黒龍の望む未来の形
夜になれば、さすがに毎日続くトレザの祭りの賑わいも落ち着きを見せる。残り少なくなった酒も、広場では静かに飲みながら 微睡んだ大人たちの談笑と、虫の声。
トレザでは大雨が あがってから皆の意識が大きく変化した。
以前から誰もがユタの医師としての実力を認めていたし、長としても頼りにしていた。しかし「薬草を与えてくれた白い綺麗な子供」の話は、夢でも見たんだろうと 本気にする者は少なかったのだ。
長く続いた豪雨の次の朝、広場に現れた神々とユタ。
まるで夢の中に入ったような興奮状態。
森の結界と朝陽で虹色に輝く洞窟。
家の前まで群れで飛んできた蝶。
暗がりで、誰もいない舞台に 存在感を見せ付けるムウの絵を眺めながら、急激な変化と今後の展開を楽しむ対話をする大人たち。やはり 水を運ぶだけで大仕事だったのが、家の前に届く現状も 誰もが満足している。
ふと舞台だけに深い夜が訪れた。クウが絵に近付いてじっくりと見ているだけなのだが、辺りは落ち着いた闇に包まれたように見えた。仕草のひとつひとつが夜の闇を思わせ、音も立てずに絵の隅々まで眺めるクウの姿に 広場に残っていた皆が注目する。
静かに歩く姿も 舞の始まりを思わせる美しさと、包み込まれるような安心感。
「この絵の事だよね、ヒムロが話していたのは」
クウが呟いた凛とした声は広場全体に通り、この祭りにヒムロ、アヤメ、シュラが居ない事を思い出す。
彼等が無事に帰る為の祭りだと、ユタが話していた。アヤメは見知らぬ遠くの大国の姫君で、シュラが危険から救いだし 生きて逃延びる事ができた。その国ではアヤメが亡くなった事にされていて、今まさに鎮魂際の時期だという事まで。
セトラナダではアヤメとヒムロが組み木の玩具と格闘している。トレザより陽が落ちる時間が遅いので、辺りはまだ明るい。これから夕食だと知らされて、食堂に向かう。
『素晴らしかったよシュラ。今までの大道芸人よりも ずっとな。迫力ある剣舞だけじゃなく、この小さな2人の舞も洗練された動きに驚いた』
ロアルが芸の感想を伝える。
『ああ、他の芸人に見劣りしなかったようで安心した』
実際に ほぼぶっつけ本番だったし、他の芸を殆ど見たことが無いのでシュラは本音で答えた。
『謙遜するな。今回の報酬だ、客が置いて行く投げ銭を回収して置いたんだ。これは今までで最高額だからな。客は正直だぞ』
『報酬?』
シュラは旅芸人として、どう収入を得るのかロアルの言葉から探る。芸を見せて、客が報酬を出す。薬や品物と違って、金のやり取りに定価が無い。アヤメなら旅芸人の芸を良く見ていたので知っているだろうか。
『わたくしたちの舞を多くの人に楽しんでいただけた なんて、ロアルさんの人望ではありませんか。宿泊の環境を整えて頂いて 報酬まで受け取れませんわ』
『かなりの額だぞ?普段はどうやって収益を得ているんだ』
普段は薬を作って売っている。他は奇襲を仕掛けて来た者から奪った不要品を売る。今回は直前にルフトから衣装を渡されただけで、旅芸人の振りだけで良いと思っていたのだが、実際に営む所までは失念していた。
『どれぐらいあったのか、知りたい』
ロアルが金の入った箱をテーブルに乗せ、蓋を開けて見せる。シュラ、アヤメ、ヒムロは同時に箱を覗き込み そんな三人の様子をロアルは冷静に観察している事に気付いて無い。
『まあ、食事をしながら話そうか。アヤメちゃんの教えてくれた腸詰が好評でね、今日はここで作った物を出す。味の講評を貰えるかな』
『ロアルさん、こちらの腸詰も大変 美味ですわ』
『だが、同じ味にならんのだよ』
『使っている肉が違うからな。この土地で多く採れる、この香辛料ならば 臭みも落ち着くと思う』
食べながらシュラはセトラナダで多く採れる薬草の根を乾燥させて粉末にした物を出す。ロアルが少し指先に取り舐めて言う。
『シュラは、いつの間に こんな物を用意したのかな?』
『習慣なのだろう。新しく行った土地で薬草を採取し、験しに乾燥させたり 思い付く加工は時間がある時に行う』
