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龍の居る世界     作者: 子萩丸
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 揺れる行方


 窓の外には星が瞬き始める。

 アシンの指示で側近の手によりシュラが容赦なく殴られ、蹴られ続ける。手足の拘束ぐらいなら、簡単に外す事も出来るのだが、ラージャの分身体は囚われたままの無表情で、アヤメやヒムロの状況も掴めない。

 ただじっと身を屈めて殴る相手が疲れるのを待つ。

『呻き声ぐらい出して良いのだぞ』

アシンがシュラを覗き込んで言う。

「……言葉がわかりません」

痛みを堪えて荒い息づかいで答えて見せる。

『強情にわからない振りを続けるつもりか。タタジク周辺の言葉なら良いのだな』

アシンは背筋を伸ばしてコホンと咳払いしてから、直立の姿勢でシュラを見下ろして話し始める。

「先ずはシュラを私の配下に迎えてやる。有り難く思え」

「断る」

間髪入れずにシュラが答え、無表情のアシンがシュラの頭を踏みつける。

「余りの栄誉に言葉を間違えたようだな、シュラ。セトラナダの国民は私の配下になれる事を一族で祝うと言うのに」

アシンはシュラの頭から足を退けて『続けろ』と側近に言う。再び囲まれて蹴られる。

「更にシュラには私の配下として、タタジクに向かい殲滅して来ると言う、セトラナダの為になる大事な仕事を申し付ける」

「出来る訳がない」

アシンの爪先つまさきがシュラの額を蹴る。

 蹴られた衝撃で、シュラの視界は霞む。

「おお、爪先を痛めてしまう。何故なぜ無理だと思うのか言ってみるが良い」

踵をシュラの頭に落としたた後に、アシンは屈んで自分の爪先を擦る。シュラの額が赤くなっていくのを見て、ニンマリ笑う。

 黙ってアシンを睨むシュラに、側近たちによる暴行が続く。

 石の床は冷たく、蹴られる衝撃と痛みで意識が薄れる。目を閉じて痛みを我慢しているうちに、意識を失った。

『アシン、ヌッタの男は寝てしまったぞ?』

『そのようですな。私の配下になった喜びで、意識を失くしたのでしょう』

シュラを殴り蹴っていた側近たちも息が荒い。

 そんな側近たちにシュラの服を剥ぎ取れと指示を出す。

『アシン様、上着の裏に沢山の武器が仕込まれていました』

『どれ。なかなか準備が良いではないか。これ程の武具を持ち込む事態、極刑が当然だな』

上着も腕の拘束をほどいて脱がせ、肌着を脱がせた所でビリビリと痛みを感じて飛び退いた。

 光沢のある白い生地で仕立てられた服を肌着の下に着けていた。

『なんだこの生地は?』

アシンが横たわるシュラの服に振れると、焼かれるような苦しみに囚われた。

 急いで離れると嘘のように焼かれた苦しみから解放される。

『忌々《いまいま》しい』

そう言ってシュラを蹴ったアシンは悲鳴を上げて倒れた。全身をやりつらぬかれた、そんな痛みに立っている事ができなかったのだ。

 シュラから離れた途端に痛みは消える。

『この服か生地に何が仕掛けられているのだ?』

『どうしたのだアシン?』

ヘルラに言われて身体を起こしながら

『この衣類に使われている細工が、何か有るようでございますな』

研究対象としては とても興味深いとこぼしながらも、直接触れるには痛みが走る。死の恐怖さえ感じる痛みだ。

 再び手足の拘束を命じて、文官の持ってきていた木箱に腰を下ろした。






 宵闇に空がおおわれ、砂漠の城にあるクウの部屋は薄暗い。大急ぎで全身の集中力を総動員して仕上げたムウの作品は、暗がりで更に神秘的な洞窟を思わせる。

 人としての集中力は、驚くほどの才能。

 うっとりと見とれていたクウの目が、突然 険しく細められた。

「アヤメの図柄は上手く定着したようだね。わたくしは、闇夜の方が本来の力を使えるのだよ」

立ち上がり、ぐっすり眠るムウ、トト、イイスの髪を順に撫でる。

 セトラナダの方を向いて、事態が動いている事を把握して行く。

 しかし、やはりバルコニーの紋様が正しく起動するには朝陽の力が必要なのも明白だ。事を急いでセトラナダに乗り込んでも、クウの力が奪われるだけで終わる。

 時間が経つ事で、未来が大きく絞られて来る。最善の未来と、最悪の未来。

 まだ、どちらも起こり得る可能性はあるのだ。


 最悪の未来。

 ヒムロの存在がヘルラとアシンに気付かれ、ラージャと同じ契約に縛られた上で、シュラが先導する兵士がタタジクに乗り込む。事実上タタジクの制圧は成功する。シュラの思考は正常ではない。

