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龍の居る世界     作者: 子萩丸
12/59

追憶 (続編)

 先週の公開した文が長かったと指摘されました。だけどね、私としては今回の公開も同時にしたかったのですよ。


 なかなか上手く行かないものです。


 どうにも文章が素人ですいません。

 それでも、読みに来ていただき有難うございます!


 広い星空に流れ星を見付けた。以前、誰かに流れ星が消えるまでに願い事を何度も言えれば叶うと言われた事を思い出す。

 あっという間に消える流れ星は、綺麗ではかない。そんな瞬間の感動を上回るほど常に考えている願いなら、叶うのも当然だろう。

 

「ラージャ覚悟ぉ!」

 突然、地面から幾つも大きな氷の塊が勢い良く生えて来て、ラージャは氷の壁に囲まれた。ヒムロは地中の水に干渉して氷らせる事が出来たようだ。ラージャが氷を軽く叩けば粉々になった氷が土に戻る。

「何を覚悟すれば良い?」

 ラージャを氷で囲んで勝ったつもりになっていたヒムロの攻撃が、ラージャにとって攻撃にすらなっていなかった事に気付きサラの後ろに隠れ、

「言ってみただけじゃ」

 サラはクスクス笑う。

「どうだろう、シュラを連れて行くのは」

「私は賛成じゃ。不意打ちでも一撃ぐらい出来ると思う」

 不意打ちの一撃ではとても倒せないが、ヒムロ一人ではラージャから逃げる事も出来ないと、胸を張って言う。

「ヒムロは何故ラーを倒さなければならないか、知っているのかしら」

「ケーヤクがあるからと聞いたのじゃ」

 多分、ヒムロは解っていない。

「シュラには悪いが、もう少し記憶に干渉させて貰うぞ」


 シュラの背中にしがみつくアヤメは、振り落とされないように必死だ。貴族街を抜けると、民衆が花火の余韻に盛り上っている。

「私はシュラと言う。君はアヤメか?」

 アシンの手紙にあった子供の名前で、どんな立場の人なのかはよく知らない。

「いかにもわたくしがアヤメでございます。シュラはわたくしを、お父様やお母様のように呼んで下さるのですね」

 話をしながら、割と小さな子供も歩いているので人混みに入れば目立たないだろうとアヤメの手を繋いで歩くのだが、何故なぜか注目されている。

 当然だろう。小さな貴族の従者が姫を連れているようにしか見えないのだから。

 人目をける為に近くにある安そうな宿屋に入れば、やはりじろじろ見られている。

「ここの宿泊費はいくらになる?」

 受付の者が目を細めて

「銀貨五枚だ」

 商人の書いていた相場より、遥かに高い。

「そんなに持っていない。他をあたる。失礼した」

 出て行こうとしたシュラを受付の者が慌てて止める

「ちょっと待て、いくらなら払える?」

「二人で銅貨五枚なら」

 これでも相場より少し高い。

「フン。貴族様みたいな服で来るから、もっと払えると思ったぜ」

 寝台が二つある狭い部屋に通された。

「ここは、何をするお部屋でしょうか」

「アヤメに野宿は出来ないだろう。ここに泊まるんだ」

「ノジュクとは何でしょう?あと、ドウカとかギンカとか。わたくし、何も知らないようです」

 外に出た事が無いのだろう、誘拐される位だから身分の高い貴族なんだろうと思い、

「野宿は外で寝る事だ。銅貨や銀貨はかねで、何か買う時に必要だ。アヤメは何を知ってるのか、聞いても良いか?」

 アヤメはセトラナダの長い歴史や、数百年前からの王政について、かなり詳しく語り始める。

