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龍の居る世界     作者: 子萩丸
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旅路

閲覧有難うございます。


活字の造り出した異次元旅行にようこそお越しくださいました。どうぞ道中は迷うこと無く無事にお楽しみいただけますよう御祈り申し上げます。

 父親と娘なのか、年の離れた兄妹なのか、二人の旅人が滞在している街タタジクは広い。この二人、あまり似ていないが仲は良さそうだ。男性の方は髪の毛を布で巻いているのが、この街では珍しい。

 

 街から農村地迄を広く統治している領主がやり手なのだろう。道を歩くだけでも活気が有るのがよく解る。馬車が行き交い、出店の前には人が集まる。井戸の近くでは生活用水を汲みに来る人々で他愛ない井戸端会議が開かれている。


 しかし、今は井戸の水が減ってきているようだと、あちこちで言われるようになっていた。


 この二人の旅人達の次の目的地はタタジクから遠くに見える山岳のトレザだが、三年前にトレザへ向かった時に立ち寄ったこの街では水不足の話しは聞かなかった。


 山岳へ向かう旅支度を充分に整えられる環境はちょうど良い街だが、トレザに向かう者は居ない。タタジクから見える山岳方面の山頂辺りは街に着いた頃からけむった雲におおわれていて山頂は雲に隠れている。

 旅人の二人は宿屋を出て必要な物を買い求めに出る。

「ねぇシュラ、あの山に向かうんだよね」十歳ぐらいの少女が一緒に居る男性に声をかけるといきなりつねられる。

「人前では名前を呼ぶなと言っているだろう」シュラと呼ばれた男性はあまり表情を変えずに少女を見下ろす。

「ふぁひ(はい)でもさ、あたしの名前を呼ぶのは良いんだよね」

勿論もちろんだ」

ずるくない?」

「狡く無い。後でゆっくり話そう」

 少女の名はアヤメ。

 砂漠を越えるのに二日,険しい山に登るのは余裕を見て三日ぐらいを予定している。物資の豊かな街で必要な物を調達する為に数日間は滞在する予定だ。


 珍しく山岳方面に向かう旅人の二人に山の事を詳しく知りたいと、タタジクの役人がこの二人の旅人達に情報を求めて来た。


 旅人達が案内された部屋は役人達の休憩室の一角で、数人が休憩室で談笑している。二人が案内された席には軽食が用意されていた。

 アヤメは早速軽食に手を付けようとするが、シュラに止められる。

 アヤメは明かにムッとしてるが、行儀ぎょうぎが悪い。そして身体に合うか解らないないものを口に入れるのは止めた方が良いと言われて、おとなしく座る。

 出されていた軽食は、すぐに片付けられた。


 街を出ると、岩か砂ばかりで山のふもと迄は歩いて行けば二日から三日位かかる。昼間と夜の気温差は大きいので衣類での体温調節は必要な事、砂漠でも獣や毒のある生き物には注意が必要な事等々。


 旅をしていれば当然知っている事でも、役人達には珍しい事も多いようだ。

 シュラは、質問される事には出来るだけ丁寧に応えた。道中の砂漠地帯では猛毒を持つ甲殻類にも見えるトカゲが居るが、そのトカゲは猛毒を解毒出来る成分も持つので捕獲して薬を作る事や、夜をやり過ごせる岩場の事、比較的安全に山の梺迄行ける道程。


 しかし梺から暫く山を登り始めると険しい崖が多く、安全に登るのは難しい事を伝えた。今回は、少しでも安全に登れる道程みちのりを探してながら行く予定だ。

 トカゲから作り出す薬が重宝されるので、山の中腹辺りに住むトレザの民に売りに行き、代わりに貴重な薬草から作られる薬を買う。いや、物々交換しに行くのが目的だとも伝えると、山に住む民族の事を質問された。


 旅の行商目線で伝えるが、主に農耕や畜産、森で木の実を採取したり川や湖で魚を捕ったりしていた様子を思い出しながら伝えた。

 温厚で親切な人が多いのだ。


 役人達には、民族が住める環境がとても興味深かったようで、いずれ交易が持てるようにしたいと、しきりに話し合っていた。

 休憩時間が終わったのか、休憩室で談笑していた役人達も彼等の対談が終わる前には居なくなっていた。


 宿屋に戻ると早速

「何でシュラは名前を呼ばれたく無いのさ」

 二十代後半に見えるシュラは、頭に巻いていた布を外しながら

らぬ疑いや、危険を避ける為だが。何度も言っただろう。」

 とても面倒くさそうに、それだけ言うと少女にこの街で使われている言語でアヤメが解らない言葉を教える。旅をしていると言葉の違いや習慣の違いは多く、大抵はシュラからアヤメに教えている。

