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龍の居る世界     作者: 子萩丸
38/59

現状把握


 寝台で眠るアヤメを見守っていたロアルは、ヒムロの発言とシュラの態度に目を閉じる。「王の城に侵入」いくら自信があっても 失敗すれば、命は無い。

 何か考えているようで、聞き取れない声で独り言を呟く。

 シュラとヒムロは 最終的に、どう通れば警護の少ない所を通りバルコニーまで出られるか、使節団の情報を元に模型の中を皆で覗き込んで話し合う。

「あの高さなら、飛び乗れるとも思うのだがな。さすがに警備の注目も浴びる」

「そうじゃのう。とても目立ちそうじゃ」


 警備交代の時間は、交代要員が来てから入れ代わる為に人数も増えると言う。なら交代した後が良い。詳しい時間帯を書き記しながら、潜入する時間を決めて行く。

 決行は夜。王ヘルラが不在でも、バルコニーの紋様もんようさえ張り替えてしまえば、ラージャは自由になる。

 詳細な打ち合わせが出来て、充分に勝機が見えてきた。タタジクの使節団も「無事を祈る」と、酒蔵を後にする。


『シュラ、私は地下に続く通路から王の城に入った事があるのは言ったかな』

『ああ、今朝 聞いたばかりだ。子供の頃に王の城に迷い出て、兵役で済んだと』

何故かロアルはヒムロに与えた木組みの玩具を触ってバラバラにしている。そしてまた組み立て直す。

『あの地下通路は、元々 城を敵に囲まれた時に王や貴族が逃げる為に造られたそうなんだ』

次の玩具も少し触ってからずらしたり、回転させて向きを変えながらバラバラにした。ヒムロはロアルの手の中で簡単に形を変える玩具を まばたきもせずに 見ている。

『今は塞がっているのだろう?』

『そうだ。私が兵役を受けた期間にな、私が塞いだ』

また、バラバラにした組み木を元の形に戻して行く。

『兵士はそんな仕事もするのか』

『王や貴族の安全を確固たる物にするのが仕事だ、平民が簡単に迷い込むようでは、安全とは言えないだろ』

ロアルは手だけ動かし続けて、シュラを見て笑う。ヒムロは組み立て終わった木組みを触り、幾つか緩めて外し方を思い出しながら、小さな木片を回転させて見る。

「おおっこれで分解できそうじゃ」

形を無くすほど緩んだ角材を外し始めたヒムロが、色々な所に引っ掛かって外せないとカタカタ振る。

『これはねヒムロちゃん、あまり緩めてしまうと引っ掛かる所も多くて外せないんだ。もう少し全体を元の形に寄せてごらん』

ロアルに言われた通り、原型に近付けてから角材を動かすと スルッと外れる。幾つか外して、バラバラにできた。

 喜びでヒムロは踊り出す。




 トレザのルフトは、アギルと話ながら横になった。

「空が青い。こうして見上げると、気持ちいいもんだな」

アギルは見下ろして、のんびり空の話をするルフトに言う。

「なあ、領主様との対談なんて、簡単に出来るものじゃないぞ」

アギルは先頭班の班長になっても、トーナと直接対談する事は少ない。ましてや領主との同席を やっと許可されたばかりだ。

「当然だろう。でもな、俺は案外 運が良いんだ。取り敢えず、アギルたちがタタジクに帰る時に同行させて貰えるか?」

「無理じゃないかな。ご立派な商人様が泊まれる施設なんて無いぞ」

アギルの言葉にルフトは笑う。