『ふうん。ああ、芸の後では大口の取引を決める事も出来たんだ。まだアヤメちゃん達は小さいのに、素晴らしい踊りだったと皆が言ってた』
『ロアルの役に立てて何よりだ。寝食を頼っている分だけでは、居心地が悪い』
『そうだシュラ、旨い腸詰を作りたい。その香辛料だが、瓶一杯にしてくれたら銀貨一枚で引き取りたい』
『相場より高値だと思うが、できるだけ用意しよう。助かる』
酒蔵に来てから、食事の間も使用人が行き来していたのだが、不自然に他の使用人が居なくなった。ロアルが人払いしたのだ。ただ、食事に夢中なアヤメとヒムロは気付かない。ヒムロは「食べる」事を知ってから、アヤメと同じ様に良く食べる。少しアヤメと違うのは、口に運ぶ度に食材に対して何か呟くのだ。
『ずっと気になっていたんだが、ヒムロちゃんが食べる度に何か言うよね。アヤメちゃん、何を言ってるのか教えてくれないか?』
『あら。ヒムロは食材に感謝の言葉や誉め称える言葉を言って おりますのよ』
『ほう、例えば?』
『そうですわね、「其方の命は私が受け継ごう。共に生き、血肉として私を成す事に感謝の念は絶えぬ。」とか、言ってますわ』
『ふ?ハハハハハ。面白い子だね、でも素晴らしい考え方だな。旨いかどうかは話す事も多いが、食べながら そんな事を言ってるとは思わなかった』
『ええ、わたくしたちは、命ある物しか口に出来ませんものね。ヒムロの言葉で、わたくしも食と命に感謝する事を改めて思いましたわ』
『ヒムロちゃんは、以前からずっと こんな調子で食べてるのかい』
『いいえ、わたくしも初めて知りました』
「アヤメ」
シュラが小さく止める。ロアルの目が獲物を捕えた光を帯びて
『シュラ、私はアヤメちゃんの通訳に期待してるんだ。とても面白いよ、何かと不自然なのがね』
『あ……わたくし』
和やかな空気に緊張が走る。
ルフトはトレザに滞在する間、ユタの病室の寝台を使う。他の家では他人が寝泊まりできる環境が無いのだ。
クウはラージャ、サラと共に洞窟で寛げるが、ルフトが泊まれば凍死する。陽が落ちてユタの家へ向かうルフトにクウが声をかける。
「聞いていたよりも、実際に見ると素晴らしいね。我も、あの部屋に飾りたいよ」
クウが舞台に飾られた絵を気に入った。城の部屋に飾りたいと言われれば、ルフトも交渉に気合いを入れてムウと対話から始める。
クウも金銭感覚は壊れているので、ルフトはクウから金貨五十枚を預かってムウの所へ交渉に向かう。勿論、ルフトから請求した金額ではない。クウが「このぐらいで足りるかな?」と自分から出した金額だ。
広場で何かと食べているので、ユタの家では夜の食事は特にない。代わりにお茶を飲みながらユタ家の厨房でルフトが切り出す。
「絵の才能は、シュラには全く無かったな。クウと朝の洞窟を観させて貰ったが、ムウの描いた 絵は 実際の洞窟を感じさせる」
「ルフトはシュラに、文字とか計算を教えてくれたんだよね。シュラは絵も習ったの?」
「画材は渡して見たが、あれはダメだった。ムウは誰かに習ったのか?」
「ううん。ボクは、好きで描いてただけだし、トレザで絵なんて、役に立たないんだよ」
役に立たないと言いながらも、完成した絵を語る視線は誇らしそうだ。
大勢がムウの絵を見て、素晴らしいと声をかけた。今までに無い体験で、充分に満足したのだ。実際に大きな絵を描くには時間がかかる。それに絵の具の一色ですら、大勢の人が手をかけて 考えながら作り出したものだ。
「俺の経営してる宿屋には、大勢の客が来る。そいつらが ムウの絵を見た時の反応を知りたくないか?」
「うわぁ。知らない人が、どう感じるのか見てみたいね」
「なら絵を売ってくれないか。もっと大勢に見せてやろうぜ」
「売る物じゃないよ。それに、みんなの手を借りて完成したから、ボクに決められない」
ムウが「やってみたい」と思って完成させる迄には、着色の為に顔料を採取して、細かく砕き 粉にする迄の手間が随分かかっている。粉も、そのままでは布地に付かない。水で溶かしたり 温度を変えたり、油に溶かしたり。他の材料も使って色々と試した。着色しやすく する為に、職人の集まる湖の家で みんなが試行錯誤を繰返し、やっと辿り着いたのだ。
