驚きの事実
学舎を造るとなると、何から始めたら良いのか、先ずはこれからのトレザという土地の民に尋ねるべきだとユタは考える。
「ユタ様、民衆全員の意見を取り入れてはそれこそ……」
バムが言い始めて、ユタの冷ややかな目に気付いて言い淀む。
「あの、ユタさ……ま?いや、ユタさん」
「何かな?」
『様』と呼ばなければユタはどうでも良さそうな返事をする。
「はい、あの、民衆の全てに聞く前に優先するべき事があるかと」
「例えば?」
短い返事でバムの言葉の先を促す。全く耳を貸さない訳では無いとわかると、バムは言葉を選ぶように話し始める。
「見た所、トレザの建物は基礎の部分からの作りが脆く、古くなっている物が多いようだと兵士達の意見にありました。先ずは建築に伴う技術に必要な事から始められたらと感じたのですが」
確かに、学舎も必要になって来るし、今回は大雨の後に皆が神々の森に避難したり、様々な事が起きたので、まだ雨漏りの修理は始まっていない。ここ数日は晴れた日が続いているので、各家の食糧事情を優先した結果でもある。
「建物の基礎って何かな?」
トレザの建物は、殆どが土間だ。柱を地中に埋めて固定し、屋根を付け、扉と窓の位置を決めて壁板も地面に直接埋めて固定する。
一方タタジクの建物は、農家や工房は土間も多いのだが、街の中心部に近付くほど土間のある建物は無くなる。
「バムには建築の知識があるのか?」
ラージャの問いかけに
「父親と兄達が建築の仕事で食ってます。俺は人を動かすのが苦手で、一通りの仕事は出来ますが、家業を継ぐより兵士を志願したんです」
「特技を優先させたいって事かな」
ユタの言葉はバムの真意を伺い知ろうとしている。
「勿論それもありますが、役に立てる事から始められたら、学舎に必要なものも解って来るかと思います」
実際、何から手を付ければ良いのかユタ自身が混乱している。それに雨漏りの修理と合わせて建築の知識を付けるのは、民衆も困る事はないだろう。
指導の出来る者が得意分野なら尚更だ。バムの知識から得られる物は多い。
「のう、ムウの絵画はどうなるのじゃ?」
ヒムロが割って入る。これはムウの特技なだけで、伝授する知識とは違うとラージャから却下される。どちらかと言うと、医療の分野を広げる方が優先だと言われてヒムロは面白くない。
トトが数人の若者と戻って来るのが見えて
「私はシュラと特訓して来る」
それだけ言ってその場を去った。
漠然と交流の為の知識とは言っても、何から始めたものかと悩んでいたユタも、若者達に
「タタジクの建物は基礎から違うんだそうだ。設計や工事の工程を学び、それに必要な読み書きや計算を知って行けると良いのかな」
決定ではなく、質問してみる。
「図面の作成や文章には、とても興味がありました。ぜひ、教えてください」
「雨漏りのある建物は、出来れば建て直しを考える家もありました。早速、役に立つのでは?」
他にも興味があるという意見が一致して、明日からにでも広場で始めようと意見が揃う。
では、何から始めたら良いか。
やる事が決まれば、数人の意見が飛び交って必要なものが明確になって来る。
例えばシュラが書いた文字表のように、数人で見ながら読み方と書き方を覚えるのはどうか?とか、数字の他にも計算の表は出来ないものかという意見。
ユタ一人では思い付きもしない意見さえ出て、話し合いながら順調に翌日に向けての準備が始められる。
リリとイイスが後から来て、読み書きは覚えたいけど設計は興味ないと正直に言う。
「皆の得意な分野は違うんだ、まだ手探りで始める学舎に必要なものを見付けるのだからね、読み書きだけでも良いと思うよ」
バムはシュラに言われていた『金銭感覚を身に付ける』に、とてもたどり着けてない事に不安はあるが、計算を始めれば例に銅貨の計算を入れるように考えながら、話し合いの中に自然に溶け込んでいる自分に気付き、暖かい気持ちになった。
