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龍の居る世界     作者: 子萩丸
11/59

追憶 (後編)

 後編にしたのですが、終わりませんでした。

 何故なぜラージャがセトラナダでヘルラを嫌うのか、どうしてタタジクを水没させようとしたのか、シュラはどうして……


 前書きでネタバレしそうですね。おとなしくしておきます。


 今回もは貴重な時間を読書にあてていただき

 有難うございます(^-^)/

 月光つきあかりで照らされた草原はわりと明るく、動く物ならおよ認識にんしき出来る。ここ数日、あまり休んでいなかったシュラは、静かに寝息をたてている。しかしサラに滅多めった打ちにされたのがこたえているようで、表情は険しい。

「ユタから譲り受けた薬はヒムロも持っているであろう?」

 ラ-ジャから言われてヒムロはたもとから幾つも薬を出してみせる。見知らぬ薬が面白そうで覗き込んでいたらけて貰ったのだ。

「疲労回復とか言ってたのはこれだな」

 液体の入った瓶を出す。

「呑ませ方が解らんのう。起こすと先の記憶を見せて貰えんだろうし」

 ラ-ジャは瓶を取って片手でシュラの鼻をつまむ。口を開けた所に瓶の液体を半分ぐらい流し込み、口を閉じて嚥下えんげするまで押さえる。シュラがやってたのを見た通りにやってみた。

「ぐっ」

 シュラは一瞬更に顔を歪めるが、大きく呼吸をしてから落ち着いた寝息をたて始めた。


 

 平穏だったセトラナダに大きな変化が始まったのは、いつの頃だろう。


 コアが勉強は嫌いとラーの元に来るようになってからは、王からの頼みもありクウから聞いたセトラナダの歴史を話して聞かせるようになった。

 まだ幼い頃はすぐに眠ってしまったものだが、成長してくると教師と供にセトラナダの歴史を学びに通うようになる。コアと供に来るのは始めて王との会食にも同席していたカンナ。髪の色が緑色と珍しい。とても長寿な民族でヤマビトと呼ばれる少ない種族だ。龍の血族では無いが、成人してからはそのままの姿で三百年位は生きると言われている。カンナも資料に無い歴史を学べるので、とても勉強になると熱心にラーの語る内容を書き込んでいた。

 過去を学ぶのは面白いが、相変わらず貴族の対応は嫌だと年頃になったコアが苦笑いしている。

 貴族の中には相変わらず、王になるのは男性が良いと言い張る者も増えていて、兄達に代わるように陳情ちんじょうする貴族の派閥に辟易へきえきしている。

 貴族の派閥は大きく三つに別れていた。

 細かく派閥を数えれば、更に増えるのだが。

 一つは現在の王を据え置き男子の誕生を待つ、またはコアの兄達を次の王に望むというものだ。実はこの派閥が一番多い。

 もう一つは初代の王が女性だった事もあり、龍の示した通りにコアを王にと望む貴族。男子誕生を望む派閥よりわずかに少ない。

 最後に、王政そのものを改革しようとする派閥。先の派閥に比べるとかなり少数派なのだが、暗躍しながら徐々に勢力を付けている。龍の血筋にこだわらず、まつりごとを治められる貴族が王になるというものだ。


 

 久しぶりにコアが一人でラーの城を訪れた。身長も伸び、女性らしさが感じられる。セトラナダでは十五歳で成人と認められるので、あと数年でコアも成人だ。

「ねえラー、私が王になるよりもラーが王にならない?」

 セトラナダを守護する契約はしたが、王になるつもりは全く無い。あらゆる派閥からの謁見でコアなりに出した答えなのだと続ける

「私が王でも良いんだけとね、ラーのお嫁さんになれないかしら」

 要するにコアの苦手な貴族への対応やまつりごと全般を、ラーに任せたいと思っているのだろう。大人びて来てもまだ子供だな、と思いつつ、

「私はこれ以上、王政に係わるつもりは全く無いぞ」

 少しラーを見つめて、コアは黙って出ていった。

 ちょこまか動き回っていた子供が大人になるのは早いものだと、いつの間にか年頃になっていたコアにラーは少し嬉しくなり、グラスに残っていた酒を一気に飲み干した。やはり喉の奥が熱くて悶絶したのは誰も見ていない。


