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龍の居る世界     作者: 子萩丸
3/59

始祖

楽しみにしてくださって、本当に有難うございます。

何度も読み返して、誤字脱字を減らしたつもりですが、きっとまだ出てくるでしょう。

誤字脱字をご指摘いただきましたさいは、赤っ恥にもめげず続きを書きつつ精進していく所存です。


どうぞ、ごゆっくりお楽しみください。

 が登り始めるとユタはぐに森に向かう。昨夜は子供達と遅い時間までヒムロ様の事を話し込んでいたが、実はそのあとも眠る事が出来ずにいたのだ。多分、興奮していたのだろう。一睡も出来ずに朝を迎えた。


 暫く続いていた豪雨の 被害や、病人が出て無いか確認して欲しい事をリリと子供達に伝えてある。ヒムロ様は明日の朝と言ったが、時間の約束はしていない。例え一日中待ったとしても、三十年以上探していた相手に会えるのだ、大した時間は感じない。


 朝露あさつゆ朝陽あさひ反射はんしゃして一面とても幻想的に光を放っている。早起きして外を歩くのも良いものだ、と思いながら森に近付けば、サワサワと草が別れて目的地迄もくてきちまで迷わず行けるよう道が出来る。

 別れた草の朝露がキラキラ光ってこれから進む道が眩しく見える。


「オサ、早い到着だな。」

 ヒムロが洞窟の入口で待っている。

 早すぎる出発で、すぐには会えないだろうと思っていたユタは、素直に嬉しかった。

 昨日のように案内されるが、朝陽が射し込んでいる為に足元は明るい。暖かい服装なのと妙に明るくなった洞窟に足も軽く、直ぐに氷柱の氷室に着いた。


 眩しい位の明るさに驚くが、更に驚いたのは氷柱の空間に入り込む朝陽が幻想的な宮殿を思わせる事だ。虹色に輝く氷柱の空間は、まるで神々の住まう所のようにも感じる。ユタは純粋に今の景色に感動する。

「今の時間は綺麗じゃろ?私はこの時間が大好きなのだよ。」

 気持ち良さそうに大きく伸びをしたヒムロはグングン姿を変えて、とても大きな白い蛇になる。やはり一つ一つのうろこに反射する光が虹色で美しい。

「オサ、今わたしの事を蛇だと思ったな?」

 確かに大蛇にしか見えない。ユタは正直に

「大蛇様に見えますが」

と応えると、

「様って付けても蛇だが」

 そう言いながら大きな頭がユタに近付く。

 白い大蛇は頭だけでもユタの胸の高さ程あり、流石さすがに怖い。いきなり蛇と言われて怒ったヒムロに丸飲みにされるのかと一瞬で覚悟を決めたが、ヒムロの真っ赤な左目がユタの目の前に来て止まり、

「ここにつのが有るじゃろ?」

 確かに、頭部の後ろに角らしきコブが二つある。ユタはコブをさすりながら

「立派なつの (になりそう)ですね」

「そう、そのうち立派な角になるのだよ。角がちゃんと伸びれば龍らしくなろう」

 虹色に輝く鱗がだんだん白い輝きになって来る。周りを見回せば氷柱も元の白い氷室に戻ったが、まだ空間は明るい。

「綺麗だったじゃろ?」

 少女の姿に戻ったヒムロは自慢気に笑う。

 大蛇の姿も輝く鱗に包まれる姿が美しいとも思ったが、少々怖かった。しかし虹色に輝く空間には感動した。

 それはそれは、とても素晴らしい景色だった。


 キンッと硬い音がする方を見るとヒムロの母神が居る氷柱の前に、光沢のある青いころもの男性が両手を上げて何か言っている。

父者ちちじゃだよ」

 言いながら歩いて行くヒムロにユタも続く。近付けば、父神が何か言っているのが解る。

 ヒムロの衣装と同じ様な形の衣装だ。袖の形が四角に見えて珍しい。橙色の髪を一本も乱さないように頭の後ろに一つにまとめ、やはり青い布でまとめられている。

母者ははじゃが氷から出る儀式をしているのだ。早く着いたのだからオサも一緒に見てるが良い」

 先程の奇跡のような光景に感動したばかりだが、更に驚きの儀式を間近で拝めるとは、まさにユタは感無量である。感激で口元が緩んで居る事など全く気付かずに、ヒムロの隣という特等席で夢でも見るような顔で座って儀式を見上げる。


