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龍の居る世界     作者: 子萩丸
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知識-道具-を増やす


 満腹になり、広い部屋に案内されたアヤメは室内をまじまじと眺める。思っていたより狭く天井も低い。記憶している城の大きさは、アヤメの身長が 今より低かったせいだ。

「シュラは一緒じゃないの?」

「湯浴みは殿方と別に行います」

 手際よく支度する使用人が女性ばかりで、当然シュラは別室だ。シュラと旅に出てからは、あまり他人に囲まれる事がなかった為に、少し不安気な表情になる。ヒムロの布で作られた衣装には、周りの皆が息を飲み、衣装をかける衝立てに丁寧に飾るように吊るされた。

 無言で世話をされるのがアヤメには息苦しく感じられるが、肩まで湯に浸かり 髪を丁寧に洗われるのは気持ちいい。

「あのさ、話し掛けても大丈夫?」

「何か お気に障りましたか?」

「ううん。ごはんが おいしかったから、ありがとうって伝えたいの。それと、お風呂に入るのが久しぶりで 凄く気持ちいいって言いたい」

 アヤメから言葉を出せば、すっかり使用人と打ち解けて体を預けて寛いでいる。

 お湯で温まった体を、ひんやりした石に横たえて全身に香油を塗る。またお湯に入って香油を洗い流し、湯から出て別の香油を塗る。何度か繰り返し、城でも同じ様にされていた事を思い出し、しかし ここで城での生活は口にしない。

 旅先で、こんなに丁寧に洗われた事は、一度もなかった事を話し、次第に微睡まどろんでいく。


 一方シュラは。

「他人に全裸で 体を預けるなど、ふざけているのか?」

 ほぼ臨戦態勢で使用人を威嚇する。普段からサッと水浴びする程度 又は体を自分で拭うぐらいの習慣で、湯浴みの記憶は鎖に繋がれていた頃を思い出すのだ。

 困惑しきった使用人がルフトを呼んでくる。

「おいシュラ、風呂ぐらい ゆっくり入ったらどうだ」

「ルフトに言われたくない」

「一緒に入ってやろうか」

「もっと嫌だ」

「そう言うと思っていた。周りに誰も居なければいいか?」

「……そうだな」

「まあ、別に使用人が居なくても構わないだろう。ゆっくり浸かってみろ、気持ちいいぞ」

 ルフトが全員連れて出ていくと、身に付けている物をすぐに付けられるよう、順番に重ねてから湯を浴びる。体温より高い湯に入るのも初めてで、頭まで沈んでから 体を伸ばして浸ってみる。心地好く意識が遠退いて、沈みかけた所で湯から上がった。


 湯上りは意外とダルい。シュラはそう感じながら 衣類を身に付けてルフトの部屋まで案内される。

「ルフト、何を手伝えば良い?」

「おお、早かったな。風呂は疲れも消えるだろう」

「入ってる間は そのまま眠りたいぐらいだったが、出た後は体が重い。湯に入ったのは初めてだ」

「そうなのか。まあ、こっちが片付いたら今日は休め。陽の出前に出発する馬車は用意してある」

「助かる。だが、なぜルフトが そこまでする?」

「歴史を変えるんだぞ。セトラナダと そこに関わる全ての歴史に立ち合うんだ、協力ぐらい する」

「へえ」


 熱く話し始めそうな雰囲気を書類に目を通して句切る。

 この城を模した宿屋で一番多く仕入れるのがセトラナダの酒なのだが(ほぼクウが客の金で消費する)ルフトは直接セトラナダに行く事が無い。酒蔵と信頼できる商人に任せているが、今回は追加の注文に行けば良いだけだ。


「思っていたより楽な仕事だな」

「もっと収入になる仕事もあるぞ」

「内容は?」

「貴族に顔が利く御婦人がな、男娼を求めている」

「断る」

 

 ルフトが言い終わらないうちに拒否した。他にも書類や計算の仕事はあるはずなのだ。宿屋と雑貨屋の他にも多種の職種に手を伸ばしているのをシュラも知っている。


「以前と違ってな、職場を無くしてセトラナダを離れた奴等が多いんだ。有能で働きたいって奴等を放って置くわけ無いだろう。おかげで今は 確認するぐらいしか俺の仕事は無い」