 次にコアが思い付いたのは、それぞれの派閥がまとまれる妙案だと父親である王に相談する。

 コアの夫になる相手に王を任せるとに申し出たのだ。その案を王が貴族達にしらせると、多くの求婚者が現れたそうだ。当時の王も、コアが貴族の対応は上手くない事を理解した上で、形式上の王は夫になる者に任せて良いと承諾した為だ。

 しかし貴族の中にはコアが出産する度に夫を代えろと言い出す者が現れた。

 もう龍の血を残す道具としか見ていない態度にコアは泣きながらラーに訴える。

「私は王なんかになりたくて生きてる訳じゃないの」

 小さな頃から大人に囲まれて、貴族達はコアに気に入られようと解りやすい態度で近付く。

 ある者は白と言い、またある者は黒にしろと言う。他の意見を求めれば、赤だの青だの言い出すので、コアには正解が解らない。決定権はまだ持たなくてもコアの意見が重用ちょうようされる事は知っていた。様々な意見の貴族に何を言っても上手く行かないのは、コアは充分に理解している。

 すでに最初の夫になる者の順番を決める動きもあるようだ。これは派閥も関係ないようで、ある意味コアの「派閥をまとめる」計画は上手く行ったのだが、貴族達は手っ取り早く権力を持てる可能性しかコアに見ていない。

「私ね、ずっとラーと一緒に居たい。」

 ラーの袖口を両手でつまみ、うつむいたままコアの足元に涙がパタパタ落ちて床を濡らした。

「人を伴侶とするつもりは無いぞ」

 幼少期のコアにしたように、ラーはコアの頭に手を乗せる。

 少し笑って目が赤いままコアは出ていった。


 さすがに泣き付かれた後だ、王との食事会ではコアに求婚する貴族を止める事が出来ないか王に相談してみる。勿論、同席しているコアの前で。

「私は幸せになってはいけないの?」

 会食の席だというのにコアの両目から大粒の涙がパタパタ落ちた。

「人は誰もが幸せになるために生を受けるのであろう」

 ラーが話している間に付き人のカンナはコアの目元をベールで覆い、ハンカチを持たせる。コアはハンカチをくしゃくしゃに握り締め、声にしようとしても涙しか出ない。

「セトラナダの王となる者が民の平穏と安寧を望むならば、王自身は誰よりも平穏であるべきだろう。コアが幸せを望むなら、幸せを得ると良いぞ」

「では聞くが、龍神はコアをどう思うか」

「生意気な子供が美しく育ち喜ばしい」

 ラーの声を聞きながら、コアがハンカチを目にあてる。王は一人の女性としてコアをどう見るかを尋ね直す。

 幼少期からずっとなついて好奇心を隠す事も無く、疑問はすぐに口に出す。解りやすくて面白いと思っていた。

 ラーの教えた歴史は、コアとカンナで年表を作り、閲覧出来るように書き出した。多くの人に知識を広げられるとコアは喜んでいたのだが、貴重な知識は安易に公開せず必要な者にだけ見せるように指示された、と怒っていたのはつい最近の事だ。

 人が大人になるのは早い。コアはますます綺麗になるだろう。トレザの白蛇とコアの成長を重ねれば、本当にあっという間に大人になる。コアに対していつくしみの感情は充分にあるのだが、親のように見守る愛情なのだと思っている。

 

 コアの父王は成人してすぐに王を継いだ。同時に一人目の妻を迎えたそうだが、子を授かる前に病死したのだと言う。その後クウとラーで契約の交代があり、王としての仕事に没頭していた。さすがに世継ぎを残せと貴族達に圧力をかけられ、大きな派閥から選ばれた三名の貴族の娘を迎えた。その中で唯一コアの母親は王自身が選んだ女性だった。しかしコアが三歳になる前に不振な死をげた。元々身分の低い貴族で、大々的な葬儀も無かった。いや、出来なかったのだ。

 それでも次王を決める儀式は長男の為に行われ、長男が次王になると信じていた派閥からはコアが示された事に納得出来ないと、いまだに意見する貴族もいる。

 

