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龍の居る世界     作者: 子萩丸
19/59

動き始める時間

世間が冬になりました。

最高ですよね、コタツにミカン。

動けなくなりますね。

トイレに行くのも誰かに押し付けたくなるほど。

なので、コタツを我が家から廃止しました。

そして結局、暖房器具の前に陣取って、動けません。



 まだ暗いうちからシュラは目覚めた。衣類に隠れるように小刀と短剣をいつもの様に腰に着ける。腰に直接着ける小さな鞄の中を確認して、銅貨を三枚だけ出して鞄の蓋をしっかり閉める。肩から下げている鞄の中はほとんど薬とその材料や採取した物を入れる空き容器だが、銅貨も小分けに使う袋に入れ直してしまう。使用して減った薬の補充をしようと確認し始めた時だ。

「きゃあぁーあっ」

 (アヤメ!)悲鳴と同時にシュラは走って部屋を出る。心臓が大きく嫌な音で鳴る。アヤメとイイスの部屋はユタとリリの部屋の向かいにある。

 シュラが走ってアヤメ達の眠る部屋に着くと、ユタの部屋も扉が開く。

 何が起きているのか。

 万が一アヤメの身に何かあれば陣の計画は使えない。もしかしたらアヤメの正体に気付いたバムが何らかの攻撃をしたのではないか?

 それよりも、何よりも……旅をしていた時の記憶がよみがえる。

 遅れてバムが来るのが見えて、シュラがイイスの部屋を開けた。


「いだだだだっやめふぇふふぇ(止めてくれ)」

 恐る恐る入って来たユタとバムの目に入ったのは、アヤメの頬を顔が伸びるほどつねっているシュラだった。

「一体、何が起きているんだい?」

 ユタが聞く。

 シュラが部屋に入って見たモノは、両目を潤ませてチヌに頬擦りするアヤメだった。シュラと目が合ったアヤメが「可愛い」とチヌの寝顔を見せるように向けた瞬間、シュラの右手はアヤメの頬をつねっていたのだと、大きなため息をついたシュラの口から聞く。

 あの悲鳴は、アヤメがチヌの愛らしさに歓喜した叫びだったのだ。

 隣ではイイスが気持ち良さそうに眠っている。

 あれだけの声で目覚めない度胸は、凄いのか鈍いだけなのか、わからない。


「ふぇ。顔面が変形するじゃんよ」

 赤くなった左の頬を擦りながらアヤメがシュラを睨む。

「朝から迷惑な奇声を上げる方が悪い。見ろ、父さんとバムが心配しているぞ」

 ユタの後ろにはリリも遅れて来たのがわかる。

「あ、ご、ごめんなさい。目が覚めたら、チヌの寝顔があんまりにも可愛くて」

 まだ暗い時間だ。本当に迷惑をかけたと心の底から謝る姿に

「仕方ないわね。今日はもう、皆も起きる頃だから良いわ」

「何事も無くて安心したよ」

 呆れたようなユタとリリの声を聞きながら、シュラは黙って足りなくなった薬の補充に向かう。一瞬でもバムを疑った自分が情けないと思ったのもある。


 朝からアヤメの悲鳴でバタバタとしたが、子供達はまだ夢の中だ。シュラがいつでも出られるように身支度を整えている間に、ユタとリリとバムで学舎まなびやをどのように進行させて行くか、朝食の下拵したごしらえをしながら話し合う。