「こう見えても俺だって、野宿ぐらい出来る」

今は昇降機が出来たので、兵士も崖にぶら下がって夜が明けるまで寝る事は無い。野宿が出来るなら、強行でも崖を下りて行くぐらい出来るだろう。

 だが、急に見知らぬ他人を組み入れるのは 班長としての責任も考えると、すぐに承諾は出来ない。


 ガラガラと音を立ててからの荷車を引く兵士が二人、走って来る。

「おいおい、乱暴に引くと荷車が壊れるぞ」

アギルが立ち上がり、近付いて来た兵士に声を張り上げる。

「班長、荷物番は」

遠くから言う兵士はアギルに気付いて、荷車を引く速度を落とした。

「アギル、あいつら荷物が別に下から来る事を 知ってたんだろうな」

ルフトは横になったまま、アギルにだけ聞こえるように話す。

「獣が居たので ここまで来たけど、逃げられた。荷物の被害はないと思うぞ」

アギルは兵士たちに荷物から離れていた理由を適当に言い、兵士の所まで行って空の荷車を一緒に引く。

 起き上がったルフトに気付いた兵士は、明らかに不快な顔をしている。

「おい班長さんよ」

ルフトが横柄にアギルを呼ぶ。兵士たちの顔色を見て、敢えてそうしているのだ。

「どうした商人さん」

アギルもルフトの態度を真似る。

「俺は、自分の身を守る為に使うものがある。獣を追い払ってくれただろ?俺には戦闘が できないからな。謝礼だ、受け取れ」

親指で銅貨をピンと弾き、アギルは銅貨を受け取る。

「別に、商人さんを守るつもりじゃなかったけどな。有り難く受け取っておく」

荷物の置かれた所まで着くと、兵士たちは次に運ぶ荷物を黙って荷車に乗せて行く。

 ルフトは昇降機のある所まで行くと覗き込み

「班長さんよ、これに俺も乗ってみたいんだが、どうだ?砂漠に出来た水路を見に行きたいんだ」

兵士たちにも聞こえるように話す。

アギルも雑草に隠された火薬が確認できる位置からルフトに言う。

「商人は、水路を見たいのか?変わったヤツだな」

他の兵士たちの出方を見ながら、あえて拒否はしない。

 バムと、他の兵士も空になった荷車を引いて集まった。




 シュラがロアルの手から木組みの玩具を取りあげる。

『大事な話をしてる つもりなのだが』

ヒムロはバラバラになった玩具が戻せないと、頭を抱え始めた。

『私も、大事な事を思い出した。コア様と内密に面会した事があるんだ』

シュラが直接 会った事の無い 相手の名前が出てきた。

 以前セトラナダで貴族ゾーベに売られた時、暗殺する王ウェルと並び、妃コアの名前があった。暗殺するのは王ウェルのみと。

 コアはアヤメの母親だ。

『内密の面会とは?』

ロアルはシュラが取った組み木の玩具を取り返し

『初めて呼び出された時は謁見の間で、酒の取引が極端に減ると通達された時だった。前王と、ウェル様もいらしたな』

二人はヒムロが組立てようと試行錯誤するのを横目に話を続ける。

『ずいぶん昔の話だな』

『そうか?シュラは まだ若いから、昔だと思うのかもな。まだ五年、いや六年以上経ったのかな』

ロアルにとっては十年ぐらい前の事も、そんなに昔の事ではないのだ。

 十年前では、シュラはまだ生まれてもいない。知らない歴史上の話に聞こえて当然なのだ。

『それで、重要な話題になったのだな?』

『いや、コア様のお手紙が入っていた。別の日に個人的に呼び出された』