「随分と詳しく知っているな」

 元々お喋りが好きなアヤメは、歴史はお母様の資料を見て覚え、王政はお父様の仕事を書面で確認して覚えた事だと嬉しそうに話す。

 もしかしたら父親は王だったのか?暗殺されたばかりだと、アヤメは知らないだろう。

「アヤメの両親は王と王妃なのか?」

「そのように呼ばれておりました」

 もっと両親の話をさせてと目で訴える。

「両親の話を聞かせて貰っても良いだろうか」

 嬉しそうにアヤメが喋り始めた

「わたくし明日はお誕生日の儀式で国民に挨拶をする予定でした。そののちに、お父様とお母様とお散歩をする約束も致しました」

 何故か明日の事を過去形で話すのが気になるが、シュラは頷きながら話を聞く。

「これからは、毎日一緒にお食事をする約束もしたのですよ」

「え?食事は毎日家族でするものではないのか」

 アヤメが覚えている限り、両親と食事をしたのは龍神との会食だけだった。会食に出席する為にはまだ相応しく無いと厳しく指導されても、何とか出席を勝ち取ったと誇らしそうに喋る。毎月たった一度きりの両親との時間が、ずっと心の拠り所だった。誕生日を過ぎたら王の執務に好きなだけ同行して良いと言われてからは、王政や貴族の事を毎日勉強していたと言う。

「城へ戻らなくて良いのか?」

 事実を知らせた方が良いのか、隠した方が良いのか、シュラには解らない。

 アヤメは下を向いて、ゆっくり首を横に振る。

「わたくしね、今日は色々な事があって疲れてしまいました。休みたいので、服を着替えさせてくださいますか」

 確かに重くて寝苦しそうな服だが、着替えさせろと言われるとは思わなかった。しかも幼女の着替えなど持っている訳が無い。

 取り敢えず、商人の手紙にあった住所まで行くのにアヤメも連れて行くなら宿屋を使う事になる。砂漠を越えるにも馬車は使うだろう。

 これから使う金額を計算しながら着替えを買うのに予算はどのくらい取れるか考える。商人の手紙を確認しようと鞄を開けた。

 ゾーベの城に連れて行かれた時の服を入れてあった。その下には、長い事シュラが着ていた服が二着。洗ってあるし、アヤメにも着られそうな大きさだが、綺麗な服に慣れているだろう。着古しを渡しても良いのだろうか?

これでも良いか?」

 トコトコとシュラの持つ服を手に取り

「お着替えさせてくださいませ」

 シュラの前で両手を広げる。

 出来ないと断ろうか迷いながら、どう脱がせれば良いのか困りながらも、取り敢えず装飾品を外す。かなり重い装飾品を外し終えると、何枚も重ねた服が細い帯で止められている。

 肌着だと思う服を残して、脱がせるだけで時間がかかった。もう一度着せられる自信は無い。

「後は自分で着替えろ」

「え?自分でお着替えした事がございません」

「私も他人を着替えさせた事はございません」

 アヤメがキョトンとシュラを見上げて笑い出す。シュラは姫という異文化の生き物に困惑して笑い出した。

「お手本を見せてくださるかしら」

 シュラの笑いがピタリと止んで、嫌そうな顔になる。姫には羞恥心というものが無いのだろうか。そもそも服の作りが違う。シュラが脱いだ所で同じように脱げないだろう。

「仕方ないな、次から自分で出来るようになれ」

 肌着を脱がせると、腕に鞭の痕を見てハッとする。背中にも治った痕が幾つもある。目をそむけて、シュラが小さい頃に着ていた服を被せるように着せた。アヤメにはかなり大きめだが、肌着のまま外に出るよりは良い。