 厨房に顔を出したシュラが

「何か手伝える事は?」 

「そうね、そろそろみんなを起こしてちょうだい」

 シュラは良い返事をして、ムウとトトを起こしに行く。起こしている声が聞こえたのだろう、アヤメがイイスを起こす声も聞こえて来る。


 まだ外は暗い。ユタとバムが足下を照らすあかりを持って出発だ。アヤメの頭上にはチヌが乗っている。

 夜明け前の空気はひんやりとして、坂道を登りながら歩くには丁度いい。

 途中でパウゾと合流し、洞窟に向かう灯りが他にも幾つか見える。

 なだらかな斜面を歩きながら、開けた所に出て見下ろすと、民家からあかりが漏れているのがかすかに見える。

 若者達も近くで見下ろしながら、誰が伝えた家に灯りが付いたか話している。

 とどこおり無い通達が伺い知れる光景にユタも安心する。皆それぞれが、とても頼りになるのだ。とてもユタ一人では出来ない事を、皆が尽力してくれる。

 ユタを先頭に再び暗い山道に入ると、民家は見えなくなる。

「もうすぐだ。バムは何を探しているのだ?」

 バムのすぐ後ろを歩くシュラが話し掛ける。

「すぐなのか、いや、楽しみなんだ。神々の住まいを間近に観られると思うとな」

 本当に楽しみにしているようで、バムの足取りが更に軽くなる。

 しかしバムが考えているのはトーナ達の住むような城か神殿で、辺りの景色は草と木ばかり。思い描いていた石畳の道も無く、建物の有りそうな雰囲気も無い。先頭を歩くユタの先に仄かに明るい洞窟の入口が見えた。

「良く来たな。この先は足下あしもとに気を付けよ」

 ヒムロの澄んだ声は、決して大声ではないのに良く聞こえた。

 先頭のユタにリリが続き、イイスとアヤメも先に進む。

 火を焚いているような明るさではなく、また昼間のように明るい訳でもない。

 足下から光が発せられているのだろう。

 ユタとヒムロの話す声を聞きながら、手にしている灯りを消してバムは愕然とした。

 想像していた神殿ではなかった事と、想像をはるかに超える美しい光景に。


「バム、驚くのは解るが、後がつかえている」

 シュラに言われて、足を進める。ほんのり明るい洞窟の中に入ると、音の良い鈴が幾つも転がり回ってっているような、静かで心地好い音が耳に入る。音の発信源は光り輝く小さな玉でてのひらで包めるぐらいの大きさだ。一面に敷き詰められるようにキンと小さな音を立てている。皆が七色に発光している洞窟は、足下だけがほんのりと明るい。

 ユタとリリはヒムロに連れられて、奥に一際ひときわ輝く玉の前に行く。

 パウゾはラージャが入口付近の玉の前に連れて行き、ラージャは興味深そうに座り込んでパウゾも隣に腰を下ろすように勧める。

 後から入って来た若者達も『気』で出来た玉の元までヒムロが案内した。

「不思議だね、こんなに沢山あるのに、何だか自分のはわかる」

 ユタが言うと、聞こえた皆も頷く。

「みんな同じように綺麗に光って優しい音を立てているのにね」

 リリもユタの隣で言う。

 シュラとムウ、イイス、トトは自分の『気』が光るのを見て自然に足が向かって行った。

 バムはパウゾの隣まで戻り、洞窟内を見回して輝きと音に感嘆のため息を吐いた。

 澄んだ空気、ささやくような音色、ほんのり明るい洞窟は、初めて見るのに何故か懐かしく感じた。ああ、ここから始まる。そんな言葉が心に浮かんだ。


「そろそろ陽が出るぞ」

 ヒムロの声に合わせてチヌが洞窟の中をはためく。

 洞窟の中は光が射し込み、明るくなると同時に玉が強く光だす。氷柱が七色なないろに輝く中でキンとした音が洞窟内に広がり、一瞬だが目がくらむ程の眩しさに包まれた。始めにユタの目の前に光の花が大きな花弁を広げた。スルスルと伸びる植物は、周りの光りを求めるように緩やかに動きながら次々と蕾を付けていく。コロコロと穏やかな音につられるように隣にあったリリの『気』も、黄色い花弁を広げた。花が開いてから、支えるように植物の茎が延びてくる。

 花の香りだろうか、洞窟の中に甘い香りが広がり、パンと弾けるように同時に幾つも玉が割れて七色に輝く蝶が飛び始めた。射し込む陽を目指すように、次々と洞窟の入口に向かって行った。

 若者達は、この蝶が何故なぜここで誕生したのか、まるでずっと前から知っていたような気持ちで見送る。

 先に誕生した蝶が入口辺りで陽にはためく。蝶は次々と心地好い音と共に誕生し、続けと言っているみたいに、入口付近ではためきながら皆が姿を表すまで待っていた。蝶は群生した状態で山を降りて行く。まるで動く虹のようだ。

 入口付近にいたバムは、蝶の郡是の後を夢見心地で、自然に足が追い掛ける。見晴らしの良い所まで行くと、動く虹がバムからどんどん遠ざかって行く。民家の辺りや湖、広場、あらゆる所を固まって飛び進め、やがてトレザの方々に散って行った。

