計画
お付き合い頂き本当に有難うございます。
始めに書きましたが、昭和に考えていた話しなので、登場人物の性格が随分と変わってしまいました。特にヒムロ。
驚いたのはラ-ジャがサラにベタ惚れだった事でしょうか。
まさかサラが喋り出すとは思っていなかったので、既に登場人物に振り回されている感じです。
もう人が増えるから名前を考えたり、地名も考えないと何処の話しをしてるか解らないし、楽しいながらも混乱してます。
頑張って誤字脱字を減らそうと努力をしてますが、それ以前に『誰が』『いつ』『どこで』『何を』これがなかなか表現出来てなくて、今は文才が欲しい限りです。
それでも、まだ続きます。これからも、時間がある時に見に来て頂けると嬉しいです。
トレザの広場はまるで祭りのように賑わって、あちこちで料理が出されている。そのせいか、普段よりもずっと人数が多い。
ユタを先頭に広場に来たのは、ユタを含めて四人。明らかに広場に居る人々とは異なる上品な衣装を着ている麗しい若い男女と真っ白い少女、ユタも季節外れな冬支度みたいに着こんでいて、上着は手にかけているが、汗をかいている。
真っ白い少女が軽々と舞台に飛び乗り
「皆に報せる事がある」
良く通る綺麗な声に広場に居た皆が注目する。
「待たれよ」
すかさずシュラが止めに入った。淡い水色の髪はトレザでは珍しい。
「ほう、オサに助けられた子供か。何故止めた?」
「先ずは、状況の確認を願う」
「ふむ。何か知って居るのだね」
ちょっと悪戯っぽく笑ってシュラを見下ろす白い少女はアヤメと同じ位の年齢だ。
「旅の人だね、何かご存知のようですが」
ユタの言葉も周りの人々は注目している。旅人の髪が以前ユタの引き取ろうと思っていた子供と同じ色なので、あの時の子供は今頃どうしているか気になる。
広場全体の雰囲気とラ-ジャに言われた『長としての手腕』を思いだし、旅人は気になるが直接話しを聞くのを後回しにする。ユタは舞台の中央へ行き、人々を見回してから
「こちらに居られる三柱は、トレザの民を守護されている」
広場全体からは、ざわめきの後に活気に満ちた歓声が上がる。歓声が少し落ち着くのを待って、ユタは続ける。
「こちらは三十年前にトレザに蔓延した疫病を治められたヒムロ様」
民衆の皆が三十年以上前に少女に助けられたとは知っていたが、紹介されたのが少女のままなので、驚きは隠せない。
「そして遥か昔からこのトレザばかりでなく、他の地をご存知の父神様……」ユタがラ-ジャを見ると
「ラ-ジャで良い」
「ラ-ジャ様、そしてトレザの始祖にあたり、ヒムロ様の母神であるサラ様」
サラが微笑んで広場の皆に手を振れば、全体がどよめいた後に歓声が起こる。ラ-ジャがユタの言葉に続いて舞台中央に立ち人々に言った。
「ここトレザに向かう民が居る。どの様に迎えるか、旅の者も交えて話し合った後皆に伝えるとしよう」
舞台から降りて、ユタの家に向かうのは三柱と旅人二人、ユタとリリだ。
広場に残る皆はユタ一同を見送りながら、口々に神々と対面出来た感動を語り合い、トレザに来るであろう来客ももてなす準備をどのように始めるか話し合う。
兵士が向かっているとは知らされなかったものの、相変わらず呑気だとシュラは思う。しかし、それがトレザの民の良い所だと感じながら、懐かしいユタの家へ向かう。
五年前の間取りはそのままだが、高く感じた取っ手や窓の位置、全てが違って見えるのが少し不思議だとシュラは感じる。
ムウ、イイス、トトが見慣れぬ来客に少し驚きながらも皆を出迎えてくれる。
普段から、何か話し合う時にはユタの家に集まる事が多い為、子供達の対応も慣れた感じだ。ユタに言われて子供達もそのまま同席する。
神々を自宅に招く緊張からか、少し上擦った声で
「何か召し上がりますか?」リリが尋ねる
「いや、良い」ラ-ジャが応える。
「では、お飲み物を」
「案ずるな、充分に満足だ。実に満ち足りておる」
更にラ-ジャが言う。
ユタは朝陽が出る前に家を出たので空腹だ
「我々の食事は魂だからな」
ラ-ジャの言葉にリリは咄嗟に子供達を庇う体制を取った。
「いやいや、そういった魂ではなく」
ラ-ジャはリリの態度が気に入った。神を畏れながらも、愛する無力な子供達を身を呈して守る姿は、見ていて気持ちいい、
隣に居るサラが微笑みながら、
「感情や願い、『気』のようなものでしょうか。先程の広場では皆の活気を直接頂きましたわ。大変満ち足りております」
「なのでユタは我々を気にせず、食事をすると良い。特に我好む物が『作り出す時の気』だな。考え、挑み、試行錯誤し、達成する。ユタ、トレザの民は常にそれらの『気』で満ちておるぞ」
深く座り直してラ-ジャが言う。
気にするなと言われても、普通に気になるだろう。
リリとイイスが料理を運んでくれる。
「旅の人達も、良ければどうぞ」
野菜を肉で巻いた料理と、パンや果汁の飲み物、スープが並べられた。
「あの、お子達は?」シュラが尋ねると
「先に済ませました」随分と大人っぽくなったムウが応える。