 ほぼ龍の城から出ないラーは、貴族の決まり事が殆ど理解出来ていない。それでもセトラナダとの契約はあと二十五年も残っていないはずだ。

 

 コアは来年で十五歳になる。

 セトラナダでは成人と認められ、次王ならば婚姻または婚約の発表をすると決められている。


 貴族達の派閥は一度大きく変わる事になった。

 王の意見により、求婚者の選別が行われ、最終的には二名が残った。同時に二人を夫にするよう貴族達からの陳情はあったが、コアは一人が良いと述べ、ウェルを伴侶と決めた。コアと同い年のヘルラも貴族からの信頼は厚く、セトラナダに伝わる様々な儀式に対する研究者としても認められている。

 ただ、年上のウェルは龍神に対して敬意を感じられるし、元々は長男が王になる時の補佐としてまつりごとにもずっとたずさわっているのも頼れるし尊敬できた。しかしヘルラは龍神の使役を研究していると聞いて、ラーに近付けてはいけないと思ったのもある。


 正式な発表の前にコアはウェルを連れて龍の城に訪れた。

 ウェルの身長や肩幅はラーと良く似ている。

まつりごとを一切引き受けて下さる方と結婚が決まりました」

「めでたいではないか、コアはまつりごとに関わらずに済むのであろう」

 普段と同じようにテーブルを挟んで談笑が始まる。ウェルはコアの隣で固まったようにぎこちなく対話に頷いているだけだ。

「ウェルと言ったな、なぜ何も話さない?」

 ウェルは急にラーから話しに参加していない事を指摘されて、狼狽うろたえながらコアが偉大な龍神と親しくしている姿を改めて尊敬すると上擦った声で汗をかきながら話し出した。

「私は偉大では無い。ただの龍だぞ」

 しかし、コアが尊敬されるのは嬉しい。コアも政を上手く切盛り出来るウェルを尊敬している。

「互いに尊敬し合い、不足分を補い合える伴侶ならば、今後も精進できるであろう」

 ラーに言われて少しウェルも安心したのか笑みが柔らかくなった。


 コア十五歳、成人の儀と婚儀が同時に行われる。

 コアは龍神との橋渡しをする。新たに王になるのは夫であるウェルだ。


 朝陽のバルコニーで国民に周知するのも、貴族達が決めた儀式のように執り行われる。

 王が引退し、龍の守りはコアに移る。貴族や国民に王としてしらせるのはウェルだが、事実上コアが王となった。


 特に危惧きぐしていた事も起こらず、王ウェルの治めるセトラナダも平穏が続く。


 ただ、コアに子宝を授かるのは遅く、アヤメが誕生してからは体調をくずしてコアの付き人バキエがアヤメの教育に携わると立候補した。

 実は貴族達に流れている噂で、コアが幼少期から龍神に取り入って次王に選ばせたとまことしやかに流れている。バキエも噂を信じている一人だ。

 バキエはアヤメの教育から身の回りの世話まで不自由なく過ごせるように整えて、それぞれの担当に指示を出す。

 アヤメが部屋を勝手に出る事を禁じ、勝手に龍の城に行く事も禁じた。コアが龍神の城に良く出入りをするため、両親との面会すらも予約が必要になった。


 アヤメ四歳、コアの兄と姉も並び、次の王を決める儀式が行われる。コアの兄に貴族達が注目している中、明らかに多くの貴族達が望まないアヤメをラーが抱き上げた。

 儀式はそのまま進められたのだが、まつりごとの都合上、龍神に次の王を決めさせるのは如何いかがなものかと貴族達が意をとなえ始めた。その中心人物がヘルラである。


 この頃はシュラがトレザに滞在していた。


 商人の手から無事に逃げ延びたシュラの記憶とラ-ジャの知るセトラナダの記憶を時間に合わせて追ってみる事にした。


 驚いた事にシュラは人との接触をしていない。商人から逃げ延びたが警戒心は強くなったのだ。しかし、人の情報を得る為だろう。常に至近距離には居た。

 民家の納屋や馬小屋で雨風をしのぎ、時には飼い葉を口にする。とっくに燻製は食べきったし、移動中に動物を捕獲出来ても火を使えないシュラは何度か腹を壊しているようで、木の実や野菜が取れない時は空腹をたせれば何でも良かった。