「動きやすいのですね」

 シュラは鞄から軟膏を出し、小さな鍵を出して首輪を外す。手首と足首も全て外して久し振りに解放された気分になった。

「傷に良く効く薬があるのだが……」

 アヤメがシュラの手にある軟膏に向けて笑顔で

「つけてくださいな」

「かなり痛むが……」

「大丈夫です」

 両腕をまくり上げて鞭の痕を見せる。どんな反応があるのか見てみたくなって、押さえ付けて一気に塗った

「むぐぅっ」

 開いていた両手をぎゅっと握り小刻みに震え、歯を食い縛って見開いた両目にはみるみる涙が溜まってくる。

 理解したくは無いのだが、痛みをこらえる姿は見ていて少し面白い。しかし、最初のひと声だけでアヤメが泣く事はなかった。

「大丈夫か?」

 アヤメが小さく何度も頷いているうちに、赤い色が薄くなっていく。

「良く効く薬ですね」

 ひきつった笑顔で言うのを見て、少しシュラの心が痛む。小さな体で一体どれだけ我慢してきたのだろう。

「私は寝る、アヤメも休め」

 当たり前の事が違う生き物をうっかり拾ってしまった。この厄介な生き物を何処どこかで捨てようと思って寝台に横になるとアヤメが一緒に横になる

「寝台はもう一つあるぞ」

「わたくし、初めて城の外で休むのですよ。一人では怖くてねむれません」

 小さい体を更に小さく丸くして、体を寄せて来ると、少し震えている。シュラはアヤメの茶色い髪を撫でてみた。震えが治まって来ると、規則正しい寝息に代わる。


 その頃ゾーベの城ではシュラを探していた。バキエが一人でゾーベの城に着き、アヤメが野犬に喰われたと伝えていた為、シュラの不在に気付くのが遅くなったのだ。ゾーベの従者達がバキエの伝えた場所まで確認に行き、血で汚れて破けた従者の衣類を見付けた。

 計画が狂った事でバキエはヘルラの城に向かう。しかし、どんなに探してもアヤメの衣類が見付からない。本当にアヤメは野犬に喰われたのだろうか。バキエは服ごと喰われたと言っていたが、装飾品まで喰うとは思えない。明日の為に正装でゾーベの城に来る予定だったのだから。

 随分時間が経ってから、痺れを切らしたアシンがシュラを死なない程度に痛め付けようと言い出した。殆どの従者に遺品の捜索を任せ、アシンとゾーベがシュラの部屋に向かう。アシンの従者達が幾つも拷問道具を運び、シュラの部屋の前に立つ二人の従者に様子を聞きながら、ゾーベはグラスに並々と薬を入れた酒を注がせる。

 扉を開けると部屋はもぬけの殻だった。寝台と机しか無い部屋に隠れられる所は少ない。それでも躍起やっきになって寝台の下や布団を剥がしてみる。

 誰も天井に気付く者は居なかった。

 ゾーベはヘルラに献上する物が消えた事で従者総出でシュラの捜索を始めた所だ。

 アシンはシュラの部屋を見張っていた従者を相手に、持ってきた拷問道具を披露すると言った。二人の従者はかん高い悲鳴を上げ続け、すぐに瀕死の状態になる。

 アシンはすぐに反応が乏しくなった従者に納得できず、苛立ちを隠さずに自分の従者を連れてヘルラの城に向かう。

 ゾーベによるシュラの捜索は朝まで続いた。


「おはようございます」

 まだ外は暗い。ゾーベの追っ手を警戒してシュラはあまり寝ていない。アヤメも早く起きてシュラに挨拶をした。

「シュラ、排泄はどちらで済ませれば良いでしょう」

 手洗いの場所を教えながら、少し不安になって付け足す

「尻は自分で拭けよ」

「わたくし、自分で拭いた事がございません」

「これからはアヤメが自分の事は自分で出来るようになれ」

 泣きそうな表情で、しかし覚悟を決めたようにアヤメは手洗いに走り込む。

 その間にシュラは出発の準備を始めた。アヤメが着ていた服が思った以上に荷物になる。従者の服を着替えた。商人の前で着せられた服は少しだけ小さくなっていた。帽子を深く被る。