アヤメは「待て」と言われた犬のように、料理を見つめてシュラの言葉を待つ。ユタも、一人で食事せずに済むのは安心だ。シュラとアヤメに食事を勧めてスープに口を付ける。
「少し頂こうか、アヤメ」
シュラの言葉が終わらないうちに、アヤメもスープを飲む。時間をかけて煮込んだスープは、旅先ではなかなか口に出来ない。アヤメは満面の笑顔になる。
シュラも一つパンを手に取り、しばらく見つめた後でちぎって口に入れ、懐かしい味をじっくり咀嚼する。
「久々にリリの食事は旨いだろう」
何でも知っていそうな目で笑いながら聞いてくるヒムロに
「懐かしい限りですね」静かにシュラが応える。
シュラの応えにリリとユタは顔を見合せる。子供達も同じだ。
「再会の『気』も美味なのだぞ。オサ、私は昨日からとても満足しているんだ」ヒムロは得意気に笑う。
キョロキョロ見回しながらアヤメが肉巻きを持ったまま
「いいの?」シュラにこっそり聞く。
「神々の前で隠し立ては出来まい」
仕方ないとも言いたげだが、目を伏せて微笑む。
そんなシュラを見て、ホッとしたように肉巻きを頬張りながら、パン二つ目を手に取るアヤメは朝食を済ませているはずだ。
「ヌッタは成長が早いからな。いくら食っても追い付けまい?」
ラ-ジャの言う『ヌッタ』が解らないが、アヤメはパンを口に入れたまま何度も頷く。
「あなたの『気』も、解りやすくて満たされるわ。早く大きくなりたいのでしょう?」クスクス笑いながらサラはアヤメを見る。
アヤメは少し驚いた顔で頷いてパンを飲み込む。
ラ-ジャの説明によると、シュラはヌッタと呼ばれる種族だという。アヤメはいつもシュラから詳しく聞かせて貰えないので、ラ-ジャの話しを真剣に聞く。
「ヌッタは異種 (違う人種)というよりは亜種 (違う生き物)だな。そもそも時間軸が違う。時間軸が違うならばヤマビトも似たような者だが、ヌッタとは逆だな」
ヌッタという種族は普通の人々よりも成長が早い。凡そ三~五倍の速度で成人し、成人後も通常の人に比べれば早く老いる。ただ、見た目以上に体力があり、知識も豊富ではあるが、他の種族との交流は嫌うようで、ラ-ジャの記憶ではヌッタは他族に対しては血も涙も無い種族でしかなかった筈だ。他の種族の戦になりそうな状況を自ら止めようとするシュラの態度に、
「ヌッタにしては随分と温厚に見えるのは、何かの策略か?」
ラ-ジャがシュラに聞く。
「私はこのトレザで助けられました。家族のように迎えられたこの家が、両親とはぐれた直後でしたから。ここトレザの皆には、平穏であって欲しいと願うのが本心ですね」
リリは幼いシュラから初めて聞いた言葉が「ありがとう」だった事を思い出す。ヌッタの種族がどうであれ、シュラは優しくて良く気が付く子供だった。
「ヌッタにしては珍しいが、ユタ等の影響はあったようだな。」
ユタは広場でシュラとヒムロが対話してた時には、どのように話しを切り出そうか思い悩んだ事を忘れて
「本当にシュラなんだね」
両手でシュラの肩を叩くと、シュラもすっと立ち上がり、お互いに向かい合いユタの両手を握る。ユタよりシュラの方が背が高い。
「何て言ったら良いのか、立派になったのね」
続けて言うリリもシュラの隣に立つが、シュラより頭ひとつ分背が低い。トトと同じ位だった子供がすっかり成人して見上げる程になっている事に言葉が見付からない。抱っこしていた子供の成長に驚くばかりだが、嬉しさも隠せない。
「兄さん姉さん、兄ちゃん」
シュラが皆に視線を合わせるように屈んで声をかけるが、ムウは大人になったシュラにかける言葉が見付からない。
イイスが少し戸惑った様子で
「肉、美味しかった?私が捕まえて料理したんだよ」
自信が有りそうな笑顔だ。
リリが言う。
「イイスは美味しいお肉が食べたいって言ってね、生きたまま捕獲してきて飼育を始めたのよ」
窓の外には囲いが有るが、生き物の姿は無い。外を見たイイスがまた逃げられちゃったと叫ぶと、子供達の緊張も解けたようで、空気が和む。
トトには宝物にしている小刀を見せた。良く使い込んでいるのがわかる。驚いた顔で、飛び付いて来たトトは
「兄ちゃんよりもずっとでかくなりやがって。ちょっと早く大きくなるって言ってただろ、嘘つき。凄く早く大人になっちゃったじゃないか、もっと早く会いに来いよ」
言ってるのは文句だが、態度は反対で、まるで父親と再開した子供のようにシュラに抱き付いて甘える。シュラは自然な動作でトトを抱き上げるが
「兄ちゃんを抱っこするなよ」
耳まで真っ赤になったトトを下ろしながら
「ああ、すまない。皆の事を忘れた事は無い」
「本当のご家族には会えたのかい?」
ずっと気になっていた事を聞いたのはユタだ。リリも子供達も、家族とどう再開出来たのか気になっていた。
シュラは静かに目を伏せて首を左右に振る。
「なんてこと……」リリの両面が少し潤む。
ヒムロはシュラやユタの家族を見回しながら
「ヌッタならばしばし森に住んでいた民族ではないか、ラ-ジャ」
シュラはヒムロとラ-ジャに向き直る。
「私はラ-ジャから、危ない民族が森の結界内で生活してる間は森で遊ばないように厳しく言われて居ったぞ」