ロアルはシュラと話しながらヒムロが悩んでいる組み木の、始めに組む部分だけ見せて、再びバラバラに戻す。

『再び謁見の間に?』

『謁見の間では無かった。コア様に呼び出された所はな、王の城から抜ける地下通路だ』

組み上げた丸い玩具を片手でポンポン投げて得意気な顔をシュラに向ける。

『もしかして、地下通路を通れるようにしたのか?』

ヒムロはロアルがやった手順を真似て、組立て始めた。

 ヒムロの様子を目で確認しながらロアルは

『途中に壁を作って、人が通れる隙間は無い。でもね、これと同じ仕組みにしてある。最近見たのも ルフトがまだセトラナダで商売してた頃だから、五年以上前だけどな』


 コアが呼び出した先は王の城の地下だった。護衛も側仕えも付けず、たった一人で地下に現れた王妃に驚いたとロアルは話す。

『地下通路の壁も木組みなのか?』

『それでは逆に気付いた奴には解かれてしまう。石材を削って作った、これの大きいヤツだと考えてくれ』

コアから知らされたのは 地下通路は王族の口伝で、先代の王から知らされたのはコアだけだという事。

 いずれ次期王であるアヤメに教える為に地下通路を通ってみれば、貴族の城に抜ける地下通路はあるものの、平民の住居区に繋がる通路は全て塞がっているのだ。

 平民の子供がが迷い込んだ事で、地下通路は兵士が塞いだと言う報告だけでは、地下通路を塞いだ たった一人の兵士を特定するのが大変だったとコアが得意気に言ったのが、昨日の事のようだとロアルは笑う。

 地下通路の行き止まりは、仕組みさえ覚えていればそんなに時間をかけずに通れる。


『一人でこれを、石材で作り上げたのか?』

バラバラになった玩具をひとつ手にシュラが聞くと

『大まかな作業は、大人の兵士が手伝ってくれたよ。現地まで運んで組み上げたのは私だけだ』

王しか知らない極秘案件は、特定される場所を知らない方が安全なのだ。

 

 



 崖近くに残る兵士はアギルと他の数人。

 荷車を引いてユタの家に向かうのが、ルフトとバムを先頭に六人。

 アギルが崖に残ると言った時に渋った兵士は、ユタとの対応が心配だと言っていた。火薬の箱を取り出す為の言い訳なのか、本当にそう考えているからなのか、状況だけでは判断できない。


「この荷を届けたら、兵士は一旦 昇降機の所に戻るんだろ?バムはどうするんだ」

ルフトはバムの行動も監視対象にしている。どこから綻び始めるかは、本当にわからないのだ。

「ああ、懐かしい連中に会って ゆっくり話したい事も沢山ある。でも先に目録と内容を確認して置かないとな」

兵士たちも少ない対話で、ユタの家に向かう。

 

 ユタはまだ、広場で価値が上がる物が何かを 大勢で話し合っている。薬や医療は命に関わるので値が高くて当然。それの相場は銀貨単位になる。芸術と言われる物は値段が高くなる物もあれば、全く金にならない物もあり、売り方にもよる。

 ムウの絵は高価になった。では舞や歌はどうなるのかも、皆の感覚だけでは見当も付かない。

 ユタの家にタタジクからの荷物が届けられているのを見ていた人が、話し合うユタに伝えると、ユタは急いで帰宅した。

 先に着いたのはユタで、家の中に運び込まれた荷物の量に目を見張る。またトーナに手紙を書かなければいけないと思うと、前回の内容をどこかに書き写して置けば良かったと後悔する。同じ事を書いてしまいそうだからだ。