 シュラの髪は珍しい淡い水色をしている。外に出る時は、必ず髪を隠すように布を巻き付けるのだ。


 二日程かけて程好く旅支度も整え体調も万全な朝、タタジクを出る時に役人達にも挨拶をしていく。

「少しお時間を頂けますか?」

役人の中でも穏やかな印象だった一人がシュラとアヤメを物陰に手招きする。


 役人の話しによると、この街の水不足が実は深刻で、井戸を深く掘るよりも山の中腹辺りにある湖に目処めどを付けた一部の勢力が有り、すでに兵士が百人位は結成されて出発したらしい。

 兵士をいきなり向かわせる人間なんて、大抵話し合いをする気は無いと相場そうばは決まっている。

 身の安全の為に、山岳方面へ向かうのは止めた方が良いと教えてくれた。

「有益な情報、感謝する。」

 知らずに向かえばいきなり兵士の軍勢とバッタリ出くわす事になっただろう。

 少し賭けにはなるが、役人に教えた安全な道程を兵士が行くならば、少々危険な行き方になっても先回り出来る。危険をしらせる事が出来るはずだ。

 シュラにとっては故郷ふるさとのようなものだから、知ってしまった危険は回避出来るよう、出来ることはしたいのだ。

 心配そうにする役人に、お礼を伝えて別の地方で捕れた宝石を幾つか渡す。この街では高価な宝石だが、実は石ころのようにゴロゴロ落ちている所が有るのは内緒だ。

 

 無事に帰れたらまた挨拶に来ると役人に約束して、二人は砂漠地帯に向かった。



 足場の良くない岩だらけの所を二人は身軽に走り抜ける。兵士達が出発してからそんなにっていなかったようで、砂地には大勢の足跡が残っているのが離れた所からでも解る。

 

 二人が岩場を走り続けると、陽が暮れかけた頃に開けた砂地に出た。役人達に伝えていたように夜をしのぐのに適した岩場には兵士の集団が野営の準備を始めたのだろう。遠くからでも移動していない様子は解る。逆に、開けた砂地では二人が移動するのも確認出来るだろう。


 今夜は月が無い。陽が落ちたら兵士達に見付からないように再び移動すると決めて、二人は休憩する。


 街を出た時に比べると山脈やまなみは大きく見える。すっかり陽が落ちて、遠くの岩場には夜営している焚き火の灯りがチラチラと見える。


「アヤメ、背中にしがみつけ。」

アヤメと呼ばれた少女は

「しっかり休んだから走れるよ。」

負担になりたくないアヤメは身支度を整えて走り出す。

「子供は夜には寝るモノだ。」

直ぐに追い越されておんぶ体制で待つシュラを追い越して

「たいして変わらないクセに。」

まるで鬼ごっこのようにトレザを目指して二人で走るが、砂地で走るのは岩場よりも足を取られる。そのうち眠さと疲れで足が遅くなって来るとアヤメは渋々背負われて、ひもでくくりつけられる。

 シュラはしっかりアヤメを背負って再び夜の砂漠を走り出した。二人で随分ずいぶん走ったようだ。一気に山の梺を目指す。朝までにたどり着けそうだ。


 この世界に居る民族は、大抵たいてい似たり寄ったりの成長速度だが、シュラは非常に珍しい種族で恐ろしく成長が早い。実は二人が『生きてきた年月』は、あまり変わらない。しかし、シュラは既に成人をとっくに過ぎているのだ。

 存在自体が幻の民族とも言われていて、およそ三~五倍の早さで成長するが、運動能力だけで無く、記憶力や理解力も優れている為に民族間の交流が乏しいこの世界では狩猟対象とされる事が多い。生きて捕獲されれば軍役の奴隷となる者がほとんどだと言われている。


 

 まだ彼が幼かった頃に、一族は襲撃された。

 

 皆が寝静まっていた深夜の事だ。

「逃げろ!」

 大きな声の直後に彼は母親から抱き上げられ、母親はそのまま夜の森へ走り出した。父親は他の兄妹を連れて、すぐに別の方角へ走って行った。母親は木のうろにシュラを隠すように入れながら、