「確かに森にヌッタが住んでいた事があったな。先に述べたようにヌッタは他の民族を嫌う。ヒムロがうろちょろしてたら何をされるか解らぬ故」ラ-ジャが言う。
「何時の事だ」
シュラがラ-ジャに掴みかかりそうな勢いで聞く。
ユタはシュラの急変した態度に狼狽えながらも、様子を見守しか出来ずにいる。
「慌てるな。五年ほど前に暫く居ったし、森の環境が気に入ったのか度々住まうようになって居るぞ。だが、今は何処かへ行って留守だがな」
「森の結界を自分で抜けられる者はヌッタの数名でしたわ。でも、抜けられる者の誘導が有れば皆が入れる等、始めて知ったのよ。恐ろしいわ、森を荒らすような事が有れば即刻始末しようとラ-には相談したのだけど、ただ生活していただけでしたのよ。生活に必要な物もかなり置いてあるので、また来る様子ですし」
シュラも何度か森に入ったが、全く知らなかった事実に驚く。まず自分の民族がヌッタと称されている事、そしてトレザの森は広いが、結界が張られている事、五年前トレザに居た時には本当の家族が近くに居たかもしれない事。
シュラの両親や家族に会える機会を作れないか、ユタとリリは神々に森の様子を詳しく尋ねる。サラとラ-ジャも、ヌッタの民族が滞在した期間や生活の様子を解る範囲で教えてくれる。
長く滞在した時は半年以上居たと、ヒムロが如何につまらない思いをしたか力説するが、十日ぐらいで滞在場所を移動していた記憶しか無いシュラは驚いた。
森には折り畳める家が幾つも置いて有るが、住居というよりは集会所のような建物らしい。
次にいつ頃訪れるのか解れば良いのだが、特に交流を持とうとはしなかった。いつも突然現れるし警戒対象ではあったが、特に危険な行動が今まで無かったのであまり気に留めて無かったとラ-ジャとサラが語る。
それならば、次にヌッタが訪れるまでシュラがトレザに滞在するのはどうか、とユタとリリは提案してみた。
しかし先の予定が有るので、いつ訪れるか解らぬ家族を待ち続ける訳には行かないと、シュラは断る。
出来るならば、ユタ達の言葉に甘えたい。シュラは口には出さないが、アヤメをセトラナダに送り帰すつもりでいる。
アヤメを送り届けるまでは問題無いが、シュラ自身はセトラナダから無事に戻れるか解らない。
考えながら子供達に目をやれば、大人達の会話をつまらなさそうに聞いている。
特にアヤメは眉間に縦皺を作ってぐったりしている。
「疲れたのか?」シュラに聞かれて
「大人達の言葉が難しくて解らないんだよ。もっと解りやすい言葉で話してくれない?」
子供達にも言い回しが難しいと、皆が頷く。
「カハハハハ、アヤメだったか。シュラの方がアヤメより年下ぞ」
ヒムロが六年ぐらいか?と言うと、シュラはとても嫌そうな顔でヒムロを見下ろす。
見た目では一番年下に見えるヒムロが、もう八十年以上は生きていると言うと、子供達だけでなくユタもリリも驚く。
「母者の年は……」サラは拳骨でヒムロの言葉を遮った。
「ラ-の半分も生きていませんわ」
上品に微笑むが、ヒムロはサラに殴られた頭を両手で抑えて座り込む。
「良いか子供等よ、大人の女の年を言うのは危険ぞ」
涙目で頭を擦りながら立ち上がるヒムロを指差してラ-ジャが子供みたいに大笑いする。子供達も笑って良いのか困ったように笑いを堪えていると、ヒムロがこっそりサラの歳を暴露しようとすると、笑顔のままのサラに耳を引っ張られる。
「いでででで……」
そんなヒムロに皆で大笑いした。
「サラ様はとてもお美しいけれど、失礼ながら妹か娘のように思えてしまうのです」
実際にリリにはサラぐらいの身長をした妹が居る。
「素敵だわ、わたくし姉が欲しいと思ってましたもの」
なんだか女性二人は意気投合したようだ。
とんでもない光景だが、一気に子供達も和んだ。
「所でな、タタジクの兵士なんだが」
良く笑って気持ち良さそうに一呼吸してからラ-ジャが切り出した。本来なら本題は兵士の事だ。
リリと子供達はまた固い表情になる。タタジクから向かう兵士の事を知らなかったので無理もない。
「案ずるな、ユタの子供よ。山を登る者達を一気に洗い流してやろうと思ってな」
ラ-ジャが湖には充分に水を溜めて有ると、誇らしそうに言う。
「そのまま兵士と共に街まで水を届けて潤して差上げます」
サラの言葉にシュラが
「砂漠を通れば水など吸い込まれてしまわぬか?それ以前に崖から水圧で落とされれば兵士といえど只では済むまい」
「砂地を凍らせて街まで兵士ごと流すなんて容易い事ですわ」
シュラはどれ程の水を流すのか想像出来ないが、
「流れの強い水では兵士も立ち射ち出来なかろう。ほとんどの者が命を落とすのではないか?」
「それほどの量を得られるのですよ?水を求める者にとって押し流されて天に召されるのも本望でしょうに」
おっとりと微笑みながら語るサラにシュラが
「神と成り、人の心をお忘れになったか?」
シュラの言葉にラ-ジャが険しい表情をする。しかしサラは笑顔のまま
「トレザの民に害を為す者は必要ありませんもの。それに、命に変えても水を欲しているのですよ?全ての願いを聞き入れるには最善ではありませんか」