 間もなくルフトとバムが次の荷物を持って来た。

 挨拶もせずにルフトはユタの家にサッと入ってしまった。

「バム、それに兵士のみんな、こんなに沢山の荷物を運ぶのは大変だっただろう。少し休んで行くかい?」

ユタの言葉を兵士たちは断り、荷物を下ろす。

 その間にユタはバムに言って蜜を入れた茶を人数分用意させた。他にも待っている兵士がいるのを知って、小さな瓶に入れた蜜を持たせる事にした。

 黙々と作業を終わらせた兵士たちは、バムに勧められた茶を飲んで 顔を見合わせたものの、ユタに一言謝礼を陳べて崖に戻って行く。

「兵士のみんなは、あんな感じなのかい?」

以前 滞在したアギルは、かなり友好的だった。荷物を運んでいた兵士たちは愛想笑いすらしなかった。

 アギルがいないだけで、兵士たちは随分違う印象に見える。

「タタジクに戻ってから、色々あったみたいなんでね。ユタさん、俺は中の荷物から確認して来る」

「なら、私も一緒に確認するよ」

中に入ると、既にルフトが荷物から紙を数枚出して記入しながら荷物の確認をしている。

「悪いなバム、紙を何枚か貰った。品物の単価を書き出してる所だ。以前、シュラにも書いてやった」

ユタはルフトがシュラに教えた方法の一つを知ろうと、記入されて行く紙を覗き込む。

「なるほど。相場を知らないうちは、買い物もできないからね」

「売るのもな」

短く答えたルフトに

「ルフトさん、俺も手伝える」

バムが目録の品目を書き出して、ルフトがその隣に単価を書き込み始めた。






「ふぁあ、良く寝た。楽しい夢を見てたよ」

大きな伸びをしているアヤメにロアルが微笑む。

『どんな夢を見ていたのか、覚えているかな?』

『あれ?ロアルさんだ。ええ、わたくしね、お母様と迷路でかくれんぼしていたのですよ。ロアルさんが導いて下さった、あんな感じの道で遊びました。でもね 夢だったから でしょうか、行き止まりも多く 壁は少し明るく見えてましたわ』

手振り身振りを交えて表現しながら話す。

『アヤメちゃんの お母様の名前は?』

『コアでしたわね。お母様を名前でお呼びした事がありませんの。名前を口に出してみて、以前より親しくなれそうな心持ちに なりました』

嬉しそうに、照れくさそうにアヤメは笑う。

 貴族街の下を通る地下通路は、迷路のように行き止まりが多い。脱出通路まで追い詰められた場合、逃げ延びる為の工夫は何重にも考えられている。実際に壁も明るく細工されている。