 歌うように祝詞のりとをあげるのに合わせてキンと澄んだ音が何度も繋がり、曲になっているように聞こえる。氷の中の女性は祝詞に合わせてゆったりと踊るように動く。優しげな表情なのは離れていても、良く解る。

 ユタは目の前で起きている事を心に焼き付けるようにまばたきすら忘れてじっと見つめた。

 この現実を、共に生きる民の全てに伝えたい。ヒムロが嵐の中で舞っていた姿も、この氷柱の中で揺らめくように舞う母神の姿も、あます事無く伝えられるように全身で見て全身で聞く。

 祝詞の声は歌声のようになり、氷がたてる音はピシピシと小刻みになって来ると母神はゆったりとした動きで回り始める。

 やがて祝詞が終わると、母神の氷柱だけがが真っ白になり、細かい雪が舞い始めた。氷室の中で雪とは……その直後、氷柱が音も無く崩れた。


 他の氷柱は全く崩れる事は無く、母神の氷柱だけが消えるように崩れて雪になったのだ。ドキっとしたユタは片膝を立て、白く積み上がった雪に近付く体制を取るが、父神が優雅に積み上がった雪に手を差し伸べると、フワッと雪だけが舞い上がり、氷室の中は静かに雪が降り始める。手を差し伸べた先には母神がひざまづいて父神の手を取る。

 父神の隣に寄り添うように立ち上がり、二人が同時にヒムロとユタの方ヘ向きを変える。


 まだ雪が降り続ける中で、二人はヒムロ達に向かって歩いて来る。ユタはまだ夢を見ているような顔で優雅に近付く二人に膝立ちのまま見とれていた。


「見届けたか、トレザのたみおさ

 ヒムロの父神が気さくに声を掛けてくる。

 ハッとして、我にかえったユタは言葉が見付からず挙動不審な程にその場で狼狽うろたえる。

「カハハハ、父者にいきなり声を掛けられても困るじゃろ」

 ヒムロがユタに、息を吸って吐いてとなだめる。無理もないだろう、神々から声を掛けられる経験をしている人など少ない。勿論、ユタは始めてだと思って居ると

「私も龍神なのだが」と、ヒムロがユタの視界に入ろうとピョンピョン跳び跳ねる。

「ヒムロ様をないがしろにしようとは思いませんが、何しろ子供の頃からずっとおしたいしていた方ですから……」

「そう固くなるな、トレザの長。わたしの名はラ-と言う。こちらは妻のサラだ。」青い衣の男性が言いながら腰をおろすと

「ユタと呼べば良いかしら、それともオサ?」

 サラはユタに微笑みかけながら、ラ-の隣に腰をおろす。

「あの、おさは変わりますが、ユタという名は変わりません。出来ればユタと呼んで頂きたく思います」

「ならばユタよ、トレザの民について聞きたい。戦いは好むか?」

 ラ-は穏やかな眼差しで訪ねるが

「とんでもない」

 ユタの表情はけわしくなる。

「そう怖い顔をするな、近々ここに兵士が来るので、蹴散らしたい者がれば同行させようと思っただけだ」

 かなり物騒ぶっそうな話しを、まるで畑仕事にでも行くように話す。

 ユタの隣では、さっきからブツブツ言ってたヒムロが

「父者がラ-ならば、ラ-ジャでも良いか?」

「好きに呼べば良かろう」

 ヒムロは名前を作るのが好きなのだろうか、余り気に止めて無い様子でラ-ジャは話しを続ける。

「この山を降りた所にはタタジクという街が有ってな、ここ数年は井戸水も減って居ると困っておるのだが、ここ迄わざわざ水を捕りに来るのでな」

「湖の水を少し、街まで流して差し上げようと思うのよ」

「先発隊の百人ほどは既に登山を始めたが、後からまだ数百の兵士が続いて来るようだぞ」

 兵士が来るとか湖の水を街まで流すなんて、ユタには全く想像できない。ユタはまだ山を降りた事が無いのだ。


 広い砂漠や知らない街がどんな所なのか、数少ない旅人から得る情報だけでは神々の起こそうとする計画があまりにも理解できない。


「そうだな、先ずはこの土地が出来た頃からさかのぼって話すか」


 ラ-ジャが思い出すように話しを始める。


 数百年前の事。地殻変動が起こり、この辺り一面が隆起りゅうきした。

 数年間に及ぶ地震や噴火による災害、地震が落ち着いた頃には、すっかり隆起した大地も山脈として落ち着いたが、平地からいきなり盛り上った土地に住んでいた者は、険しい崖ばかりに往来出来ていた道も失って孤立してしまったのだそうだ。

