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龍の居る世界     作者: 子萩丸
32/59

鎮魂際とトレザの祭り


 ラージャとの連絡は、他者の思考や波長が混ざり込んで無いか慎重に確認しながら行う。

「ルフトという男は、酒を売るのは好きなようだが 酒を飲むのは あまり得意では無いな。気持ちよさげに眠ったぞ」

「そういえば ルフトが酒を飲む所は、あまり見たことがなかったな。泊まった晩にも食事の時に少しだけ飲んでるのを見て、珍しく思った」


 シュラの視線の先はラージャにも見えていて、アヤメとヒムロが刺繍をしている。幼女が並んで糸を選びながら刺繍に勤しむ姿は、戦地に居る事を忘れる程 穏やかだ。

 トレザではユタがパウゾとの剣舞を披露している。イリスの刺繍は華やかで、衣装も一段と見映えがする。剣舞の衣装を見た刺繍を知りたがる女性に囲まれて、イリスが図柄を教える様子も見える。

 舞台の後ろには、ムウの描いた洞窟の蝶の絵が飾られて、誰もいなくなった舞台すら 素晴らしい。

 様々なトレザの情景がシュラに届く。ラージャの視界にあるトレザの賑わいを感じ取っているのだ。

 一瞬、薄暗い城の中を見る視界が混ざった。

「一旦、連絡はつ」

セトラナダに居る分身体ラージャの視線が入り込んだのは、間違いない。

 ルフトの城で会ったクウの部屋と似たような造りの部屋なのだが、全く手入れがされていない。息苦しい空間に感じた。

 ラージャの分身体の状況がどうであれ、今は「その時」ではない。



 トレザの祭は賑やかだ。

 ラージャがクウを連れてトレザへ戻った事で、その賑わいに拍車をかけた。見た目の美しさだけではない、その存在が近くに在るだけで 周りの幸福は増幅するのだ。

 永年ながねんに渡り、セトラナダを守護してきた龍神だからなのか、クウが居るだけでもトレザの土地が活気付く。

「この前 ここを訪れた時とは大違いだよね。民の信仰心が直接浴びられるなんて、わたくしは嬉しいよ」

 酒を浴びるように飲む姿しか知らないラージャは、クウがグラスの酒を眺めながら話す姿に驚く。

「あまり飲まないのだな」

「これ程に満たされて、何を求めると言うんだい?酒は旨いけど、民の『気』の方が余程 美味だよ」

「ああ、確かにな」


 アヤメがいないので 舞台の場面転換等の演出は乏しいが、人がけた舞台にはムウの絵画が存在感を見せ付ける。

 虹色の洞窟に輝く蝶や花が描かれて、それこそ幻想的な絵は、直接その場に居合わせなかった者にも飛び交う蝶を連想させる。

 毎朝 順番に光る花から溢れる蜜を取りに向かう為に、これから順番が巡って来る者には待ち遠しく すでに行った者は心に残る情景を再び思い出し、その場に居た時の事をありありと思い浮かべる。

 

 昼間から陽気に酒で酔った大人たちが 気持ち良さげに眠っている間を 子供たちは歌い踊り、突然 走り出して追いかけっこになったり、大人もそれに混ざってはしゃいだり。

 特別な催しは無くとも、昼夜を通して賑やかだ。

 勿論 楽しみ続けられるよう、気配りするバムとトト。ユタの家族は誰よりくつろいでいるように見えて、皆が楽しめるよう少しずつ指示を出している。

 だがトレザ全体が騒いでいるので、準備していた食料にも限界は見えてくる。


「収穫の時期でもあるからね。穀類や果実は冬を越すには欠かせないだろう どうかな、追いかけっこも楽しそうだけどね、みんなの収穫量を競って見るのも楽しいんじゃないかな」