「夢をみているんだろうか……」

 さっき暗がりに見下ろした土地は、朝陽に照らされて別の景色にさえ見えてくる。


「やや?チヌが金色じゃな」

 普段はこの時間、龍の姿に戻る習慣のあるヒムロは人の姿のままで、玉の殆ど無くなった洞窟内でチヌを観察していたようだ。

 ユタとリリの花、沢山の蝶、チヌは金色になって七色の洞窟内を悠々と飛ぶ。昨日のぎこちない飛び方も、思わず手を差し伸べて手助けしたいほど可愛かったが今の飛び具合も可愛いとアヤメがはしゃぐ。

 入口辺りでパウゾが声を上げた

「オレは蝶じゃねえ、ヒヨコだ」

 隣で何が出て来るのか待っていたラージャが大声で笑い出した。

「パウゾの家では代々、鶏をやっていたからね」

 ユタが話す。兵士に提供した建物には、鶏を沢山飼っていたのだそうだ。まだ子供だった頃なので、減った理由までは知らないが、今では数える程しかいない。大きな鶏小屋は必要無い程度に。

 パウゾの手に乗ったヒヨコも七色に見える。


 シュラ、ムウ、イイス、トトも花や蝶に見とれたり感激したのだが、『気』の玉は一向に変化を見せない。

「オレの……壊れてるのかな」

 トトが呟く。

 クスクス笑いながらサラが

「アヤメのチヌを見たからでしょうね、きっと『気』が変わったのよ」

 サラが説明を始めると、シュラの『気』が大きく光った。暖かい光の中からシュラが拾い上げたのは『種』。

 何の種かはシュラには解っているようで、眩しそうに見つめた後は、腰に付けてある小さな鞄に小袋に入れてからしまう。

「シュラのは何だったの?」

 大事そうにしまった物が何か、イイスが聞いてきた。

「用途の違う植物の種がいつつ、後で植えさせて貰いたい」

 ユタとリリも植物だが、この場で咲いた。

「何で、ここで咲かないの?」

 アヤメはシュラの『種』がどんな花を咲かせるのか見たかったようだ。

「寒い所は苦手なんじゃ。逆に光の花は、ここでしか咲かぬ」


 若者達は、以前ここでゆっくり観られなかった時間を満喫しつつ、蝶の事を話し合う為に自然と集まる。

 七色なないろだった輝きは徐々に失せていき、洞窟内は明るくなる。パウゾのヒヨコは白くなった。チヌも元の黄緑色に戻るとアヤメの頭上に戻って眠る。


 ムウの『気』が大きく光ったと思うと、スウッと消えてしまった。

「兄ちゃんのが無くなっちゃった」

 イイスとトトが同時に叫ぶ。この二人の『気』は、全く変化が無い。

「ううん、違う所に行ったんだ。場所はわかるよ」

 『何か』が待っている。期待も大きいが、すぐに向かわなくても良いと思った。行きたくなった時に足を運ぼう。


「シュラ、何か入れられる物を持ってないかな」

 ユタは空の瓶を二つ用意していたのだが、光の花から出る蜜を採取したら二つ目も、もういっぱいになりそうだ。その様子を見ながら、シュラは空の瓶ではなく、皮袋を出した。

「たまに水も入れる袋だから、漏れないと思う」

 ユタは皮袋に蜜を直接入れる事にした。

「私にも空いた入れ物をちょうだい。量は少ないけど、持って帰りたいわ」

 リリの黄色い花は手に包み込めるぐらいの大きさで、甘い香りはこの花から漂っている。蝶が飛び出して行く頃には幾つも花が開いて、良く観ていると花が開いた後から枝が延びてきていた。

 花の芯から数滴の水が光り、その水滴一つ一つが洞窟内の景色を小さく映し出して、ずっと見とれていたリリも、隣で蜜を採取するユタと同じように空の瓶を受け取り採取を始める。

 光る花はしぼみ始める時にたっぷり蜜を出す。すっかり萎む頃に次の花弁が空気の中を泳ぐように広がり、白く見える五枚の花弁の中心から金色の光が幾筋も伸びる。

 ユタは蜜を集めながら、次に開く蕾は花びらから金色の光が溢れ出して、揺らぐのを見る。蝶が居なくなっても、まだ光る玉は幾つか残っていて、イイスやトトのように可能性を感じる玉だ。