陽が傾く前にはサラも湖にやって来て、模型に夢中になっているラージャに耳打ちする。チヌの事を伝えたようだ。
「気配には気付いていたが、面白そうだな」
子供のように模型で遊んでいたラージャが、威厳たっぷりに立ち上がると
「皆の『気』から洞窟で育つ新たな命がある。明日の日の出には息吹きを始めるが、どうだ、見に来るか?」
生唾を呑み込んだ若者の一人が
「是非とも、観に行きたいと思いますが……皆に伝えますか?」
「ここに居る皆ぐらいなら、充分入れるかしら」
「全員が順番に観に行く事は?」
「あの時も二日間に別けただろう、息吹いた命はこのトレザ全体に飛び出すであろう、明日の日の出に外に居れば気付く筈だ」
洞窟の入口、森、そこかしこに飛び出す筈だとラージャが言う。
「ああ、ユタとリリの『気』は少し違うな。シュラも面白いものになりそうだ。洞窟の中で確認するように、パウゾにも伝えるといい」
パウゾは大柄な男で、兵士達の寝床を一晩だけ提供していた。ユタが直接会って伝えると、若者達に言う。
若者達は目を合わせて、明日の日の出に洞窟へ向かう予定を話し合う。他の皆に伝える内容は、日の出に合わせて外に出るように、と統一させる。そして、建築の知識を深める為に、学舎を造る計画も伝えようと話し合いながら
「ああ、皆が文字を読む事が出来れば、伝える内容を手渡すだけで済むのにな」
「うん、でも、みんなの為に書くのも大変な量になりそうだけどね」
瞬時に伝言する手段が無い不便を感じながらも、若者達は統一した内容を伝えに走り出した。
陽が傾き始めると、暗くなるのは早い。リリと三人の子供たちは家に向かい、ユタとバムがパウゾの家に立ち寄った。ラージャとサラは、ユタについて行く。
陽が落ちて疲労もたまって来た為、氷片の移動は終わりだ。ユタの家に向かいながらシュラが口を開く。
「そうだアヤメ、陣の図を書き出す事は出来るか?」
「うん、広い場所があればね」
「いや、実寸大じゃなくていい。契約の陣と使役の陣の違いを知りたい」
「ほう、国家機密じゃな。私も知りたいぞ」
何が違うのかはアヤメしか知らないのだ。書き直す方法も、違いが解れば思い付くかもしれない。
「けっこう細かい紋様も多いんだけど、違う所だけなら小さくても書けるかな」
まだ誰も戻っていないユタの家に入ると、アヤメは筆記用具になる木の板と、竈に残った木の枝を持って来る。燃え残った炭の部分で板に歪な円を描いた。
「正円ではないのか?」
「まん丸って描けないんだよ」
覗き込んだシュラが聞くと、アヤメは本当なら正円だと説明しながら円の中に四角や楕円を描いて行く。
「この線も、本当なら真っ直ぐなんだ」
書き加えて行くと、規則的で複雑な模様になっていく。
「あら、早速お勉強?」
帰宅したリリがアヤメを取り囲んで書き物をしている様子に微笑む。
イイスとトトも覗き込み、トトはチヌを見て撫でてみる。リリから聞いていたが、頭上で眠る生き物が珍しい。ムウはヒムロから距離を取るようにシュラの居る方からアヤメの描いている図を覗き込みに来る。
リリは薄暗くなった家の中に灯りを付け、厨房の竈に火を入れに行く。
「あ、ご飯の支度しなくちゃ」
アヤメが立ち上がり、イイスとトトの三人は厨房に向かった。
「あのさ、アヤメの頭に乗ってたのがチヌ?」
ムウが誰に聞くでもなく声に出す。
「そうじゃよ、アヤメの竜じゃ」
ヒムロが話すとムウはシュラに隠れるように頷く。
「ヒムロ様、ムウ兄さんは今朝の事で怯えている」
「む?今朝は何かあったか?」
ムウが地面に描いた絵を足で消そうとした時に羽交い締めにした事は忘れて居るのだろうか。
「絞め殺されるかと思った」