 アヤメの衣装は鞄に入らない、従者の服を裏返すようにしてアヤメの衣装を包んでみた。

「わたくしね、自分の事は自分で出来るように頑張りました」

 カンナなら、何か出来るようになると誉めてくれた。シュラも誉めてくれると思って言ったのだが、当然だと相手にしてもらえなかった。

 荷物を持って二人は宿代を支払って宿屋を出る。まだ暗いうちから宿泊客が次々と出ていく。王の城に続く広い道には、もう人が沢山集まっていて、噴水の近くには近寄れないほどになっていた。昨日と違ってシュラとアヤメが注目される事も無い。

「こんなに沢山の国民が、わたくしを祝ってくれるのですね」

 アヤメがコアの失敗談をシュラに話して、人混みからバルコニーを見ようと背伸びする。シュラは民衆に紛れてセトラナダを出たいのだが、どうしても観ておきたいとアヤメが言うので仕方なくアヤメを左の肩に座らせた。狭い肩に座って落ちないようにアヤメはシュラの頭にしがみつく。

「見えるか?」

「良く見えます」

 バルコニーが明るくなってくる。ちょうど背中から朝陽が昇って来た所だ。

 貴族らしい男がバルコニーの奥から進み出て

昨夜ゆうべの花火は私からアヤメ様を祝う気持ちのひとつであった」

 遠くなのに声は良く聞こえる。どのような細工さいくがされているのかシュラは気になるが、アヤメを抱えているので動けない。

 民衆が花火の素晴らしさを思い出したのか、バルコニーに向かって喝采かっさいを送る。

「アヤメ様は五歳を前に、セトラナダの国民を思い、建国の歴史をそらんじるほど賢く、とても愛らしい方であった」

「あの貴族はヘルラです、いつも怖い目でわたくしを見ていました」

 アヤメが言うのは本当だろう。暗殺計画の首謀者なのだから。しかしヘルラはしばらくアヤメを褒め称える言葉を続けた。

「しかし、アヤメ様を祝うべきこの日に、国民の皆には残念な知らせをしなければならなくなった」

 シュラの周りの民衆が、ヘルラの言葉にざわついて来る。

「アヤメ様は花火を自室で楽しまれた後に、何者かに拉致らちされ、途中で野犬に喰われて天に召された」

 ヘルラはバルコニーの手摺てすりを両手でつかみ、ガックリと項垂れる。民衆のざわめきが大きくなった。アヤメはぎゅっとシュラの頭につかまり直す。

「今朝、追い討ちをかけるように知らされたのだが、王であるウェル様は暗殺された」

 ヘルラの言葉で民衆のどよめきが大きくなる。アヤメはシュラの頭にしがみついたままなので、表情は見られない。

「降ろしてくださいな」

 アヤメを降ろすとシュラの腹に顔をうずめるようにしがみつく。

「存じ上げておりました。お父様がお亡くなりになったのは、きっと花火が始まる少し前だと思います。ずっと心が苦しいのです」

 アヤメが小さく震えている。

「ウェル様とアヤメ様を同時に亡くした事は、セトラナダの大きな損失となってしまった。同時に王妃コア様はひど憔悴しょうすいなさって、ここに立てる状態で無い事を国民に詫びていた」

 それからヘルラはウェルが龍の血族ではない最初の偉大な王だった事を強調し、祭りを取り止めるのではなく、亡くなった二人を見送る為に静かに祭りを続け、国民と共に安らかに眠る二人を見送ろうと締めた。

 盛大な準備をしていた祭りを取り止めると、経済的な負担が貴族達にのし掛かる。それを見越した発言だったが、民衆の多くは力なく城に戻って行ったヘルラの言葉に素直に同意した。

 重苦しい空気で民衆が散っていく。

「心が冷たくなっているのです。痛いほど冷たい風が心に吹き込むのです」

 声に出して泣き出すアヤメにシュラはどうしたら良いか解らない。近くを通る人が

「姫様と同じぐらいの子だもんな、沢山泣いて見送ってやんな」

 そう言って、アヤメの茶色い髪を少し撫でて、屋台に出ていた珍しい食べ物をシュラに手渡した。

 片手でアヤメを抱き上げて、増えた荷物を持ち歩き出す。一人で行動していれば、とっくに砂漠へ出られた筈だ。この面倒で厄介な荷物を安心して置いて行けそうな所を探しながら、シュラは砂漠に向かう道を行く。