 

 世界に砂漠化が始まったのも、その頃だと言う。


 隆起したこの地に生き残った人々で、生活を始めた。大変な災害を体験した後でもたくましく生きる人々の姿に興味を持ったラ-ジャは、その中でも一際ひときわ美しく、甲斐甲斐かいがいしく働くサラに好意を持った。その頃のサラは、まだ十代半ばの大人でもあり子供でもある年頃だったらしい。

 特にラ-ジャ自身は龍神だと隠す事もせずに、人々の仕事を教わり手伝う。

「例えば、どのような仕事をなさったのですか?」

 ユタの質問にラ-ジャは少し考えて

水溜みずたまりを作ったな」

「湖の事ですわ」クスっと笑ってサラが付け足す。

「硬い岩ばかりで、新しく井戸を作るのも大変だったのですよ」

「いつでも好きなだけ水が手に入るように、手伝ったのだ」

「湖の恩恵おんけいは、今も有り難く民をうるおしております」

 ユタは質問に答えて貰えた事と湖を造り出す偉大さに、何とか返事をする。


 湖を造り、人々が住みやすいように森を切り開き、畑を作り耕して、人のように過ごすうちにラ-ジャが思うより早く人が老いる事を知る。遠くで見ているだけなら気にならなかっただろうが、特にサラが女性らしく綺麗になって行くうちに、先立たれたくないという想いが強くなったそうだ。

 サラもラ-ジャより早く年を取って、いずれ看取られるのを辛いと感じる程、お互いの存在が大切と感じるようになっていた。

 

 いつしか、周りの人々もそれに気付く。そして誰もがサラが人柱ひとばしらとしてラ-ジャと生きる事を心から祝福し、当時の民が皆で祝ってくれたのだと聞かされてユタは驚いた。

 そもそもユタの世代では、人柱の解釈かいしゃくゆがんでいるのだ。

 死罪に等しい罪人が人柱になると、ずっと信じていた。

「嘆かわしいな、誤釈ごしゃくにも程があるぞ。罪人等が柱になるとは。そもそも神としての素質が無い者を柱とするな」

「何だかまるで、生けにえですわ。みずから望まぬような者は柱として相応ふさわしくありませんでしょうし、気の毒ではありませんか」

 柱とは神々を数える時にも使われる言葉でもある(今はラ-ジャ、サラ、ヒムロの三柱みはしら)。いつ頃から解釈が変わったのか解らないが、確かに罪人に任せたい事では無い。まして死罪の罪人になんて任せたくも無い。

「だけどね、わたくしも家族や友人が年老いて行くのは辛かったのですよ」

 

 当時の記憶をサラがユタの思考に直接送り込む。


 まだ地震が起こるなんて想像しなかった頃。サラの家は大きな街タタジクに続く街道まで程近く、たまに通る馬車を遠くから見るのがサラの楽しみだった。街道沿いには宿屋もあり、サラの家では複数の宿屋に野菜や肉を届ける仕事をしていた。

 たまにタタジクまで野菜や肉を売りに行く事もあった。

 サラの家族は多く、両親と兄と弟、そして生まれたばかりの小さな妹が居て、サラは特に妹を可愛がっていた。他に父親の両親と父親の兄弟も、兄弟のお嫁さん達もその子供達も住んでいたし、住込みで働く者や働きに来る者も居た。常に総勢二十人は軽く越える。

 家畜の世話や畑仕事があるので、毎日朝は早いがとても賑やかだった。

 野菜の収穫期が近付くと大勢の家族でも人手が足りなくなる程仕事が増える。タタジクの街にも収穫した野菜と同時に肉も運ぶので、その時は肉も傷まないように燻製にする。仕事は毎日山のようにある。

