する事になる。二番班が五組に別れてそれぞれ二十人前後で梺の捜索が始まる。
タタジクからは三番班が出発した。隊長は兵士に激励を飛ばして見送る。
ラ-ジャも同行しているが、先の兵士達と違い、砂漠で歩くだけでも疲労の色が見える者ばかりだ。兵士達は夕方には岩場で夜営の準備を始めたが、全員がたどり着いたのは深夜だ。
慣れない砂漠を歩いて体調不良を起こす者も多く出た。岩場で応急手当をするが、タタジク迄戻るにしても一人で帰る事すら出来ない。ましてや水の運搬など無理だ。
かなり無理な計画に、岩場では元々兵士ではない者達から不満の声が上がる。
三番班の目的は主に水の運搬と、トレザで捕らえた民衆にも水を運ばせる為、トレザの民の監視の役割を言い渡されている。
トレザの雨は、まだ降り続けている。
四日目の朝。
三番班は体調不良の者が多いのと、最後に到着した者があまり睡眠を取れていない為に、岩場からの移動は見送る事にした。
次の班は暫く出発しないだろうと兵士達が言う。なぜなら兵装だけは三百人分の手配が済んでいるものの、準備を手伝った兵士達によると高齢者と子供、仕事から離れて問題の無い者しか集まっていない。
三番班からはタタジクに引き返す旨を伝えに二人の兵士がタタジクへ向かう。
先頭班は斜面の所々で仮眠を取った兵士達が昨日に続き崖を見上げながら斜面を登る。
水は、崖から綱を下ろして綱を伝わらせて下ろすと効率が良いだろうと兵士が話すと、班長はすぐにその意見を採用する。
確かに登るより下りる方が危険だ、水を背負って下りるよりは先に下ろせる方法を考えた方が良い。
夜営でも朝には疲れが残るとこぼしていた兵士が居たのに、斜面での仮眠では疲労を隠せない兵士が増えている。
それでも少ない休憩を挟み斜面を登り続けると、登れる所が崖しか無くなる。登れそうな崖を判断し、水を受け取る為に残る者と崖を登る者に分ける。今から崖を登ると確実に夜になるという事で、その日は崖を見上げてどの辺りから水を下ろすのが良いか、登り易そうな場所を散策して終わる。
その日の二番班は梺を中心に旅人捜索で一日が終わった。
岩場では思った以上に具合が悪くなった者が増えていた。日中と夜の気温差も影響している。
岩場の状況を報告しにタタジクへ戻った兵士は隊長に伝えるが、全く聞き入れられず、進行せよと日暮れも近いというのに、追い出されるようにタタジクを出る。
この日の夕方、トレザでは雨が上がる。
トーナは窓から砂漠の先にあるトレザを見る。山脈の雲が晴れてきた。先に向かった兵士達は、そろそろトレザに着く頃だろうか。
旅人が捕縛されたという情報はまだ無いが、もうとっくに捕縛が済んでタタジクに向かっている頃だろうと隊長からの報告書を目に火糞笑む。
五日目の朝。
ラ-ジャはトレザで大切な儀式を行う為に、陽が昇る前に全ての班から姿を消した。
まだ皆が仮眠を取っている時間でもあるが、交代で見張る兵士も全く気付く事は無い。
儀式が終わるとトレザの長に声をかける。儀式ほど集中力を必要としないので、再び全ての班に戻る。先頭と三番班、後は未だタタジクで出兵を準備している四番班だ。
先頭班にラ-ジャが戻ると、声を掛ける者がいた。
「良く眠れたか?」
「ああ、爽快な朝だ」
ラ-ジャにしてみれば、数百年ぶりにサラの手を取りサラの声を聞いたので、非情に気分が良い。
声を掛けて来た兵士は、これから崖を登る事を考えるだけで気が重いとため息を吐きながら笑う。
昨日の夕方に先頭班の班長は、下で待つといきなり発言したが、トレザの民を制圧するのに指揮を取る者が不在ではここまで来た意味が無いと、崖を登る事に決まった。しかし周りの兵士の皆が揃って「いい気味だ」と思って居たのは、かなり人望が薄い証拠だろう。
先頭班が崖を登り始める。
先に行く者が、岩に長い杭を打ち込み綱を結び付けると、慎重に次の者が続く。