「何と!絵画を消す所業を止めるつもりだったのじゃが、加減が難しいのぅ」
ヒムロとしては、ちょっと止めただけのつもりだったようだ。
「あれで加減してたの?」
ムウはシュラの後ろにすっかり隠れる。
「ラージャを止める時の半分くらいの力で止めたのじゃが」
「ヒムロ様、そんなに力は必要ない。人を止めるだけなら、前に立ち塞がるだけで充分だ」
「そんな事でムウは止められるのか?」
シュラの後ろから顔を出して、ムウは大きく何度も頷いた。
「解った、安心せよムウ。決して苦しめたかった訳ではない。次からは気を付けよう」
ムウはまだ安心しきれて無い様子だが、アヤメの描いていた図を見て
「さっきバムさんに図を書く時に便利な道具の使い方を少し教えて貰ったんだよ」
円の中心に先の尖った棒を刺し、円の半径に合わせた紐を炭の着いた枝に結んで紐がピンと張るように動かせば、円になる。綺麗な正円だ。
「ムウは呑み込みが早いな。これも貸してやるから、こっちの紙に書き写して見るか?」
ユタ達が戻り、バムはムウが描いている図を覗き込みに来て、工具箱から紙と定規を出す。
ムウは紙に書くのは初めてで、定規を受け取るが紙に書くのは躊躇する。
ユタは『日没に良い案を聞きに行く』と言っていたヒムロの姿を見て、何も考え付いてない気まずさに何から話せば良いか解らずにいる。
「オサ、待っていたぞ。ちと面白い事をアヤメが思い出してな、ホレ、書きかけの図なんじゃが契約の陣を書き直すのじゃ」
相変わらずヒムロは的を得ない物言いだが、学舎の事で精一杯だった一日を振り返りながらムウの前にある板を見る。
「ほう、それはセトラナダの陣か?」
隣に居るラージャが口を挟む。
「アヤメが契約と使役の違いに気付いたのじゃ」
さっきアヤメから説明された内容を得意気にラージャとサラに伝えるヒムロ。契約はお互いの同意があり、お互いが約束事に従う物で、使役は一方的な命令しか無い。セトラナダでは使役の陣に書きかえた事でラージャの自由が無くなったのだ、書き直せば良いと語る。
「ラージャ様と契約するのは、この土地でも必要な事でしょうか?」
ヒムロの説明を聞きながら、ふと思った事をユタが話すと
「いや、好きでこの土地に居るのだ。契約は特に必要な物では無いぞ」
ラージャは無くて良いと言う。
「あの、ヒムロ様」
「どうしたオサ?」
皆が助かる方法を考える時間が無かったと伝えようとすると、シュラが
「アヤメの竜が、セトラナダの記憶を見せた事でラージャ様の陣を書き直す事を思い付いたんだ」
やっと話しの内容に追いつけた。ムウが描いている図が、セトラナダで使われている陣の形らしい。
「俺、聞かなかった事にしても良いですかね?」
顔色が急に悪くなったバムは、ユタを見て申し訳無さそうに言う。
話しの内容は兵士の勘で危険な物でしかない。
龍神を使役する陣の形状なんて知ったら、只では済まない気がして、治療室に逃げようと後退る。
「いやバムは製図が得意じゃろ?ムウに書き方を教えながら一緒に描くと良い」
バムの顔色に全く気付かないヒムロが、ムウの隣に座らせた。
涙目のバムがユタとラージャを見て
「俺が知っても良い案件なんでしょうか?」
急な話しの展開でバムは何が何だか解らず、ただ、セトラナダの重大な機密に巻き込まれている事だけは理解した。
「バムは覚悟を決めたんだよね?私は他の国々の事情がどんなものか知らないが、セトラナダに居られるラージャ様の分身体にも自由になっていただきたいんだ」
ユタの言葉に目を丸くして
「ラージャ様はあの大国を守護する龍神様?」
タタジクの兵士なら、セトラナダに居る無敵の龍神の噂ぐらいは知っている。ここ数年はセトラナダの軍勢を率いた龍神の手で幾つもの国が制圧されているという。