「思っていたよりルフトは凄いんだな」

「そうだ、もっと褒め称えていいぞ」

「そういう所が苦手なんだがな。まあ、充分に仕事がありそうだから、セトラナダの件が落ち着いたら私にも収入になる仕事を回して欲しい」

「男娼はどうだ」

「しつこいぞ」


 ルフトが現在 手を伸ばしている仕事関連の書類を見ながら、多種でありながら関係性が深い職種であることに気付く。働き手も充分に居る上で収益も高い。


「まだこれから始めたい業種があるんだ」

「これで充分だと思うがな」

「収益だけなら充分だ。けどな、仕事を失くした奴等に働ける場所を つくりたい。今の所だと人手は足りてるからな」

「人助けするルフトは想像できない」

「ふん。人助けするつもりじゃない。俺の手足を増やしたいだけだ」

「そんな事を言うと、誰も寄り付かぬぞ」

「別に好かれたくて仕事を増やしてる訳じゃないからな。しかし人望はあるんだぞ」


 多分クウが関わっているから、どんな仕事も起動に乗りやすい。更に働き手に困る事もなく、順調に業績を伸ばし続けている。

 次に造り出したいのは「道」で、大人数が移動できるような乗り物や馬車が安全に通れる場所を用意し、道の使用料徴収で稼ごうと計画している。

 ルフトの関わる仕事には商品の移動が多いのだが、獣や盗賊には困っているのだ。安全な移動手段の為に道を作る。確実に安全なら他にも利用者は出る。ならば、それも仕事として広げれば良いと言う。


「それとな、酒蔵には泊まれる手筈になっている。何日滞在しても良いぞ」

「城から遠くないし、助かる」


 特に大きな仕事を任せるでもなく、セトラナダでの宿泊先を提供する口実だと気付きシュラはルフトに伝える言葉を探す。

 商人としては やり手で人脈もあり、セトラナダから脱出して最初に訪ねた所が ルフトの店だった。


「ルフトには、結局 助けられる事の方が多いようだ」

「クウの助言もあってな。シュラを手に入れるならば 手厚い支援をすると良い、らしい」

「黒い龍神には感謝せねばな」


 神の助言だけなら、ほどほどに支援すれば商人としては充分だろう。しかしルフトはシュラの為に援助を惜しまない。

 仕事の報酬として金銭を多く与える事で、信頼関係は充分だった。

 五年前セトラナダの貴族にシュラを売った後、無傷で逃げ伸びたシュラだけでも驚いたのだが 驚愕のオマケを連れて来たのだ。次期王と言われる幼い姫、亡くなったとも誘拐されたとも噂されていた子供が妙にシュラに懐いていた。

 シュラの着ていたボロボロの衣類に身を包み、小さい体で食が細い。栄養失調で死にそうに見える痩せ細った子供に、どう食わせるか試行錯誤した。そもそも独身で 子供は売り物として扱っていたため、慣れない作業に奮闘する事になった。

 

 シュラを貴族に売った後セトラナダから戻り、宿屋の運営は信用ある使用人に任せて雑貨屋の拡張と砂漠の宿屋を新たに城として建築する準備を整えていた。

 慌ただしく逃げ帰ったものの、取引先の多いセトラナダからの情報源は幾つも持っている。接客対応は使用人に任せ、情報を集めながら積極的に事業拡大していた。

 間もなく入った情報は、王が暗殺され 幼い次期王は誘拐された先で死亡。ルフトがシュラを売った先の貴族ゾーベは次期王を守れなかった責任を取り従者と共に処刑。

 この処刑された従者の中にシュラの特徴がある者が居なかったか方々に手を尽くして確認したが、はっきりした事はわからない。

 楽観視は出来ないが、無事である事を願う。

 砂漠にポツンとある割には経営が上手く行ってる宿屋と、近く建築する予定の城の見取図を広げる。

 ゾーベの従者と共に処刑されたのか、別の貴族に預けられたのか、シュラの様子はルフトに解らない。手紙が没収されていれば、そもそもルフトの所までシュラが来る事もない。

「貴族から飼殺しにされるのは惜しいが、仕方ないか」

 処刑された日までにシュラが逃げたとすれば、とっくにルフトの店には着く頃を過ぎた。大金と引き換えた子供だ、見張りを兼ねて三ヶ月も共に生活したから情が わいただけだ。そう考える事にした。

