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龍の居る世界     作者: 子萩丸
30/59

龍と竜


 クウがチヌを見詰める瞳に大粒の涙がたまって零れ落ちる。カツンコツンと音を立て、転がる黒い石はクウの涙だ。

 透き通った涙はクウの肌を離れた瞬間に黒い石に変わる。真っ黒に見えるがキラキラと輝くそれは、間違いなくクウの一部とも言えるだろう。


「今の君はチヌと呼ばれているのだね。むくろが残っているのだから、心を全て亡くした訳ではないと信じていたよ。ああ、でもわたくしの事は覚えているだろうか」


 クウはチヌをそっと離して 落ちた涙を拾い集める。集めた涙を片手で握ると 大きな黒い石が一つ。

「ヒムロに渡しておくよ。わたくしの『気』が消えた所からはヒムロの凍らせる力が働かなくなるからね。陣を再び張り直すまで、人と同じ事しか出来ないと考えておくといいよ」

「この黒い宝石が消えてしまうのか。綺麗なのにもったいない のう」

 手渡された石をまじまじ見て言う。しかし、陣を張る時に使う氷のクサビが使えない と言う事だ。上手く投げられる楔を用意して 置かなければ陣が張れない。

「私は出掛ける迄に、楔の工作をするのじゃ。まだ この城は建築中じゃったのう。側仕えとやらに端材の所まで案内してもらうとしよう」

 陣を張る時に投げる氷の数は三十を越える。武器として使うなら、もっと必要になる。いつにどうやって陣のある所までたどり着けるのか、まだ手探りなのだ。

 ヒムロが案内された倉庫に使われている空間には、これから植える植物の苗や手入れをする道具が並んでいる。奥に進むと床や壁に使われている素材と同じ物が立て掛けられており、装飾にも使われている石が まとめて小さな山になっている。ヒムロの目の高さ程に積み上げられた石を手に取って数回投げ取って重さを確認し、同じ素材の石を集める。

 投げる氷と同じ形に削り、一つ投げて手応えを確かめ 満足した形になったようで二つ目を削る。幾つも同じ形にしていくうちに、飽きて来た。

「シュラはこんな物を沢山 準備しとるのに、意外と面倒なんじゃのう」

 まだ陣を固定する数にも足りてない。

「作業が終わったら勝手に戻るので、皆は休むと良いのじゃ」

 ヒムロを案内した使用人に声を掛けるが、

「夜の交代で昼間休んでおりますので、お気になさらず。お手伝い出来る事はございますか」

「では、この形に削りやすい大きさの、この石を見付けて置いてくれると助かるのじゃ」


 複数で大きさと形の近い石を手際よく並べ始めると、百個はありそうだ。削ると言ってもヒムロの小刀は良く切れる。石がまるで柔らかい木の実のように簡単に形を揃えて行く。

 単純作業に飽きると言いながらも、一つ一つ心を込めて削った石だから 大切に使おうと呟く。

「おお、シュラが以前 言っておったのは、この事じゃな」

 これも独り言のようになったが、以前シュラが数を気にしないで投げられるのが便利で良いと言っていた。実際に作って見て使う数を想定すると、言葉の意味合いが しみじみ届く。

「幾つでも使えたから、沢山投げておったが……」


 おもむろに陣を広げ、床に固定する数を減らす練習を始めた。三十個削って飽きたから、だけではない。

 ヒムロが楔を引き抜いて布を畳む姿を見た使用人達が、

「こちらの作業なら、お手伝い出来ます」

そう言って楔を抜き始めた。

「では任せよう。畳み方もあるのじゃ」

広がりやすい畳み方を伝え、触れて痛みを感じる仕草がある様子で思考を覗くと

[こんな子供の相手で付き合わされるなんて、給金に見合わない]

表情に出さないが、不服はありそうだ。給金の事はルフトとクウも話していた。

「急に余計な仕事をさせてすまんのう。まだ時間がかかりそうじゃ、これで足りるか?」

四人の使用人に金貨を一枚ずつ手渡す。ラージャから預かった金貨は二十枚。不足と言われたら、もう一枚ずつ手渡すつもりになっていると

[さっきまでピリピリ感じてた布が、ずっと触っていたい 優しい感触になっている?]