 

 王城には多くの貴族が集まっている。突然の事に誰もが動揺を隠せない。


 昨夜は執務の終わったウェルがコアと共に花火のしらせを聞いて、用意された部屋に歩く姿は微笑ましいものだった。

 カンナがコアの元に来たのはその時で、廊下でアヤメの現状を報告を始める。先にウェルが護衛を連れて部屋に入って行き、何か言い争う声にコアが室内へ視線を向けると、コアの時間だけが止まったようにゆっくりと動き出した。

 ウェルの護衛騎士が今、ウェルの喉元に剣を突き立てている。コアは止めに向かうが体の動きもゆっくりで、狂いそうな程にもどかしい。

 コアがウェルの元に走り出すと同時にウェルに着いたもう一人の護衛が何処かへ走り去る。目の前で護衛がウェルを刺すのを止める事が出来ずに「カンナ!医師をすぐに」叫び、ウェルの血が着いた剣で護衛が自分の喉元に刺すのも見ているしか出来なかった。

 自分の喉元に剣を刺した護衛が血の着いた手でコアに厚い手紙を渡した所でコアの時間が戻った。

 目の前に広がる惨状とは裏腹に思考だけは冷静で、しかしコアはウェルの隣に座り込むと動く事が出来なくなってしまう。

 付き人の女性が悲鳴を上げ、間もなく医師と騒ぎを聞きつけた者が集まり騒然とする中で外には白い花火が上がる。

 続けて幾つか白い花火が上がり、更に色取り取りの花火の明かりと爆音の中でウェルと護衛の死が確認された。


 沈黙を破るように

「コア様はアヤメ様が生きてられると言っていたぞ」

 一人の貴族が言うと、注目が集まる。

「アヤメ様のご存命は誰もが望んでいるだろう。御遺体すら喰われてしまったのだ。私も信じたく無い」

 ヘルラも遺体は見て無い。信じたくないコアの心中を察するようなふりをする。

 だが実際に衣類や装飾品も見付かっていない。もし本当に生きているなら秘密裏にアヤメの捜索を行い、誰より先に見付け出さなければいけない。

 何よりもず、次の王に着く為にヘルラは貴族相手に優位に立てるよう考えをめぐらせる。

 引退しただけの先代王に王位を返す案が有力に動き出す。コアの兄を王位にと押す派閥とヘルラを押す派閥は優位に立とうと意見を出し会うが、堂々巡りの時間になるのは目に見えている。

 一旦は解散にすると決まるが、早急に決めなければならない事は多い。同日の夕刻には同じ場所に集合と決められて、貴族達はそれぞれの城へ戻る。


 ヘルラが自分の城に戻ると、バキエが血の着いた手紙を見せる。

「ヘルラ様、これも計画には邪魔な物ですが、コアが持っておりました」

「見せてみろ」

 明け方までずっと起きていたコアが眠った隙に奪って来た物だ。

 手紙の内容は、護衛騎士によって書かれたヘルラの謀叛計画と実行者が詳細に綴られている。護衛の者の家族が貴族アシンの手で人質に取られたのは半年も前の事で、目の前の家族が酷い目に合わされながらも「王に忠誠を」と言い続けていた頃の苦しい胸の内も書かれていた。

 何枚にも渡り書き綴られた手紙のうち、家族が人質に取られた内容の文だけを取り出す。

「護衛は随分と酷い主に仕えていたのだな。そうだろう?」

 ヘルラは護衛の家族を酷い目に合わせたのが王自身だと話を作り替えるらしい。ヘルラの計画が書かれた手紙は、火の付いている暖炉に丸めて放り込み、燃え尽きるのを見てニヤリとする。