 ラージャは本体ごと自害するのだ。

 アヤメは地下牢に幽閉され、同行したロアルの処刑と酒蔵の廃止。

 再びセトラナダに近付く龍の力を奪う結界は強化される。幼体とはいえ、ヒムロも龍の力を持つのだ。

 ルフトは酒の入手先に奔走するが、ロアルの酒蔵で造られた酒は他には無い。

 ヒムロが契約に縛られる事で、サラは人への興味を失くし、いずれトレザも崩壊する。いや、その前にシュラの手で破壊される。

 ラージャを失い、ヒムロも失い、民の「気」もみずから得ようとしないサラも、やがて無に還る。

 トレザをみずからの手で破壊したシュラも心が崩壊し、命が尽きるまでアシンの言いなりだ。

 龍の力が正しく使われない世の中では、この大地から潤いも消えて行く。

 人の心が渇き、大地も同調するのだ。

愚民の行動が砂漠の砂を また一粒一粒増やしていく。


「やめよう、最悪の未来ばかり見るのは」

 深く呼吸をする。目を閉じて、深く呼吸をする。何度も。何度も。

 本来の龍の形に行き届く量の空気を、じっくり身体中に巡らせる。

 人の望む方向が、常に進歩や発展に繋がるばかりではない。

 欲望は持つべきだが、満たす為に奪うことは無意味。ただでさえ人は、命を繋ぐ為に幾つもの命を奪って行かなければ生きることすらできないのだから。

 トレザの民から得た気に満たされ、数年は酒も不用と感じたクウだったが、セトラナダに向けた想いだけで消耗していく。

 改めて最善の未来に向けて、まだ出来る事を探す。


「君たちが目覚めたら、トレザに帰る道を開くよ」

ぐっすり眠るムウ、イイス、トトに向かって微笑む。

 最善の未来も存在する。

 それでも、同時に不安な未来も全てが消えた訳ではない。




 トレザの広場からは用意されていた食事の匂いに混ざって酒も振る舞われているのが、茂みに隠れている兵士にもわかるぐらいになってきた。

「旨そうだな」

「ああ、何日も携帯食料だから余計にな」

兵士たちは、広場の様子を見ながら待機している。

 パウゾの剣舞が始まり次第、全力で走って着火地点に向かう予定だ。着火地点にたどり着いたら導火線に点火する。

 舞台に人が数人上がるのを見て 腰を上げるが、女性の歌と舞が始まる。

 歌の合間に声援や拍手が何度も起こり、離れたいても賑やかな空気が伝わって来る。

「あの娘さんたちも、これが最後になるとは思って無いだろうな」

「仕方ないだろう。今後のタタジクに必要なことだ」

茂みで待機する兵士二人は、少しばかり舞台上の女性たちに同情の気持ちを向けるが、決行の意志は揺らぐことは無い。

 大きな拍手で舞の終わりを知る。

 すぐに剣舞かと予想していたが、広場から賑やかな笑い声が上り 次に舞台に立つ人影は無い。

 香辛料の効いた肉が焼ける匂いに生唾を飲み込む。

「やっぱり旨そうだな」

「本当に。爆破させるのが惜しい」

苦笑して広場の様子をじっと伺う。

 しばらくしてからカカカッと軽快な音が鳴り、数人が舞台に飛び乗った。

 パウゾの姿を確認しようとするが、衝立てが邪魔をして中央に居る筈のパウゾが見えない。ただ歓声に混ざる「いいぞパウゾ」の声で、確信して走り出した。

 導火線を隠す為に迂回した草の中ではなく、最短距離を選んで とにかく走る。

 間もなく着火地点に到着した。間髪入れずに点火する。シュルシュルと音を立てて煙を上げながら炎が走る。

「導火線が燃える音に気付かれて、逃げられたりしないか?」

「いや、気付いてから逃げても間に合わないだろうな」

着火した事をしらせに一人が副班長の元に走り去る。

 煙を上げて生き物のように炎の光が闇に走る。

 声を潜めて火薬設置班が爆発の音を待つ。

 耳を澄ませれば、剣舞の演奏に使う鳴り物の音が遠く聴こえる。

 導火線の煙が着々と広場に接近する緊張感。

 しばらく無言で炎が走った後を目で追う。

 着火した導火線が灰になり、素手で触ると少し温かい。

 広場から聞こえていた鳴り物が止まり、悲鳴なのか歓声なのか声がする。

 そろそろ爆発の光と衝撃が起きる。

「……何も起きない?」

「不発だったのか?」

「見に行くか?」

「いや、危険だろう」

導火線の煙が風に流されて霧散する。

 ざわざわと立ち上がり、皆が広場の方向を注目する。

「撤収」

まだ広場が気になる兵士たちに、火薬設置班班長が短い言葉で合図すれば、揃って先頭班副班長が待機する地点まで走り出す。

 