目的の見えないセトラナダの無差別攻撃に戦々恐々としているのも事実だが、その分セトラナダと友好関係を持てればと望む国も多く、トーナがどんな筋からか、旅の薬師(シュラ)を捕獲してセトラナダに売る算段を立てていたのも事実だ。
上層部しか知らないこの現実、いやタタジクの上層部も知らないであろうこの状況に、バムは冷たい汗が背中を伝う嫌な感覚に耐えているしか出来ない。
「晩飯が出来たよ、バムのおっさんも一緒に食おうぜ」
トトが皆を呼びに来た。トトの声に振り向かずにバムが答える。
「俺、食欲が無いんだ」
「なに言ってんだよ、明日から頑張るって、さっき話してたじゃないか。本当は腹が減ってるくせに」
トトに背中をバンバン叩かれながら、バムも少しだけ緊張が和らいで来た。
「トト、バムは本当に顔色が悪い。診てから食事に連れて行くよ」
ユタが静かに、しかし強い口調で言う。
「ぬ?バムは具合が悪いのか?」
ヒムロが回り込んで正面からバムを見上げ
「何やら凄い汗じゃな」
ヒムロに見上げられて、バムは再び汗が吹き出している。
「アヤメを呼んで来ます」
シュラが厨房に向かった。トトとムウを自然に厨房へ連れて行く形で。
子供達が居なくなると再び緊張した空気に戻り、ヒムロが
「どんな治療を施すのじゃ、傷が痛むのか?」
「バムが大汗をかいているのは、傷の痛みではないな。そうであろう?」
ラージャに直接言われて、バムは頷く。
神と言われても、ラージャは気さくで話しやすく、普段から良く笑う。
しかしセトラナダを守護する龍神は、とにかく恐ろしい噂しか知らない。
「バムは、目の前に居られるラージャ様が怖いのかな」
静かにユタが聞けば、実際にそんな感じには思えない。ラージャを見たまま、首を左右に動かす。
「バム背筋を伸ばせ」
「はっ!」
ラージャに言われて兵士らしく返事をし、丸くなっていた背中をピンと伸ばす。
「己の考えはなんだ?」
「ユタ様に救われた命、ユタ様の望むように使っていただきたい」
「バムの使い方ではなく、バムの考えを聞いている」
バム自身の考え……?
ユタのように広い心で誰にも接する生き方に憧れる。だが、自身の考えを聞かれると、この場から逃げ出したいのが本音だろうか。しかし、それではユタの役に立つどころか、呆れられてしまう。当然、信用も失くすだろう。
「ユタ様のお役に立つ事がしたい」
「ならば、何をすれば役立つのか考えれば良い」
何が役立つ事になるだろう。バムは多分、生きてきた中で一番頭を回転させて、自問自答をしながら幾つも答えを探し出す。その中のひとつ、目の前にある書きかけの板を取り
「製図の方法を伝え、教える事から始めても良いでしょうか」
恐ろしいと噂に聞く龍神は目の前にいるラージャで、子供のように模型で遊ぶ姿を思い出すと、同じ相手とは思えない。
「ご飯が冷める前に行かないと、母さんが怒るぞ~」
おどけた声でアヤメが言いながらシュラと入って来る。
「あ、おっさん。まん丸が上手く描けてるなぁ。さっすがぁ。後でさ、書き方を教えてよね」
言うだけ言って厨房に戻ろうとするアヤメにラージャが
「アヤメ、頭に乗せた竜を貸してくれるか?」
「うん、いいよ。ご飯の間だけね。チヌ、行っておいで」
チヌは朝より上手く飛んで、ラージャの肩に乗る。
ユタが黙って厨房へ向かうとバムは姿勢を正してユタの後ろに続く。
「ヒムロ様、陣の事は……」
シュラが振り返って話そうとすると
「チヌと共にラージャと母者に陣の形状を確認する。晩餐を満喫するといい」
神々を残して厨房に皆が集まり、明日からの学舎で、どう進めて行くかが話し合われる。
そして、明日の早朝は洞窟。これは期待が隠せない。チヌが特別なのは解るが、他にも何かしら面白い事が起きそうだ。
「バムのおっさんは、行くの初めてだよな」
トトはバムに話しかける時に何故かバンバン叩く。バムが嫌そうに見えないので、誰も注意しない。