「わたくし、手紙を全て書き写した物を控えておりますよ」

 バキエが笑顔で言うと、ヘルラの表情は険しくなる。

「バキエも始末されたいのか?」

「とんでもない。私が望むのは、地位と権力でございます」

 他にも色々な証拠を持っている。先代の王にその情報を持って行けば、確実にヘルラは処刑される内容だ。

「私を脅すとは、良い度胸だな」

 ヘルラの護衛がバキエを取り囲むが、全く慌てる様子を見せず

「わたくしを殺せば、先代の王に情報が流れる手筈は整っておりますよ」

 嘘か本当か解らない。危険回避したいヘルラが

「何を望んでいるのだバキエは」

 あえて余裕を見せるヘルラに

「ヘルラ様が王となったあかつきには正妻として国民に報せて頂ければ」

 意外な答えにヘルラは絶句する。


 アヤメを抱き上げたままシュラは雑貨屋の前に差し掛かり、マッチ箱を見付けた。欲しい。

 じっと見ていると、店の人が何か買えばひとつ付けるとマッチ箱を持って愛想良く話す。大きめの鞄と長い紐が欲しいと話すと、幾つか大きな鞄を出して来る。

 ひとつはアヤメが入れそうなほど大きい鞄。他は今持っている物を入れられるちょうど良い大きさの物で、荷物を出し入れしやすい形の鞄を選ぶ。

 他にも小さな鍋や、小瓶など、常々欲しいと思っていた物を購入した。合計で銅貨三枚になった。

 昼を過ぎてアヤメの空腹に合わせて飯屋に入る。二人の前にはパンの入ったかごと、焼いた腸詰めの乗った皿に、それぞれスープが運ばれて来た。

「あの、もしかしたら手づかみですか?」

「もしかしなくても手づかみだ」

 シュラがスープの食器に直接口を付けるので、アヤメも恐る恐る真似をする。パンは城でも直接手で取っていたようで、ひと口だけちぎって食べて、腸詰めは手に取らない。パンに付けるジャムに小さなスプーンが入っていたので、ジャムだけを食べた。

「後で腹が減るぞ」

 スープだけでも残さず食べるように言って、残した腸詰めとパンは袋に入れて鞄にしまう。

 銅貨二枚を支払った。

 食費もかかる事に頭を抱えながら、アヤメに野宿が出来るか考える。

 アヤメの手を引いて歩いていると、大きな木を煙でいぶしているのが見えた。何をしているのか尋ねると、蜂の巣が幾つもあって困っているらしい。燻して蜂が居なくならなければ、木を切り倒す予定だと言う。

「直接登って蜂の巣を取らないのか?」

 シュラが聞くと、大人が登ると折れるかもしれないと、誰も登らなかったそうだ。子供達も蜂に刺されるのが怖くて登れない。シュラが取りに行くと言って、袋を何枚も持って木に登ると、蜂の巣に袋を被せて口を塞ぎ、下に落とす。本当に幾つもあって、持って行った袋が足りなくなったので一度下りる。

 残った蜂の巣の数より多めに袋を持って再び木に登り、見えたつ蜂の巣は全部落として木から下りた。鞄に入るだけ蜂の巣を譲り受けたら、銅貨二枚を貰う。駆除の報酬と言われてシュラは喜んで受け取り、砂漠に向かう。しかしアヤメの足は遅い。

 その日も宿屋に入る。二人で銅貨三枚で泊まれる宿に入った。

 食事は出ないので、飯屋から持ってきた腸詰めとパンを出し、蜂の巣も出す。

 アヤメはパンを一口、腸詰めもシュラを見ながら手づかみで一口だけ食べて眠ってしまった。午前中はずっと泣いていたし、宿屋に着くまで随分歩いた。きっと疲れたのだろう。

 シュラは蜂の巣が入った袋から一匹ずつ蜂を捕まえて毒針を抜き、小さな瓶に針を入れて少し大きめの瓶に羽根も取った蜂を入れていく。袋から蜂の羽音がしなくなったら作業は終わりにして、施錠の確認をしてから休んだ。


