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龍の居る世界     作者: 子萩丸
25/59

本気で遊べ



 シュラはラージャから受け取った石が体内に溶け込んでから妙な違和感に気が散るようになっていた。

 それでもヒムロとの訓練は着実に実力を上げている。

 訓練にトレザの民を巻き込まぬように結界の森で行う。

「どうじゃシュラ、歩幅に合わせるのと同時に攻撃も出来るようになったぞ」

「ヒムロ様の変化が早くて追い付くだけでやっとなんだが、この足場にしている氷をもう少し小さく、出来れば私が離れると同時に消えるぐらいに出来ぬか?」

 シュラの運動能力に普通の騎士や兵士が追い付ける訳はない。だが、有利な状態を作り出せてもラージャを相手にするなら、氷で出来た足場を利用される事も考えた方が良い。小さく、消えやすくした事で始めは体制を崩しやすかったが、随分と練習した成果もあり、まるで空中を自在に駆け回るような状態に見える。

「なかなか良いあんばいじゃな、これも面白いぞ」

 ヒムロが氷の針のような塊を無数に飛ばし、シュラは空中で避けながら幾つか叩き落とす。

「避けきれずに体制を崩しそうだな」

「ならば地上で組手をしながら避ければどうじゃ」

 地上に飛び下り、組手でほぼ互角な所に氷の針が飛び交う。やはり避けるのは難しかったようで、幾つかシュラに刺さる。

「集中出来ぬのか?深く刺さって無いが少し休むか」

「ああ助かる。ラージャ様から頂いた石を体に取り込んでから、妙な感じなのだ」

 傷口に薬を付けながら言うと、ヒムロは隣に座って面白そうにシュラを覗き込み、右手をシュラの額に当てた。

 同時にシュラの視界が違う場所を映し出す。目の前の景色と交錯して思考が追い付かないと判断し目を閉じてみれば、ラージャの思考も流れ込むように届く。

「ヒムロの助けもあったようだが、意思の伝達には便利であろう?」

 そんなラージャの声が頭の中で聞こえる状態で、視界が広い事に驚いた。正面を中心に上下左右が見えるシュラの視界と違い、後ろや足元までがはっきり見える。「凄いな」死角の無さそうな視野にため息で考えれば、

「人の視界だけでわたしと剣を交えられるシュラも大概であるぞ」

 苦笑混じりのラージャの声がする。考えるだけで対話が出来るようだ。通信手段と言われた理由に納得する。

「これは、ヒムロ様の助けが有ればいつでもラージャ様と連絡が出来るという事だろうか」

「私はきっかけを与えただけじゃ。後はシュラが慣れれば良い」

「そういう事だ。わたしには、シュラの行動、思考が常に手に取るように解る」

「何だと?では、対戦の策略は全て筒抜けではないか」

わたしから思考、行動を隠せるようになれば良かろう」

 そんな事まで出来るのか?妙な違和感の正体は解ったものの、筒抜けになっている思考の制御など、考えが及ばない。

「そうじゃなシュラ、今日の訓練は終いにしよう。ラージャに思考を漏らさぬ練習をすると良い。明日は子供たちを交えて、ラージャとかくれんぼするのはどうじゃろう」

 面白そうだと笑うラージャの声が頭で聞こえると、とても勝負にならない気がする。今日は思考の制御に集中すると決めて、結界の森を出た。

 


 バムは、数種類の石を粉にする作業を数人に任せ、建築職人を集めて建物の模型を作らせてみる。

「タタジクに戻れれば、道具が持って来られるんだがな。ちょっとやりにくい」

 利き腕が無いので、どちらにしろ自分で出来る作業は少ない。しかし、口頭での説明だけで器用に作り上げて行く職人達を見ると、もっと作業効率を上げられる道具が手元に無いのが悔やまれる。


 そんな時だ。アギルが大きな荷物を持って、ユタの家を訪ねて来たと連絡が入る。アギルは先頭班の班長になった兵士だ。

 バムは急いでユタの家へ向かい、会う事がないと思っていた同僚との再開に目を細める。


「こんなに沢山の荷物を運ぶのは、大変だっただろうに」

 アギルが運んできた荷物は、とても一人で担げる量ではない。

「一人ではないよ。幾つか滑車を崖に取り付けてね、下で紐を引けば荷物も人も上がって来られるように細工をしたんだよ」

 まだ崖の所には運びきれていない荷物があるというので、荷車を持って数人で崖に向かえば、木箱や樽が積み上がっている。

 手早く荷車に乗せ、樽の中に期待しながらバムが聞く。

「何故、こんなに沢山の荷物を運ぼうと思ったんだ」

「トーナ様の命令だよ。ユタ様への謝罪と、水路整備への感謝の気持ちだそうだ。城ではもっと沢山の品物が準備されててね、ユタ様のご自宅に入りきらないってお断りするのが大変だったよ」