 収穫した野菜は綺麗に洗い、傷まないようにまとめる。

 タタジクに運ぶ荷物がまとまると、翌日には朝早くから街に向かうと決まった。その夜は家族揃った夕食が、いつもより豪華だ。街で仕入れて来る予定の麦や布地、他に欲しいお土産を留守番の皆が口にする。サラは小さな妹と遊べる質素しっそな人形が欲しいと思ったので「お人形」と言っておいた。

 翌朝、タタジクに向かうのは力強い男性六人だ。サラの祖父と父親、父親の兄と弟、住込みで働く者が二人。荷車に野菜と燻製を積み上げて、一人は荷車を引き、一人が押す。他の四人は荷車の車輪がつかえた時や坂道で押すのを手伝ったり、周りを警戒したり(獣や盗賊)、六人が順番で一人づつ荷車の上で仮眠を取りながら街まで休まずに行くのだそうだ。


 準備が出来ると朝早くから家族総出で街道まで見送る。本当はサラも行ってみたかったと言うと、次の収穫が終わったら兄が行くからお土産を楽しみにしてろと言われる。

 大仕事の後は、残った家族一同後片付けを済ませて、皆が早く休む。サラはその晩、母親と一緒に眠るまで話しを聞いた。実は母親は以前、荷車でタタジクの街まで行った事があったそうだ。

「もう順番で休むにしても、動いてる荷車の上だから、ガタガタ揺れてとても眠れなかったのよ」

 折角せっかくタタジクの街に着いても、街ではずっと寝てただけで帰りの日になってしまい、何も見られなかったと悔しそうにするのが可笑しくて笑うと、母親もケラケラ笑う。

 帰りもまた、順番で荷車の上で仮眠を取ったが、とにかく揺れて大変だったので、出来る人に任せるのが一番よと、サラは器量が良いからタタジクにお嫁に行けるかもね、などと話しを聞きながら眠る。小さな妹はそんな対話を寝ながら聞いているのだろうかと思いながら。


 サラは何故なぜか動く荷馬車の上で眠っていた。あまりガタゴト揺れるので、眠る体制を変えようと動いた途端に目が覚めた。荷馬車に乗っている夢を見たのは、母親の話しを聞いて眠ったせいだろう。しかし、まだ夢の続きなのだろうか?部屋全体が揺れている。隣で眠る小さな妹の先で眠っている母親も目を覚ました。

「地震かしら、外に出ないと」

 不安そうに言う母親と小さな妹を連れて外へ出ると、他の家族も出てきた。大きな揺れはとても長く感じたが、皆が集まる頃には収まった。

 間もなく朝になるし、少し早いが各々の仕事に向かう。

 皆が作業を始めた頃に、次の揺れが来た。


 普段ならば皆で揃って食べる朝食は、その日は各々で済ませて地震の後始末を始める。サラは宿屋の様子を聞いて来るように言われて急いで宿屋に向かう。


 宿屋に着くと、ちょうど客がタタジクに戻る馬車が出る所だった。馬車の客に、家族が街に向かって居るから無事を知りたいと伝えると、ぐに了承して貰えた。街道をしばらく一緒に歩きながら、家族の特徴を伝えた。少し先を進む馬車がガタッと大きな音を立てたので、サラと客は馬車の所まで走る。

 街道の真ん中には亀裂きれつが入っていた。さっきの地震で出来たのだろうか、少し高さも違う。客には、そこからは馬車で急いで街に向かってもらう。

 馬車を見送ってから亀裂を見ている時に、また揺れがあった。ぐに止んだが、気のせいか亀裂の段差が少し大きくなったように感じて、怖くなって急いで帰る。

 家に戻り、母親ヘ街道に亀裂があった事を話す。

「父さん達、無事かなぁ」

 遠くへ行った家族が心配になって言葉にすると、涙が出た。

「大丈夫、何があってもいつも通りに帰って来るよ」

 サラは母親の言葉を信じて普段通りに家の手伝いをした。いや、普段よりも色々と手伝った。

 それから何度も揺れを感じたが、そのたびに近くに居る人を励ました。本当はサラ自身も不安だったし怖かった。だけど、誰かを勇気付ける事で自分自身にも勇気が湧いて来るように感じたのだ。