アヤメは黙って聞いてるだけだが、穏やかに微笑むサラが怖い。
リリやユタは何を言っているのか頭では理解しても心が追い付いていない。
「戦場での兵士が放つ『気』はトレザで味わう事が無いからな。しかもトレザの民に戦う者が居らぬのならば、登る途中の兵士を流しタタジク迄送り届ければ求める水を運ぶ労力も省けよう」
平穏を求めるトレザの民には平穏を、水を求めるタタジクには水を。争い事を好まないトレザの民には兵士も不要。皆の願う通りに事を運べるのが一番だと満足そうにしながらラ-ジャが続ける。
「断末魔の恐怖や怒りの『気』、これがほんの一瞬で大量に得られるならば、あえて戦地にする事を好む龍も居る。だが私はユタの望む通りに戦場にはせぬよ」
サラとラ-ジャの言葉に、ユタは神々が優しいだけでは無い事を知り、恐ろしくなって身震いする。タタジクから向かう兵士達が迎える確実な『死』の予告を出来る事なら回避させたい。
暫く沈黙が流れる。
「水路を作るのは如何か?」
沈黙を払ったのはシュラの言葉だ。
「どのように?」
面白そうに身を乗り出してラ-ジャが具体的な答えを求める。
「兵士が登山に使うであろう道程はトレザのこの辺りと思われる。」
シュラは皮袋から出した布を広げて、トレザからタタジク迄の地図を書く。ユタとリリは始めて見るトレザの外に興味が隠せない。砂漠から登山に向かうならば、急斜面ではあるが幼い頃に一人で登って来た辺りを指す。タタジクの役人に伝えた行き方でもある。しかしトレザの近くまで登れば急斜面すら無く、ほぼ崖を丸々一日登り続けた事を思い出す。兵士がどの辺に居て、どのくらいの速度で進行しているのか。
リリは雨の中を二人で来たのかと驚くが、暗い穴の中を登って来た事を伝える。
「あの穴は肉食獣の巣に繋がっているが、無事で良かったな」
ヒムロが獣道を選んだのかと言うとアヤメが穴の話しを始める。子供達も詳しく聞きたがり、ヒムロを含む子供達は別の部屋で「会議だ」とはしゃいで出ていく。
静かになった所で改めて地図を指しながら
「水を流す予定はこの辺りで良いか?」
シュラがラ-ジャに訪ねる。
「ふむ、良く解っておるな。だが、ここは湖から遠く、水路にするならば億劫だと思わぬか?」
兵士を水で叩き落とす必要が無くなれば、地形に合わせて湖に近い崖から水を落とし、滝を造れば良いだろう。砂漠を通るならばアヤメと走り抜けた最短距離を水路にすれば、ほぼ真っ直ぐタタジク迄流れる。
「なかなか良い案ではないか。しかし、一時の事では無いからな。砂地を凍らせたままという訳には行かぬが?」
地図を指しながら、誰が水路を造るのかとラ-ジャが楽しそうにシュラに振る。
「兵士達が居るではないか」
シュラが確認した夜営地の兵士は百人ぐらいだった。
「まあ、当然では有ろうな」
ラ-ジャが地図にあるトレザの周りを指し、この辺りを百人近い兵士が登って居る所、梺辺りでは二十人ぐらいで旅人を探している、夜営の出来る岩場には五百人ぐらい、更にタタジクを出る準備をしている兵士がまだ三百以上は居ると言う。
「随分とお詳しいが。私とアヤメがタタジクを出る兵士を確認した時は百名程だった筈だが、どのようにその情報を得られた?」
「あー。聞かれた事は隠さず教えるぞ。」
ラ-ジャは地図の兵士が居る所にそれぞれ同時に存在しているのだと言う。情報収集にはこの上無く便利だ。
「ならば、詳しい情報を頂きたい」
シュラの言葉にユタも同意する。兵士がどのような命令でトレザに向かって居るのか、知りたいのは当然だろう。
「タタジクの兵士に出た伝令だが、ヌッタと思われる旅人の捕縛。生きて居れば手足の有無は問わぬ。」
シュラは良くある事だと思ったが、ユタとリリは顔色を変えて驚く。更にラ-ジャが続ける。
「トレザの民を使い、タタジクまで水を運ばせ、タタジクに着いた者から農地での強制労働または井戸の掘削作業にあたらせる」
そんな事ならば、先にラ-ジャが話した計画の通りに兵士ごと流してしまうのが安全ではないかとユタは考え直す。シュラも危険に曝されているのだ。
「やはり、兵士を街まで返して頂けませんか?」
ユタが上擦った声で言う。
「構わぬが、民衆はどうする?」ラ-ジャ。
「兵士が攻めに来ていると、本当の事を伝えます」
ユタの言葉にリリも頷く。タタジクの兵士には気の毒だが、トレザの民が強制労働させられるのはごめんだ。しかもシュラまで危険な目に合わせたくない。
地図を見ながらシュラが言う。
「この岩場は少々高台だから、水流から逃れる兵士はかなり残ると思われる。そのまま引き返してくれるならば問題無かろう、しかし逆上した兵士が攻めて来るとも考えられる。どちらにせよ、先を考えるならば水路の確保は両民の為になると思うのだが」
シュラはタタジクに滞在した短い期間でも水不足の事を聞いていた。
この世界が次第に砂漠化している事も、旅をしながら目にしているのだ。急激に砂漠化した街は、次第に衰えて行く。
農地方面からタタジクの街に訪れる為に、タタジクの農地に至る迄の広い地域が砂漠のように枯れていた事を皆に伝える。例え神々の手で水を運べても一時凌ぎでは、また水を求めに来るのは時間の問題だ。