 トーナはユタの家も迎賓館のように建て直して来いと無茶苦茶な事を言ったらしい。

 相変わらず無理な命令をするお方だが、以前と違って好感が持てるのは何故だろう。


 ユタの家に着けば、先にアギルが渡していたトーナからの手紙を読んでいたユタが、困ったように笑う。

 そして、シュラから水路工事に当たる兵士にと渡された薬の謝礼。改めて用意するが、今回は金貨二十枚をアギルに預けてあるとも書かれていた。

「このトレザには結果的に大きな被害が無かったのだから、こんなには必要が無いんだよ。何より使い方が良くわからない」

 しかし、アギルはトーナからの命令にタタジクの城を模した建物をユタの自宅にするよう言われていると伝えると、

「広すぎると、何が何処にあるのか解らなくて困るだろう」

 今の生活で充分満足している。

 大きめの机に並べられた、美しい陶器の食器や銀製のスプーンにフォークやナイフ、ガラスに彫刻の施されたワイングラス。どれもユタが見た事がない物ばかりだ。正直な所、正しい使い方がわからない。

 トレザでは物々交換が主流なので、金貨があっても綺麗なお金でしかない。

 陶器の食器は壊れないようにリリが丁寧にしまい始めた。


 荷車の樽には酒が入っていて、ユタは少し手のひらに出して観察してから

「これは傷口の消毒に使えそうだね」

「飲み物だよ」

 バムとアギルの声が重なった。

 トレザでは酒を造っていなかったので、飲み物と言われてもユタはすぐに納得できない。

 

 ヒムロとの訓練を早々に切り上げたシュラがユタの家に戻って来ると、酒樽に気付いたラージャも突然現れる。

「まだまだラージャ様に気取られぬようにするのは難しい」

 そう呟くシュラに構わず、ラージャはグラスに酒を注ぐ。

「良い色だな。透き通るような赤で美しい。果実の豊潤な香りも良い」

 うっとりと香りを楽しんでから舐めるように一口飲むと

「焼けるような感じが少なくて飲みやすいぞ」

 残りを一気に流し込んで、満足そうに笑う。ラージャの視界と思考に同調していたシュラは、飲んで無い酒に酔って、いきなり赤くなる。


 神に手酌させた事に気付いたアギルとバムが、慌てて別のグラスに違う酒を入れてラージャの前にひざまずく。

「二人とも、気に病むな。わたしが飲みたかったのだ。もう五年近く酒は飲んで無いからな」

「トレザにも五年前には酒があったのですか?」

「いや、違う土地で飲んだ物だ」

 バムは違う土地がセトラナダだと気付いたが、アギルはそうなのかと頷いただけだ。

 次々に違う酒を飲むラージャは顔色も変えずに楽しそうだが、シュラは慣れない高揚感で荒い息をする。


「実際に味わってみれば、楽になるか?」

 ラージャから勧められた酒をシュラも一気に飲んだ。余計に酷い状態になり、何も言わずにフラフラと寝室へ向かった。

「シュラはまだ子供だからな。そのうち酒の味も楽しめよう」

「ラージャ様、酒はシュラの体に良くないのでは?」

 ユタが聞く。

「シュラは毒も少量ずつ取り込んで体に馴染ませて居るのだぞ。良くとも悪くとも、慣れるまでは続けるであろうな」

 ラージャ自身も久しぶりの酒で気分が良くなったのか、シュラの体調を考慮したのか、一杯ずつ飲んで満足そうに笑い

「明日はシュラと子供たちを交えてかくれんぼするのだ」

「ヒムロ様が、ですよね?」

「いやわたしだが?」

 実に楽しみだと童心に返って遊ぶ予定をユタとバムに語る。

 そしてラージャはユタの家を出ると、アギルとバムに一日中、夜遅くまで朝も早くから働いているリリとユタの事を伝えて森に向かった。


 アヤメとイイスは狩に行く子供たちを引き連れて、皆に数字を教えている。

 子供たちを整列させて「番号」と号令をかけると、左から順番に一、二、三と通る声が響く。たまに数字が間違えても皆で教え合いながら、兵士達のやっていたように班分けをして、獣を見付ける、追い立てる、追い込み、止めを刺す。班ごとの仕事という具合で、かなり効率が良い。