 七色に輝く時間が過ぎると、光る花は開かなくなった。揺らいでいた動きも止まり、萎んで落ちた花が溶けるように消えた。花の落ちた後には『気』で出来た玉に良く似た小さな実が着いた。

 


 ユタとリリが採取に夢中になっている間に、若者達は蝶のこの先を話し合い、早速この後で始まる予定の学舎まなびやで皆に伝える内容をまとめている。


 トレザの土地では布を作る職人が少ない。大抵は家族の衣類を作る作業は主婦と子供達で、それなりに済んでいたからだ。

 しかし、ヒムロの布を見た。サラの衣装を見た。尊敬するユタが立派に着飾った時には誇らしくも思ったし感激した。

 借り物ではなく、自分たちで同じような布を作り出せないかと、職人達と色々な植物から取り出した繊維で布を織ったが繊維が細いと布は簡単に破けてしまう、もろい布になるし、手触りは薄くてもざらざらだった。それに、太い糸で織る機織では布の目も揃わない。

 それでも、質の良い細い繊維で布を作れるように職人達は機織はたおりの改良を試行錯誤している。

 これから学舎で知るであろう『設計』から学べる事は建築だけじゃない。

 修理出来ずに納屋なやで眠っている道具も、直せるようになるだろう。


 蝶は、春に卵からかえる。幼虫はさなぎになるのだが、この蝶は細い繊維で蛹の時間を過ごすはずだ。蝶が再び飛び始めたら、森に出て蛹のまゆを集めよう。

 それ迄に、できるだけ機織を改良しておきたい。

「繭の中から蝶が出る時に繊維は切れてしまわないかな?」

 出来れば長い繊維が採れると良いのだが。

「とりあえず蝶の観察をしてみようよ。これから冬になるし、多分、冬になる前に卵も生むよね」

 何を食べて育つのか、どうやって冬を越すのか、手分けして観察しながら、いずれ蛹になるにしても、どの辺りを好むのか知っておきたいと皆で言う。


 学舎では設計を覚える為の文字、計算、あと蝶の観察も加える。


 バムが洞窟に戻ると、明るく広い空間は、氷で出来ていた。七色に輝く前は薄暗く、中の様子までは解らなかったのだ。特に足下に注意していたせいもあるだろう。

 ひんやりした空気が脳まで冷したようで、夢をみていた感覚が、ハッキリする。

 自然に造られた洞窟だが、神殿と呼ぶのに相応しい空間をじっくり眺めながら、改めて皆の住む所にも神々が落ち着ける建物が必要だと感じた。


 ユタとリリの採取も落ち着き、皆が朝食を取る為にそれぞれの家へ向かう。

 アヤメとイイスが追いかけっこするように走り出し、ムウとトトも続く。シュラも皆の後を追うように、皆の速度に合わせて走り出した。


「竈の火はおこしておいたよ」

 後から戻ったユタにトトが言う。

「シュラに手伝って貰ったクセに」

 イイスが厨房から出てきて言う。下ごしらえの済んでいた食材を、どう調理するのかリリに聞く為だ。

 リリも助かると言いながら厨房に向かうと、入れ代わるようにシュラが出てくる。

「父さん、さっきの種を植えておきたいんだが、何処が良いだろう」

 邪魔で追い出された訳じゃないらしい。


「この辺りなら、陽当たりも良いし人も通らない。どうかな」

 ユタとシュラは外に出て、五つの種のうち三つを土に埋めた。間隔を広く取って掘り起こし、渇いた土に少し水をかけて馴染ませる。旅先は砂漠も多く、普段から水を多く使わない。残った二つの種は、再び鞄の中に入れておいた。