 浮かれていただけの大人たちも、ユタの言葉に頷いた。

 何日続くか予想が出来ないのだ。

 このまま収穫せずに冬を迎えたら、確実に餓えていく。普段の秋には個人的に行われている冬支度を祭りに取り込みたいと言ったユタの発言には、皆が賛同した。


 毎朝 交代で洞窟へ向かう者も、湖の家を拠点に技術力を上げている職人たちも、以前より効率の良い収穫を相談し始めた。

 秋には甘い果実の成る木々も多く、酒を造るのに適した果実もある。穀類も今の時期を過ぎれば翌年に向けて土に還ってしまう。


 トレザ全体で急遽 始められた収穫競争は、数日かけて祭りの雰囲気を盛り上げた。幾つかの班が出来て、自然に生えて点在する麦を収穫する。果実は身軽な子供が高い枝に上り、下で大人たちが大きな布を広げて落ちる果実を集める。

 どの班が、どれだけ集められたか よりも、次はどうやって効率良く収穫していけるか皆の意見が飛び交う。

 学舎まなびやの基盤が全域に良い方向で動き始めているのだ。


「個人で畑はやっていても、特に麦は収穫の頃を前に不足してくるからね。皆が困らない程度に、大きな畑を幾つか作っておいたらどうだろう」

 人口の割にトレザは広い。大勢で管理する畑があれば、野菜や穀類の不足もなくなるだろう。特に子供が多い家や、高齢になった家族が多い家では、天候によっては餓えに襲われる。


 広場には様々な果実や穀類が集まり、天日干しで保存する方法だけでなく、酒にする方法や 燻製にする方法を伝え会い、食材ごとに大規模な冬支度が始まった。

 

「祭りに便乗した冬支度とはな。さすがシュラの尊敬する男は提案する規模が違う」

ルフトが腕組みしてユタの采配に感心しながら口に出す。滞りなく進む冬支度も、上手く順番を廻す事で 疲弊し過ぎる者も無い。

 冬の食材事情が解決して行く事も、皆の意識には安心とゆとりを もたらしているのだ。


「ルフトはシュラに文字や計算を教えてくれたんだと、ラージャ様に聞いたのだけどね。どうやって教えたのか、見せてくれるかな」

ユタに言われてルフトは困惑する。裸にして鎖に繋ぎ、鞭で脅したとは、言えない。ましてや期待して見上げる子供たちに同じ事は出来ない。

「シュラは驚くほど覚えるのが早かった、同じように教えるのは……無理だな。人数も多いし、誰がどこまで覚えたのかわからん」

「まあ、確かにシュラは物覚えは良いからね。大勢に教えるのは、やはり難しいものなのか」

ユタも治療や薬について教え始めた所だが、学びたいと言う皆の理解は同じ速度にはならない。

 かなり理解しているようで まだ文字に残せない者、文字は覚えていても 薬草の見分けが苦手な者、治療の方法によってはユタよりも適任と思えるのに、初対面の相手とは対話が満足に出来ない者。

 本当に同じ事を教えても、皆の理解は違う。得意な所を活かそうと個人個人に伝えて行ければ 知識も技術も確実に上がる。しかし、大人数に同時に教えるのは、手本が欲しいと考えていたユタも、まだまだ試行錯誤が必要になりそうだ。

 ルフトの教え方から 良いヒントを探るつもりで聞いたが、シュラとは薬の保存方法や応用の仕方を話し合う位だ、ヒントになりそうな答えが無くても 当然だろう。

「そうだな。ここにいる子供たちは、どれぐらい字が書けるんだ?」

「字が書けないのは、子供たちよりも大人の方が多いんだ。今までは使う事が少なかったからね」

「ふむ、使う必要が無いならば、覚える必要も無いだろ」

「今までは、それでも良かった。でもね、これからタタジクとの交易が少しずつ始まって行くんだよ。他の土地との交流には、必要なことになるだろうからね」

「ああ、そう言えば砂漠に水路を造ったと聞いた。俺はその水路が見てみたい」

「私もまだ、水路は直接 見てないけどね。何しろこの土地を出た事が無いから」

「そうなのか?」

「それに、ここでは『お金』を使わない。シュラはしきりに金銭感覚をと言ってたけど、どうやったら浸透して行くのか、見当も着かないんだよ」

「金銭感覚が皆無だと?」

ルフトは物心ついた時には「金を増やす」本能があった。貧しい家庭で育ち、口減らしの為に売られた先で、少しでも自分の環境を改善する為に「金」になる事には敏感になっていく。