 宿屋は危惧していたが、食事の残飯があるので働いている者に見付からないように拾う。おかげで空腹にはならないし、加熱された肉もある。他にも多くの民族が行き交う為に情報が多い。

 セトラナダに向かう旅人の後を付けるように目的の方向へ進んでいた。


 一方、セトラナダでは次期の王とされたアヤメには、更に厳しい教育を付けられる。バキエが中心となり、父親ウェルや母親コアに会う事も制限し、始めての会食も指導が足りていないという事で見送られる。

「もうずっとアヤメに会えて無いのよ。だから今日は楽しみにしていたのだけどね」

 バキエは次回の会食でと挨拶だけして退席した。しかし翌月もアヤメの体調不良により欠席、コアとウェルが見舞いに行きたいと言う意見もバキエに却下された。

 さすがに付き人であり教育上の都合と言われても納得は出来ない。バキエを解任すると伝えると、次の会食にはアヤメも初めて参加した。

「お父様、お母様、お会いしたかった。今日の日をとても心待ちにしておりました」

 アヤメはトコトコ走ってコアに抱き付いた。ウェルにも抱き上げられて、嬉しさで声に出して笑う。まだ幼さの残る笑い声にコアもウェルも癒され、アヤメが席に着くと給仕が始められた。

 ラーがグラスを片手に立ち上がり、

「王の健康と次王のすこやかなる成長を祈って、乾杯」

 ラーが酒を舐めながら、初めて会った頃のコアを重ねてアヤメを見る。当時のコアよりアヤメの方が少し小さいだろうか。両親に会えた嬉しさか、丁寧な言葉遣いでずっと喋り続けている。コアとカンナで作成したセトラナダの歴史は、殆ど覚えたそうだ。優秀な子供だと感じる。

 アヤメと両親の対話を黙って聞きながら、ラーはアヤメが食事にあまり手を付けて無い事に気付く。コアも気付いていたのだろう、

「食事は美味しくないのかしら?」

 バキエがアヤメに耳打ちすると

「初めての会食で緊張しているのです」

 良く喋り、全く緊張の欠片かけらも無いような笑顔で、バキエに言われた言葉をそのまま口に出す。

 最後に出された甘味を少しだけ食べて、アヤメは満足したようだ。退席する前にバキエが

「アヤメ様は日頃からとても食が細いのです」

 コアとウェルにかかわって欲しくない態度にも見えた。


 

 シュラは数ヶ月かけて街や村の宿屋で情報を集めながら広い砂漠の見える宿屋街にたどり着く。しかし、人に見付からないようにしながらでは、人の多い所に居ると全く気が休む事はなかった。しかも宿屋街は整然とした街路樹はあるが、雑木林のように隣の木の枝に飛び移れば大きく枝が揺れて目立つ。枝伝いに逃げる事は出来ない。

 宿屋街は砂漠の向こうにあるセトラナダに向かう者やセトラナダから来た者で珍しい物も多く、商売で成功した者は明らかに羽振りも良い。逆に失敗した者は金策もままならずに物乞いになる事もあるようだ。

 人生模様が様々で、多くの民族が行き交う宿屋街の物置小屋の隅から、シュラは潜むように周りの状況を確認する。残飯を探しに出るが、食べられそうな物は殆ど残ってない。

 シュラ自身も随分ずいぶん成長していて、八歳前後に見える。


 砂漠は危険だとシュラの母親が話していた。確かに、身を隠せる場所は無い。しかもセトラナダ迄は歩くと何日もかかるようで、徒歩の旅人を見れば荷物の多さに驚くしか無い。砂漠に向かう馬車には車輪が無く砂の上を滑るように平らな金属が着いている。馬の代わりの動物は砂漠と似た色の毛皮だ。


 一方セトラナダでは、初めての会食を終えて部屋に戻った日から、アヤメはバキエから酷く叱られる事になった。食事の前に王の元まで行くのはアヤメの立場を考えると良くない事だと言われ、食事中に声を出して笑うのは品が無いと。些細ささいな事を厳しく注意され、それでも次の会食に参加する許可をバキエから貰おうと、アヤメなりに必死で覚える。