「迎えに来る迄、シュラは静かに待っていてね」

と、うろの入口を草で隠した。

 一緒に入れてくれた小さな荷物は暗くて目が慣れても中身までは確認出来ない。

 暫くは騒がしかった外の様子は、朝にはいつものように静かになっていた。

 シュラは誰かが来るのを待っていたが、誰も迎えに来る事は無かった。

 外が明るくなったので、小さな荷物の中を確認してみた。シュラの小さな手に丁度いい小刀が一つ、飴玉のような物がギッシリ詰まった袋、両親が着けていたのと同じ模様が入った黒く光る石は大事そうに包まれていた。

 黒い石は元のように包み直して奥にしまい、飴玉を一つ口に入れて、後は丁寧にしまう。これ一つでも一日位なら他の食事は無くても空腹にはならない。厳しい冬や砂漠を越える時にとても重宝すると聞いていた。母親が沢山作りながら、近いうちにまた移動すると話していたのを思い出す。

 四~五歳程度に見えるシュラはまだ生後一年位ではあるが、見た目の子供以上の体力は充分にある。


 昼を過ぎる頃に虚を出て、小刀を腰の辺りに着けて他の荷物は肩掛けにし、忘れた物は無いか虚の中を確認してから、辺りの様子を見に行った。昨夜の怖い出来事は何だったのか、確認しに警戒しながら家へ向かう。

 折り畳んで運べる家は、季節が変わらない間に何度も引っ越すので組み立て方や畳み方は見て覚えていたが、作り方はまだシュラは知らない。

 そんな昨日まで当たり前に生活していた空間は、荒らされ壊されているようだった。

 ふと何か生き物の気配を感じて近くの木に登り、気配から距離を取る。

 木の上から見下ろすと他の家も皆、壊されているのが解る。

 近くにある家から何かが出てくる。息を殺して見下ろしていると、出てきたのは何と、獣ではなく人だった。

 他の家からも人が出てくる。


 『人』が自分の家族や周囲に暮らしていた家族に危害を加える事が信じられなかった。


 誰かが何か話ているが、聞き慣れない言葉だった。今まで両親や兄妹と話していた言葉とは違う。品の無い笑い声だけは、解った。

 

 多分、逃げた皆が戻るのを待っているのだろう。家の中から食糧等を運び出しては、品物を物色しながら下品に笑う。


 人に対して不快に感じたのは初めてだった。不快、怒り、恐怖、不安、あらゆる感情で体中の血液が逆流してるような気持ち悪さだ。


 怒りで手足が震えるのを感じながら、家々を破壊する侵入者に見付からないように静かにやり過ごす。

 シュラが隠れていた木の虚に戻ろうとすると、すでに木の周りには大人が四人確認出来た。何か言いながら乱暴に辺りの草を刈っている。他の者も呼んでいたのか、あちこちから人が近付く。気配に気付いて更に高い枝に移り、様子を見を見下ろす。多分、シュラの足跡でも見付けたのだろう。こんな奴等やつらに何かしら手掛かりを与えてしまったのが悔しい。長い棒でザクザクと地面をつついていた大人の棒がシュラの隠れていた虚に突き刺さる。数人が虚を覗き込んで何か言う。木の上に居る自分が見付かったような恐怖で心臓が痛くなる。

 しかし、大人達は他の木の茂みや石の影等、低い所を集中して探し始めた。

 シュラは、大人達に見付からないよう注意しながら、その場を離れる。


 生きていればきっと、いつか何処かで会える。


 まだ幼いシュラはそう信じて一人、必死で生き延びる事を考えて、家族達と共に暮らしていた場所を後にした。



 始めてたどり着いた集落がまさに今、侵略されそうになっている。

 


 両親や兄妹を探し求めているうちに、見上げる山の中腹辺りに緑が茂って居るのを確認して、険しい岩肌にしがみつくように登ると、人里の様な場を見付けた。


 もしかしたら、ここに家族が居るかもしれない。だけど、もしかすると家族達を襲った人々かもしれない。


 警戒しながら人々の様子を見る。

 無意識に人の居る所に近付いていた。

 突然激しい痛みにその場でうずくまる。動けずに居ると、直ぐに複数の大人達に囲まれた。

 言葉は解らないが、家族達を襲撃した者達とは違う言語だとは解る。

 どうやら獣と勘違いして攻撃したような雰囲気だった。逃げる事も出来ずに警戒していたが、大人達から心配そうに手当てされ、介抱され始めると安心したせいか意識が薄れて行った。

 気付いた時は、見慣れない家の中だった。見回すと大人の女性がこちらに気付いて何やら話し掛けて来るが、ここしばらく雨風をしのげる洞穴や晴れた時は木の上で少し仮眠を取るだけだったので再び眠りに落ちた。