昼頃にはそれぞれが杭で体を支えて慎重に携帯食糧で簡単な食事を取る。ほとんど休憩を取る事も無いまま進む事になる。
その頃トレザの広場では、ラ-ジャとユタとシュラの剣舞にいきなり参加したヒムロに
「オサは息をするのも苦しいのだぞ、無理をさせるな」
と、いきなり怒られる。
「オサは大事なお友達なんじゃ。でも人は、ちょっと具合が悪くなると死んでしまうのだろ?」
俯いて、肩を震わせているヒムロをサラが抱き上げて、昨日サラが見た顔色の悪いユタの様子を直接ラ-ジャに見せる。
どう考えてもずぶ濡れの人を氷室に連れて行く者が悪い。
ラ-ジャは呆れてヒムロを見るが、痛々しい程に反省している我が子は可愛い。
「シュラが人を助ける薬を幾つも所持しておるぞ」
タタジクの役人から得た情報では、旅の収入源が薬だった様子を思い出す。
「ユタを助ける為に、あなたに出来る事をすれば良いわ」
サラに言われてヒムロはそのままサラにしがみつき、何度も頷く。
同時刻、タタジクの兵士達がまだ出発出来ない事に隊長が怒りをあらわにしていた。
隊長は口出しだけで何もせず、兵士が上手く行けば自分の功績にし、失敗すれば兵士を罵倒する。
多分、班長達も似たような者で、兵士からの人望は無い。
当然、いきなり砂漠に向かえと言われて集められた民衆の不満は募るばかりだ。
ラ-ジャは不自然な人員配備の原因を探す事にする。
まだ出兵の準備が整わない班の報告をどのようにしたらトーナの機嫌を損ねないか、試行錯誤しながら報告書をまとめる隊長を見たラ-ジャは、組織の力によって事実が歪められて行く事を知る。
トレザでは。
民衆全てを森の結界に移動させる事が順調に終っていた。
ユタは昼頃からずっと眠っていたようだが、シュラの持ち合わせていた薬が効いて回復したようだ。心配していた者達も安心して早目に休んでいる。
トレザの氷室はあまり広くない出入口なので、ラ-ジャ達 三柱が、少し広げて歩きやすく整えておく。ヒムロが一番張り切っていた。
六日目
まだ陽の出ないうちからトレザの結界では大勢の者が移動している。氷室に朝陽が入る景色を皆に見せたいとユタが強く願ったし、民衆も神々から迎えられる喜びと興奮で、ヒムロ様を先頭に歩く皆の足取りは軽い。
薄暗い洞窟の入口は、大勢で歩ける程広くなって居るが、ヒムロ様が
「入る者はこっちを歩くが良いぞ」
入口と出口を分けたのだそうだ。ユタ自身も短い時間で多くの人に見せられるよう考えては居たのだが、すっかり眠ってしまった事を思い出す。
「オサは少し、自愛せよ」
ヒムロ様が笑いながら飛び跳ねるように走って奥まで先に行く。
光苔のぼんやりした灯りでユタを含め先頭が洞窟の奥にたどり着く。折り返し地点で若い者が三人
「ユタ様達は、ここで皆に引き返すよう伝えて下さい」
ユタは『様』と言われ慣れてなくて、かなり気恥ずかしいが、照れ笑いをしながら折り返した先に進む若い者達に
「君たちも見たいだろう?」
「この辺りならば、まだ全体を見渡せます。皆が見る為には、少しでも多くの者を入れないと」
笑顔でそう言って皆が更に進むと、辺りが明るくなってくる。
昨日のように光が氷に反射して、徐々に七色の輝きに変わる。
皆の口からは感嘆のため息だけがもれた。
ユタ達は更に奥へ進もうとする者に順路を示し、先頭の者は洞窟の外に向かう。かなりの人数が通過した所でヒムロ様が
「そろそろ終いじゃ、明日も来ると良いぞ」
まだ七色に輝いているが、次第に七色の輝きが薄れて行く。
若い者達の手際よい誘導で半数以上の者が観られた事に、ユタは感謝を伝えに行く。しかし、素晴らしい光景を拝めたのはユタ様のお陰ですと、反って若い者達から感謝される。
皆が草原に戻るまで素晴らしい光景だったと目を潤ませながら口々に話す。
辺りは朝露が朝陽に反射してキラキラと光っていた。
早い時間から舞いの稽古を始める者達、皆の食事を整える者達、衣装や歓迎の食事の相談等で夜が明けたばかりの草原は活気が漲る。