 

「旦那様、子供が店を訪ねて来ました」

諦めていた時に使用人から呼ばれ 戸口に立つ 汚い布を頭に巻き付けたシュラを見た。

「無事だったか」

「なぜ生きている?」


 シュラから「なぜ生きている」と聞かれ、やはり消される所だったと確信すると もう安全だと知っていても冷や汗が背中を伝う。

 同時に、大事そうに抱えるボロ布に小さな子供が眠っているのが見える。いや、死んでいるようにも見えた。

 すぐに人払いして接客用の部屋へ シュラを通し、抱えた子供の様子を見る。

「シュラよ、これ はなんだ?」

 これ、と指した子供は三才ぐらいだろうか。痩せて衰弱しているのが明らかだ。

「ゾーベの城から逃げる時に着いてきた。でも、どんどん小さくなって行くんだ。それに体が温まらない」


 興味本位で着いてきた従者の子供ぐらいに思ったルフトは、

「放って置けば、そのうち死ぬな」

 見たままの印象を伝える。

「助けられないか?」

 すがるように見上げるシュラの目は、拘束していた三ヶ月を思い出す。小動物のように小さく震え、しかし 今はどうにもならない「命」を守ろうとする決意を感じる。

 だが、こんなに痩せ細って衰弱した子供の相手など した事がない。

 子供を売る親は意外と多く、目的は口減らしだ。当然 痩せた子供ばかりだが衰弱した子供では売れない。商品にならない子供には触った事もない。


「助ける価値はあるのか?」


 シュラは衰弱した子供をルフトに抱かせ、背中の大きな荷物を下ろして 中から子供でも包んでそうな大きさの包みを出して ほどく。


「これは、アヤメが着ていた衣装だ。暗殺された王の一人娘らしい」

「医者を呼べ」

シュラが話している途中で扉の外に向かってルフトは叫ぶ。


 セトラナダの紋章が入った装飾と、子供用の衣装をシュラが取り出すと 血相を変えたルフトが咄嗟に命じた。

 誘拐されたと聞いた次期王なのか?死んだとも噂されている。ルフトの腕の中で、辛うじて生きている小さな子供が、セトラナダの重要人物なら、助けなければならない。そして今、酷く衰弱した状態だと知られてはいけない。商人としての勘だ。

 

「どうやったら次期王がシュラに着いてきたんだ」

「ゾーベの従者に誘拐されたのだ。途中、野犬に囲まれていた。私がゾーベの城から脱け出したばかりだったので、見付からぬよう隠れて様子を見ていた。野犬の中にアヤメを投げ込んで、ゾーベの従者が逃げた」

「ゾーベ様は誘拐を防げなかったのではないのか?」

「誘拐を計画していたのは、ヘルラという貴族らしい。ゾーベの従者が実行した」

「待て、ヘルラ様は現在セトラナダの王だぞ」

「前王の暗殺計画も知らされた。ヘルラの計画に従う貴族は複数いた」

「なんだと……」


 扉の外から来客を知らせる鐘の音がする。医師が到着したようだ。急いで隠すように衣装を片付ける。

 シュラはルフトに隠れるように診察する様子をじっと見る。容態を確認する仕草はユタがやっていたのと似ている。


「この子、栄養失調だね。スープみたいな物から慣らして食べられるようになれば、回復するだろうけど……食べられないままだと、長くない」

「助かるの?」

「食べられるように なればな」


 子供だけではない、大人でも食べ物が無く衰弱して命を落とす者が多いと医師は言う。残飯を奪い合う大人を見た覚えのあるシュラは、医師の言葉に納得する。この辺りでは狩りの習慣も大きな畑も見当たらないのだ。果実の生る木は森に入ればあるのだが、果実が採れる季節は限られている。