 ヘルラの城にゾーベが来る。夕刻からの会議を前にヘルラを王位に上げるための話し合いを始めるのだ。ゾーベはシュラを探す為に一睡もしていないため、顔色が悪い。

「ゾーベが飼い慣らしたと自慢していたヌッタは、本当に居たのか?」

 先にヘルラの城に着いていたアシンが、ゾーベを馬鹿にするように話す

「アシンも見たであろう?髪の色が薄いヌッタの子供を」

「私は見ていないなぁ」

 アシンからニヤリと見下ろされたゾーベは、何かをさとったように全身から力が抜けたように椅子に座り込み、呆然とした表情に変わる。

 アヤメが喰われた現場に落ちていたのは、ゾーベの従者達の血で汚れた衣装だ。ヘルラに献上する為のシュラもいない。想定外の失敗が続いて、もうこの計画でヘルラの役に立てる事が無いと理解したのだ。

「ゾーベには、まだ働いて貰いたい」

 ヘルラが力尽きたようなゾーベに優しく話し掛ける。まだ出来る事があるなら、どんな事をしても名誉挽回したいとゾーベはヘルラに向き直った。

「自害した護衛騎士とは面識があったな」

 ヘルラから指示された内容は、ゾーベと護衛騎士に以前から交流があり、家族が酷い目に合っていると相談を受けていたことにしろと言うものだった。「酷い目」の詳細はアシンがたのしそうに語る。それを亡き王ウェルが行っていたとゾーベが護衛騎士から知らされ、危険な王からアヤメを救い出す為に行動したのだ。

「良い話しであろう?」

 穏やかな表情でヘルラがゾーベに話し掛ける。しかし、救出する筈のアヤメを見殺しにしたのだ、大事な腹心とは言え、王族の命を奪う事になった罪は重い。明日の朝、バルコニーでゾーベの処刑を今からの会議で報告し、どの派閥よりも王位に近付く為に優位に立てると淡々と語り、ヘルラの護衛によってゾーベはそのまま椅子に拘束された。

 


 翌朝は宿屋で残っていた腸詰めとパン、蜂の巣をかじって朝食にする。アヤメはシュラが蜂の巣をかじる姿に目をむいて

「食べても大丈夫なのですか?」

 かなり怖い物を見る目で尋ねる。シュラが黙って割った蜂の巣をアヤメの前に出すと、トロリと蜂蜜がこぼれる。

「蜂蜜のようですね」

「蜂蜜だ」

 手に取って少し舐めると本当に蜂蜜の味がする。アヤメはちぎったパンに蜂蜜を付けながら、ひとつだけ食べきって満腹だと言った。

 宿屋を出ると、通りは今朝の話題で持ちきりだった。昨日国民に言葉を向けたヘルラが今朝も立ち、腹心でもあった貴族ゾーベを処刑したと言うのだ。

 護衛騎士の手紙内容を書き換えて国民の前で読み上げ、暗殺された王がこれから始めようとしていた恐怖政治を止める事が出来たと伝えたらしい。

 ゾーベは危険な王から幼いアヤメを守ろうとしたが、突然野犬に襲われた事で従者ごと亡くした。王族を守れなかった事の罪は重いと、残された従者と一緒に今朝バルコニーで公開処刑されたと、観ていた者達が興奮気味に話している。