その頃、先頭班の班長は崖の途中に飛び出した岩で横になり、夜が明け眠りから覚めても既に満身創痍だ。
他の兵士達は杭にぶら下がるように夜を開かす。まるで横向きの蓑虫だ。
班長以外の兵士達は常に厳しい訓練を強要されていたが、班長本人は訓練で一汗かけば叱咤激励に力を入れて居たので、崖を登る者の中で一番体力が無い。
その場で起き上がり携帯食料を口にする。
「班長、そろそろ進行します」
兵士達も疲労困憊だが、普段からの訓練が厳しい為に、この時ばかりは班長が日頃から厳しい訓練をしてくれた事に感謝するが誰も言葉にはしない。
崖の下で待つ兵士達は、今後の往来を考えて急斜面を均す作業に入る。
馬車は無理でも、せめて荷車ぐらいは通れるようにしておきたい。例えトレザの民に運ばせても、量や重さを考えれば一度に沢山運べる荷車が通れる道が有った方が今後は便利だろう。
だが、登山の道具と戦闘に備えた物しか持ち合わせていない為、作業は余り進まない。
一方タタジクでは
出兵を渋る老人の話しにラ-ジャを始め、急に駆り出された者達が耳を傾けている。
農地では、昔から続けていた大事な儀式を三年前に辞めてしまったと言う。簡素化したと若者は言い張るが、やってないのと同じだ。だから三年前から殆ど雨が降らなくなっちまった、悪いのはトーナで、調子に乗らせた周りの奴等も悪い。そんな奴の命令を聞くのは癪に障る。
「どんな儀式をやっていたんだ」ラ-ジャが訪ねる。
「あぁ、兵隊さんか。昔は老朽化した家の廃材や使い回せない木材を集めておいて、街で大きな焚火をしたんだそうだ」
昔は街の中心で行っていた儀式が、老人の幼少期には建物が少ない街の外れで行われていたのだと言う。
「オレがガキの頃から街だと火の粉が危ねぇってんで、農地で焚火と儀式をするようになったんだがな、だんだん街から廃材が集まらなくなってよ」
老人が大人になった頃には儀式は農地の者が行う行事となった。そのため街の者の協力が無くなり、廃材が全く集まらなくなったのだ。
徐々に老人の話しを聞く者が集まって来て、兵士達も話しの輪に増えて来る。
仕方なく森から伐採した木を運んで来るようになると、建築材料にも儀式にも新しい木を切り倒した為に森の再生は間に合わず年々森が遠くなって行った。
若者達に儀式を任せるようになると準備だけで大変だと言い出し、三年前にトーナから儀式を辞めるよう言い渡された。
老人の世代は反対したが、多数の若者に押しきられて、それ以来ずっとまともに雨が降らない。
ついラ-ジャが言葉を挟む。
「大きな炎は龍を呼ぶのに必要だろう。この辺りに住まう龍は居ないから、確かに雨は降らないぞ」
「兵隊さん、龍神様に詳しいのかい、賢い人は話しが通じるやね。やっぱり儀式で雨は呼べるよな」
龍神に詳しいどころか、ラ-ジャが龍神だとは言わなかったが、出兵に不満がある四番班だ。儀式再開の嘆願書をトーナに宛てて書く事に決めた。四番班の兵士も含む殆どが、隊長の居ない間に署名に同意していた。
降雨儀式の再開で雨さえ降れば、この出兵は必要ないのだ。
その頃トレザでは。
ほぼ仮縫いの終わった衣装を合わせている。
剣舞には当然、剣が必要だろうとラ-ジャが人数分以上の剣を出して来た。どの剣も宝刀と呼ばれるような立派な物ばかりだ。
「ラ-ジャ様、これは何方の物ですか」
沢山の宝刀を前に訪ねたのはシュラだ。ユタは言葉を失っている。
「私を誰だと思っている。全て私の物だ。永き《なが》に渡りあらゆる所で奉納された物ぞ」
奉納されたと聞いたユタは固まった。トレザで奉納出来るような立派な剣なんて無い。
「ぐぁっはっはっは」
豪快に笑うラ-ジャがユタの肩を叩きながら
「以前にも言ったがトレザの民の『気』は充分に満足するのだ、何も物は要らぬ」
ユタは肩を叩かれながら安心すると同時に、良く解らない『気』をどう向上させたものか考えながら頷く。