 アヤメは行った事の無い場所の様子を言い当てた。ロアルもアヤメが次期王だと言う事に対して半信半疑だった感覚は すっかり消えた。

『アヤメちゃん、君こそ我がセトラナダ王国の国王だ、私は君につかえよう』

アヤメに対して兵士の頃に覚えた敬礼をした。

「ええと、シュラ、あのさ、ロアルさんが変だよ。どうしたらいいかな?」

アヤメは対応の仕方がわからずシュラに聞く。

『地下通路の有力な情報をロアルが持っている。今まで通りで良いだろう』

ロアルから聞いた事で、シュラも木組みの玩具を外そうと試す。始めに動く一つは、案外 簡単に見付けられたが 次に動くのがどれかわからない。

『そう言えば シュラは、休んでいるかな?』

シュラが触っている玩具の一部分をロアルがつつきながら言う。

『体質だろう。睡眠は、あまり必要ないみたいだ。思考する間に身体は休息している』

ロアルがつついた場所から、木組みをほどく仕組みに気付き、外して行く。

『なら、私もこれから訓練に参加する。少し加減して手合わせしてくれるか?』

動かせる所が解らなくなると、ロアルが少し手を出す。

『ロアルの知識は有難い、怪我しない程度に手合わせしておきたいとは思っていた。アヤメが困惑しているので、対応は今までと同じで頼みたい』

シュラが言いながら、木組みの玩具をバラバラにした。

「ふぇえ、シュラは こういうのも 簡単に解けちゃうんだ」

アヤメが見ていてため息を吐く。

「いや、ロアルが手順を教えてくれなければ、きっとまだ考えていた。簡単ではない」

地下通路の行き止まりが、全て違う仕組みで組み立てられていて、ロアルはコアに外し方を伝えている。

 いずれアヤメも知る事になるはずだ。


 訓練をする部屋に場所を移し、シュラとロアルが軽く組手を始める。年配の女性だと忘れる程、ロアルの動きは早い。

『シュラの動きを見切るだけで精一杯だ。しかも、かなり手を抜いてるな』

悔しそうに言いながら、ロアルは右手を握り振りかぶって渾身の一撃をシュラに当てる。

『あまり手を抜ける状態でもない。兵士の質が高いのか』

避けきれず、シュラは身をよじって肩で受ける。しかし、衝撃は思ったより小さい。





 ユタの家ではバムとルフトで品物の単価を書き出し、ユタは返礼の手紙に頭を抱える。

 ルフトはユタが手紙を書く間にバムと荷物の分配先を決め始めた。外に置かれたままの荷物にルフトが向かい、バムも続いて外に出る。

「ルフトさん、兵士たちの態度が少し 心配なんだ」

職人に渡したい工具を前にバムが先に言った。

「どう 心配してるんだ?」

工具があれば職人の作業は、更に捗るだろう。

 しかし、無償で渡す物でもない。ここで「価値」を知らせる機会を無駄にするのも惜しい。

「仲間たちから、トレザの詳細な地図が欲しいと言われた。俺からは、以前みんなが滞在した場所と周辺を口頭で教えたんだが」

単価の書かれた紙と工具を見比べながら、バムの手が止まる。

「他の場所は、教えたのか」

「知らないと言ってみたんだが、俺はユタ様から信用されて無いと思われたんだろうな。タタジクに帰ろうと誘われた」

今のバムがトレザで任されている仕事は多い。

 懐かしいからと言っても、兵士から聞かれた事に何でも答えた訳ではない。ごく個人的な、バムの健康状態を知らせただけだと話す。

「それで、バムはどうするつもりだ」

「どうするも何も、俺はトレザから離れるつもりは無い」

それでも、タタジクの様子は気になる。

 水路完成祝いと同時にアヤメの生存をしらせる生誕祭が始まったと聞かされたばかりだ。

「作業の手が止まってる。兵士の所に行って、知りたい事は聞いて置いた方が良いんじゃないか?」

ルフトはバムの様子を見ながら言う。

「私も直接、兵士の皆にお礼を言いに行っても良いかな」

ユタが手紙の続きを書くのを諦めて 出てきた。

 

 崖では 荷物が届け終わったのを確認し、兵士が五人づつ昇降機を使って下りて行く。アギルは荷車の解体作業を手伝える兵士を残して、全員に下りるよう指示を出していた。

 ユタの家まで荷を届けた兵士が戻ると、早速荷車を解体する。大きなままでは昇降機に乗せられないのだ。

「さっき何も乗せてないのに走らせたから、車輪止めが無くなってるぞ」

苦笑いしてアギルが車輪を外す。

 車輪が外れないうちに作業が終わって何よりだと。

 大きな部品をまとめて、紐で束ねる。小さな部品はくならないように、袋に入れてアギルは「車輪止め」と記入した木札も一緒に袋に入れた。後で補充する部品が何か、誰が見てもわかるようにするためだ。

 解体した荷車と、兵士三人が昇降機に乗る。

 作業をする間は、誰も火薬の入った箱に近付く事も無かった。アギルとも普段通りの対話をしていたし、兵士同士も特に不穏な動きは感じなかった。

 昇降機の音を聞きながら、残っている兵士たちが話す。

「セトラナダに行った使節団は、どんなしらせを持ち帰るんだろうな」

薬師シュラアヤメを捕まえられていれば、有利に話を進められただろうに」

「だけど薬師シュラに勝てる奴もいないだろ?」

アギルも話に割って入る。

「アヤメちゃんだって、俺たちより すばしっこいからな」

アギルがトレザ数日滞在し 帰った時から、兵士たちの訓練が急に過酷になった。

 アヤメとの追いかけっこに全敗したため、休憩時間を減らして俊敏制を高める訓練を加えた為だ。それでも兵士たちは和気藹藹わきあいあいと訓練に励んでいる。実際にやっている訓練は、鬼ごっこみたいなものだから でもある。