 そんな育ち方をしたルフトにとって、多くの民から支持を受けるおさ本人が、まともな「金銭感覚」を持っていない。しかもシュラが父親と慕う相手だ。

「俺が文字よりも、ずっと役に立つ事を教えてやるよ」

広場には収穫して集まった食材に始まり、新しく作られた布や糸、職人見習いの作った模型、それに調理済みの食材が常に振る舞われているのだ。ずっと資金源を気にしていたルフトの本領発揮だ。

 まずはおさの業務を代行できる者を集める。更に収穫に携わった代表者、他にも料理や布を作った者まで集めてルフトは生き生きと声を張上げる。

 それぞれの「物」の「価値」と同等の貨幣について教えるのだ。今まではと違う価値や基準に興味を示す者は多い。シュラがしきりに「金の使い方」と言っていた事を知る者は、更に真剣にルフトの声に耳を傾けた。

  

 見送りの当日は歌い踊り、翌日にはラージャと共に黒龍クウが表れた。

 サラは草食獣を大量に引き連れて、搾乳から始まる酪農をトレザの民に伝えた。獣は肉や毛皮だけでなく、世話をする事でも多くの恩恵が得られる事を知らせたのだ。

 ヒムロが食に興味を持った事で、サラとしては食材の幅を広げたかっただけなのだが、トレザの農業は この祭りの時期に併せて革命を起こした。

 更に冬支度に備える収穫戦。優劣よりも効率を競い合い、意見交換も活発に行われた。

 そして学舎まなびやを基礎とした知識の発表や得意分野を活かした提供。

 ここにルフトの「金」に関する知識が加わり、祭りは毎日が斬新な改革と共に、賑わいは加速していく。


 ちなみに、広場を中心に「お買い物ごっこ」が始まれば、老若男女問わず何にどんな「価値」が加えられるかも、積極的に意見交換が行われるようになる。


「競い、学び、それを越えて また伝え、新たな文化が始まる。今以上であろうとする欲は持て。共に進む者の手を取れ。1人の力は脆く小さい。しかし集まった人の力は強大だ」

 ラージャは過去に、群衆心理で 滅亡に進んだ民族も見た。不安は人の心を簡単に支配し、暴徒と化す事も少なくない。

 そんな中でトレザの民は、ユタの言葉を聞き シュラとアヤメの為に、絶えず楽しめる事を見つけ出す。

「サラに出会った頃を思い出す。皆が輝いているな」

「あら。トレザの民は、わたくしの子供たちですもの。1人1人が美しいのではなくて?」

「そうだね、わたくしにも皆が輝いて見えるよ。素晴らしい所だよね。アヤメとシュラが落としていった種は、こうやって皆の力で育って行くのだね」


 トレザで集まる『気』は、ラージャを通してセトラナダに居るシュラに届く。

 祭りの様子を垣間見ると、いつセトラナダで勾留されているラージャに繋がるか解らない。慎重に、毎日の報告は数秒で終わらせている。


 セトラナダでは朝夕の歌を聞いてアヤメが

「この歌が聞こえる間だけはさぁ、不思議なぐらい死にたくなるんだ」

悩み事も笑った瞬間に忘れるアヤメが、苦しそうに話す。

「どのように苦しいのじゃ?」

「もう、ごはん食べなくていいやって思うんだ」

「それは一大事ではないか」

以前は食が細くて死にかけた事もあるのだ。食べ過ぎで倒れている方が シュラにはずっと安心できる。それにアヤメが「お父様に会いたい」と涙ぐむ事もある。

「歌が流れる時間だけは、よく注意しないといかんな」

 歌が流れる間だけなのだ。


 食事は昼と夕方、ロアルと共に取る。トレザから持ち込んだ食材は好評で、アヤメが仕込んでいた腸詰めの燻製はロアルも買い取りたいと言った。

『この腸詰めは、わたくしが作りました。獣を捕えて血を抜きましてね、皮を剥ぎ取った後で内臓を出しますの。良く洗った腸に香辛料や塩を揉み込んだ肉を詰めて、燻製に致しますのよ』