実際に神々の住まう神殿を間近で観られると思うと、今から興奮が隠せない。造りを観ただけで、建築の方法はどれだけ理解できるだろう。いずれ造る学舎にも建築様式を取り入れ活かしたいと心にえがく。明日からの準備もあるが、今夜は早く休んで明日の朝に備えようと考える。
「あのさ、おっさん、製図を教えて。後片付けしたら、すぐに行くから」
アヤメは満腹になって大きな欠伸をしながら皆の使った食器を重ねる。
「アヤメありがとう。ここは大丈夫だから、教わったら休みなさい」
リリが重ねた食器を流しに運びながら、バムの方にアヤメを向かわせる。
「リリさん、みんな、今日も美味しい食事だった。ありがとう」
ユタとシュラも使った食器を流しに運ぶと、大きな大人で流しの周りが狭く見える。
「バムさん、明日から宜しくね。ユタとシュラもラージャ様の所に行くといいわ」
神々をあまり待たせないようにリリが促す。決して狭苦しくて片付け難いから、だけではない。
アヤメは朝から良く動いたし、色々な事があった。食事が済んで身体が温まって来ると、もう眠くて歩きながら夢でも見てるような感覚になってきた。
バムに製図を教えろと言ったくせに、隣に座って図面を見ながらバムが何を言っているのか言葉が脳まで届いて来ない。
もう、板に描いた図を同じ様に描くのが面倒になって、バムから渡された紙を板に乗せてみた。
「ダメだ。透けて見えたら写そうと思ったのに」
板ごと紙を持ち上げて図が浮かび上がって来ないか、目を細めたり睨んだり、色々な角度から眺め始めた。
「それだアヤメ!」
「どれじゃシュラ!」
シュラが何かに気付いたようで声に出すと、ヒムロはシュラの言った『それ』を探す。
「なに~?シュラ」
もう、かなり眠いアヤメは反応が鈍い。
シュラはアヤメの手から板と紙を取って
「重ねる事で、前に描かれた物が全て隠れる」
板に紙を重ねたり、離したりしてヒムロに説明する。
「それがどうしたんじゃ」
「実寸大で契約の陣を用意し、使役の陣を覆い隠せば?」
「おおぉ!」
ヒムロは両手を上げて、サラに飛び付いた。
「ん~~」
アヤメは目を開けたまま、ゆらゆらしている。
「アヤメちゃん、眠いんだろう?連れて行こうか」
バムはボーっとしているアヤメを抱えようとするが、右腕が無くて上手く抱えられない。
「片腕だと不自由だろう。私が運ぶ」
シュラが抱え上げてイイスの部屋に連れて行く。
入れ代わるようにムウが入って来る。
「バムさん、明日の準備は何からやったら良い?」
「ムウ君、朝は早いから、休んだ方が良いと思うよ」
バムは自分も早目に休みたいので言ってみる。
「いつまでも子供じゃないよ、この家の長男だからね」
イイスとトトも来た。遅れてリリも手を拭きながら入って来る。
「子供達は、あまり遅くならないうちに休みなさいね。私に手伝える事はあるかしら?」
「ああ、必要な時は声を掛けよう」
ユタが返事をすると、乾かしてあった薬草の種訳をしておくと言いながら、治療室の先にある部屋に向かった。
「アーちゃんは?」
ちょうどシュラが戻って来て
「ぐっすり眠っている。兄さんや姉さんは休まなくて大丈夫なのか?」
「シュラばっかり夜更かししてずるいよ」
イイスが言いながらバムの隣の椅子に座る。
昼間はユタが学舎の準備に追われていた。
子供達はリリと一緒に手伝える事はやっていたが、アヤメの授かったチヌの話しや皆が助かる方法を話し合っていたのだと、ムウが椅子にかけながら説明した。
ユタは話し合える時間が取れなかった事を気にしていたのだが、頼もしい家族に目頭が熱くなる。
「ユタの子供達は、ユタの背中をちゃんと観ているのね」
サラの言葉にユタの心に支えていた、何も出来なかったと焦る気持ちが解けていく。
ラージャの左にサラ、右にヒムロが座り、ヒムロの隣のユタが座って、向かい合う位置にバムが座っている。