 次に目が覚めた時は頭がスッキリしていたが、周りの気配に耳を澄まして目を閉じたまま状況を確認してみた。

 先程の女性はこの家の母親でリリ。子供達は三人程確認出来た。一番大きな子供はシュラより大きい十歳位の男子、その下は七~八歳位の女子で、一番下の子供は五歳位の男子。

 父親らしい男性が外から帰って来たようだ。男性はユタと呼ばれ、他の大人達も入って来る。リリは眠っている幼い子供の様子を皆に伝えているようで、聞いている皆が心配している様子は解る。どうやら親を探してくれていたようだ。迷子の子供を探す親は、見付からなかった。

 話の内容を聞き取り、皆の言葉を頭の中で何度も確認しながら、うっすら目を開けると寝台の枕元には彼の持っていた小さな荷物と小刀が置かれていた。ここの人達は武器にもなる小刀をそのまま置くなんて、無用心だと感じた。

 少しずつ会話の内容が解るようになり、体を起こそうとしたら左肩から背中に痛みが走って呻き声を出す。

リリが駆け寄り、

「心配しなくて大丈夫よ。」

 怪我の様子を診たり、体温を確認してくれる。隠れていた時に肩にぶつけられたのは石だったらしいが、頭に当たってなくて良かったと言うべきだろう。まだ腫れている所には大きな葉に薬を塗ってあててくれる。

「あ……ありがとう」

さっきからユタとリリが大人達に何度も言っている単語を口に出してみた。感謝の気持ちを伝えたかった訳ではなく、聞き取れた単語を声に出してみただけなのだが、リリが母親のように抱き締めてくれて

「今はこの家で、ゆっくり休むといいわ」

優しい声に安心して、少し本当の母親みたいに感じた。

 リリに抱っこされて大人達の所へ行くと、一人の大人が特別に怪我の様子をとても心配していて

「良かった良かった。早く元気になってくれよ」

と頭をグリグリ撫でてくれた。


 怪我の治りは良く、次の日にはほとんど腫れも退いた。薬も効いたのだろう。

 家族揃っての朝食はシュラの分も用意されていた。長男がムウ、次に長女がイイス、一番下の息子がトト。シュラも自分の名前を伝えた。

 一番小さな息子トトが

「今だけ兄ちゃんて呼んでいいぞ」

と、外に連れ出してくれる。シュラより少し背が高い。

「兄ちゃん」

 そう呼ぶと得意気な顔で昨日会った大人達の所へシュラを連れて行く。

 皆が声を揃えて回復を喜んでくれるし、早く家族に会える事を祈ってくれる。

 

 傷がすっかり治る頃にはリリもユタも家族のように接してくれて、子供達もまるで弟のように仲良くしてくれた。


 すぐに、ある程度の対話も出来るようになった。


 ユタに連れられて、二人の兄と森へ薬草を探しに向かいながら、ユタから以前森で出会った少女の話しを聞く。

 二人の兄は何度も聞いた話しだそうだが、初めて聞くシュラにはとても興味深い話だ。もしかしたら、あの時の少女の息子かもしれないから、先方も探しているならまた会えそうな気がすると、ユタははやる気持ちを抑えられないように話しながらも子供達の足並に合わせて森を散策さんさくする。

 ユタは、シュラの髪が珍しい水色なので、白髪の少女が母親だと確信かくしんしていた。

 幼いシュラも期待した。もし、森で誰かに会えたら家族の手掛かりは有るかもしれない。

 

 すっかり傷は治ったがシュラの家族の手掛かりは相変わらず無い。


 このまま家族が見付からなければ、ユタとリリの家の子供になって一緒に住むと良いと言われた時はとても嬉しかったし、本当にそうなれたらと望んでみたが、彼の成長の早さは多分この家族に受け入れられない気がした。

 少なくとも、トトの背丈を追い越した時点でも『兄ちゃん』は少しよそよそしくなっている。リリは成長期なのねと言ってくれるが、そういうものとは違う。


 皆には森で家族の手掛かりを見付けたと伝えて、彼はこの家族に別れを告げてみる。ユタとリリは一人で行くのは心配だと同行しようとするが、不自然にならないように断る。彼の一族は警戒心がとても強いから、他の人が一緒だと会えないかもしれないと。