『アヤメちゃんは 言葉づかいが丁寧だし、良く笑うから話しやすいね。まるで貴族みたいに話すけど、腸詰めを作れる貴族なんていないから、楽しくなるよ。良かったら作り方を教えてくれるかな』

『勿論、喜んでお伝え致しますわ』

『腸詰めの作り方に報酬は出るのか?』

『うふふ、まるでルフトと話してるみたいな気分になるね。シュラ、きちんと謝礼は出そう』

『ありがたい』


 酒蔵では、護衛も担当する従業員が数名いる。旅には危険が付き物だと、アヤメとヒムロが護衛も担当する従業員と手合わせの訓練は、毎日欠かさない。

 逃げ足と不意討ち以外にも 実戦に使える攻撃は、いくら覚えてもいい。

 案外ヒムロの体力は無く、走り回るだけでも息づかいが荒くなる。

「脚力が足りぬのじゃ、腕力もスカスカじゃ。しかも腹がすぐに減る。昨日だって食ったのじゃ、なのに何故なぜに今日も腹が減るのじゃ」

「お腹は毎日 減るんだよ。だから、食べるのが楽しいんじゃん」

ヒムロは「人」としての生活に慣れるよう、アヤメは体術を覚えるように指示を出し、シュラは単独で貴族の城が並ぶ地区に潜入して、様子を探り 情報を集める。

 ラージャの居る城が何処どこなのか、それだけでも突き止めておきたいのだ。

 ゾーベの従者として買い取られた頃の、以前ゾーベが使っていた城を中心に 龍が囚われていそうな城を探す。出入りする使用人の対話を遠くから聞き、中の様子を探る。大抵が祭りの儀式に関する内容で、龍の城への手掛かりはかんばしくない。


 旅芸人という設定での宿泊なので、ロアルと酒蔵の従業員の前で舞と剣舞を披露する事になった。

 ルフトが準備していた衣装は派手な色が多く、外に出られないぐらいだが、着てしまえば あまり違和感も無い。

 アヤメに用意された衣装はヒムロにも着られる大きさなので、互いに似合うと言い合いながら身に付けた。

「これはいかん。アヤメと刺繍した図形を外すと、途端に滅入って来るようじゃ」

 ヒムロは刺繍した図形を身に付ける事で、少しだけ身軽に動けると話していた。あれ依頼、身に付ける服に せっせと刺繍をしていたのは知っている。だが衣装に着替えると図形の刺繍は身に付けられない。セトラナダ全域が大きな結界に なっている為に 図柄を身に付けても 氷を作り出す事もできないし、自由に飛べるほどではないが、文句を連呼する事は減った。

 シュラが人前で飛ばないように言い聞かせてから、アヤメと並んで歩くヒムロは 歩幅が狭いのか、アヤメに比べるとチョコチョコ動いて見える。今までのヒムロは 歩く速度で足を動かしていただけで、ずっと飛んでいたのだ。