 毎日のように背中を短い鞭で何度も叩かれて、背中の痛みで眠れない日が続く。


 シュラはセトラナダに向かう荷馬車に潜り込む事を思い付いた。砂漠の途中にある宿屋に定期的に食糧を運ぶ荷馬車にシュラ一人なら入れそうな隙間を見付けたのだ。

 早朝に上手く潜り込めて、砂漠にある宿屋には夕方到着した。雨季には小さな湖が出来る事もある地域のようで、自生した植物もある。

 数は少ないが、宿屋も何軒かあり、宿屋によっては残飯も沢山でる。

 物陰から旅人達の話す声を聞き集めた情報では、朝から馬車で進めば次の宿屋まで夕方には着くという。徒歩ならば夕方に出て夜のうちに進み、日が出たら影になる所で休んで二日から三日あれば着けるようだ。

 翌朝の馬車に潜り込むか、夕方から砂漠を走ろうと決めて、早目に休む。夜の宿屋は何処どこも賑やかだが、あまり人が出歩く様子は無い。所々で野宿する旅人がいるくらいで、宿屋の者達が持ち回りで夜の警備をしている。

 まだ暗いうちに目を覚ますと、荷馬車や馬車の準備を始めている所を見に行った。どうやらセトラナダに向かう荷馬車には乗れそうも無い。宿屋から出る残飯を拾いに向かう。

 馬車の往来が減る頃を見計らって、シュラは砂漠を走り出した。身長も伸びたせいだろう、砂に足を取られるが、以前よりずっと早く走れるようになっている。休まずに走り続けると、朝には次の宿屋が遠くに見えて来る。昼になる前には、たどり着いた。

 次はセトラナダに着ける。行き方を考えながら宿屋の周りで人が話す内容の中に、有益な情報を集めてみる。

 一晩中走っていたので疲れはある。しかし、人目に付かない所で休みたい。そう考えて歩いていると、馬車の発着所に着いた。近くにある馬小屋で、わらに隠れて休む事にした。

 すっかり疲れも取れて藁の中で目を覚ますと、話し声が聞こえた。どうやら値段の交渉をしているようだ。

 荷馬車に乗るなら銅貨が二枚、普通の馬車だと銅貨五枚が必要らしい。シュラは銅貨を持って無い。人の気配が無くなり、宿屋の周りに戻る。少し残飯を拾って馬小屋に近付くと、セトラナダから到着便した荷馬車や馬車が増えて来ていた。人も多くなる。人目の無い所で食事を済ませる。

 陽が出ないうちから荷馬車には荷物が積まれている。大人が入れそうな大きなたるが六個積まれた樽の隙間にシュラは潜り込んだ。まだ朝陽の出ないうちにシュラの乗った荷馬車は砂漠の上を滑るように進みだす。

 セトラナダの外れの森が見えて来た所でシュラは安心する。しかし荷車が木々の多い所に着く迄はじっと潜み続けて、木陰に入ると自分の荷物を確認して近くの木に飛び移った。

 枝を伝って広い道を確認すれば、砂漠を越える前の宿屋街より規模の大きい宿屋街があった。

 噴水の周りが広場のようになっていて、馬車やひとが行き交う道を囲むように大きな建物が隣接している。

 身を隠せる場所が少ない宿屋街より、森に戻り、人の集まりそうな所を探す。森には馬車に寝泊まりしたり、野宿をしている者も見かけた。ただ、物乞いのような人は居ない。

 水の流れる音に近付いてみれば、自然に出来た川ではなく人の手で造られた水路なのはひと目で解った。形の揃った石で流れる所がきちんと整備されているのだ。しかし、手入れはされていないようで、所々の石が欠けている。