 二日ほど過ぎた昼過ぎに馬車が街道で立往生たちおうじょうしていると聞いて手の空いた家族皆でけ付けると、街へ行っていたサラの父親と祖父が居た。

 馬車に乗って急いで帰って来たそうだ。

 以前いぜん見た亀裂は膝の高さ位の段差になっていて、とても馬車では越えられそうにない。祖父が馬車から麦のたわらを1つ出す。

「男二人、タタジクまで来い」

 父親と祖父の話しでは、馬車に出会えたのはタタジクに着いたばかりだったそうだ。野菜や燻製と引き換えた他の荷物は今、四人で此方こちらに向かって居るはずだ。

 移動中にも揺れは有ったが、動いていたせいかこんなに酷く感じなかったらしい。サラが宿屋で地震に合った人に馬車を手配して貰えた為、急いで祖父とサラの父親が先に帰って来る事が出来たが、街に残った四人で仕入れを済ませて荷車を引いて来る手筈てはずになっている。

 馬車に乗り込む前に父親がサラに手渡したのは、豪華な人形だった。

「サラに早く渡してやりたかったんだ」

 思っていたのと違う。妹と遊んだら、すぐに汚れてしまう。じわりと潤んだ目で父親を見上げると

「心配するな、すぐに皆で帰って来るぞ」多分、涙の意味合いを勘違いしているが、サラは否定しなかった。

 タタジクに向かう他の二人も馬車に乗り込むと、すぐに街へ向かった。

 

 取り敢えず農具を使い、数人で街道の段差をらし、荷車や馬車が通れるようにする。揺れる度に段差は広がるようで、畑仕事の他にも街道を慣らすのが日課に加わった。


 二日後には荷車を引いた八人の家族も無事に帰ったが、住居が倒壊して住む場所を失う人々が増えて来る。


 幸いサラの家や宿屋はまだ倒壊の心配も無く、サラの家では倉庫に使う建物を提供し、宿屋もそれぞれ部屋を提供し、皆で壊れた家を直す。

 

 揺れは相変わらず続いている為に、新しく建てる家は皆で頑丈な造りにする。何軒もの建物を直したり、畑の作業もある中で、サラも皆の仕事を見て覚え、自分の出来る事に力をそそぐ。

 倉庫の住人も家が直れば居なくなる。長く続いている揺れに、さすがにサラ達の家も歪み、修復する。同じ頃には宿屋も普通の大きさの家に建て直していた。


 住居の修復や手伝いで段差の出来た街道付近の様子を暫く見に行っていなかったが、周囲ごと崖崩れがおきて、簡単に通れる状態ではなくなっている。


 サラは麦を育ててみようと家族に言ってみたが、粉にして食べる方を優先しろと言われてしまう。だけど母親は麦も収穫出来れば今後またタタジクへ行けた時に別の物も仕入れられるとサラの意見を押し切ってくれた。しかも、今は街道が使えない。

 畑では麦も育てる事に決まった。後々、全てを粉にしなかった事が吉となる。


 地震は二年以上続いた。

 すっかり揺れを感じなくなった頃には、街へ行来いきき出来る街道も、険しい絶壁になってしまった。当然、タタジクとの往来おうらいも無い。トレザの周りの景色も変わった。トレザの街道をタタジクと反対方向に進める道は、更に高く険しい山になっていた。遠くに見える山では噴火が起きていたようで、時々火山灰が降る事もあった為、畑の被害も大変だった。それでも生まれたばかりだった妹は元気に育っている。

 

 サラはその頃、森で果物の採取をしながら氷の洞窟を見付ける。昼過ぎには洞窟の奥は暗くなってしまうが、冷たい湧水がとても美味しい。それからは森に向かえば洞窟でひと休みするようになった。