 朝食は、すぐに出来たらしくアヤメが呼びに来た。

「種、まいたんだね。花が咲くのっていつかな。また、咲く頃にここに来ようね」

 アヤメは地面に向かって話し掛け、楽しみだと言って先に戻って行く。


 朝食の席で

「ムウ、さっき消えた『気』は、何処に行ったのかな」

 ユタに聞かれて、ムウが答える。

「結界の森より奥の、山を登った先みたいなんだけど。一人で行くのは怖いな」

 実際に獣も多いだろうし、誰も行った事が無い所なので、そもそも道すら無い。

「随分と遠いな。明日、軽食を持って一緒に行ってみようか」

「あたしも行きたい」

 アヤメが言うと同時にイイスとトトも立ち上がる。

 ユタは子供達を見回して

「皆で行こうか。シュラはどうする?」

「一緒に……いきたい」


 明日も陽が出る時に洞窟までは行く予定だ。光の花が咲くなら、蜜を採取しておきたい。ついでに少し足を伸ばすのも良いだろう。

「バムさんは、明日も学舎があるから行けないわね。私は蜜を集めたら戻るわよ」

 リリは天気が良ければ家の中に風を通したいし、雨なら大きなたらいを外に出して、水を溜めておきたい。湖まで水を汲みに行くのは大変なのだ。


 いつものように、皆で食器を片付けながら

「アヤメとシュラも、今日は一緒に行こう」

 トトが学舎に行くのをを楽しみにして誘ってくる。

 バムの様子も見ておきたいし、アヤメも珍しく勉強に興味がありそうなので、シュラも荷物運びを手伝うついでに行く事にする。


 学舎まなびやの集合場所は広場で、ユタの家からはそれほど離れていない。結構な人数が居て、皆の話題は今朝の蝶だ。

 そう、皆が似たような感覚で『ヒムロの脱け殻』に近い布を求めていたのだ。

 例えば、今より洒落しゃれた服が欲しい若い女性。軽くて暖かい布で冬を越したい高齢者。手触りの良い布で子供を包みたい親。

 他にも求める完成品は違えども、神々から拝借した布ではなく、自分たちで作り出したいと願った物の素材になると確信すれば、次に何をするべきか自分の出来る事を伝え会う。

 バムの到着を待っていたと言わんばかりに、民衆に囲まれた。

 機織を修理する技術が欲しい、設計や試作する知識が欲しい。蝶の育つ環境を知りたい。皆が求める事を口々に言うので騒然そうぜんとなった。

 当然、元々は命令に従うだけの兵士だったバムは、この状況に困惑する。

「ちょっとみんな、待ってくれ。覚えたい事がバラバラだと体が一つじゃ足りない」

 何を知りたいのかが解らなければ、伝える内容も意味がない。若者達が設計や建築を覚えたい者を集める。次に文字の読み書き、計算、他にも薬の作り方を覚えたいと言う者や、裁縫を覚えたい者も出てくるが、文字の読み書きや計算を覚えたい者が驚くほど少ない。


「設計に関わりたいなら文字と計算は必要だ」

 設計を覚えたい者の中にシュラが入って言うと

「形の通りに材木を加工するんだ、計算なんて必要なもんか」

「作ってなんぼのもんだ、数ぐらい今さら覚える事じゃねえ」

 腕に自信のある職人達は、いきなり設計を知りたい様子で、図面や読み書きには興味を示さない。

 確かに、年配の職人は図面の読み方を覚えるより作業を始めながら覚える方が効率も良いだろう。


 ただ、学舎で教える事の出来る者が今のところバム一人しか居ない。

 どのような内容を覚えたいのか、どう発展させて行くのか、話し合いながら決めていく。

 幾つかの組に分けて若者達が中心になり、皆の意見を聞きながら書き留めて行く。


 ちょうの観察を始めたい。これも記録を残す為には読み書きが必須になる。

 意外と多いのが、治療を覚えたい者だ。普段からユタと薬草の採取にも同行したり、自分たちの薬はある程度なら作れる者がほとんどだ。彼等にはユタから、診察する相手の名前が書けて、症状の記録も出来た方が、対処しやすいと説明を受ける。

 職人たちの中からは技術者としては未熟ながらも、設計や図面が必要になりそうだと思うと、職人を目指す若者からも設計図を作れるようになりたいと決まれば、読み書きを学ぶ者がぐんと増えた。

 幾つかの組に分けて、若者達が中心になり何から学ぶと良いか書き記して行く。

 大人が中心となる学舎になりそうだ。


「シュラは読み書きが必須とか言うけどさ、子供の俺でも覚えられるかなぁ」

 普段からトトと良く遊んでいる男子が言うと、トトが自信満々で

「オレ、字は殆ど覚えたぜ」

 まだあやふやで、ちゃんと全部が書ける訳ではないが、アヤメとシュラから教わっていて、バムにも教えて貰う機会が多い。

「アヤメはもっと小さい頃に読み書きが出来たらしいよ」

 ムウも話しの輪に入って言うと、他の子供たちも興味を引かれたようだ。

 結局、子供たちも読み書きに興味が有れば一緒に学ぶという事になる。


 学舎の進行や計画は若者達が率先して決めながら、ユタに確認する。思った以上の大所帯になりそうで、都合の良い時間帯ごとに数人ずつ集まって、学んで行こうと決まっていった。