 広場の舞台上には突然サラが現れ、剣舞の途中でありながら自然に中断し、そこに居合わせた誰もが歓声を上げた。

 サラは微笑みを浮かべたまま、ムウの絵を手も触れずに前に倒す。

 何事かと絵画が倒れた後に現れたのは、小さな木箱。そして何処からか漂う硝煙混ざりの煙。

 シュルシュルと静かな音が炎と共に木箱へ接近し、木箱の上に炎が移る。蓋が燃え始めると、シュシュッと鳴りながら炎が一気に人の身長以上に燃え上がる。

 パチパチシュシュルとはぜる音と共に、声も出せずに皆が見守る中で色とりどりに燃えた炎が静かにしぼむ。

 静かにムウの絵が元の位置に戻り、サラの微笑みに皆が注目する。

「洞窟の、光の花だ」

誰かが言う。

 美しく開いたと思うと、間もなく萎んでしまうはかなさ。

 ムウの絵が残りの小さくなった炎を隠したことで、皆の印象は洞窟の花を再現したようだと感嘆の言葉を伝え合う。

「今の炎は、タタジクから来た兵士たちが準備した物ですわ」

サラの言葉を皆が何度も頭の中で反芻する。

 あまり良い印象が無いタタジクの兵士だ。

 しかし、一部分の職人には技術力や知識が好評なのも知られている。

 剣舞の途中で突然現れたサラと光の花。

 広場にざわめく声が広がる。





 タタジクでは晩餐会の準備も整い 今から食事を出すばかりになっているのだが、領主ストラークとトーナが遅れると知らされる。

「アギル、火薬の犯人は見付けたのか」

廊下でルフトからアギルにそっと声をかける。

 ユタは室内の調度品を眺めながら のんびり歩き回っているので、待たされても気にする様子は無い。

 むしろ、じっくり眺めて楽しんでいる。

「いや、本格的に捜査が始まった所だよ。先触れで来ていた俺の仲間たちには、領主様の前で全部 喋らせた」

怪我をさせた事や、医務室に居る事は言わない。

「兵士だけに話した訳じゃないのか」

「奴らに火薬を運ばせた理由を、俺が一人で聞く自信が無かったんだよ。トーナ様の所に行ったら、ストラーク様の執務室にいらしたのでね」

アギルが個人的に兵士たちから事情を聞くと、必ず庇うと予想して 直接トーナに伝えさせたと話す。

 ただ、晩餐会の後にした方が良かったかと苦笑する。

「なるほどな。まあ、こういった重要な内容は後回しにするほど厄介になる物だ」

実際に言い出すきっかけを失えば、悪い方に向かうばかりだ。ルフト自信も商売上よくわかると苦笑する。

「それでも、晩餐会の準備ができたのにトーナ様もストラーク様も執務室から出て来られない」

「先にやっつけておく仕事が増えたからな。ここの図書室を 利用出来るのは領民だけなのか?」

時間があるなら、図書室で本なり資料でも見ておきたいとルフトが言う。

「本は貴重なので、持ち出さない なら領民じゃなくても大丈夫だよ」

持ち出さないのは当然だと、ルフトは早速 図書室に向かう。

「ユタ様、まだ領主様の都合が付かないようなので、図書室の中もご案内しますよ」

晩餐会の会場をうろうろしていたユタにアギルが声をかける。

 室内を明るく照らすランプの多さに驚きながら、

「では、あの人たちに先に食べてて貰ったらどうだろう?」

楽器を構えて動かない演奏隊や、給仕の為に控える面々を見てユタが言う。

 苦笑したバムが、

「来客より先に食べる訳にはいかないんですよ」

「そういうものなのかい?」

しかし せっかくの御馳走が冷めてしまう。それにランプの燃料が勿体ないとユタも困惑する。

「食事は、お食事に合わせて温められますし、ランプの燃料も お気になさらず」

給仕の為に控えていた側仕えが丁寧に伝えて、アギルの誘導でユタも図書室に入った。

 ラージャも図書室に続く。


 壁一面に本棚があり、大きさの揃った本が整然と並んでいる。ルフトは先に閲覧用の机に数冊の本を積み上げ、パラパラめくって次の本を手に取る。

「気に入った本はあったのかな?」

「ああ、探している所だな。タタジク建領の歴史でも有れば知っておきたい」

アギルが「滅多に使わないから覚えてないけど……」と呟きながら陽の当たらない本棚に歩いて行く。

 一番下の段に置かれている立派に装飾された本が並ぶ所で屈み、端の本を出す。