 金貨一枚で人の心は動くのか。と不思議に思うヒムロと、使用人の給金の相場が合ってない事は気付いてない。

 ルフトの店は給金が良い方で、それでも金貨一枚稼ぐなら半年ぐらいかかる。一般的には一年かけても届かない給金になるのだ。

 後でヒムロがシュラとルフトから金銭感覚をしこたま注意され、金貨を受け取った使用人には今回限りの報酬で口外禁止とキツく言われた事を除けば、問題なく楔の工作は終わった。


 ヒムロが工作に向かった後の室内では。

 心を亡くした龍は、天に還る事もなく無になると話す。ラージャは隆起し始めた大地の何処かに残るむくろを探した。僅かでも 心が残っているから骸が消える事なく大地に大きな影響を与えているのだ。

 意志の無くなった強大な力を 求める大地が刻々と形を変える中、抗えずに滅びていく集落は幾つもあった。

 不安、恐怖、絶望。それらの思いは群衆を呑み込み 隆起する大地の裂目に滑落する。ある集落は渇きと飢えで絶えた。また、僅かな食料を奪い合い 絶えた集落もある。

 

 タタジクに全く影響が無かったのは、当時の儀式が盛大に行われ 他の龍からの加護があった為だ。

 しかしトレザの民は隆起した大地に根強く生きる決意を固めていた。たった一人の少女が持つ強い『気』が、トレザの民に感染していく。

 人の子供に出来る事など少ない。しかし周りを巻き込んで躍動する『気』はトレザに満ちた。

 ラージャは少女の『気』を求めトレザに立ち寄った。むくろになってしまえば『気』すら発さず地脈のうねりに呑まれ ごく微かになる。骸は時間をかけて探せば良い。


「心が震えた。人の しかもまだ幼い子供の言葉が民の不安を払拭して行くのだ。力も知恵も大したことのない子供だぞ、興味が湧くではないか」

 山脈やまなみの隆起が始まり、主に山頂を散策したが骸は見付からない。滅びていく集落をいくつも見ながら 雪におおわれ出す山頂を見て歩いた。

 ほんの僅か数年の事だったが トレザの子供は少女になる。トレザの地は 枯れ始めた水脈にも負けず民が息づいている。とっくに消えたと思っていた。他の集落のように。

 少女は以前のように周りの人を鼓舞する。自覚なく包み込む笑顔は周囲の状況を好転させる。興味だけでトレザの散策も始めた。

 少女個人の願いを尋ねると「水が欲しい」これは個人の願いというより、民の願いを代表したものだ。

 すぐに水脈に働き掛け、井戸から以前のように水が湧き出す。しかし、それでも少女は水を運ぶ。

「美味しい水が飲みたいの」

 それは洞窟の湧水で、特に美味と感じるらしい。トレザの民が困らぬ位置を確認し、湖を造る。水脈は洞窟と同じだ。少女は喜んだ。そして名乗る「サラ」と。

 人を美しいと感じたのは初めてで、喜びを向けられれば誇らしく ある。しかし時間と老いがラージャの心に刺さる。

 サラに願いを尋ねれば、必ず周りの事だ。しかし達成すればサラは我が事のように喜ぶ。

 サラを誰より喜ばせたい。

 そして、失いたくない。


「ラージャは骸を探しに行って嫁を見付けたと 当時のわたくしたちの間では賑わっていたんだよ」

「クウもサラを美しいと言ったではないか」

「そうだね。誰もが惚れてしまうよ。心の強い美しさと同じく姿も美しい」

 サラを誉められて、ラージャも笑う。


 結局 骸の『気』はごく僅かで、山脈やまなみ全体に広がっている為に見付ける事はできなかった。ヒムロの誕生に合わせ、僅かな骸の『気』は新しく誕生する龍に集まった。真っ白な身体に燃えるような青いたてがみの龍が再現されて産まれたかのような真っ白なヒムロ。しかし幼体で解りづらいがヒムロの鬣はいずれ赤くなる。

 それに骸の『気』は、山脈やまなみにまだ残っていた。

 トレザの民に朝の洞窟を見せた事で、民が望んだ新たな望みが洞窟に集まり、アヤメの『気』には山脈に残っていたむくろの『気』が全て集まった。いくら濃く龍の血を受け継いでいる とはいえ、一人の人の子供。その『気』だけで竜の誕生は不自然だ。