 シュラは今迄のお礼が何か出来ないかと、飴玉の入った袋をユタに手渡すと、出発は止めないが何日か待ってくれと言われる。


 その夜は夕食の後でユタの家族に出来るだけ正直に今迄の事を話す。

 シュラの民族が暮らしていた集落が、ある日突然の襲撃に合い、家族は散々《ちりじり》に逃げた事も、今は無事で居るか解らない事も。リリが幼いシュラを膝に乗せて、肩を震わせて抱き締める。優しくシュラの髪を撫でながら、

「大丈夫、きっとご家族は無事よ」

 と、リリの言葉に合わせるように、トトも

「すげえ事が出来るシュラの家族なら、もっとすげえんだろ」

 ユタの家族の皆が、きっとシュラの一族なら無事だと話して、シュラを勇気づけてくれる。

 皆の優しさに嬉しい気持ちになり、話しを続ける。シュラの民族は少しだけ成長が早いと思う事、皆の髪は青っぽい色だった事、常に移動して暮らしていた事や建物を折り畳んで運ぶ事を話すと、ユタと子供達が建物はどんな作り方なのか聞いてきた。覚えている限り詳しく伝える。

 旅支度はどのようにしていたのか、ユタが詳しく聞いてくるので、覚えている事を丁寧に教えた。

 それから小さな荷物入れの奥に丁寧にしまっておいた黒い石を皆に見せて、両親が同じ模様の着いた石を身に付けて居る事や兄妹の特徴を話し始めて言葉に詰まった。涙が出そうで何も話せなくなる。

 ユタの家族に励まして貰えても今、皆はどうして居るのか解らない不安と、ユタの家族に保護されて無事で居るのに、それを伝える事も出来ないのだ。

「今夜は休みましょう。ご両親もあなたの無事をきっと祈って居るわ」

 リリに抱っこで連れられて子供部屋の寝台へ行くと、他の兄妹達も一緒に来て、ここでの楽しかった話しをしてくれる。シュラの頭をグリグリした大人が実は彼に投石した本人で、彼の無事が解る迄はとても手が付けられない程に狼狽うろたええていたそうだ。普段は頼もしい大人が泣きそうな顔でオロオロしてた姿には驚いた事も、幼いシュラが無事だった今だから可笑しくなって皆で笑う。ここに来てからの話しをしてる間に眠っていた。


 次の朝、一人で森に行ってみる事にするが、やはりリリは心配する。

 日暮れ迄には必ず一度帰って来ること、両親に会えたら、挨拶をしたい事、色々と聞かされて、全て了承して森に入る。

 幼いシュラの身の丈を越える草が多い中、獣道けものみちを見付けたのでそこを散策する。

 しかしどうやって家族を探せば良いのか、移動する時はまだ大人の後を付いて行くしか出来なかったシュラは、何度か父親と兄に付いて獲物を捕獲しに行ったような道を選ぶ。

 人が住んでいる気配に気付けるか解らないが、上手く小動物の巣穴を見付けて二匹捕獲した。

 捕獲した獲物の血の臭いに大きな獣が反応するのはすぐ解ったので、獲物をかついで木に登り、枝伝いに森を出る。血の臭いに反応する獣は大抵が獰猛どうもうだ。

 まだ昼過ぎだが、安全の為に一度捕獲した獲物を渡しに家へ帰ると、獲物を見たユタとリリが驚いたが、兄達は興奮して狩に行くと言い出した。

 家で皆で捕れたばかりの肉を食べて、午後からは森の獣道の見つけ方や捕獲のやり方、一度捕獲されると巣を移動するから何も居ない事が多いが、全部は捕獲しない事を話しながら午前とは違う巣穴を見付ける。

 ユタがここに住む人達は巣穴を見付けて捕獲する事は無いことを教えてくれる。空の巣穴が有れば、幼いシュラの探す一族が居る証拠になるのでは?と。

 それを聞いて、兄達も空になった巣穴を探してくれる。

 夕方が近くなり、残念ながら空の巣穴は見付からなかった。しかし獲物はかなり捕れたので、帰ると燻製くんせいを作る準備に取り掛かった。


 翌日はトトと他の大人達に挨拶に行くように、朝から家を送り出される。

 頭をグリグリしてくれた大人は嬉しそうに大きくなったと言う。兄達から聞いた話しを思い出して自然と笑いが出た。

 数日はムウやイイスと森へ行って木の実を収穫したり、トトや他の子供達とも遊んだり、夜は寝台で四人で色々な話しをした。

 