「ならばどうしろと言うの?危険なのは貴方なのよシュラ」
リリが強い口調でシュラを叱るように言う。
リリの言葉に反感も覚えるが、自分の身を案じてくれて居る事に気付いてシュラは正直な気持ち嬉しい。慣れない感情に困惑しながら
「先先、皆が平穏で居られるように最善の方法を考える。そんな貴方達を見習っただけです」
シュラはどんな表情をすれば良いか解らず、地図を見たまま応えた。兵士五百人以上をどう対処すれば、上手く水路の労働力に当てられるか。
リリもユタもシュラを心配するが、当人が気に止めない様子なので兵士の前に出さぬように考える事にする。
「ラ-ジャ様、兵士はいつ頃に到着しますか?」ユタが訪ねる。
「早ければ明日の夜、途中で休むならば明後日の昼過ぎだろうな。先頭を行く者が綱を下ろして後から続く者の手助けをしている。帰りの水は袋ごと綱を伝わせて下ろすようだぞ。水を受け取る要員が半数ぐらい下で待機しておる」
ならば明日までに皆を避難させなければ。出来れば今日中にある程度の移動を済ませたい。
広場の人々は来客を楽しみにしている様子だった。襲撃に備えるには日が少ない。民衆をまとめて避難する場所も思い当たらない。ユタが考えてあぐねていると
「避難するならば洞窟は如何かしら。民衆の全てを受け入れるには、洞窟だけでは狭いでしょう。森の結界が有れば、余所者は入る事が出来ませんよ」
「不要な怪我人を出すのは本意では有りませんから、民を避難させられる安全な場が有れば助かります」
「そうだな、ヌッタが置いて行った家も幾つか有るぞ。勝手に住まうのだから、此方も自由に拝借して良い。それで、民衆を森に避難させるにはどのように誘導するのだ?」
ラ-ジャから聞かれてもユタは直ぐに答えが出せない。
ユタは朝に見た氷室の光景を思い出す。そうだ、皆にあの感動した景色を見せられるのではないか?そして、ヒムロ様やサラ様の舞いを見る事が出来れば……
「ふむ、舞いか」
ユタの考えを口に出すラ-ジャ。ちょうどその時、ヒムロを先頭に子供達が戻って来た。
「ヒムロ、子等に昨日の舞いを伝授するか?」
ラ-ジャが何か算段する笑顔でヒムロに言うと
「承知した。行くぞ、皆の衆」
ヒムロは楽しそうに子供達四人を引き連れて外に出る。
「ユタよ、皆に今朝の光景を見せるならば、皆が舞いを覚えるのはどうか」
氷室が幻想的に見える時間は朝陽が昇ってすぐの時間でそう長くは無い。舞いを覚える為に見るべきだと、民衆を騙して言いくるめるにはちょうど良いだろうとラ-ジャが話す。ユタとしては民を騙すと言われると本意では無いが、確実に安全が確保出来る。
子供達は早速、外で舞いの稽古を始めている。
「ユタ、わたくしの舞いをリリが覚えたらまた惚れてしまうのでしょう?さあ、わたくし達もまいりましょう、お姉様」
サラはクスクス笑いながら、リリを連れて外へ行く。
「では、私はユタに剣舞を伝授しようと思う。舞いとは言っても、剣技の基本を見栄え良くしたものだ。強さを求めておるユタには調度良いだろう」
ラ-ジャに連れられてユタとシュラも外に出る。
子供達は元気に跳ねているように見えるが、ヒムロからの叱咤激励に合わせてやっと動けているのが近くに行けば解る。
サラはゆったりとした舞いだが、姿勢や視線、指先の動きまで笑顔のままリリに注意し続ける。驚くほど優雅に見えたが、表情が必死でユタは笑いを堪える。
ラ-ジャは大人の腕ぐらいの棒を三本持って来て、ユタに座るよう促す。 ユタが腰を下ろすと
「尻を着くな、踵を上げよ、背筋を伸ばし、此を持て」
と、ユタの姿勢を注意してから棒を持たせる。
「この棒を剣だと思って、その姿勢のまま振り続けるように。シュラ、手合わせ出来そうか?」
「多分、ある程度ならば」
ラ-ジャが棒を一本シュラに投げ、
「ユタ、棒を振り続けながら見てるが良い」
いきなりラ-ジャがシュラに棒で殴りかかるように近付くと、シュラはヒラリと交わし、棒を構えてラ-ジャに向き直る。直ぐにシュラがラ-ジャに向かって大きく一歩踏み出すと同時に片腕で棒を伸ばす。ラ-ジャは仰け反るように身を交わし、低い体制を取ると、シュラは一歩進んで低い位置を棒で凪払うように振る。ラ-ジャは崩れそうな体制から宙返りして、一気にシュラ迄の距離を詰めると、シュラとラ-ジャの棒が勢い良くぶつかる。
「シュラよ、戦いでは無い、舞だ」
ニヤニヤしたラ-ジャに言われてハッとしたシュラも軽く吹き出す。
「ラ-ジャ様の動きが機敏なため、つい本気で」
話しながら、剣舞のようなものが続く。二人が笑っていなければ、戦いにしか見えない。
ユタは、棒を振るだけでも身体中から疲労と汗が吹き出すが、二人の剣舞の迫力に着いていく為に気合いを入れて棒を振る。
棒を振り続けて足腰に痛みを感じ始めたユタにラ-ジャが
「振り付け的な動きを合わせよう。来い、ユタ」
呼ばれてヨロヨロしながら剣舞にユタも参加する。かなり息が苦しそうで、ユタからはゼイゼイと聞こえる。