 ゾーベの追手を警戒しなくて良いと知ってシュラは安心したが、アヤメはシュラと繋いでいる手をギュッと握り悔しそうに涙を流す。

「アヤメ」

 シュラが一度座ってアヤメを抱き上げた。

 周りの人がシュラの声を聞き取ったのだろう、

「姫様と同じ名前か、嬢ちゃん。姫様の分も生きてやんなよ」

 泣いてシュラにしがみついているアヤメの頭を軽く撫でて行く。他の大人が

「兄ちゃんが野犬から守ってやれ」

 軽い口調で話し掛けるので、頷いてからその場を離れるように砂漠へ向かった。



「ラージャ、ヘルラはどうなったのだ?」

「数日後に王位に着く事を国民に報せ、儀式の朝は私が血で汚れたままの契約の陣に立った」

 ヘルラとの契約はヒムロとサラに見せるつもりは無い。

 新たなる王として龍の血を持たないヘルラとの契約時は、陣にかなりの細工をしていたらしい。陣の光に縛られた苦しさで、気絶したのだ。翌日の昼過ぎに意識が戻ったのだが、気絶したままの状態で放置されていた。

 やっと起き上がったラージャにヘルラからかけられた最初の命令が

「セトラナダとの契約が終了すると同時に自害せよ」

 ラージャがヘルラの命令を口に出す。あと十数年でセトラナダとの契約は終わる。この命令で分身体だけ消えるのか、本体ごと消えるのかは解らないのだ。

「嫌だと言ったらどうなるのじゃ?」

「かなり苦しい思いをしたな」

 ヘルラから命令されたその場で断った。そして苦しみに耐えられず両膝を着いた所で「承知」と応じると、苦しさが消えたのだ。

「ヘルラが言っていた。セトラナダとの契約が終わり自由になった私が、他国を繁栄させて攻め滅ぼしに来るのを防ぐ為だと」

「ラーはそのような事はしないわ」

 サラの言葉にヒムロも頷くが、ヘルラには通じない。長く生きる危険な動物を、害の無いように使役すると、国民に伝ていたのだ。

「どちらかと言えば他国を滅ぼしに行くのが好きなのはヘルラだ。タタジクの産業に目を付け、攻撃に向かう準備を始めている」

 そこで思い付いたのが、トレザの湖を増水させてトレザの民ごと流し、タタジクを水没させる案だった。しかしヒムロがトレザの民を残せと言う。

 八十年前に信仰を失くしたトレザはとっくに滅びていた土地なのに。ここ数十年で確かにトレザの信仰の芽は伸びていた。

 仕方ないのでタタジクだけでも水没させようとしたらセトラナダの姫を連れたシュラから止められた。何か妙案が有るのかと思えば、ただ敵を増やしたく無いだけだと言う。

 シュラのまぶたが動く。

「朝まで眠っていれば良かろうに」

 ラージャの言葉にシュラが横になったまま

「驚くほど鮮明な夢を観ていた」

 呟くように言った。忘れたい事が多い時期の夢を見たと。

「セトラナダの貴族と繋りが無いか、記憶を見せて貰った。シュラは何処まで見た?」

「バキエが王妃となる儀式の途中で目が覚めた」

 知られたくなかったのだろう、左腕を目に乗せて言う。ラージャはシュラの耳元で

「陣で意識を失くしたのは私も見せるつもりが無かった。相子あいこだと思え」

 シュラは顔を半分隠したまま「くっ」と小さく笑った。





 長い間シュラが気絶してました。多分、ほんの数十分だったと思います。しかし、もう1ヶ月近くかけて書いてたので、ずっとシュラは気絶したままでした。


 さぁて、来週のラージャさんは?

「アヤメです。やっとシュラが起きましたね。

 追憶では書かれなかったけど、シュラが蜂を食べたのを見て悲鳴を上げました。だけど牧草よりは美味しいそうですよ。私も野宿が出来るようになり、シュラばかり大きくなるので負けないように沢山ごはんを食べるようになりました。

 次週は トレザでおはよう を、お送りいたします」


 国民的に愛されるアニメ番組予告を真似してみました。

 タイトルはまだ考えてません。


 最後までお付き合いいただき、有難うございます

      (*^人^*)

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