 家に近付けば毎日燻製のいい匂いがする。


 夕食の時に家族が揃う。そこで、明日は出発したいとシュラが話すとトトは

「ずっと居ればいいじゃないか」

と小さく呟いた後は黙って肉に食らい付く。

 燻製や他にも肉の多い今夜の食事はとても豪華だ。

 ムウとイイスが湖の魚も美味しいけど肉が多いと喜んでくれるし、シュラが居なくなるのは寂しくなると話した。

 ユタとリリは先日の夜遅く迄、何か作業をしていたが、食後にシュラの為の旅支度がある程度は整えられたと皆の前で渡してくれる。

 飴玉のようなものは旅の非常食として欠かせないだろうと、作り方を研究していたらしく、同じ物が作れなかった事を残念そうにしながら、かなり近い物にはなったと作り方をシュラに説明する。

 シュラも真剣に覚えた。

 飴玉が沢山入った革の袋とシュラの体に合わせた着丈が長めの上着はリリが作ってくれた物だ。上着の内側には幾つもポケットがある。

 ムウ、イイス、トトはリリに教わりながら背負える大きめの革袋を作ってくれた。出発する時に燻製を入れてくれるのだそうだ。


 シュラはこの家族といつまでも一緒に居たいと思う反面、早く自分の家族に会いたい気持ちも大きくなる。

 しんみりとしそうになると、ユタやムウが話題を変えてくれる。


 その夜は、家族が揃って子供達の寝台で眠った。少し狭いけど六人で眠る夜は暖かかった。


 朝陽が昇ると直ぐに皆が揃えてくれた物をシュラが身に付ける。

 ムウとトトが荷物を入れる革袋に木の実や燻製をぎゅうぎゅう詰め込むが、一人では食べきれる前に傷んでしまうと、半分以上は返す。

 リリが膝立ちになってシュラに視線を合わせると、母親のようにシュラを抱き締めて

「無事にご両親の元まで行けますように」

と小さな御守りを手渡して涙ぐむ。

 トトがうつむいたまま、

「これオレの宝物だから、やる。」

と、小刀を差し出した。刃は良く研がれていて切れ味が良さそうだ。刃先はちょうど良い大きさの革に収まり、刃先を収める革袋はベルトに通せるようになっている。早速革袋をベルトに通して使い心地を確かめる。とても使いやすい。ユタから譲り受けた物だと言った。

 代わりにシュラが使っていた小刀を出して

「兄ちゃん、交換しよう、宝物。」

トトは驚いた顔でシュラを見つめた。両目は涙でいっぱいになっている。

「大切に使うよ」

二人の声が揃った時にトトの我慢していた涙が溢れた。

 名残惜しさはあるが、きっとどれだけ話しても尽きる事は無いだろう。

 シュラは小走りでその場を離れて振り替えって皆に手を振る。

「いつでも帰って来ていいんだからな」

ムウの声と重なってユタとリリがいつでも待ってると聞こえる。

 

 充分な旅支度をしてくれたほんの一ヶ月と少しの家族が、幼いシュラに与えた影響は大きい。

 五年くらい前の事だった。


 それからシュラは家族の手掛かりを求めて砂漠を越える旅をする。『セトラナダ』という王国には多民族が行き交う都市も有ると、途中の街で聞いた為、セトラナダに向かい、そこでアヤメと出会う事になった。