「ユタ、トレザの長に相応しい剣だ。やるぞ」
無造作に宝剣を手渡され、再び固まった。
「シュラもな」
やはり無造作に手渡された剣をじっくり眺めるシュラ。ズッシリと重いが鞘を外せば剣は軽い。宝飾品で重たい鞘だけでもどのくらいの価格で取引できるか考えていると
「売るなよ」
ラ-ジャが苦笑いしてシュラを見る。しかし重たい剣は旅では邪魔になる。それに豪華な装飾で目立つ剣では、余計な敵を作り兼ねない。
「仕方ないな、好きな物を選べ。その代わり、売るなよ」
ズラリと並ぶ宝剣を前にシュラは
「何故ですか?」
どれも立派な剣ばかりで、旅先では無駄に目立つだろう。剣が欲しいと思った事は幾度もあるが、長い剣では邪魔になる事が多い。
「私は欲しくて剣を集めた訳では無いのでな。そもそも使う事が無い」
ラ-ジャは幾つか残れば良い、だいたい手は二本しか無いぞと話すのを聞きながら、宝剣の中では質素に見える短剣を見付けた。
黒く艶のある鞘と、柄の長さがほぼ同じで剣としては不自然だが、派手な宝飾品が全く無くいわりに宝剣と並べても見劣りしないほど美しい。手に取ってみると軽く、シュラの掌をいっぱいに広げたぐらいの鞘だ。今も愛用している小刀より少し長い。
同じような長さの剣は、幾つも要らないんだがと、思いながら右手で柄を持ち、左手で鞘を抑えて引き抜く。ピンと小さな音を立てて鞘から出た剣の長さに驚いた。
短剣だと思って引き抜けば、腕の長さ程の剣が出る。鞘に納まるのかが気になり、長い剣の切先から鞘に戻してみれば、再び短い鞘に納まる。何度も鞘から出して入れて見た。
「気に入ったようだな、シュラの物にするがいい」
これ以上無い程の望み通りの剣を手に入れたシュラは自分で驚く程に嬉しくなる。
「感謝に代える言葉も無い。有り難く賜りたいと思います」
とても機嫌の良さそうなラ-ジャが
「少し舞うか?」
「喜んで」
剣舞の稽古をしている隣で剣舞というよりは剣の猛特訓のようなラ-ジャとシュラの剣舞が始まる。近くで他の準備をしていた者達も目を見張る剣舞を夢中で見ていた。
昼食の支度が出来たと呼ばれるまで、皆がそれぞれ盛り上がる。
その頃の先頭班
兵士はそれぞれ命綱で繋がっている。沢山の杭を運ぶラ-ジャは二番目に命綱を結んでいるのだが、一番先に行く兵士と並ぶように登り適度に杭を打ち込む。
ラ-ジャの次に結ばれている班長は、朝から自力で登るのが困難なようで、度々ラ-ジャに繋がる綱がピンと張り、体重までのし掛かる。他の兵士だったら、とっくに班長と一緒に崖を落ちているだろう。
後に続く兵士達も、やっと登っている状態だ。いつ誰が足を滑らせてもおかしく無い。思っていた以上に兵士の体力が無いと勘違いしているラ-ジャは、シュラと同じように兵士なら誰でも眠らず休まず崖を登りきれると信じていた。勘違いだったと気付いたが、さてどうしたものか。
このままトレザまで引き上げてやっても良いが、まだ洞窟を堪能して居ない民の期待は裏切れぬ。そろそろ休める場所へ誘導するべきか。
以前トレザが隆起した時に取り残された平地がある筈だ。それとなく進路を変えて岩肌に杭打ち込みながら進めば、昼をかなり過ぎた頃には割と平らな広い場所へ出た。
ラ-ジャや先に着いた者達で命綱を引き上げながら、兵士全員が揃う前に班長は一人で食事をしている。
班長は先に満腹になると兵士達に理不尽な事を喚き散らして、そのまま寝てしまった。
まだ日暮れ迄には少しは進めるだろうに。
兵士達の疲労と班長に対する日頃の鬱憤は、かなり張り詰めている。
面白い『気』だな。ラ-ジャは黙って兵士達の様子を見るが、一人の兵士が
「落とすか?」
口々に落とせと言い出すが、誰も自分でやろうと言わない。
兵士達も昼食を取り終わり、一応班長を起こすが鼾がうるさいだけで一向に目覚めそうに無い。
「置いて行こう。居ない方が楽だしな」