「おい、あのガキ売れそうじゃないか」

「絶滅した民族じゃないのか?貴族の伝手つてがあればなぁ」

 シュラが水を飲んでいる所を、うっかり二人の大人に見付かった。しかし、小太りで動きの鈍そうな大人ならすぐに逃げられる。

 セトラナダの言葉は、どうやら家族を襲撃した民族の言葉らしい。警戒しながら二人の言葉を聞く。

 二人はシュラにわかるように火を興して肉を焼き始めた。ここ数ヶ月、火の興し方を知りたいとずっと思っていたので、とても興味がある。

 シュラがじっと様子を見ているのに気付いて、

「ボウズ、ちょっと待ってろや。肉を焼いてやっからよ」

 どのように火が着いたのか知りたかっただけだが、ちょうど腹も減っている。

「高い肉だからな。これ食ったらいい所に連れて行ってやるぞ」

 焼けたばかりの肉をシュラに投げる。受け取ると熱くて火傷しそうになるが、軽く手の中で転がすようにしてからかぶり付いた。

「旨いだろ」

 久しぶりの肉だ。しかも焼きたてで、虫も泥も付いてない。肉が無くなると骨をかじる。

「おいおい、まだあるぞ。こっち来いや」

 距離を取ったまま、火の興し方を聞こうとした

「…………」

 口がハクハク動くだけで声が出ない。シュラ自身が驚いた。まだ完全に理解して無いが、凡そ対話ぐらいなら出来ると思っていた。それなのに声が出ないのだ。

 動揺していたせいだろう、もう一人の男に背後から抱き上げられた。ジタバタしてみるが、子供を捕らえるのに慣れた動きで手足を拘束されてしまった。

 それでも焼けたばかりの肉を拘束した手に持たせて

しゃべれねえのか?ホレ、食って元気出せや」

 拘束しておいて元気を出せと言われても、シュラにはこの二人が何を考えているのか解らない。取り敢えず持たされた肉は食べきった。拘束されたままで動かしにくい両手をどうにかほどけないか考えながら。

 商人に捕まった時と違って、手の紐は簡単に緩みそうにない。シュラはやはり骨を噛る。ゴリゴリと音を立てて噛み砕き、全部飲み込んだ。二人の男はそんなシュラを見て機嫌良さそうに笑う。

 その晩は二人の男が寝泊まりしている荷馬車に運び込まれた。

 一晩中紐をほどこうとしたせいか、かえって手首に紐がくい込んで赤くなっている。一人が目を覚ましてシュラの様子を見る。外に連れ出す為に首に縄をかけられ、茂みで用を足せと言われて、ずっと我慢していた排尿排便も済ませた。男が縄を引くと首が絞まる。簡単に逃げられそうに無い。

 荷馬車へ戻るともう一人が乾いた小枝を集めて、焚き火の準備をしているのが解る。小さな箱から長さの揃った細い木材の一本を取り出して、箱にこすり付けるようにると、擦り付けた細い木材に火が着いた。

 簡単に火が付けられる道具を始めて見たシュラは、逃げ方を考えると同時に小さな箱にも興味が出る。

「おお、シュラではないか?この鞄と服は忘れる事がないぞ。こんな所で会えるとは運が良い。随分と大きくなったな」

 聞き覚えのある声がした。宿屋でシュラを一度捕獲した商人だ。

 体が反応して逃げようとしたが、今は首に縄がかけられ、両手も自由に動かない。

 二人の男は商人と顔見知りのようで、早速商談が始まっている。始めに銀貨二枚を手渡した商人に、あれこれ話して合計銀貨四枚を受け取り二人の男がシュラを商人に渡した。

「旦那、この子供、喋れないんで」

 声が出ないぐらい何とでもなる。

 セトラナダでの商談が終わって帰る所だったが、すぐに大きな取り引きが舞い込んで来たと、商人は上機嫌だ。

 以前のように睨むシュラを満足そうに見下ろして、

「どうせ長いこと声を出さずにいたのだろうよ、良く見れば綺麗な顔立ちではないか」

 商人はかがんでシュラの顔を舐めるようにじっくり見る。

 商人の視線から避けようとシュラは体をひねった。

 以前乗せられた馬車よりずっと豪奢ごうしゃな馬車に乗せられると、同乗している四人の下働きに押さえ込まれて首の縄をほどかれる。代わりに革で出来た首輪を付けられ、鍵で止められる。鍵の部分は金属だ。同じように手首にも革で出来た首輪に似た物が装着され、太い鎖で繋がれた。