 衣装に直接刺繍を入れるのは、借り物だから止めた。代わりに図形を刺繍した布をヒムロの首に巻き付けると、

「うむ、ちと楽になったようじゃ。滅入ると怠惰になってしまって いかんからのう」

「人と同じならばヒムロに注意する事は少なくて助かるが、食って眠るばかりでも困るからな」

「この図柄はチヌにも良いみたいだよ、ヒムロとお揃いで巻いてみたの。可愛いね」

「ああ。だがチヌは隠しておきたい」

珍しい生き物は 誰に目を付けられるかわからない。祭りの時期だけ露店に並ぶ珍しい物の中には、初めて見る生き物もあったし、使い道のわからない道具も売られていた。

 その話をすると

「アタシも見に行きたい」

「私も見たいのじゃ」

と言うので、酒蔵で演舞を披露した後で城の見える通りまで行くと約束し、衣装を整えてから大きな倉庫へ向かう。

 静かな祭りとはいっても、やはり祭りなのだ。酒の出荷が多く、広い倉庫にあった在庫は殆どない。代わりに見物人が多く集まっている事態に目を見張る。

 ロアルがツカツカと大股で近付いて来て

『シュラ、外では披露できないだろうからね。祭りとはいえ鎮魂際ではおおっぴらに大道芸人の披露する場が無いから、毎年この倉庫を利用している』

『従業員の人数にしては多いと思うのだが』

『ああ、従業員の他に取引先やご近所さんが来てる。他国の使節団もいるね』

『なるほど。タタジクも居るだろうか?』

『どうだろう、居ると思うんだけど、どうした?』

『いや、以前 行った土地だから気になっただけだ。始めてもいいだろうか』

『ああ そうだね。取り敢えず私が皆に挨拶する。君たちは始められるようにしておいてくれ』


 ロアルが挨拶の口上を のべ始めると、ざわついていた空気がロアルの声に集中する。

 その間に軽く打合せをする。観客から見える演出はアヤメが得意だ、ヒムロとアヤメは左右の端に行き、シュラが横笛を鳴らしたら中央で、と。かなり大雑把な打合せでロアルの挨拶は終る。


 ピィ~っと澄んだ長い音に合わせて上手かみてからヒムロ、下手しもてからアヤメが走る。ヒラヒラした衣装が風を はらんで はためき、中心でヒムロとアヤメが高い位置でてのひらを合わせる。

 同時にくるりと振り返り、ヒムロの動きに少し遅れてアヤメが鏡合わせに動く。虹色の洞窟で動いていた動きに似て、観客は幼女の踊りから目を離さない。ヒムロの舞は幼い容姿を忘れさせる妖艶な動きと、似た振付なのに存在感を見せ付けるアヤメ。静かに鳴り続ける横笛は 物悲しい音色で、ゆったり動く舞に寂しさを感じさせる。

 客席から涙ぐんだ ため息が聞こえた所で 客席からは見えない角度でアヤメがシュラを睨む。ヒムロと目を合わせて同時にシュラに向かって走り出した。先に飛び蹴りを仕掛けたアヤメをシュラは横笛を持ったまま持ち上げる。高く飛び上がったアヤメは空中で一回転して着地し、客席からの歓声を手拍子に誘導した。

 ヒムロはクルリと回りながら、揃った手拍子の中でシュラとの距離を確認し、 シュラの背後から背中を踏み台にして飛んだ。空中で大きく両手を広げてから着地する。再び歓声が上がる。

 アヤメが芸で使う剣を着地したヒムロに手渡し、ヒムロは手拍子に合わせて単独の剣舞を披露する。

「シュラ、笛の音が悲しくてダメだよ。もっと楽しい音にして」

 手拍子で客席には聞こえないが、アヤメがシュラに言いながら剣を渡す。

「わかった。今回は鳴らすのをやめておこう」

 陽気な旋律が思い付かないと、シュラも剣舞に乱入した。

 シュラとヒムロの身長差が、緊張感を高める。アヤメは客席の注目する先を観察しながら、手拍子に誘導したり、歓声に合わせて拍手に誘導する。


 ひとしきり動いて、始まりと同じ位置にヒムロとアヤメが高い位置でてのひらを合わせて、シュラが終了の合図をした。

 シュラが深く頭を下げる。ヒムロは両手を上に上げて歓声を浴びる。アヤメは小さくお辞儀した。


 倉庫の歓声は 外まで響き、大成功だったと言えるだろう。

『素晴らしかったよ。この子たちも、大したものだ』

ロアルの言葉で歓声が再び上がり、ロアルは商談相手とのやり取りがあると言って 観客の中に消えた。


『タタジクの使節団に用があるのだったな。トーナ様が追手をかけた薬師くすしと似ているようだが』

『ああ、探す手間がはぶけたな。領主ストラークから預かった物を見せたかっただけだ』

 領主ストラークの使節団がセトラナダに向かった頃、シュラとアヤメはトレザに向かう土の中を進んでいたのだ。当然 トレザから水路が引かれた事も、使節団には まだ知らされてない。