「かなり付け焼刃ですが、リリは及第点ですわ。さすがね」
「子供等も、まあまあだな」
ヒムロの周りで子供達は寝そべっている。
三柱とシュラは疲れた様子が全く無いが、ユタの家族とアヤメはぐったりして広場へ向かう。
広場では皆がユタと神々が戻るのを待っていたようで、近付いただけで広場からの歓声が聞こえて来る。
ユタが舞台に上がると皆が音ひとつたてずに期待して注目する。
「ヒムロ様と再会したのはつい昨日、あの雨の中で舞って居られた」
ユタの言葉に合わせるように舞台にヒムロが飛び乗り、続いてアヤメも飛び乗る。ムウとイイスは脇の階段から上がるが、トトがよじ登るのをユタが少し手助けする。子供達が舞台に揃うと、ヒムロが舞い始める。遅れて皆で合わせて舞い始めると、皆がため息の後に歓声を上げる。
トトはもう疲れきっていて、皆に合わせるのは大変だと感じていると、ヒムロは舞いを切上げて
「今、目にした舞いはトレザの子供全てに覚えて貰う。雨を呼ぶ儀式には役立つであろう。どうじゃ?」
綺麗な良く通る声でそれだけ言うと、子供達と一緒にユタの後ろに下がる。
「サラ様の住まわれる洞窟は、普段ならば人々が近付く事も許されない場である。しかし、タタジクから向かう民を歓迎し、歓迎の舞いを習う為に、明後日までは森に寝泊まりしてもらいたい」
ユタの言葉に皆、口々に何か言うと広場はざわめきで埋まる。そんな中でサラとリリが静かに前に出て、とても優雅に動き始めた。同時にシンと静まり返る。
サラは優雅に微笑むが、リリは動きを合わせるだけで必死だ。背筋を伸ばし、指先まで真剣に動かす。少し舞いを見せたサラが
「如何かしら、女性ならば年齢は問いませんわ」
優しく通る声でサラが言えば、全体からため息の混ざった称賛が上がる。
「我の番だな」ラ-ジャが生き生きと舞台中央に行くと、ユタとシュラも続き、激しく動き出す。
そこにヒムロも加わり、サラも一緒に剣舞を踊りだす。先程のゆったりとした動きとは全く違うが、切れがある動きもまた美しい。ラ-ジャとシュラの組合せは息を呑む迫力でまるで本気の戦いのようにも見える。ヒムロとサラの組合せの方は優雅で美しく、似たような舞いがこうも違うのかと観ている者達からの拍手が上がり、やがて剣舞に合わせた手拍子になる。。
ヒムロとサラが飛び入ってすぐにユタは舞いから離れて
「剣舞に関しては老若男女問わない。だが、男達は出来るだけ習って欲しい」
ユタの声が届くと、若者達が一層盛り上がった。舞いを習う事に異論が出ないだろう状況を作り出すのは成功した。
後は民衆皆の森への移動だ。
サラがリリとシュラに近付いて
「民衆を森へ迎える下準備が必要ではなくて?」
広場の民を上手く森まで誘導するのは、ユタに任せる。ユタの仕事を補佐出来るようになりたいと、ムウとイイスは広場に残る。
サラがヒムロに何か言うと、ヒムロは頷いて何処かへ行った。
ユタは、朝陽の入り込む氷室の奇跡のような光景を見るには森で夜を明かし、陽が登る前に向かうのが良いと民衆を前にして語り始めた。訪れるタタジクの民を歓迎する為の舞いを覚えるにも時間が少ない。今、広場に居ない者達にも伝えて森へ集まるように促す。
シュラ、アヤメ、リリ、トトがサラに付いて森に入る。結界がどんな感じなのか、後で訪ねてみようとシュラは思いながら、あまり変わらない森の景色を見回しながらサラに続く。
ヌッタの置いて行った家は折り畳んで運べる物だが、直ぐには見付けられないように隠すよう置かれていた。
懐かしいと言わんばかりにシュラは畳まれた家を広げられる場所を確認するために森を進めば、かなり開けた草原に出る。此処なら家を広げられるだろうと、隠されている家を次々と見付け出して草原に運ぶ。
広い草原に驚いたのはリリとトトだ。広い草原は丸く森を切り抜いたように全く木が生えて無い。シュラが運んで来る家をどの様に建てて行くか、リリがサラに相談する。。
眠るだけなら百人は入れそうな家が合計十二件。あまり使っていないように見える物から、古い材料で造られた物や新しい物まで、見付けられた家は全て建てる。草原の端に弧を描くように並べ、出入口は皆、草原の中央へ向けられた。更に三件の小さめの家も並べる。小さめの家でも二十人ぐらいは入れそうだ。
リリとトトは、前に話して伝えていたせいか手順を良く解っていて、皆で組み立てれば、案外時間はかからなかった。だが、大雨や強風には脆い単純な造りなので、シュラがサラに今後の天気を訪ねる。
「暫くは穏やかな天気が続くと思うわ。ラ-の気が変われば別ですけどね」
明後日には撤収する建物だ、問題は無いだろうと話す。
急に森の中が賑やかになると、ラ-ジャとユタを先頭に人々が集まり始めた。
広場で振る舞われていた食材や調理器具も次々に運び込まれる。
「ユタよ、昨日から寝ておらんが、人は眠らないといかんぞ」
ラ-ジャに言われて、ユタは昨日から眠れていなかった事に気付く。しかしこの状況で眠っている場合では無いだろう。やらなければならない事が多すぎる。
人が集まり始めるとヒムロも戻って来て、アヤメを連れてまた何処かへ行く。