だからムウの作品であって 同時に職人たちの作品でもある。
「あれだけの作品なら、金貨二枚は出すぞ」
ルフトの言葉に家族はざわつく。ここ数日で、金銭的な考え方をトレザ全体で学んで来た。勿論ルフトが中心になった講義だが、やり取りするのは銅貨が普通なのだ。ムウにも当然、金貨の価値は理解出来ている。
「売る物じゃないよ」
それでもムウは、頑なに断る。
ムウも装飾品や絵画の値段は、価値が有れば銀貨でのやり取りも あると知った。薬も銀貨でのやり取りが普通だと知った。顔料に使う原石も、研磨すれば宝石として他の土地では銀貨で流通すると知らされた。
実際にバムはそれを知って いたので、大きな原石は砕かずに 粉にする石は細かい物だけを選別していた。今も大きな原石は湖の家に積み上がっている。
「相場は教えただろう?金貨二枚で足りないなら、そうだな五枚でどうだ?」
「だから、売る物じゃないんだよ」
「なんて頑固なんだ。相場の十倍じゃ足りないって言うのかよ」
「そうじゃなくて、売るつもりがないんだってば」
「なら、どんな条件なら売るのか言ってみろ」
「条件なんて、無いから」
「シュラと似て頑固だな。どうだ、ムウの条件と金貨十枚なら譲れるか?」
「頑固なのはルフトだよ。値段がいくら上がっても、売らないったら売らないからね」
「話にならん」
「話にならないのはルフトだよ」
ルフトが実際に交渉する所を、家族は興味津々で耳を傾ける。値段は価値が有れば、いくらでも高くなる。そう知ったばかりで実際にムウの絵には金貨十枚の価値が付いた。
見ている家族も価値が上がる現場に興奮気味だ。
ルフトとムウのやり取りも「値段の交渉」の参考になる所を探しているリリやイイスに、言い争うのを止める仕草はない。
次第に苛烈な言葉が出始めて、突然現れたクウが笑いながら止めに入った。
「すまないねルフト。それにムウ。我が飾りたいと言ったのを、ルフトが請け負ってくれたのだよ。ムウは、舞台に飾った絵に 似た絵を描けるかい?」
「多分、描けるけど……。あの絵は売れない」
「ムウの絵は、トレザの民に活力を与えるものね。あの絵は素晴らしいよ。我の部屋に直接来て描いてくれないかな」
「え?」
「どうやって?」
トトも聞く。
ムウの作品が 神にも認められた喜びと、クウの部屋と言われた事に疑問を感じたからだ。トレザでは神々の住まいが氷の洞窟なのだ。「部屋」が想像付かない。皆の疑問を置き去りにクウは微笑んで話す。
「このトレザの『気』を感じさせる絵で、アヤメたちを出迎えたくなったんだよ。我の部屋でね」
「クウ、それは善き未来なのか?」
ラージャも いつの間にか厨房に居る。
「そうだよラージャ。皆が我の部屋でね、ムウの絵を称える姿もあったよ」
祭りの理由を知る家族は喜びに溢れた視線で神々の対話の先を知ろうと注目する。
シュラが、アヤメが、そしてヒムロが無事に戻れると知らされたようなものだ。俄に活気付いた皆で、ムウの旅支度に必要な物を集め始める。
「ムウの食事は俺の宿屋で全て出すぞ。画材も揃えられる。後はムウの気持ち次第だ」
「我がムウを連れて行っても良いよね」
「待って、それでも絵の具が足りない。バムと職人のみんなで作った絵の具は、殆ど使いきっちゃったんだよ」
「絵の具ぐらい有るぞ?」
「でも、きっと欲しい色になるとは限らないよね」
ムウの使いたい色が必ず作れる条件には、トレザで採取した石と粉にする道具、塗布に適した材料が必要になってくる。しかし絵の具を作っていたのはバムと職人で、ムウは発色の確認しかしてない。
トトがそっと手を上げた。皆の視線がトトに集まる。
「オレ、全部作り方は覚えてるけど、片手だから作れない」
「材料さえ有れば、作り方は教えられるか?」
「ワタシ、手伝えると思うよ」
ルフトとイイスが、ほぼほぼ同時にトトに言う。
「子供たちが頼もしいのと同時に、見送る立場になるのは寂しく思うよ」
ユタもポツリと言った。