 客席の 割と近くで演舞を観ていた為、ロアルとの対話から聞こえていたようだ。

 シュラはラージャに乗って アヤメとタタジクを訪れた時に、領主から受け取っていた手紙を見せた。

「なぜ、領主様の代行を旅芸人ごときが」

「待て。薬師くすしとなり、旅芸人にも扮するには、深い理由が有るのだろう」

旅芸人はルフトの提案なだけで、深い理由は無い。ただ、トレザでは「見応えがある」とは言われていた為、すんなり旅芸人の設定を受け入れただけなのだ。

「込み入った話は、タタジクに戻って聞いて貰いたい。私は内密に祭り迄の城内の様子を知りたいのだ。特に王と身辺警護の情報が欲しい」

およその状況は理解した。我々が知る限りの情報は提供しよう」

「助かる」

改めて時間を取り、誤解の無いよう話し合う事になった。


 旅芸人としての演舞も無事に終わり、普段着に戻るとアヤメが はしゃいで外に飛び出す。

「あまり離れるな、迷って帰れなくなるぞ」

「はぁっ。ここで迷子は困るよ。のんびりシュラに見付けて貰うのを待てないと思う」

「そうやって 行き違いになれば、無駄に時間が過ぎるだろう。歩幅は合わせるので、私に着いて来なさい」

「こうして見ると、まるでシュラが年長者のようじゃのう」

「外見はどうしても そう見えるからな。普通の基準に合わせるのも、簡単ではないな」

 周りからは、背の高い大人に幼女が二人着いて歩いているだけに見える。案外と派手な髪型の大人が多く、きっちりまとめた髪を後ろで束ねただけのシュラが それほど目立つ事もない。

 露店を眺めながら城とバルコニーの位置を皆で確認し、

「ラージャの囚われている場所が特定できれば、少しは楽になるだろう。夕食後にタタジクの使節団と話し合う時間をもうけた」

「ラージャ様のお城なら、あれだよ。王の城のすぐお隣」

アヤメなら当然 知っていたのだ。

「盲点だった。もっと早くアヤメに確認して置くべきだったな」

ラージャの城も特定できた。

 少し広い通りを歩いて、露店で売っている子供の玩具おもちゃに興味を示したヒムロと小さな楽器を珍しそうに見るアヤメに一つずつ購入して酒蔵へ戻った。


 静かな祭りとはいっても、セトラナダとの交易を目的とする商人が集まる時期なので、トレザの外を初めて見るヒムロも かなり満足したようだ。


 夕食までは少し時間がある。買ってきた玩具は木製の玉で、角材を幾つも組み合わせて出来ている。手順どおりにずらしたり、角度を変えてバラバラの角材にして、再び手順どおりに組み立てて玉の形に戻すのだ。

「案外これは、難しいのじゃ。しかし、手順を考えながら外して行くのは面白い」

 カタカタ音をたてながら、上手く外せない角材が どう組み合わせてあるのか覗き込んだり緩んだ所を触る。

 アヤメは小さな楽器を鳴らして、

「シュラ、これなら悲しい音にならないよ」

 小さな木の板と金属で、手で握り込むだけでジャジャッと陽気な音が出る。

「アヤメなら上手く使えそうだな」

「うわぁっ。玉に戻せぬし、バラバラにも出来ぬ。難しいのじゃ」

ヒムロは夢中になっていたようだが、手順がわからずに叫んだ。

「お腹が減ると、難しい事ってできないよね」

「そうじゃのう、アヤメ。晩餐まではひと眠りする」

 眠ると言いながらベッドに玩具を持込み、ヒムロとアヤメで手順を考えながら遊び始めた。







閲覧ありがとうございます。


最後にヒムロとアヤメが遊んでいた木の玩具は

私も子供の頃に遊んだ物を出しました。

旅行先のお土産売場で買って貰った玩具です。

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