 シュラとアヤメが滞在している間だけなら、読み書きや計算を指導する手伝いもしようと決まった。


 昼を過ぎるとバムと共に湖の橋や水門の所に数名で向かう。腕に自信のある職人たちだ。模型を見ながら完成した物を見て、ある職人が模型を分解し始めた。

「これは、あの図面を覚えるより解りやすいぞ」

 実際に熟練の職人は分解した模型を手早く組み立てる。屋根の修理にも役立つだろうと言いながら、他の職人も真似をし始める。

 バムは模型や実物の違いを説明しながら、職人達にこの土地の習慣や風習を尋ねてみる。一番気になるのは、神々と親しくしている理由だ。

 職人達の応えに一番驚いたのは、バム自身。

 兵士がトレザにたどり着く数日前に、ユタから民衆に紹介されたばかりだと知った。ユタが以前から神々と交流を持っていたのか、そう言えば治療の為に運ばれた日に、ユタがラージャを叱りつけていた事を思い出す。

 やはりユタは大物なのだ。改めてバムは冷や汗が背中に伝うのを感じながら、建築物の修理に必要な資材を若者の一人に書き留めてもらう。まだ左手で字を書くのは慣れてなくて遅い為だ。


 普段から建物の修理に関わる者が多いため、何処どこをどのように修理するか具体的に聞いてみる。

 修理と同時にできそうな作業の改善点をバムが伝えれば、口頭だけの説明でも充分に納得できたようだ。

 資材の足りそうな所から早速、半数ほどが修理に向かう。残った数名で木材の調達を打ち合わせ、そこでバムの考えている事を打ち明けてみた。

「良いんじゃねえの?」

「面白そうだよな」

 何を話したのか同意を得られた事で、バムも建築の違いを伝えながら、資材調達は皆に任せて広場に戻る支度を始めた。


「おーい、ここにユタはるか?」

 湖にそって走って来た者が、息を切らせて聞いて来る。

「いや、広場じゃないか?これから向かう所だ」

 バムが答え、皆もユタは広場だろうと話している。

「ああ、広場に居なかったから、ここに来たんだけど」

 急な怪我人か病人でも出たのだろうか?

「応急手当ぐらいなら、出来るよ」

 書き物を手伝ってくれていた若者が言うと

「治療は関係ないんだ、今はユタの家が大変な事になっている」

 皆で顔を見合せる。悠長に資材の調達している場合じゃないだろう。

 バムは直接ユタの家へ向かう。他の皆は、手分けしてユタを探しに行くことに決めて、すぐに散会した。




アヤメがいきなり迷惑をかけました。

ムウの『あれ』を取りに行こうと思ったら

その前にユタの家が、周りを驚かせています。


どうしよう、まだ色々とありすぎて、前進出来ません。

さっさとセトラナダに行ってください。



ところで、学舎まなびやが出来ましたが、学校ってさ、行きたい奴が知りたい事を覚えに行けば良いじゃないですか。年齢、性別、経験を問わず。

多分、本当は『考える』とか『頑張る』のは好きなんですよ『人』っていう生き物にとって。

だけど『成績』がよろしくないと思うの。

個性は他人が数字に変換して評価するモノじゃ無いんじゃないかしら。

(あくまでも個人の意見でして、文科省に喧嘩を売る気はありませんよ)

幼少時代から他人の視線や評価を気にするから、大きくなってから変な病気になっちゃう気がします。


今もつい他人と比べては凹みます。

でも、自分が、自分である事は変わらないんだよね。


なので、人が居ない所で声に出し

「天才だ」と自分を誉めておきます。

ちょっと(とても)気分が上がりますw

完成してから、天才までの距離を実感しますが、改善点は見えて来る事も……あるからね☆



あなたが、笑顔で充実した日々を過ごせますように♪

今回も、読んで下さって、本当にありがとうございます。

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