 地震がおさまる前から井戸の水は何処どこも枯れてしまい、皆が川まで水を汲みに行くようになったので、水も貴重だ。サラは水筒にも水をいっぱいにして帰る。

 大人達は新しく井戸を掘り下げるが、なかなか作業は進まないらしい。


 トレザの人々だけで自給自足は出来るが贅沢品はあまり無い。サラの豪華な人形は、汚れないように大事に飾ってあるが、妹が良く人形を見詰めているのは知っていた。


 大人達が、龍神様に話し掛けられたと度々聞くようになってから晴天が続き、川の水かさが減ってきている。


 サラは大きなたらいを二つ持ち、氷の洞窟から水を運ぶ事にした。

 朝の畑仕事が終わると、水を汲みに行くのが日課になった。

 いつものように重たい盥を運んでいると、龍神が声を掛けてきた。

「何がしたいのだ?」

「見れば解るでしょ?水を運んでいるの」馬鹿にされているような気がして、返事だけして通りすぎようとすると

何故なぜ水を運ぶのだ」と着いてくる。

「水が必要だからよ」着いてくるなとは言わずにサラは早足になる。

「水が有れば良いのか?」

「当たり前でしょ?井戸は枯れたし、川の水だって少なくなっているのよ」振り向いて、声を荒げて言うと、走って家まで帰った。

 次の日も盥を持って森へ向かうと龍神が居て

「娘、井戸は全て水脈すいみゃくに繋げたぞ。水ならば井戸へ行くといい」

言われて井戸へ向かうが、暫く使っていなかった井戸には汲み上げるのに丁度ちょうど良いおけは無く、その日は森で水を汲んで帰る。昼過ぎには井戸の桶とつながトレザの職人達の手で新しく用意されていて、皆が喜んでいた。

 久しぶりに井戸の水を飲んだサラは、やはり洞窟の水の方が美味しいと思い、翌日も森へ向かう。

「水が有れば良いのではなかったか?」

声を掛けて来るのは龍神だ。

「洞窟の水は美味しいのよ。」

 サラは洞窟の場所をあまり大勢に教える気は無いが、美味しい水が飲める人は増えると良いと思っていると伝えて森へ行く。

「私はラ-と言う。娘は何がしたい?」

何故か着いてくる。初めて会った時と同じ質問だが、何がしたいかいきなり聞かれても困る。地震が酷かった頃から具合が悪い祖母に元気になって欲しいとか、家族がいつまでも賑やかであって欲しいとか、洞窟の水を皆に飲ませてあげたいとか、思い付く事を伝えると

「娘自身は何がしたい?」

「よく解らないわ」笑って応える。

「そうか」そう言って何処かへ行った。

 ラ-はそれから数日間はサラの前には来なかったが、サラ自身は何をしたいのか、ずっと考えていた。そういえば、豪華な人形の服と同じ服を着てみたいと思った事はあるが、タタジクの街まで行くことが出来ないから無理だと諦めたのは、随分ずいぶん前の事だ。

 ある夜遅く、地震の揺れを感じて目を覚ましたが,気のせいだったのか皆が眠っているので、朝まで眠り直す。

 翌朝、畑の仕事が終わるとラ-が来て

「洞窟の水脈を引いたのだが、見に来るか?」

家族は龍神様のお誘いを断るなと,皆でサラを送り出すのでラ-に着いていく。

何時いつももと逆であるな」嬉しそうにラ-が話し掛けるが、サラは『何をしたい』か聞かれるのが嫌であまり話しをせずに着いていくと、湖が出来ていた。

「洞窟の水脈と同じものを溜めた。味見してみるか?」

サラは手にすくい、口をつける。

「美味しい」

「そうだろう」ラ-が胸を張って嬉しそうに言う。

「一晩で湖を作ったの?」

「勿論だと言いたいが、土地の者達と話し合ってこの場所に決めるまで何日もかけてしまったな」だが結局、作業したのは昨夜だけで、数日間は大人達と湖の場所を話し合っていたのだそうだ。

「すごい……、ラ-あなた、すごいのね」サラの尊敬の眼差まなざしに満面まんめんの笑顔でラ-が応える。

「まあ、当然だな。して、娘は……」

「ちょっと待って」サラがさえぎる。

「何をしたいかって言う時の顔をしてるわ、聞かれても困るの」

「困らせていたのか?」ラ-は思いがけない顔になり

「すまなかった」サラに頭を下げる

「謝られても困るんだけど……」神に頭を下げられたら、きっと誰でも困る。

「では私はどうすれば娘を喜ばせられるかたずねる」

「私は……幸せよ。だってこの湖、みんな喜ぶと思わない?それと、サラよ私の名前。サラって呼んで」狼狽うろたえたようなラ-に笑顔で応える。

 それからは、サラからラ-に誰がどのように困っているのか伝えると、徐々に改善されて行く。ラ-は地脈や水脈の在り方を人々に伝え、自然の流れに添う事で収穫される質や量が変わる事 などを教える。その頃からトレザは自給自足ではあるが、とても恵まれた豊かな土地になっていく。