 そこからは二人の旅になるが、まだ幼く見える二人では不自然な為に、他の行商人と同行して貰った事もあった。


 未だにシュラは同族の皆の安否が解らない。

 旅人としてあらゆる地を巡って見たが、安全に情報を入手する方法を模索もさくしている間に月日ばかり過ぎていく。

 しかし、各々の土地で重宝される物資を届ける旅をしている間に自然と各地の言葉もある程度は理解していた。


 シュラは背中でスウスウ寝息をたてているアヤメの体温を感じながら、空が白んで来る前に梺付近の茂みがある所まで急ぐ。


 朝陽が地平線から覗く頃には茂みにたどり着き、兵士達が居る岩場に目を凝らす。動きは確認出来ない程遠いが、兵士なら急げば一日あれば梺まで辿り着けるだろう。

 アヤメを起こさないように横にすると、シュラも隣で直ぐに寝息をたてる。


 ほんの一時間位眠ってシュラは目を開けるが、アヤメの姿が無い。身構えるように飛び起きて辺りを見回すと、アヤメが走って戻って来る。

「もっと寝てれば?」

 今回はトカゲを捕る時間は無いと話していたのだが、先に目を覚ましたアヤメが程近い砂地で捕獲したらしい。丈夫な草でんだかごに五匹位入っている。

「いや、充分休んだ。今回は生きたまま持って行くのか?」

アヤメの無事に安心して、トカゲを見ながらシュラが言う。

「捕まえられるようには なったけど、殺せないもん」

アヤメはちょっと膨れるが、籠をシュラに渡して軽食を出す。

「捕獲の手間がはぶけたのは助かる。」

 シュラのの言葉にアヤメは胸を張って笑顔になる。

 軽食を済ませてシュラは手際よくトカゲを解体して、部位ごとに分けて荷物に入れる。

「行こうか。」

 二人とも進行方向を見て、シュラが紐を出すと

「あたし、自分で登るからね!」

 少し迷惑そうな顔のシュラに、

「いっぱい眠ったし、大きくなったんだから。」

 以前にここを訪れた時は、砂漠を三日かけて一緒に歩いたが、絶壁に差し掛かると背中にくくりつけられたのが悔しいようだ。

 本当は、シュラのお荷物になりたくないのだ。どんどん成長して、出来る事が多くなるシュラと違って、アヤメはいつまで経ってもなかなか大きくならないし、行く先々の言葉も先に覚えてアヤメに教えてくれるのはシュラだ。

 普通の同年代の子供に比べるとアヤメは遥かにレベルが高いのだが、比較対象は常に側に居るシュラだ、同じ事が出来ないのが常に悔しい。

 それでも事あるごとに当然のようにシュラを頼りにしているが、自分で出来る事をもっと増やして早くシュラの荷物を卒業したいと思っている。


 少し斜面を行くと断崖絶壁が立ちふさがるようにそびえ立つ。シュラの話しではこのまま急斜面が続く道も有るそうだが、上に行けば雨が降っているだろうし、兵士達に追い付かれる危険も有るので、この崖を登ると言う。

「本当に大丈夫か?」

「任せて、自分で登れるよ」

 シュラはアヤメと一本の丈夫な紐でお互いの腰に結ぶ。アヤメが登りやすいように助言をしながら登り進める。

 絶壁ぜっぺきを暫く昇ると、大人がくぐれそうな横穴がある。下から見上げた時は穴が在るのは解らない。以前この穴を見付けたのは偶然だった。横穴に入り込むと、外からの明かりが無く真っ暗になる。

 外からの明かりがある所で、シュラが光苔ひかりごけの粉を二枚の布に出し水筒の水を少し含ませて包む。ボンヤリ明るくなった布の包みを一つアヤメに渡して、お互いの腰紐をほどいて暗がりを登る。

 動物が掘った通り道のようだが、絶壁を登り続けるよりは安全に行ける事を三年前にアヤメと来た時に確認している。

 前回トレザに滞在した時はトトとアヤメが同じ位の年頃に見えたのだが、シュラはその時は既にムウより年上に見えたので、家族との再開は直接せずにシュラだけが皆の無事と健康を確認して安心していた。


 以前通った時に比べると、土の湿った匂いが強い。上の方はかなり雨が降っているのだろう。岩や木の根に上手く手足を乗せて、急斜面になった穴を進むうちに、少し平らな広い所に出る。

「少し休もうか」

「まだ大丈夫、行こうよ」

「この先は急斜面が暫く続くぞ」

ボンヤリとした明かりしか無いと時間が解らない。動き続けていると、空腹も気付かなくなりがちだから休める時に休憩はしておいた方が良い。

 街で仕入れていおいた燻製や果物の入った硬いパンを切り、しっかり食事を取る。

「役人さんが出してくれたパンはやわらかそうだったのにな。」

硬いパンをかじりながらアヤメが言う。

「ああ、うまそうだったな。だが多分、毒が入っていたぞ。」

「え?」

「絶対とは言えないが、誰も手を付けないで片付けただろ?」

「だけど、別の部屋で食べたかもしれないよ」

「わざわざ休憩室の外でか?」

「あ……。」

 シュラの説明によると、もしかすると毒を盛られている事も有るので、料理を出されたら相手が食べ始めるのを確認してから食べると決めているそうだ。取り敢えず誰でも疑っておけ、といった内容だがアヤメは常々シュラが言っている『想像できる最悪の事態 に対応出来る準備』を思い出す。

「ここは多分わりと安全だから、眠れる所で休んでおきたい。」

 暗がりで激しい運動の後の食事は眠気を誘う。土や岩に囲まれている為、何か近付けば物音で気付くはずだとシュラの話しを聞いている間にもアヤメはウトウトし始める。シュラは背の革袋から大きめの軽い布を出して横になったアヤメに掛けてやるとシュラ自身も横になる。