 ちなみに班分けの方法はバムから教えてもらっていて、得意な所を活かせるように、度々編成を変えている。

 獲物がある程度集まると、広場に運んで大人達と解体作業だ。

 毛皮から臓器や骨まで、必要な所に行く為に全てを使う。ヒムロの助言もあったのだ。トレザの命は獣でも等しく大切に思っていると。それを聞けば、小さな命を無駄に出来ない。

 旨い料理のやり方もここでやり取りが増えた。狩に出られない高齢者の多い家からは、料理情報の提供があり、以前より食料事情も安定してきたと皆が言う。


 ヒムロは広場に集まっている子供たちに明日はラージャ対シュラのかくれんぼがあり、参戦する者を集めた。数日は肉の心配もないと大人達が言うので、狩と水汲みが主な仕事の子供たちは、水汲みが終わったら明日は大かくれんぼ大会だ。


 

 神との遊戯が始まると、広場は朝から賑わっている。アギルも帰る前にトレザで役立つ物から運び込む為に全体の様子を確認している。

 学舎ななびやが始められたばかりのトレザでは、不足している物資が意外と多いのだ。今ある物だけでも充分だと感じているトレザの民が、違いに喜ぶ姿を想像するだけでも楽しい。

 アギルはバムと相談しながら必要な物を記入して行く。


 

 珍しく、ボサボサのシュラが広場に現れた。

「未知の体験で頭も心も追い付かん、身形みなりに構ってられる余裕が無いのだ」

 苦笑するラージャに向かって、結局昨夜は一睡も出来なかったと呟いた。


「さて、子供らも集まったようじゃな。本気でかくれんぼするのじゃ、報酬があるとやる気が高まると聞いたのでな、シュラより長く隠れられた者の願いを私が聞こう」

 皆がざわざわする。シュラには勝てる訳がない。

 ラージャが一歩前に出た。

「皆に知らせておこう。アヤメとシュラは再びこのトレザに戻る為に旅立つ。きっと危険もあるであろう。なのでシュラにはわたしの明確な守護をさずけた。同時にわたしに判る印が付いているようなものだ。あまりにもシュラが不利なのでな、夕刻までは何度でも行うぞ。途中で休むのは構わぬ」


「生きてきた中で最大の難題だ。軍隊を殲滅する方がよほど楽に思えてきた。ヒムロ様が子供全員の願いを聞く事になるぞ」

 ラージャの意識から離れようとする程、鮮明にラージャの意識が理解できた。驚く位の思考速度、視界が死角にまで及ぶのは『見ている』のではなく『感じ取っている』ものだと気付けば、自分なりに応用できないか試してみたり、ラージャの意識を振り払おうと考えている間に気付けば朝になっていた。


「願いを聞くとは言ったが、叶えてやるとは言っておらんのじゃぞ?」

「それは卑怯ではないのか?」

 見上げるヒムロは小さな声で自信たっぷりに言うが、シュラが諦めたように言う。

「なに、シュラやラージャの真似っこじゃ」

 シュラはラージャ様の影響かと納得し、ラージャはシュラの策略の数々を思い出して納得し、お互いの意志が通じ合っている為に目を合わせて苦笑いした。

「それにな、言の葉に乗せた願いは強い言霊になるじゃろ?口から出した願いは、もう叶ったようなものじゃ」

 涼しげな笑顔で、集まっている子供たちを見て話す。


「子供らよ、シュラの練習を兼ねて本気で遊ぶのじゃ。じゃがな、ラージャは本当にすぐにシュラを見付けられるようなのじゃ。太陽が真上に来るまでラージャとシュラの二人だけでも良いか?」

 シュラに勝てるのは今しかないと、参戦を望む子供も多い。

「楽しむ時は大いに楽しめ。参戦した者は甘味の果実を森で好きなだけ収穫するといい」

 ラージャの言う森は、結界の中だ。ワッと喜ぶ声が上がる。


「では、ラージャを私が見張っている間に、参戦する者は隠れるのじゃ」

 ヒムロがラージャに肩車して、袖で顔を覆い隠す。

 シュラはすぐに走った。湖に着いて大きく息を吸い込むと、飛び込んで潜った。水草の中に身を隠し、それでもラージャの意識を感じている。

 案の定、水草に隠れているシュラの目の前にラージャが現れる。水面まで上がって

わたしが気付かなければ、溺れて死ぬのではないか?」

 非常に呆れられた。


 全身がびっしょりのシュラと違い、ラージャは濡れてない。気にかかるがヒムロが次の合図をする。


 木の虚や、高い木の上、何度やっても当然のように一番に見付かり、ラージャの意識から離れようと必死になる。ラージャが他に隠れている子供たちを見付け出しているのを感じながら、ただ焦るばかりだ。