酒蔵の食堂には四人。ロアルの隣でおどおどするアヤメ、緊張した空気を察しながらも食事を続けるヒムロ、交渉か攻撃か、状況を見極めようとロアルを見るシュラ。
『シュラ、君たちは本当の旅芸人じゃ無いね』
『なぜ、そんな事を言う』
まだ、攻撃に転じる内容ではない。
『まず、不自然に思ったのは演舞だね。ヒムロちゃんの剣捌きが並の剣士では太刀打ち出来ない。舞に見せかけるのが上手くて、武芸に秀でて無ければ気付かぬぐらいな』
ロアルはシュラをじっと見て話す。
『ロアルは武芸に詳しいのか?』
『ここに雇う用心棒は、私と勝負するのが採用試験だからな』
『……見間違えではないだろうか』
『旅芸人だと思って訓練に手を抜くと、子供にしては鋭い攻撃が多いと用心棒も話してるよ。的確に急所を狙って来るし、子供相手だと思って手加減する余裕は無いと』
アヤメとヒムロは、毎日 この酒蔵で訓練の時間を設けてある。
シュラは訓練の時間に散策を続けていたので、報告を聞くだけだった。ヒムロは飛べない状態での訓練が 本調子には程遠いと、そしてアヤメはろくな攻撃に結び付かないと話していた。
酒蔵の用心棒たちは、激減した貴族の下で騎士と訓練していた者も居るのだ、当然 そんな事情までは知らずに訓練には立会う事もせずに報告だけを聞いて散策を続けていたシュラは大きく息を吐いた。
『追い詰められた気分だ』
『正直だね、シュラは。しかし攻撃されては、私でもシュラに敵わんよ』
『世話になった』
シュラが頭を下げて言った一言でロアルも察し
『いや、出ていく必要は無い。なぜ旅芸人の振りをしていたのか知りたいんだ。薬師なんだろう?』
『旅芸人はルフトの助言だ。薬師が子供を複数連れているのは不自然だと』
『ルフトはシュラに旅芸人の収益までは教えてなかったようだね』
『なぜ、そう思うのか知りたい』
『シュラは品物に対する商売ならルフトと変わらぬ。しかし、投げ銭の取扱いは てんでダメだっただろう』
ロアルは笑顔を見せて、回収した投げ銭の入った箱を撫でる。
『……失敗した』
『タタジクの使節団がじきに付く。私も対談に同席させて貰うよ』
『いや、それは困る』
『君たちは若い、ルフトよりずっとな。私の所をルフトが選んだなら、滞在する本当の理由は知っておきたいのだが?』
『あまり、口外できる内容では無い』
『もしかしたらアヤメちゃんは次期王かな?』
ガタリと音を立ててシュラが立ち上がり、ロアルが声に出して笑う。
『しっかりしているが、案外 隠し事は下手だなシュラ。いやいやまさかとは思ったが、こいつは本当に驚いた。人払いしたのは正解だったな』
無言でロアルを見るシュラとアヤメ。ヒムロは感嘆の言葉をかけながら食事を続けている。
バムは色の鮮やかな小石と粉砕する道具、染料を付着させる材料を揃えてユタの家へ急いで戻る。
数日の祭りに加えてルフトが始めた金銭的な勉強にもトレザの皆が夢中だ。廃材の平らな板に染料を付着させる材料を作り出す手順は書き写した。
地面に直接書いて文字や計算を覚える者も多いが、記録として残すには、紙が欲しい。書く事が少なかった為に紙が無い。トレザでは作る事も無かったのだ。バムが持っていた紙は、とっくに使いきった。
バムは走りながら、ヒムロが偵察していた気配が無いことを 少しばかり寂しく感じた。度々 間近で観察している視線には、気付いていたからだ。
無事に、皆が無事に戻れる助けになるなら。バムは走る。
「この大きさなら、染料にするより研磨して売った方が金になるぞ」
「いや、もっと大きな石は残っているんだ」
「うん。これぐらいの大きさで、粉砕機に入らないヤツは いっぱい残っているよね」
このぐらいとムウが手で大きさを示すと、ルフトは原石にも興味が隠せぬ顔になる。
「明日、見せて貰って良いか?」
「ルフトさんは、俺が案内しますよ。ユタさんには、やる事が多い」
バムがルフトを案内すると約束した。金銭的な価値観は、トレザの皆がルフトに教えられたばかりで、ムウは大きな原石を どうやって粉砕機に入る大きさまで砕こうか考えているぐらいだ。