 一晩中走った疲れも取れたのか、暫く眠ったシュラが先に起きる。

 朝より土の湿った匂いが強くなっている。もしも土砂崩れで生き埋めにでもなったら、二人とも無事では済まない。

 アヤメが起きると直ぐに斜面を登り始める。案の定、暫くは二人揃って休めそうな所は無い。それでもアヤメが疲れて来た頃を見計らって所々で休憩を入れながら薄暗い中を登って行った。

 何時間も暗闇を登り続けるのはアヤメの本心では辛い。先が見えない暗闇は、本当に出口が有るのか不安でしか無い。シュラが居なければ絶対に通らない道だ。仮眠から目を覚ますたびに辺りの暗さで具合が悪くなりそうなほど不安になる。前にここを通った時は目が覚める度に暗くて怖くて、でぐずぐず泣いて居たのを思い出す。今だって泣きそうな気分だが、こらえてシュラに続く。少し離れると光苔の薄明かりだけでは、暗闇に負けてシュラの姿が見えなくなる。音を頼りにシュラの後を追いかけるように進む。

 アヤメの心はとっくに限界だと思うが、近くに居るシュラに負けたくない。早く大きくなりたい。もっと色々な事が出来るようになりたい。何より、荷物になりたくない。その思いで着いていく。

 それでもアヤメの体力に合わせて、シュラは時々休憩を入れている。


 途中で仮眠を取りながら、登り続けて二日ぐらい経った頃だろうか、湿った土の匂いに合わせて草葉の匂いがしてくる。

 シュラもアヤメも外の気配に期待して勢い良く先に進んだ。


 長かった暗闇の先に光が射し込んでいるのが解ると、安堵しながら外に向かう。

 久々の明るい所では少々目が眩むが、やっと森に出て二人は外の空気を腹いっぱいに吸い込んだ。何度も大きく空気を吸い込んでは大きく吐き出す度に、洞窟での不安だった気持ちも溶け出して行くような気持ち良さだ。


 雨はあがっていた。どうやら先程まで降っていたようで、木々の葉からしずくが落ちている。雲の切れ間からす太陽光がとても綺麗だ。

 夕暮れに外に出た二人は、明るい所で始めてお互いが泥だらけな事に気付いて笑った。

 取り敢えず湖に向かい、各々が少し離れた所で体を洗い、泥だらけの衣類も洗う。雨上がりの空から覗く陽射しが気持ちいい。

 湖の近くにある木に紐を張り、洗った衣類を広げる。

 魚も捕獲出来たので、火をおこして焼いて二人で食べる。一緒に硬いパンや燻製も少しあぶるとうまい。


 直ぐに陽が落ちたが、土の中の暗がりとは違って風が心地好いし、広々とした空や星の光が気持ちいい。やはり外は良い。


 翌朝はゆっくり目覚めて、昨日のうちに洗っておいた衣服を革袋にしまい、アヤメとシュラは朝食を済ませる。


「取り敢えず広場に向かおう。誰か居ると思う。」

「うん。ねぇ、髪の毛に巻かないの?」と頭布を巻いて無い事をアヤメに言われるが

「ここでは良いんだ。疑う相手は居ない」懐かしそうに遠くを見て笑う。

 淡い水色の髪と、全体に均整の取れたシュラを見上げて、やはりアヤメは早く大人になりたいと思わずにいられない。

 二人が広場に向かうと、何故かお祭りのような賑わいである。

「ねえ、あれもこれも美味しそうだねえ」

キョロキョロするアヤメに、

「今さっき食ったばかりだろう」

 呆れた顔で良い匂いに誘われてフラッと食べに行きそうなアヤメを捕まえながら

「ここを取りまとめる人と話しがしたい」と近くに居る人に伝えると、リリがやって来た。

 変わらない穏やかな微笑みがシュラには懐かしい。

「旅の人、昨日までは酷い雨でしたが?」

「ああ、昨日ここに着いた時に雨が上がりましたね。」

「昨日……着いたのですか?」

 リリは驚いて二人を交互に見る。

「急いで伝えたい事があった為、少しばかり無理をしましたが、間に合ったようです」

 シュラとしては兵士が向かって来ている事をユタに伝えたいのだが、いきなりリリに伝えて良いものか考える。もしもユタの体調が悪くて代理を務めて居るならば、リリに直接言わなければならない。

 それとなく天気の話しをして、ユタの状態を聞き出そうと考えてみた。


 お疲れさまでした。

 何とも頭の中のイメージを文章にしてみると、表現が穴だらけな気分です。


 それでも最後まで目を通していただいて有難うございました。

 次を待ってると言われれば、でんぐり返しして喜ぶでしょう♪

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