ここ迄の崖には杭を打ち綱を張ってある。先も同じように綱を張って進むのだから、起きてから班長が選択すればいいと話がまとまり、明るいうちに先を行く事にする。
一方トレザでは。
賑やかな昼食が終わり、来客に見せる物と同じような順序で舞台の舞いを進行していく。
ユタとリリの衣装は仕上がり、長らしく有れとラ-ジャから賜った剣を腰に着け、サラとヒムロからは首飾りを掛けられた。
まるで王のようになったユタの出立ちに民衆が喝采を送る。かなり照れくさそうなユタにリリが
「背筋を伸ばして、サラ様達に笑われるわ」
隣でそっと囁く。
ユタがシャンと背筋を伸ばし、紹介の挨拶をする。
先ずは子供達の舞いが始まる。見る者達も手拍子で合わせる。
次に剣舞、脇に避けて木の板とバチを持った子供達が一斉に同じ拍子でリズムを刻む。ユタ達も舞い、最後にリリ達が舞う。
見るだけのアヤメはつまらないと言っていたが、終われば興奮して楽しそうにしている。
衣装を担当している者達からは、次々と完成した衣装が手渡された。
明日も早い。
まだ日暮れには早いが皆で夕食になると、昼より賑やかになる。
その頃の班長は置去りにされた事に気付き、ただ憤慨して疲労回復と称し再び眠る。
そして先を行くラ-ジャ達は日暮れ前に広い平地に出た。
トレザに着いたのか?と一部の兵士が喜ぶが、班長を置いて来た所と似たような場所だとすぐに解る。
今後の予定を確認しながら火を起こし、温かい夕食を取る。
「久しぶりにゆっくり休めるな」
斜面や崖では、あまり休めなかったと言う兵士達は、食事が済んだらすぐに眠りに着いた。
七日目
夜明け前のトレザでは、昨日と同じようにヒムロとユタを先頭にした行列が洞窟に向かう。
皆が素晴らしい光景に心が洗われたようだと語り合い、早い時間から皆で最後の舞い合わせを始める。
ここで、剣舞を最後にしてリリ達の舞いを二番目にした方が良いと話しが出る。バチや板を取りに戻る子供達がすぐに出て来られないので、リリ達が舞う間に準備すると良いと決まる。
来客を歓迎する準備も順調に整い、後は指示が出た時にすぐ移動出来るよう、各自の荷物をまとめる。
朝陽に気付いて目覚めた先頭の兵士達は、今日こそトレザに着くと気合いを入れて温かい朝食を済ませてから崖に立ち向かう。
班長が居ない方が良い雰囲気だとラ-ジャは感じた。
ちなみに班長は、まだ寝ている。目覚めた時に怒り出すが、怒る相手が居ない。仕方ないので兵士が帰りに立ち寄るまで待つ事にするが、沸々と沸き上がる怒りのやり場が無く一人で剣を振り回す。この時はまだ、携帯食糧で餓えを凌ぐ事になるとは想像しなかった。
タタジクでは
降雨儀式再開の嘆願書を作り、もう兵士は要らないだろうと各々の家に帰って行く者ばかりで、残ったのは兵士だけになった。
隊長は憤慨し、昨日の報告書と辻褄が合わなくなると、帰る者達を必死で止めるが、元々は雑な計画と都合の良い報告書で進んで来た事だ。帰って行く者を誰も止められないでいる事に隊長一人が地団駄を踏む。
どう報告書を作ろうか頭を抱える隊長にラ-ジャが
「同行しますので、直接伝えてはいかがでしょう」
その言葉で都合の悪い事はこの兵士の責任にしようと思い付き、兵士ラ-ジャが報告に同行する事を即座に快諾した。
トーナ自身も隊長直接の報告と有れば期待する物が多い。旅人の捕獲が成功したか、トレザを制圧出来たのかと、他の仕事を後回しにして隊長を迎える。
早速、隊長はトーナのご機嫌伺いから必要の無い長い挨拶を始める。
「挨拶はもうよい。私は兵士の現状報告を求めている」
トーナに言われて隊長は今迄の報告書を読み上げる。既にトーナが目を通した内容ばかりで、その先に期待しようとトーナは黙って報告を聞く。隊長の報告は理想を語る出鱈目ばかりだ。
しかも四番班が解散したのは全てラ-ジャの責任だと言う。まあ、ラ-ジャが原因を作ったのは事実だが。この辺りからは、まだ報告書が無かった為にトーナはラ-ジャに冷たい視線を向けながら隊長の報告を聞く。