「おぉい、ユタは昼メシ食ったか?」
声をかけて来たのは、以前シュラに怪我をさせてしまった大柄な男だ。名前はパウゾ。広場で待っていた者達は、ユタ達が話し合って居る間に色々と食べていたと話す。神々を間近で見られるぞと、皆が近隣の者に声をかけに行った結果、さっきの舞いはトレザの民ほぼ全員が見て居た筈だと興奮しながら話し、ラ-ジャとサラ、ユタとその家族をテーブルの前に座らせて、どんどん料理を運んで来る。
「それ、旅の人も座んな」
大柄な男パウゾがシュラの肩に手を乗せて、ユタの隣に椅子を勧める。身長はシュラと同じ位だが筋肉の量が多いのか、シュラよりずっと大きく見える。
「具合が悪いって寝込んでた近所の爺さんや婆さんも、俺が無理矢理おぶって連れて来たんだけどな、サラ様の舞いを見たら元気になっちまってよ。爺さんなんか剣舞を自分で覚えるって言い出したんだで」
「ならば、私は食事の済んだ者達に早速剣舞を伝授しに行って来るぞ」
ラ-ジャは子供のような笑顔で広い所に向かう。パウゾも「じゃあな」と後に続く。ラ-ジャの周りにはすぐに人集りが出来たかと思うと、皆が先程のユタのように座って素振りを始めた。振り方が安定している者から剣舞の稽古が始まる。パウゾは一番早く始めた。
皆が泊まる家は、若い者達が手伝って迷わないように決めている。ユタが直接指示を出さなくても、何とかなりそうな様子に安堵する。
「母者、アヤメも結界を通れたぞ。此を皆に渡せば良いのだね」
ヒムロがアヤメと戻って来て白い光沢のある布を見せる。かなりの量だ。
アヤメは皆が食事をしているので、シュラに聞いてから嬉しそうな顔で手当たり次第に頬張り始める。
「その布は、随分と美しいが素材は?」
シュラが布の素材を聞くと、
「私の脱け殻じゃよ。今私が着ているのは、最初に脱皮した頃の脱け殻でな。ラ-ジャが拵えてくれたのだぞ」
ヒムロは毎年脱皮するそうだ。今年の脱け殻だと広げた布は、とても大きな蛇になる。
「皆の者、蛇では無いぞ、ほれ。この角を見よ、ちゃんと龍であるぞ」
ヒムロは蛇と言われるのが嫌なようで、脱け殻の頭にある角の部分を強調する。
サラはそんなヒムロに構わずリリに
「これで舞いに参加する者の衣装を作りたいと思うのだけど、如何かしら?」
「素晴らしいと思います、サラ様。」
ユタは食事を終えると眠気に誘われて、少し意識が朦朧としてくる。大きな建物で休もうとするが、長の居所は皆が解りやすい所にした方が良いと小さめの建物に案内されるままに眠りに落ちる。
夢も見ずにぐっすり眠っていたらしい。ユタが目を覚ますと、辺りはとても静かだ。昼過ぎからずっと眠っていたようで、驚くほど体が軽い。家族が側で休んで居るのを起こさないように外に出る。アヤメとイイスは手を繋いで眠っていた。
扉は木製では無く、布が張ってある。壁の素材も珍しい布のようで、ざらっとした肌触りだ。
外で星の位置を見れば、まだ陽が暮れてそんなに経っていない時間だと解る。
まだ舞いの稽古をしている子供達や、明日の食事の準備をする者もかなり多い。大きな建物が多く用意されても全員入りきることは出来ない。だが、眠る者を起こさないように大きな音を立てないようにしているのが解って微笑ましい。
「目覚めたな、どうだ調子は?」
ラ-ジャから声を掛けられたが、すぐに姿が見付からない。
「ここだ」
足下の小さな龍がユタを見上げている。ヒムロ様は随分と大きかったのに、ラ-ジャ様は大型犬ぐらいの大きさしか無い。
「本来の大きさになったら、皆が休んで居る家を潰してしまうからな」
人の姿になりながら、普段はこの草原いっぱいに丸くなって休むのだと話す。ラ-ジャの本体が時々休みに来るので、木も育たないそうだ。寝心地が良い草原だと言うが、大きな龍神がこの草原で眠る姿は想像出来ない。
シュラが軽食を運んで来た。
「風邪気味でしたよね。体調は?」
そう言えば、昨日は雨の中で全身濡れたままで氷室に入ったのを思い出す。色々な事が起き過ぎて、体調が悪い事に全く気付いてなかった。しかし、良く眠れたおかげで本当に今は調子が良い。
「つい先程、皆の移動が終わった所です。朝に備えて、夕食を済ませた者から既に休んでますよ」
まだ大きな建物からは寝静まって無い気配も少々感じるが、舞の稽古や突然の移動に疲れた者達は先に休んで居るとシュラが詳しく話す。
「ユタよ、あの男パウゾは剣舞の才があるぞ。とても筋が良い。しかし、戦には向かぬな」
ラ-ジャの言葉に子供の頃を思い出したシュラがクスリと笑う。ラ-ジャはあの勢いならば返り血でも浴びれば感情が高ぶって戦闘にも使えるだろうと言うが、ユタは顔色を変えて止める。とても惜しい素材なんだが残念だとラ-ジャは呟きながら
「そこでだが、剣舞はユタとパウゾを中央に配置してな、上手にはリリとイイス、下手にはムウとトトを配置。」
他にも十二人が剣舞に参加し、一緒に舞いたがっていたが振付に付いて行けない子供達には木を叩いて拍子を付ける事で参加すると、詳しい舞の配置をラ-ジャが地面に書く。
少しユタは混乱する。剣舞だが、リリが参加するのは何故だ?