 しかし、人の老いと死はラ-も止めることが出来ない。サラの祖母が一度は元気になったものの、命の終わりを迎えた。ラ-はいずれサラも死を迎えるのかと思うと苦しくなった。ラ-にしてみれば、人々の命は驚くほど短い。

「ねぇラ-、私がおばあちゃんになってもトレザを守ってくれる?」

「サラは老婆になっても美しいだろう」

サラは平手打ちしたい衝動を抑えて

「おばあちゃんな私を想像しないで」と膨れて見せた。

 それからラ-はトレザで布を織る職人達に質の良い布を作るように頼みに行き、布が仕上がるとサラの人形を借りて服を作る職人にサラに着られる大きさで作るよう頼む。どの職人も喜んで仕上げてくれた。

 そしてサラの家族を集め、

「サラを妻として迎えたい、ともに生き、喜び、私が晩年となっても同じようにりたい」

家族一同とても驚いたが、一番驚いたのはサラだ。

「急ぐ返事では無い。サラが生きている間に返事を聞かせてくれれば良い。五十年でも百年でも待とう」

「ちょっと、百年先じゃ死んじゃうわよ」

サラの反応に皆が揃って笑う。


 トレザ全域にこの話しが広がるのは、あっという間だった。サラの元には人形が着ているのと同じ服が届く。勿論、サラ自身も本当に幸福で笑顔なのだが、周りまで自然と笑顔になる。新しい服でラ-の前に行くと

「美しいな、とても似合っている」眩しそうに目を細めて言う。

 サラが本当に望んでいた服に身を包む幸福な気持ちを間近で見られる事に、ラ-自身も嬉しくなる。

「ありがとう、嬉しいわ」

 トレザの誰もが祝い、お祭りのように賑やかになる。


 サラは妹に

「あなたも幸せになるのよ」

と、人形を手渡す。

「お姉ちゃん、凄く綺麗きれい

 

 トレザの人々から祝福の言葉を受け取る辺りから映像がボヤけるように薄くなって消えていく。


 一瞬の事だったらしいが、ユタは突然の情報量に思考が追い付かない。


わたくしが人として生きていた頃の記憶の一部です、トレザがこのような高地になった頃ですわ」

「ユタよ、トレザの民を治める手腕を見せるが良い」


 まだ頭がぼんやりするユタを気遣う様子も無く、皆が洞窟の外に向かう。

 

 ユタは生まれて始めて複数の神々と対面し対話迄した貴重な体験を、家族にも伝えたいと同時に数百人の兵士が向かって来ている事をどう話して良いものか考える。

 洞窟を出れば、かなり暖かい。ユタは冬物の上着を脱いで腕にかけ、広場に向かって歩き出す。

 後に続いてヒムロと両親が歩く。

 

 神だからなのだろうか、歩く姿も優雅で踊っているようにも見える。


 広場は祭りのように賑やかな雰囲気だが、旅人がリリと話しをしていると聞いて、広場を見回す。リリは舞台の近くで対話している。

 旅人の男性は珍しい髪の色をしているが、他の民族には多いのだろうか、以前来た旅人も同じ髪の色をした青年だった。五年位前にユタの家族と一ヶ月位過ごしたシュラという名の子供を思い出す。旅人と同じ髪の色で、瞳もシュラと旅人は同じ色だ。シュラが今頃は本当の家族と暮らして居る事を願いながら旅人の男性を見ると、丁度ちょうど目が合った。



話しを先に進めるはずが、過去にさかのぼりました。

しかし、次こそは話しを進められそうです。

前回の後書きでは、『1週』を『1日』と書いてしまいましたが、直し方が解りません。

そんな感じですが、

どうぞ、今後も宜しくお願いします。



ヒムロ「みんなの雑談や裏話は?」

シュラ「次回に持ち越しらしい」

アヤメ「えぇ、もっといっぱいしゃべりたい」

シュラ「待っていろ、筆者の脳では限界だろう」

ヒムロ「そうじゃの」




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