 住宅が整えられている地域の弊害だろうか。

 野菜や肉は売られているが、収入が無ければ買う事も出来ない。

 医師は簡単な診察をしただけで銀貨五枚を受け取って帰って行った。


「医者はこの程度の事をして、あんなに(金を)取るのか」

「相場としては妥当な金額だぞ。命の価値を値踏みする奴はいない」

「治療費を取らない医者しか知らなかった。高額で驚いた」

ずはスープから用意させる、とにかく食わせろ」


 ルフトの店で働く女性にアヤメの世話を任せる。子供の世話に慣れているせいか、眠るアヤメを抱えたままスープを口に運ぶ。

 始めは口からこぼれたが、丁寧に拭って少しずつ与えれば飲み込む。薄目を開けるアヤメに 時間をかけてゆっくり与え、小さな皿に入ったスープは完食した。

 再び眠るアヤメの寝息は 落ち着いたようで、人払いされた部屋にはアヤメを抱いたシュラとルフトが残る。


「まあ、座れ。シュラは腹減ってないか」

「食える物は、持っている。アヤメが食べなかった」

「見せてみろ」


 まずは蜂の巣、そして瓶に積めた蜂。他にも小分けにされた袋の中から葉っぱや虫が次々出てくる。毒の無い物を集めた結果らしい。


「蜂の巣は……まだわかるが、食えるのか?」

「アヤメは蜜しか口にしない。パンや腸詰めはアヤメが食ったから残ってない。店の無い所で調達できる食い物は、これぐらいなんだ。今の季節では、果実のなる木も無い」

「さすがに、これを食べるのは想像できんな」

 

 ルフトはシュラに貴族が普段から食べる食事から教える事になった。自分で着替えも出来なかったアヤメは、食材の原型も知らないのが当然で、虫を食べるのはシュラぐらいだと力説する。

 生き延びる為に何でも口に運んできたシュラに 一般的な食文化を教える必要がある。


「アヤメ様の容態が落ち着くまで、ここで働け。面倒は見てやる。ちょうど書類仕事がたまっている所だ。給料も出すぞ」


 安全な場所での収入源。すぐに食い付きたい魅力と同時に

「何か企んでないか?」

正直な疑問を口に出す。

 ルフトは豪快に笑いながら、セトラナダの情報と価値 回復したアヤメを引き取る事で互いに有益な状態を作り出せると説明する。

 実際に常識の違う生き物 (アヤメ)にシュラと同じような生き方は出来ない。ルフトの店を知らなければ、アヤメが死んでいくのを見てるだけになったと思うと、苦い気持ちで納得する。


 早速ルフトの出す書類を片付ける事になり、セトラナダで拘束されていた頃に見た内容も多く、あまり説明は必要ない。順調に仕事が捗るルフト、少しずつ自分で食べられるようになっていくアヤメ。店の三階がルフトの住居になっており、シュラはそこから出る事もなく安定した寝食を得られた。


「シュラ、わたくしは、ここに残る事になるのですか?」

「その方が安心だろう。そもそも食べられないだけで死にかけるのだ」


 自分で歩き回れるまで回復したアヤメは、ルフトに言われるままセトラナダの歴史と王政の内容を書き出す。かなり重要な資料だが、アヤメにとっては遊びの延長だ。しかし 食べられない事が理由で置いていかれるのに納得してない。本能的にシュラに着いて行く事が何より重要だと思うと、城にいた頃よりも食べるようには なった。それでも食は細い。


「アヤメ様は、何故シュラに着いて行くおつもりなのですか?」

ルフトはアヤメの身分を考えて丁寧にセトラナダの言葉で話し掛ける。

「何故と聞かれましても、どうしても としか思いあたりませんわ。シュラの行く先に、わたくしの 求める光がございます」

「妙に頑固でいらっしゃる。しかしシュラの旅路では体力が持たないでしょう」

「わたくし、頑張りますから」


 シュラは人目を気にして三階から降りる事は無いが、アヤメの外見は綺麗な普通の子供なので 店まで行く事もある。ただ本当に体力は回復してないのか、元々無いだけなのか 三階から店まで往復するだけで熱を出す。