 大領地テルシアを焼き付くした龍が、チヌの魂に受け継がれた。そう考えて良いだろう。


 クウは拾い残していた涙を1粒手にチヌに近付く。

「少々強引な手段になるけどね、君と直接話せる機会を失うつもりは無いんだよ」

 チヌが嫌がっても涙を口に放り込むつもりでいたクウは拍子抜けた顔になる。チヌがみずから口に入れたのだ。

 目を細めて呑み込んだ後、「ふう」と声を出す。


「クウの助けが無ければ、記憶も曖昧あいまいじゃったろう。わしも伝える事はあるのじゃ」

「覚えていたのだね、わたくしを。嬉しいよ」

「しかし珍妙ちんみょうな体じゃのう。人の子には悪いが、この姿は落ち着かぬ。ラージャだったか、わしを探してくれた龍じゃな。もう少し力を貸せ」

「何をすれば良い?」

「身体の一部を寄越せ」

「わかった」

 ラージャは躊躇ためらわずに自分の母指を切り落としてチヌに喰わせる。

「別に指でなくとも良かったのじゃが、これだけ有れば充分じゃな」

 髪の毛でも良かったと 後から言われ、指も生えるとは応じたが、先に知りたかったとも呟いた。実際に切れば龍でも かなり痛みはある。当然、生えてくる迄は不便だ。


 チヌの体が白く光り、その形は人に変化する。空のような青い髪、夜空のような深い青の瞳。チヌの姿はかつて大領地テルシアを焼き付くした龍の姿になった。見た目の年齢はラージャと変わらない。


「ラージャ、知らぬ事は後悔を作る。知らぬなら思考し 尋ね、熟考するべきじゃ」

「……耳にも痛い」

 言われて見れば、今 指を切った事だけではない。何も考えずに相手の意志を受け止めれば痛い思いをするものだ。セトラナダの契約のように。

「誰かを巻き込む大事になった所で、何も変わっとらんな。ラージャはもう少し考えると良い。浅い思考に呆れるのじゃが」

 クウの涙とラージャの指を喰った事で、二柱ふたりの記憶は鮮やかになったと言う。しかし自分自身が何故、心を残していたのかボンヤリして思い出せないらしい。


「君がテルシアと共に領地を繁栄させたのは、覚えているかな?わたくしも素晴らしい領地だと思ったのだよ。真似をしてセトラナダに水路を拡げると言ったら、君は喜んでくれたよね」

「ああテルシア。懐かしい。わしに親しんだテルシアが、周りに恩恵を拡げる様は爽快じゃった。領地が豊かになり、集まる人もまた豊かに成っていく。人の理想だと思ったものじゃ」

「声を遠くまで伝える技術も、テルシアの真似をさせて貰ったのだよ。覚えているかい?」

「おお、あの技術はテルシアの声を領地テルシアの民に届けるに役立っておったのう」

何故なぜ焼いた?」

「ラージャ、わしはこよなく人を愛しておるのじゃ。人は転生するじゃろう、ほころび始めた恩恵は、やがて呪いにもなるのじゃよ」

「転生できるから、民を焼き付くしたのか?」

「それも あるじゃろうな。呪いで民が苦しむ前にほふっただけじゃ」

 深く青い瞳が何を見つめるのか、残していた「心」を探すように ゆっくり部屋を見回す。

 部屋を歩いて

「ここはセトラナダでは無いが、王の城なのは何故じゃ?」

 クウが望む「未来」を造り出す為に、商人の力を借りて建てた経緯を話す。

「そうじゃな、クウは その商人を何処どこまで面倒見るつもりじゃろうか」

「人の生涯は短いからね、天命をまっとうするまで だよ」

テルシアのように ならなければ良いが」

「大丈夫だと思うのだよね。ルフトは仕事を他人に任せるのも上手いのだよ。テルシアのように有能で、独りで何もかも やっている訳じゃないのだよ。だいたいわたくしは焼かないよ」

 クウはルフトが死んだ後に権力争いは無いと言い切る。個々の仕事が独立するだけで、成立するらしい。

「テルシアは有能だったか……そうやもしれぬ。他人に頼られるが、全てを独りでこなし他人に頼る事がなかったようじゃな」


 大領地テルシアなのか人のテルシアなのか。「心」が残ったのは大勢の人と同時に大領地を焼き付くした事なのか。熟考せよと言われたばかりのラージャは、まず考える。

 ただ、興味がない民の命に心を残すとは考えられない。民の命に輪廻転生を望んで焼いたなら、心残りも無いと感じる。何しろ「気掛かり」になる「人」を焼き付くしているのだから。