 皮の表紙で整えられた本を開くと、歴代領主の名前が並んでいる。

 領主ごとに行っていた治世の詳しい内容に関する目次のようなものだ。とりあえずアギルがルフトの所まで持って行く。

「これでどうだ?他にも持って来る?」

「いや、とりあえずこれで良いな」

他に積み上げていた本を元あった棚に戻しに行く。

 ユタは本の量に驚き、冊数を数えながら歩く。

「読みたい物を探さないんですか?」

アギルが声をかけると、

「うん、きっと手に取れば どの本も読みたくなりそうだね。だけど 行儀よく並んだ本では、何が書かれているのか わからないんだよね」

図書室を主に利用するのは領民と、それを案内する文官だ。文官は本の破損や盗難の見張りと同時に、閲覧予定の本の位置は把握している。

 背表紙に題名が書かれていない為、文官は当然のように本の大きさや色で題名を暗記しているのだが、初めて見るユタには全くわからない。

「ここの 細い隙間にでも、内容に関する記述があると選びやすいと思うんだよね」

背表紙に題名の記入された本は、ほとんど無いのだ。

 厚みのある本なら まれに書かれているが、薄い本では字を書く隙間が狭いとアギルが笑う。

「どんな内容に興味があります?」

文官ほどではないが、ある程度なら本の位置は覚えているアギルがユタに聞く。

「医療か薬草だね。ああ、火薬も気になるかな」

ユタの意向に合わせて薄い本を三冊出す。薬草に関する本が二冊と、医療関係の本が一冊。火薬に関する本は、図書室から持ち出された後なので 本棚に空間が出来ている。

「火薬の関係する本は、多分ストラーク様の執務室に持って行った後ですね。医療や薬草だけでも良いですか?」

本を三冊渡して閲覧用の机に案内する。

 ユタは、その場で立読みしそうだったからだ。

「火薬の資料が領主の執務室にあるって事は、アギルは もう報告したのかな?」

ルフトの隣にある閲覧机に本を置き、椅子を引かれて戸惑いながら腰掛ける。

「はい、タタジク領民の中から先頭班に火薬を手引きした連中を、確実に捕える方向で動き始めてますよ」

本を一冊開くと 医療に関する内容らしく、タタジクで著名な医師の名前と医療施設の偉大さ、そして病気や怪我の症状に対する治療費と通院期間が書かれている。特に興味があったのは治療方法なのだが、それに関しては記載されていない。

「このタタジクには、人が沢山いるから探し出すのは大変そうだね」

ざっと目を通して、治療法に関する内容が無かったと次の本を手にする。

「ストラーク様とトーナ様の兵士から精鋭を集めてましたから、解決は早いと思います」

薬草に関する知識が挿絵に合わせて書かれているが、描かれた草の特長は雑草と区別が付けられない程度の物ばかりで、覗き込んだラージャが「ムウに描かせた方が良いであろうに」と呟く声にユタも頷きながら次々とページをめくる。

 タタジクに良く生える植物の特徴が知りたいと思ったのだが、挿絵の特徴から探し出すのは難しそうだと苦笑する。




 温かいスープの食器に両手を添えて、コアは食事する気配が無い。

『お母様、召し上がらないのですか?』

黙って微笑むコアは、食器から手を離さない。指先からスープの温度が伝わって来る感触に満足しているのだ。それだけで充分だと。

「龍の血で生きて来た弊害じゃろう。ある程度なら食事に頼らずとも、空腹すら無い」

「うわ、食べる楽しみまで無いなんて」

ヒムロの説明でアヤメは涙ぐむ。ちなみにヒムロは龍の力を取り戻しきった訳ではないと、食卓に上がる命の全てに感謝の言葉を伝えながら食べる。

『ところで、謁見の間では何があったのかな?』

謁見に同行していないロアルが質問する。

 コアの記憶も気になる所だが、コアに面会できた経緯いきさつだけでも知りたいのだ。

 コア自身もロアルに同意するようにアヤメを見る。

 アヤメは口にいっぱいだった腸詰めを飲み込んでから、使節団の代表者が上手く取り次いで謁見の間に入った所から話す。

『もしかしたら、お母様とお父様がいらっしゃるかもしれないと、僅かに期待しておりました。残念ながら、噂の通りお父様はられませんでしたが、お母様の病状さえ良ければお会いできると信じて、なぜか お会いできると知っておりました』