「イイスが剣舞をやりたがるので、最初はリリが止めてたぞ」
「姉さんと母さんで舞うサラ様とヒムロ様のような剣舞も良いと思い、口に出してしまったら、ヒムロ様が喜んで指導に当たられました」
シュラがリリを『母さん』と呼んだ。ユタも『父さん』と呼ばれたいと思うが口に出さず、立ち位置や振付を確認する。
「リリはわたくしの舞いでは中央で舞って貰いますよ」
サラ様の舞いにもイイスは出るようだ。女性ならば年齢を問わないと募った所、広場に出向く事すら渋っていた高齢の女性も出る事になったという。リリを含めて十五人になる。
剣舞とサラ様の舞いは、ヒムロ様が提供して下さった布地で衣装を作り始めた所で、裁縫はリリの妹が中心に進めている。
「あの生地は子供の龍にしか無い特徴が有ってな、害意を持って触る者は痛い目を見るぞ」
楽しそうな顔でラ-ジャ様が言うには、幼少期の龍神は身を守る手段が少ない為に脱皮した脱け殻を鎧の代わりに身に付けるのだそうだ。トレザの民は皆が良い手触りだと言っていたから安心だと笑う。
子供達はヒムロ様の舞いを全員でやる予定なので衣装までは用意出来ない。
だが、難しい動きに付いて来られない子供に合わせて、簡単な振付にしたのだと、いつの間にか同席していたヒムロ様が自慢気に話す。
子供全員では舞台で舞うには狭いので、舞台の前でも踊る事になるが、どう配置するかは明日になってから決めるようだ。
「さて、我々は皆が通り易くなるよう準備をしておくか」
「オサ、また後でな」
三柱は氷室に向かった。
「シュラ、もしも神々が居なかったら、どうするつもりだった?」
危険な事をしようとしていたに違い無い。シュラが思い悩むように暫く考えてから、
「先ずはトレザの大人達に、湖に程近い崖に向けて水路を造って貰うつもりでした」
家で話し合っていた時に言っていた通りの事を話す。滝を作り、梺まで水を落としてやると、前から考えていたのだろう。
「では兵士はどうするつもりだったんだ?」
あまり言いたく無さそうな顔になるが、登山者に見付からないように落石の攻撃を地道に続け、崖崩れが起きそうだと思わせて回避させるつもりだった事、それでもトレザ迄着いた兵士が居れば問答無用で倒すつもりだった事、滝さえ出来れば暫く兵士は来ないだろうが、結局は水を運搬する人手を目的にトレザ襲撃が起こる可能性もある事、ならば水路を造れる人数がタタジクから集まっている今のうちに、話しを上手く纏められる者に頼み、タタジクの兵士に水路を造らせてしまってトレザには負担が無いであろうと考えている事を坦々と話す。
「結局はタタジクとの話しをする為に、父さんに頼る事を考えていたんだな」
計画していた事を話してから、シュラが星空を見上げて『父さん』と言った事がユタは嬉しかったし、頼られてると思えば一層、気合いも入る。シュラの為にも、きちんと話しを纏めてやろうと思う。
二人で食器を片付けてから、草原で寝転がると空一面の星と細い華奢な月が出ている。まるで宇宙の中で寝転がっているような錯覚の中で、ユタとシュラは他愛ない対話を暫く楽しむ。親子にしては、ぎこちない。だけど穏やかな時間に癒されながら、シュラはこんな時間も大事だとしみじみ感じながらユタを見ると、気持ち良さそうな寝息をたてている
サラ様に言われていたので、シュラはユタの食事には昼食と夕食に風邪薬を混ぜておいた。昨日の氷室でユタの唇が青くなっていたそうだし、剣舞の時にはゼイゼイと息が荒かった。軽い症状の風邪で済んで良かった。肺炎にでもなっては、大変な事になるだろう。安定した呼吸の音は、もう心配無い状態だと思うとホッとして欠伸が出る。
華奢な月が落ちると、星は一層輝きを増したように見える。
外で舞いの稽古をしていた子供達もそのまま外で眠ったのか、動く人影は無くなる。
星の光る音すら聞こえそうな程、辺りは静かになった。
ぼんやり星を眺めながらいつの間にか眠っていたシュラが、足音に気付いて体を起こす。
「そろそろ夜が明けます」
民衆をまとめていた若者の一人だ。ユタも起き上がる。
「目が覚めた者から向かいますか?」
ユタが頷いて、家族を起こしに向かおうとすると、リリが子供達を連れてやって来る。
「オサ、皆に付いてくるように伝えよ」
ヒムロが先頭に立ち、ユタ達がぞろぞろ付いて行く。
皆が、神々の住まう所を想像しながら草原を歩く人の流れが出来た。
もうすぐ陽が登る。
アヤメ 「ねぇシュラ、タタジクって何でこの地名になったの?」
シュラ 「暴露して良いのか解らぬが……『旅支度』をカタカナにしてタビジタク、ここから四文字を並べ直したらしいぞ」
アヤメ 「聞かなきゃよかった」
ヒムロ 「私はトレザが気になるが?」
ラ-ジャ「トレザも似たような感じだな。ネタバレになるので、暫く待て」
シュラ 「わざわざ暴露する必要も無いだろうに」
ユタ 「やはりガッカリするような感じですかね?」
ラ-ジャ「同じように文字を並べ替えただけだ。ユタ自身もきっと驚くだろう」
サラ 「本編には無関係ですが、楽しみですわね」
ネーミングのセンスはありません。決まっていた地名も1つだけだったので、トレザを山、タタジクを街で文章を書いてたら、何処の話しか解らなくなったので、仕方なく地名を付けました。増えた登場人物も名前を考えずに書いてたら解り辛くて困っています。
だけどね、人がどんどん増えて来そうですよね。
私は人名を覚えるのが苦手なので、増えて欲しく無いのですが、増やさない努力はどこまで続くでしょうか。