いくつか尋ねても良いだろうか。わたしは長い事 探したが、何処に骸があったのか。それと 何に心を残していたのか」

わしの骸じゃな。先に喰ったラージャの指程に小さくなったのじゃがのう。わしの『気』を喰らいに地脈が暴れおったじゃろう?何処どこぞの亀裂に深く挟まっておった」

「小さ過ぎではないか?」

ラージャは切り落として無くなった自分の母指を見る。こんなに小さな骸に集まった大地の『気』が、あの山脈だ。

「当時のわしは、今のラージャより大きかったからのう。大きなままで骸になれば、集まる『気』は膨大じゃろうて、あの山脈より遥かに大きくなり、活火山と化し 更に周囲を焼き払ったじゃろうのう」

 当然、トレザやタタジクも残らない。周辺の集落も呆気なく全滅しただろうし、セトラナダも安全とは考えられない。

「しかし、せっかく小さくなったのに ちと予想以上に地脈が暴れおったのう。この程度の小山で済むと思っていたのじゃ」

目の高さに手を水平に上げ、このぐらい と話す。予想していた規模が桁違いで、驚いた と。


「本気でそう考えていたのか」

「まあ、この城ぐらいには なるやもと思っていたのじゃ。ことわりあらがうと、ろくな結果にならぬ」

 虫程に小さくなった龍の『気』が及ぼす影響は、こんなに大きくなると思っていなかったのは 本当らしい。


「そろそろ君の心が残った理由を思い出したのだよね。テルシアは関係してるのかい?。やはり過ぎた恩恵は呪いにも等しい、それの事ではないかとわたくしは思うのだよ」

「クウは聡明じゃのう。わしは人の願いを聞き、叶え、喜べば良いと考えておったからのう」


 心残りの原因に思い当たり、深くため息をつく。


「過ぎた恩恵。領地テルシアわしか、又は他の龍を無くして立ち行かぬ領地となった。知っていながらにしてヤハ (赤い龍の子供)をほふったのじゃ。ヤハの助け無しでは立ち行かぬ。わしは後に呪われた領地テルシアとなる前に焼き消したのじゃよ」

わたくしは素晴らしい領地だと思ったのだよ。何故なぜ呪われた領地と感じたのか、教えて欲しいよ」

テルシアが天寿を全うした後は、わしとヤハが領地を治める形となったのじゃ。テルシアは有能と言うが、誠にその通り。継げる者が無かった。人の手に余る技術にありながら、民は甘んじて欲だけが膨れおった」

おのれの欲を満たす過程は?」

「無いに等しい。わしが甘やかした結果じゃろう。人はその環境を当然と思えば 恩恵すら有るのが当然と思えてしまう、可愛い生き物じゃ」

「ただ愚かなだけではないか」

「愚かなりにいとおしく思っておった。今でも愛おしい。それが苦しんでいると思うと、わしが何とかせねばと思うたのじゃよ」

「どうしたいんだ?地殻変動を起す程に、何を望んでいるのだ」

「テルシアと出会う前に、わしは ある遊牧民族と共に居た。自由に大地を走り、自然の恵みと共に生きる民族じゃ。彼らの存在が愛おしく、わしも好かれておった」

「素晴らしいではないか。何を悔いているのだ?」

「彼らが望み、わしあたえた力は 過ぎた力となった」

「君を崇拝し、君の名を民族の総称として誇り高く生きているのではなかったかな。今も変わらぬと思うよ」

「ラージャはわしの名を知っているかのう」

「……ヌッタ」

「彼らに能えた力はわしのような龍の力じゃ。ほんの僅かとは言え、人の身体に過ぎた力じゃて。ごく短命となってしまったのじゃ」

「そのようだな。伴って来たシュラも短命だ」

わしが顕現するに充分な条件と思ったのじゃよ。アヤメとシュラじゃったか、故郷セトラナダとヌッタの民が近しい存在じゃからのう」

「短命となった事がヌッタの呪いか」

わしは、呪いになってしまったと思うとる」

「シュラに聞いてみれば良かろう」

「いや、ラージャに託せるかのう」

「ヌッタの呪いの後始末をわたしにさせるのか?」

「いや、シュラの生き方はラージャに見せて貰ったじゃろう。相も変わらず誇り高き民族じゃ、善き方向に導いて欲しい」

ヌッタは、天へ還れるのかい?それならばわたくしは喜んで見送るよ」

「おい待て待て。わたしは納得できぬぞ」

「何を言うておるラージャ。シュラにぎょくを授けたではないか」

「シュラ個人の命で、ヌッタの民を背負う意志はない」

「おや、ラージャはぎょくを持ったのだね。おめでとう、立派な大柱おとなになれた証だよ。わたくしは嬉しいよ」

「トレザの民から大きな力を得た。シュラには働いて貰う」

「ラージャ、トレザには他のヌッタも集まるじゃろう。もう残されたヌッタは少ない。わしが愛する我が子に会えば、きっと天へ還る機会を失くす。まだ若いラージャにヌッタを託したいのじゃ」