しかし隊長の言い分に段々と苛立ちが増したラ-ジャが
「旅人はとうにトレザに着いておる。しかも岩場まで強制的に向かわせた者達は体調を崩して居る者が多い。すぐに回収に向かわせよ」
「なんだ偉そうに、適当な事を言うな」
隊長はすぐに反論するが、岩場からの報告は受けている。進行せよと命じても、三班はずっと岩場で待機していた。
ラ-ジャはいつの間にか立派な衣装に身を包み隊長を見下ろすように言う。
「出鱈目な報告で出世欲を満たすは大概にせよ。民衆から預かった物だ。見るが良い」
隊長を一喝してトーナには降雨儀式再開の嘆願書を出す。
嘆願書にざっと目を通したトーナが、
「儀式は簡素化したが、続けておるぞ?」
「大きな炎が無ければ龍が気付かぬではないか。街全体で行うが好ましい」
ラ-ジャの姿を上から下まで何度も見てトーナは
「失礼ですが、何方ですか」
トーナの言葉で護衛の兵士達がラ-ジャを取り囲み、武器を構える。ラ-ジャは兵士達に全く動じる事は無く、
「我こそはトレザを庇護する龍神、ラ-ジャであるぞ」
一瞬ラ-ジャの言葉で兵士が怯むが、主であるトーナの前だ、武器を構え直す。
「龍神……?」
「トーナよ、トレザの事は気になるか」
それから儀式の重要性、兵士として向かっている全ての現状報告をする。だが、先頭班の班長が置去りにされて居るのはあえて言葉にしない。
その頃トレザに向かう先頭班が、緑の多い広い平地にたどり着く。草が深く繁っているし先は木も多く、視界の開けた所まで進めば遠くに家を見付ける事が出来た。
兵士が二人、警戒しながら見えた家に進む。人気が無いと合図があり、皆で家まで行けば、扉には鍵が無く、厨房らしい部屋には食糧も無い。
他にも見付けた家は似たようなもので、トレザの住人に全く出会す事が無い。
警戒しながら点在する家を散策しつつ、進む先には広い湖があった。
もう昼を過ぎている。一旦この湖の畔で休憩する事にし、食事の準備を始める。
そしてタタジク。
「トーナよ、この者をどうする?」
周りを取り囲む兵士を気にも留めず、隊長を視線で示す。
「龍神様のお言葉が正しいならば、解任します。先に岩場の市民を安全に回収出来るよう、手配しましょう」
隊長は膝を着いて項垂れる。
「ならば、そのように直ちに行動せよ。今からトーナはトレザに向かう」
ラ-ジャが言うと、トーナとラ-ジャが忽然と消えた。
居合わせた書簡や兵士は顔を見合せ、
「トレザ制圧の為の龍神様の御加護か?」
突然の出来事に混乱しながらも、救援の兵士を岩場に向かわせる。
トーナを護衛する兵士達が、膝を着いて動かない隊長を縄で縛り上げる。
主が突然不在となった部屋では、いつ主が戻っても良いように指示された事を手際よく始めていた。
アヤメ 「なんかさ、タタジクの兵士の部隊って呼び方がダサいよね」
ラ-ジャ「全くだな」
アヤメ 「小学校の通学班みたい」
シュラ 「この世界には小学校など無い」
アヤメ 「でもさ、読んでる人の世界には在るんだよね。小学校。」
シュラ 「この世界には無い。だから良い、らしい」
サラ 「最近とても流行っている転生ネタかしら」
シュラ 「無いな」
ヒムロ 「所でトーナはどうするつもりなのだ」
なんか、ラ-ジャがうろちょろしてたので、内容がまとまらないうちにマイ締切になってしまいました。
隊長とかは、名前を考えていないので、解りづらくてごめんなさい。
それでも、まだまだ続きます。本当はもっと先を書きたいのに、トレザに何日ぐらい滞在するのでしょうか。
来週公開予定の宴会は、上手く行くのでしょうか。
溢れるばかりの表現力が欲しい。スカスカだものw
スマホは漢字変換を自動でやってくれますが、同音異義語による混乱で、ついに国語辞典を買ってしまいました。やっぱり紙媒体は良い。それでも誤字脱字の訂正は多いかも。
もしお時間が有れば、感想とかが欲しいです。