イイスはバムの右、ムウがユタの右、トトが隣に座るとバムの左隣になる。シュラはサラとイイスの間に二つ空いた椅子を見て躊躇っていると、イイスが隣をトンと叩いてシュラを見上げたので、イイスの隣に腰を下ろした。
「これ程の伏兵が戦略を立てるとなると、頼もしいな」
ラージャが皆を見回して、目を細めながら嬉しそうに話し始める。
「して、何かしら思い付いたのか」
バムは今から何が始まるのか不安が過る。戦争でも始めるのだろうか?と。
ムウが立ち上がり
「ラージャ様と王様とヒムロ様で話し合いをすると良いと思います」
「話し合いか、良い案だ。して、どう話し合いに持ち込む?」
ムウは王様を近所の偉いおじさん位に考えていたようで、その辺を歩いてる時に話し掛けるとか?と言うと、バムが
「王という立場ならば、トーナ様に話し掛けるより難しい。兵士や護衛に囲まれているだろう」
ムウは驚いてバムを見る。平和的解決に対話で誤解を解くのが一番だと思っていたが、簡単に対話も出来ない相手だと初めて知ったからだ。
「考えておきます」
そう言ってムウは着席した。次はイイスが
「あのね、ヒムロ様の布でくるむと良いんじゃないかな?トーナ様が凄く別人になったもん」
「それは面白いな。まだ試した事は無いが、効果が有るかは解らん。王の衣装を仕立てておこう」
イイスが手を叩いてから拳を上げる。
どうやって着せるかは、ムウと一緒にまた考えるとして、トトが立ち上がり
「ラージャ様、逃げちゃえばいいよ」
その発言には苦笑いして
「うむ、何度か試したのだが、王の命令でしか動けぬのだ」
「ならば私が担いでセトラナダから逃げよう。どうじゃ」
ヒムロを見下ろしてラージャが瞬きする。
「……やって貰おうか」
これは思い付かなかったと言いたげにトトを見て頷いた。
「全部、できそうな事は全部やってみよう」
シュラが言う。クッと笑ってラージャが
「全部か、そうだな。我だけでは出来ぬ事ばかりだ」
「まずはトト兄さんの案だ。セトラナダに着いたらラージャ様を奪還する」
「上手く行ったら?」
イイスが質問してシュラも考えていた事を伝える。
「無理やりにでも王と対話の場を作り上げ、話し合いに応じないようならば、ヒムロ様の衣装を着けさせる」
「王の護衛は多いのではないか?」
バムが言うと
「ラージャ様以外なら敵の数にならない」
シュラが当然のように答える。バムは再び固まった。
「ふむ、全てが上手く行かなかった場合はどうするのじゃ?」
ヒムロの言葉で皆が沈黙する。
上手く行かなかった場合、どれかが上手く行った場合、皆が思考する。
「何もないより良いだろう。試してダメなら始めの計画に戻るだけだ」
ラージャがあえて陽気な声で言うとシュラが
「アヤメが思い出した契約の陣を、現在使われている使役の陣に被せ、陣の効力を無効にする」
やっと切り札を出せたようにニヤリと言う。
「早速チヌが大活躍じゃな」
契約の方法はアヤメが知ってるだろう。いずれにしても、最悪の状況にはならないはずだ。
「誰も傷付かない案ばかり、良く考えてくれましたね」
サラが微笑んで皆に言う。
「皆は凄いのじゃ。感謝する」
ヒムロも皆の事を誇らしげに立ち上がって言った。
「我からも感謝する。で、人は休まなければならんのだろう」
「夜明け前に、皆でいらして」
夜はかなり更けたが、まだ眠る時間なら充分ある。
神々が帰るので、リリも見送るために出てきた。
チヌはラージャの肩から放れると、アヤメの休んでいる部屋に飛んで行く。
神々はゆっくり歩いてるように見えて、実は早いのだろう、すぐに姿が見えなくなった。
ユタと家族は、それぞれの部屋に向かい、バムは患者用の部屋に行く。
様々な事が解決に向かっているのを感じて、皆がぐっすりと休んだ。