 ヌッタが愛おしい。その『気』に触れれば、あらゆる感情に呑まれてしまうと言う。求められるままにあたえた力が 短命にしてしまった事を、悔いているのだ。

 コツンと音を立てて深い青の宝石がヌッタの足元に落ちる。


「ラージャ、わたくしもシュラ達の事は協力するよ。ヌッタを見送ってあげないか」

「かなり責任が重いと感じるのだが……地殻変動も困るのでな。ヌッタに聞いておきたい。チヌも天へ還るのだろうか」

「ああ、この面妖な竜じゃな。わしの魂を使って形を成したが、アヤメの『気』で育ち始めておる。誕生してからの記憶ごと、変わらぬままチヌは残る筈じゃよ」

「チヌが残るのなら、安心した。これでも戦力なのだ」

「もう小さく、天に迎えられるかわからぬが。こうして再び意志を持ち、思い残す事も解消された今は ただ天へ還りたいと願う」


 深い青の宝石をゆっくり拾い上げたラージャが


わたしは、だ龍を天へ見送った覚えが無い。どのように見送れば良い?」

「独りでも天へ還れるのだよね。しかしわたくしは祝福と共に見送りたいと思っているのだよ」

「成る程 納得した。祝福して見送ろう」

「誇り高き民族に愛され、大領地を造り出す人と共に在ったヌッタが、真っ直ぐ天へ迎え入れられるよう。伝え残した事は無いかい?」

 クウは踊るように両腕を高く上げ、

「ヌッタがわたくしを覚えていてくれた事が嬉しいよ」

 室内に光が降り広がる。


「ラージャは、素直じゃ。しかし もっと考える事を大事にせよ」

「わかった。しかと考える事にする」

ラージャはヌッタの目をじっと見て、助言を心にしまう。

「クウに見送られるなら、天は迎えてくれるじゃろう。短い時間じゃったがな、わしはとても満たされた」

わたくしも、ヌッタを案じていた虚ろな時間まで満たされたよ」

クウはヌッタに抱き付いて、胸に顔を埋めてから眩しい笑顔で見上げる。

わしに似たうろこを持つヒムロも、珍妙なチヌも、わしが消えた所で何も影響無い。『個』として別の生き物じゃ」

「安心した。どちらも大切なわたしの子だ。ヌッタと共に天へ還ってはわたしがどうなってしまうかわからぬ」

「案ずるな。ラージャの指を喰う前は、わしの自我さえ無いも同然じゃった。何もかも、全てが元通りじゃよ」


 室内が光に満たされた。ヌッタの姿は一度小さな龍の姿に変わる。そこから落ちるようにしてチヌの姿に変わると、中から小さな白い龍だけが光に乗って天へ向かって行った。燃えるような青いたてがみ、光に溶けるような白さ、どんなに小さくても その龍の美しさは本物だ。

 室内が元の明るさに戻ると、クウの足元に黒い宝石が一つ落ちた。


「やはり、お別れは寂しいものだよ。でも、ヌッタの魂は天へ還れたよ」

「うむ。わたしには衝撃と重責ばかり残ったが、見送るのが こういう事だと思うと寂しくもある」


 ヌッタの民が龍の力を持つ事で短命ならば、その力を手離せば平均の人と同じ様な寿命を得られる。ただ シュラの力は、今は必要なのだ。

 セトラナダの事が解決した後に、トレザでヌッタの民が戻るのを待って考えよう。

 量は少ないが、トレザでも酒を作り始めた。クウも喜んでトレザに向かうと言う。


 セトラナダの王ヘルラはラージャだけでなく民衆をも苦しめている。決戦は静かに始められている。

 








龍の骸と呼ばれつつ、息づいてる事にしようと思ったら

おや?昇天なさってしまいました。


前にチョロっと出て、今回は少し話して昇天した龍の名がヌッタ。へえ、活躍しないで逝っちゃうんだ。


確かに、キャラが増えても困るけどね。

キャラクターに遊ばれてる気分だわ。


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