 看病しながら旅に出れば、医者への出費だけで続かなくなるのは明らかだ。


「いっぱい食べて、体力を付けます。わたくし、諦めませんからね」


 店に出れば、たまに痩せた子供を売りに来る大人がいる事に驚いた。アヤメよりも小さな子供もいる。

 ルフトは口減らしで売られる子供の説明をしたが、アヤメは「食べられない」意味を自分と同じに解釈した。丁寧な言葉や文字の読み書きができるだけで、「食べられる」ようになる と聞いて、言葉づかいや文字をアヤメが直接 教える。年齢の近い世代と話す機会は少なかった為か仲良くなる迄に至らなかったが、ルフトからは「良い相手に引き取られた」と誉められたので、深く追及しない。アヤメがシュラに着いて行きたいように、他の子供も行きたい所に向かったと解釈する。

 とにかく体力を上げなければ 置き去りにされる。何度かセトラナダを出る旅路で体験しているから、余計に確信できる。今回はルフトの店という安全な場所なので、アヤメの様子を見に戻るシュラを捕まえる事も出来ない。

 何度も階段の往復ができるようになって、自信満々で着いて行くと宣言した。


 アヤメが体力を付けようと努力する間シュラは、ルフトから効率良く換金できる物を教えられた。絵画や歌は売れるらしい。しかし売れる絵画の技術は 壊滅的に希望が見られない実力だ。

「絵筆を持っている姿だけ見れば、立派な絵画を連想するのだが、これは売れないな」

「コツが掴めんのだ。見た目だけで希望的完成との違いに呆れられても困る」

「こうも堂々と言い切られると、いっそ清々しいぞ。歌はどうだ?変声期前だから高音も出るだろう」

「いや、声は少しずつ低くなっている。高音は出しにくい」

「何か得意な物は ないのか?書類や計算は、いきなり他人に任せる仕事じゃないからな」

「得意かどうか解らんが、何処でも眠れる」

「……他には?食う以外に持っていた瓶に何が入ってる?」

「薬だが?」

「シュラだけで作れるのか?」

 実際にトレザで覚えた薬や、その前から知っていた知識を活かすだけなので、絵画よりは楽に売れるだろう。買い叩かれない交渉術も、しっかり教え込まれた。


「頑固なアヤメ様とシュラを見送ってから、半年もせぬ間にアヤメ様だけで店に戻った時には驚いたぞ」 

「歌や舞はアヤメが得意だからな。旅芸人の中に居れば、私と旅を続けるよりは安全だと思ったのだ。ルフトから歌が金になると教えられたからな」

「俺のせいに するな。アヤメ様の金銭感覚は理解できん」

「馬車に乗っただけで金貨を支払うとは思わなかった」

「道案内された だけで金貨を支払うらしいぞ」

「今はアヤメに金を持たせてない」

「それがいい」


 店を訪ねた時の懐かしい話から始まり、トレザで神々に出会った経緯、トレザからタタジク迄の水路と同時に道が出来た事も伝える。ついでにムウの絵画の技術を宣伝しておいた。


「新しい道か、興味深いな。早速 明日シュラ達を見送ったらタタジク迄の道を確認に向かわせる。水路と並走する道なんて、金塊を堀当てるようなものだ」


 安定した水と物流が同時にある新しい道の価値をルフトが熱く語り始める。


「ラージャ様がタタジクの領主ストラークと水路の周りの話をしていた。同行したらどうだ」


 シュラの言葉でルフトの興奮が一気に上がる。冷静に「朝が早いから」と退室するシュラを見送りクウの部屋へ向かう。

 扉はルフトの歩く早さに合わせるように ゆっくり開く。

「待っていたよ。そろそろ来る頃だと思っていた」

「もう酒は無いけどな」

 普段からこんな対話がされているのだろう、気安い対応をしながら「龍神に話し掛けると処刑」が急に気になった。アヤメが記したセトラナダの王政による決まりにあったはずだ。