とりあえず果汁をグビグビ飲み干して、おかわりを請求する。

『お母様にヒムロの言葉は伝わっているのですよね』

『そうねぇ。タタジクの高齢の方々みたいに喋るわねぇ』

どちらかと言うと、考えていることが直接心に届く感じ なのだと言う。

 アヤメが玉座の近くに跪き、使節団がシュラを隠すような位置で跪いた。

 王ヘルラと共に居た貴族はアシン。

『アシン様なら、王の信頼も厚く 国民からも好かれておいでだ』

ロアルが安心したように相槌を打つ。

『アシンは国民から好かれているのですか?』

ロアルがハッとする。

『ヘルラ王の信頼があると言う事は、アシン様も?』

コアが頷き、アヤメも「胡散臭いジジイ」だと言う。

「このセトラナダで、アシンやヘルラの評判がどのような物か知りたいのう」

ロアルが頷き、近くに居る使用人と合わせてアシンの印象を話す。

 アヤメは腹が減っていた為に、食事しながら耳を傾ける。

 ヒムロは龍の城の地下で、異形の遺体も見ている。アヤメとロアルは異形の遺体を知らない。コアの居た地下牢には龍のウロコに覆われてはいたが、人の形を保っていたのだ。

 

 ロアルたちの話によると、ヘルラに反する貴族が冤罪による処刑や権利剥奪で激減した後だ。

 アシンは税金が重くなった頃から大々的に平民を雇用し始めた。仕事の無い平民はこぞって手をあげる。

 何しろ一家まとめてアシンの城付近に建てられた家に移住できると評判だ。年老いた家族が居ても、幼い子供が居ても、問題なく引き受けてくれる。

 仕事は貴族の下働きが殆どだが、掃除や食事の準備、洗濯等と他の単純作業なら子供でもできる上に賃金も出る。

 実直に働き、アシンから他の貴族が働き手を募っていると 直接声を掛けられれば、前祝いとして普段以上の賃金が出る。多めの賃金を受け取る国民が、大通りの店で貴族アシンに認められたと誇らしげに羽振りの良い様子を見せるのは、城下の辺りでは有名な話だ。

 家臣につかえる平民を幾度となく募るアシンに、採用と決まった家では近所中で祝うのも恒例となりつつある。

 更にヘルラ王がアシンを『奇跡の治療』ができる医師でもあると公表した。

 事故で失くした腕が、以前のように生えて来る。足でも同じだ。

 温厚で国民に対する情が深い。その上 事故で失くした腕を再生させたり、難病も治癒させる知識を持つ。

 頻繁に平民を雇用する報せを出すが、常に定数を上回る応募で賑わうのだ。


「のうロアル、アシンに雇われた国民の その後も知りたいが」

「働きが認められたら、他の貴族に引き渡されると聞イてイる」

「他の貴族に引き渡された後の行方はどうじゃ?」

「……誰か知ってイるだろうか」

周りに居る皆に引き渡す先の貴族を知るすべは無い。

「それとな、龍が人に対して残虐な趣味趣向を持つと噂が広まった頃は、同時期じゃろう?」

神とうやまわれていた龍が 人を切り刻み、絶命するのを見て快感を得る生き物だと知らされ、それに対して 困窮する国民に救済の手を差し伸べる、慈愛に満ちた貴族アシンの噂は、ほぼ同時期にヘルラ王が国民に伝えたのがきっかけだ。

 ロアルは察したが、給仕の為に居合わせた皆にはわからない。

「そもそも龍は、わざわざ命の短い者から敢えて命を奪わぬ。人も含めてのう」

磁器のように白い指を組んで赤い目でロアルを見る。

 アシンが集めた国民が、奇跡の治療の犠牲者になっていたであろう事実。そして龍の諸行と吹聴されていた事はアシンとヘルラがやっていた事。しかし確証は無い。


閲覧ありがとうございます。


寒暖差は桜の開花時期の恵みですね。

しかし、暑い日があったと思えば雪が降る。

情緒を通り越して体力不足がツラい。


どうぞ御自愛くださいますように。

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