 誰も乗ってない昇降機が上がって来る音がする。

 バムが走ってアギルの所に着いた。後から歩いてユタとルフトが向かっている事を伝える。





 酒蔵での訓練にシュラとロアルが参加した事で、皆の意識に変化がおきた。

 素早く動きながら相手を追い詰めて行くのは ロアルが得意とするわざで、追い詰められても強引にかわすシュラも見物みものだ。

 用心棒として雇われている皆には、以前から「ロアルに勝てたら昇給」と言われているので、更に勢いは増す。

 走りながらロアルが言う。

『この訓練で、シュラを捕えた者には賞与を出すぞ』

皆の目付きが変わった。

「ロアル、何を急に」

追い詰められそうになったシュラが高く飛び上がってロアルから逃げる。しかし その先には酒蔵の用心棒が壁になって立ちはだかる。

『これぐらい やらないと、シュラの訓練にならないと思ってな。そうだ、実際に捕えたら王にでも売るか?』

思い付きなのか本音なのか、ロアルがシュラを追い詰めて行く手を抜く素振りは無い。

 シュラは再び飛び上がり、天井の梁に上がる。誰も上る事が無かった梁の上には均一に埃が積もっていて、シュラが乗った所の埃だけがふわふわ落ちて行く。

「シュラずるい」

見上げたアヤメは笑いながら言うが、シュラは王ヘルラに売られるのは御免だ。

「捕まらなければ良いのだ、無駄に攻撃する事も無い。安全な場所に居るだけで狡いと言われたくない」

安全な場所を確保したシュラは、梁の上を進み 隠れる所を探す。ただ移動に合わせて埃がふわふわ落ちて行くので、梁の太さに身を隠していても 居場所は下から良くわかる。

 とりあえずロアルが箒を持って落ちた埃を集め始めた。すかさずロアルに襲いかかる用心棒の一人が箒で突かれて呆気なく倒れた。

 ロアルがシュラの様子を見る為に上を向く仕草は無い。新しく落ちて来る埃を集めながら、移動する先を見計らっているのだ。アヤメもロアルを手伝う為に近付くと、

『アヤメちゃん、シュラはあっちのすみに居るはずだ。飛べるかい?』

『任せてくださいませ』

アヤメがロアルから離れて、再びロアルに向かって走り出す。ロアルはアヤメの足を乗せられるよう腕を組み、アヤメのタイミングに合わせてシュラが隠れている方向に投げ上げる。

『シュラ捕まえた!』

「うわぁっ」

アヤメが梁に上がりきれず、シュラが つい手を出したのだ。

「卑怯だぞ」

『アヤメちゃん、シュラはいくらで買う?』

『わたくし、お金を持ち歩いておりませんの』

下からロアルが聞き、アヤメはシュラを見ながら答えた。


「アヤメ、ラージャが城に戻ったと本体から知らされた。今は、あの部屋に居る」

「じゃあさ、ラージャ様を取り返しに行こうね。ところでさ、もしかして飛び下りる?」

梁の上で話し合うと、ヒムロもふわふわ飛んで来た。

「ラージャを奪還じゃ。私はセトラナダの分身に会うのは初めてでのう、今から楽しみじゃよ」

ヒムロはアヤメの教えた図柄を組合せ、以前ほどでは無いにしろ元通りに振る舞う事が出来るようになっていた。

「シュラがずっと言ってたじゃん、人と同じようにしてって。だからね、アタシと同じようにしてたんだよ」

得意顔で梁に立つヒムロに

「良く祭りの中で飛ばなかったな」

「ちと飛んだがのう、転びそうになった時だけじゃ」

もしかしたらヒムロは神の力が無ければ、反応の鈍い子供と変わらないかもしれない。


『今日の訓練はどうやら終わった。シュラ、みんなで下りてくれ』

見下ろせばロアルの周りで用心棒たちが うずくまっていた。








閲覧ありがとうございます。


ロアルさん、頼りになりそうですね。

トレザでは、火薬を持ち込んだ兵士の特定まで行けませんでした。

次こそは、ラージャの城に潜入できると思います。

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