 太陽は真上に来た。

「シュラ、こっからが勝負なんでしょ?」

 アヤメがひと休みするように、お茶を勧めて来たので一気に飲み干した。

「アヤメ、これは……」

 いつものようにアヤメの頬をつまもうとすると、アヤメが後ろに飛び退いてシュラの手が空を切る。やっぱり怒るよね、とシュラを見上げて

「サラ様がね、気絶させるのはちょっと……って言って、これなら良いんじゃないかってね」

 アヤメは必死に言い訳に専念する。

「眠る暇など無いのは、理解しているか?」

 睡眠を促す作用が高い薬草のお茶だったのだ。

 シュラも薬草の香りを確めずに飲んだのを後悔しながら必死に眠らないように意識を集中する。


「太陽が真上に来た。本番を始めるのじゃ」

 朝と同じように広場の中央でヒムロがラージャの顔を覆い隠す。

「ほう、シュラの意思が途切れるようになったぞ。やっと面白くなりそうだ」

 ヒムロもラージャの声を聞いてニヤリとする。


 取り敢えず物陰に隠れたシュラは、じっとしていると眠くなる。必死に意識を保ちながら、ラージャが三人の子供を見付けたのを感じ、すぐにラージャが現れた。

「シュラはコツが掴めたようだな」

 眠さで意識が朦朧としている為、コツ以前に起きているだけでやっとだ。とにかく、眠さと闘う。

 次のかくれんぼと称して周りの子供たちがはしゃいだ声をあげる。


 とりあえずシュラは走って広場を離れた。眠さで何も考えていなかった為、隠れられそうな場所の無い草原に出た。

 苦笑いしてその場に寝転がる。草の高さがそれなりにあるので、少し離れた場所からは見えにくい。その程度では、見付かるまでの時間はそれほどかからない。


 「すぐに見付けられてしまいそうだな」充分に理解していながら、自分自身の体の隅々まで意識を集中し始めた。

 耳元に聞こえる草葉の音、肌に当たる陽射しの温度、目ではなく感覚で「視る」事に集中してみた。


 横になっているので全身を脱力させると、体は睡眠の時と同じように深い休息を始めた。逆に、思考がまるで加速したように、あらゆる感覚が研ぎ澄まされていく。

 

 手足の指先まで行き渡る血液が体温の維持をしながら、ひとつひとつの今まで気にも止めなかった小さな細胞までをも生かしている。

 草をむ虫ですら生き、命を繋げている。

 空気を吸い込み、今までの出来事に想いを馳せ、観察するように周りの状況と自分の存在に集中する。


 不安や恐怖が消えていた。その隙間を埋めるように小さかった希望が膨らんで行く。「喜び」「感動」「幸せ」なんと表現すれば良いのか、心が満たされる感覚と同時に体が以前にも増して軽く動く感覚。

 心地好い変化に身も心もゆだねる。


 いつの間にか陽が傾いて来たようだ。


かくれんぼに参戦していた子供たち全員に囲まれ、ラージャが近付いて来る。

「どうやらおのれの物に出来たようだな。セトラナダに出立する準備を整えておけ」


 静かに起き上がったシュラは自然にラージャの前で跪く。

「私をラージャ様の道具として使っていただける事に感激している」

「道具?」

 途端にラージャが大声で笑い出す。

「命を道具に考慮するなど、全く考えなかったぞ。わたしの手足となれ。そして、シュラは物ではない」


 結局子供たちはシュラにかなわなかったものの、一日かけて楽しみながら良い経験ができたと笑い、ヒムロは皆の願いを聞きながら帰宅の途につく。


 穏やかな空気の中、セトラナダの情報を共有する者たちは決戦に向けて改めて気を引き締めた。




 お疲れ様です。


 ぎっくり腰は、ほぼ完治しましたwご心配下さった皆さん、有り難うございます。


 今回でトレザから出られると思っていましたが、まだでした。ちょっと色々な事があったので、どうにかまとめて貰わないと、後ろ髪を引かれて出掛けられないのです。


 次回こそ……

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