まだまだ価値は充分に理解していない。
ルフトは城の使用人に宛てて指示内容を書き出している。トレザでの生活基準に合わせて不自由無く滞在させる為の指示だ。湯浴みに香油の使用はしない。食事は昼近くと夕方の二回。クウの絵師と道具の管理者としてムウ、イイス、トトの三人が向かう事。不足した画材は提供する事 等を書き、足りない物はクウに相談するよう伝えてムウに手紙を持たせる。
「ユタ、この子たちを 暫くお借りするよ」
「もう行くんですか?今は夜だから、朝にした方がいいのでは?」
「我は、夜の方が調子が良いのだよ。見ての通り、闇は我の力だからね」
「そうだな。我に合わせてゆっくり空を泳いで来たが、クウなら瞬時に城まで行けるのだろう」
「ああ、ラージャの言う通りだよ。夜の時間だけなんだがね。昼間では、空を泳ぐだろうね」
「我も、本来 在るべき所ならば瞬時に移動できる。だがクウはトレザにムウたちを連れて戻す時は、どうするのだ?」
「そうだね、空を泳ぐとしようか。やはり在るべき所を離れる時は、目標地点が上手く定まらないのだよ」
突然の出発に戸惑いながらも、リリは三人にお守りを握らせる。直接危険な所に行く訳ではなくても、初めて親の所を離れるのだ。ユタはトトに化膿止めの薬を包んで持たせる。
「行くなら止めない。だけどね、無理だけはしないでくれ」
「わかった。薬は、まだ呑まなきゃダメ?」
「そうだね、傷口は塞がってるけど熱を持つ前に呑むといい。今まで教えて来た通りだよ」
「うん」
ユタとリリは三人に顔を近付けて、別れの挨拶をする。
「ムウ、小石は君たちが持っててくれないか?そろそろ行くよ」
バムが持って来た道具や絵の具の材料をムウ、イイス、トトが持つ。
「絵が完成したら、皆で戻るよ。では我の部屋に行こうね」
クウが両腕を広げると、其所には夜の闇が広がった。三人は闇に溶けるように消えて行く。クウが踊るような仕草で腕を閉じて行くと、何も無かったように静かな空間が残った。
「思っていたより 呆気ない旅立ちだったね」
「そうね。明日からは、もっと盛り上げていきましょうか」
「ああ。ぼんやりしていたら、私が泣きそうだ」
「クスクス。ユタは寂しがりだもの、優しいのは良い所よ」
リリはユタの肩を軽く叩き、お茶を入れ直す。ムウ、イイス、トトの使っていた湯飲みを普段より丁寧に片付けながら。
「では我も洞窟に戻ろう。子供等が居ないと、案外 静かなものだな」
呆けた座り方でボンヤリ茶を手にするユタ、早速 残りの原石について目を光らせるルフトと案内するバムの対話。
リリが皆の お茶を入れ直して、静かに夜はふける。
タタジクの使節団が着いたと食堂の扉の外から声がかかる。
『私が同席して良いね?まだ食事は途中だし。そうそう、クウという占い師からもルフトが支援する子供たちには協力するよう言われてる。詳細を知りたいんだ』
『あの、黒髪の?』
『そうだ。多分クウは精霊だろうね。的確に未来を言い当てる』
ルフトの城に泊まったならば、黒龍クウと会っていても不思議ではない。誰が会いに行っても拒まないとルフトも言っていた。
『では、クウ様の事も お話しして良いのでしょうか?』
『使節団が帰ってからで良いだろう。話すのは信頼できる者だけにして欲しい』
『大丈夫だ。使節団との交流にも、従業員は入れないでおこう。内容に応じて必要な者には伝えるが、良いか?』
『どちらにせよ ここは私たちにとって敵地なのだ。ロアルに任せる』
『わかった』
ロアルは扉の前まで行き、来訪した使節団の人数分の椅子を用意させる。
『まだ食事中だったので、こちらで失礼するよ。君たちの茶を運ばせよう。かけて待っていてくれないか』
年配の代表者らしい男がロアルの隣に座る。使節団はもっと人数が多かったが、食堂に入って来たのは合計三人だ。
シュラとアヤメは黙って食事を進め、使節団にお茶が振る舞われるまで待った。
閲覧ありがとうございます。
もっとマメに更新しようと思いつつ、お待たせしてます。
続きは、書いてます。
出来れば今月中に、もう1話アップしたいですねー。