 しかしクウから向けられる輝く笑顔が心地好い。「処刑」すら些細な事と思える程に。

「セトラナダはね、貴族と王が色々な決まりごとを増やして来たんだよ。だからセトラナダの外で不要な決まりごとを気にする必要は無いんだよ」

「現在のセトラナダは王と貴族には、とても良い状態なのだ。ただ国民にいる税が重い」

「一生涯働いても、満足する生活が出来ない国民が殆どだよね」

「働くのは自分の為じゃろ?王や貴族にむしり取られる国民が気の毒じゃのう」


 ルフトは商人としての立場から、徴収する税の必要性を説明する。セトラナダの国内なら、解りやすい所なら 広い道や水路の整備や定期点検は必要で、維持する為の金額と伴う仕事に携わる人の給金、他にも雑多な出費はあるだろう。アヤメの資料から予測しただけだが、税に見合うだけの恩恵は国民にもあるはずだ。多少は無理な決まりがあっても、神々が不服を唱えるものではない、と伝える。


わたしは人の決まりごとに疎いが、ルフトは正当な評価が出来るのか?」

「正当かと言われれば、自信はありません。私の商売に関する所では、悪い事もやっていたので」

「ルフト 善も悪も、人の決めた事に過ぎないよ」

 クウから笑顔で言われても「善悪を人が決めた」とは、理解できない。神々の前でありながらルフトは「善悪」に対する思考に落ちる。


わたくしが在った頃のセトラナダでは、ルフトの言う税に見合うぐらいだと思うんだよ」

「やはりヘルラが王になってから、徴収する税が増えたのだな」

「そうだろうね。わたくしが直接 人の話を聞くようになって、この城が建つ少し前から不平不満の声を聞くようになったんだよ」

「この城は、いつ頃 建ったのじゃ?」

「完成したのは四年前で、庭まで含めれば まだ完成とは言えないのかな。城建築の途中から、宿泊者は急増したよ」


 着工したのは五年前。計画だけならそれ以上前からだ。シュラを売った金でトントン拍子に進んだのだ。着工とほぼ同時期にルフトが持ち込んだ王政の詳しい資料 (アヤメが書いた物)は、仕事の拡張に大きく役立った。宿泊者は次第に貴族との取引がある豪商へ変わって行った。


「シュラよりも若いのじゃな、この城は。この壁にムウの絵画を飾ると素晴らしいと思わぬかラージャ」


 王政や税の話に着いて行けないヒムロは、室内の装飾に思い付いた事を口に出す。


「装飾が美しくなるのは嬉しいよね。誰か絵画が得意なのかな」

「ムウの絵は、景色を切り取って時間を閉じ込めたように美しいのじゃよ」

「楽しみだね、ルフトは仕入れられるかい?」


 ムウの知らない所で売買契約が進んでいる。急に話を振られたルフトは「善悪」の思考を一旦追いやり、絵師を探す所から始めなければならないと切り替える。

「ムウはトレザの子供じゃよ。後でラージャとタタジクに向かうのなら、途中で立ち寄ると良いのじゃ」

「同行させて いただけるの ですか?」

「シュラよりも人の営利に聡いルフトなら、交渉に在ればトレザの役に立つ。ストラーク (タタジク領主)に会う時は任せよう」


 使用人か誰かに 取り敢えず水路と道の確認を任せるつもりでいたルフトは、実際に見られるであろう景色を想像するだけで高揚してくる。

 扉は閉まったままだが、黄緑色の竜がすり抜けて入室する。青い羽でスッと飛びラージャとクウの間に降り立った。アヤメが背負った鞄から、度々顔を出していた竜だ。

 龍神達の聞くべきではない対話を察知したルフトは、タタジクに同行出来る礼を述べて立ち去る。


「チヌ。アヤメの『気』を媒体に大領地テルシアを焼いた龍の魂を持って誕生した竜だ」

「なんじゃと?」

「アヤメに教える必要は無いんだよ。人と龍では、違うからね」


 ヒムロも知らなかった事実。サラは気配を察知していた。当然ラージャは知っている。ずっと探していたむくろの『気』が、チヌ誕生と同時に消えたのだから。

 テルシアという大領地を炎に包んだ龍の話は、トレザを見下ろした時にラージャが話した。心を亡くした龍のむくろに大地の『気』が集まって出来た山脈だと。だから見下ろせば、まるで龍のような形に見えるのだと。山頂の何処どこかに残る骸は、雪と氷に閉ざされて ラージャにも見付けられなかった。

 クウがチヌを抱き上げて崩れそうな笑顔で見詰めた。





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