 服で隠れない所は商品価値が下がると言って、腹を何度も短い鞭で打ち付ける。

「ぅ……」

 少しだけシュラの声が漏れた事で、商人は鞭を振るうのを止めさせた。

 向かう先は貴族に通じている宿屋らしい。  

 シュラには貴族に対応出来るように言葉遣いや作法を覚えさせ、値段を吊り上げると商人が下働きに指示を出す。

 宿屋に入る時には目立つ鎖を外し、丈夫な細い紐に変える。シュラに帽子を深く被らせて下働きの一人が抱き上げ、最上階まで案内される。部屋から宿の関係者が居なくなると、再び太い鎖に戻された。

 商人は窓辺に座り、シュラは男達に無理やり服を脱がされる。

「……」

 まだ小さな声でシュラなりに叫ぶ

「シュラ、聞こえるように『やめてください』っていうんだ」

 ニヤニヤした商人は何か飲みながら聞こえるように言う。

「や…やめて、やめてください」

 商人に言われるように言い直すが、とても声が小さい。ヒュウヒュウと声を出そうとしているうちに、服は脱がされてしまった。馬車の中で叩かれた痕が腹に赤く残っている。シュラがやめろといい続けるのも、まるで楽しんでいるように水を張った風呂に入れられ、乱暴に全身を洗われた。

 薄汚れていた髪は淡い水色になり、ずっと外で生活していた割には肌も白い。汚れが落ちたせいか、乱暴に洗われたせいか、赤く腫れた所が更に目立つ。

 濡れた体や髪を乱暴に拭き取られると、寝台に鎖を繋がれた。

 シュラの服や荷物は捨ててしまえと商人が言えば

「返せ!」

 小さな声だったが、ずっと叫んでいたせいか、少しずつ声が出るようになっている。

「違う違う『返してください』『お願いします』言ってみろ」

 窓から服を投げ捨てる素振りを見せた商人にシュラは裸のままで飛び掛かろうとするが、鎖に繋がれているので商人に近寄れない

「ちゃんと言えたら返してやっても良い。言えるまではこれだ」

 男に短い鞭で叩かれた痕が、背中で赤い線になる。シュラが「やめろ」「返せ」と言う度に赤い筋が体に増えていく。

 しばらく窓辺で見ていただけの商人が立ち上がり、シュラの体に出来た赤い筋に爪を立てるようになぞる

「いやぁっ」

 違う痛みに声をあげてのけ反るシュラに

「言い声が出るじゃあないか。可哀想に、痛むよな。『お願いします』と言うんだ」

 動けないように押さえ付けたままで赤くなった所を引っ掻いた。

 商人がシュラをいたぶるように、教えた言葉を言うように続ける。しかしシュラの口からは悲鳴しか上がらない。シュラが体験した事が無い激しい痛みに泣いて叫んでも、言葉遣いを指摘されるだけで止む事は無い。

 商人が疲れたのか男達に代わり、同じように言葉遣いを指摘されながら乱暴される。やがてシュラが呟くように「やめてください、お願いします、返してください」と繰り返すようになると、商人が止めるように指示を出す。

 ちょうど扉をノックする音がして、昼食が運び込まれて来る。シュラは寝台に繋がれたまま天蓋を閉じて隠された。

 首輪は何とか引きちぎれそうだが服が無い事には逃げられない。全身に着いた鞭の痕を見ながら服を取り返して逃げる方法を考えていた。

 突然、天蓋が開けられる。

「シュラ、食事だ」

 商人の向いに座らされ、商人と同じように食事をするように言われる。

 スープは食器に直接口を付けずにスプーンで口に運ぶように、肉は手づかみせず、ナイフで切り分けるように、商人を見ながらぎこちない動きで真似をして食事を済ませる。

 食事が終わるとすぐに鎖は寝台に繋がれた。

「さあ、言葉遣いの続きだ」

 商人が寝台に上がり込むと、茶色の軟膏を出す。腫れた所にとても効く薬だそうだ。

「シュラに塗ってあげよう。おいで」

 ジンジン痛む鞭の痕を擦りながら商人に近付くと、押さえ込まれて薬を塗られた

「きゃあぁっ」

 叫んだのはシュラだった。鞭の痕に塗られた薬が熱く刺さるように痛み出した。しかし、赤く腫れていた所はみるみる腫れが引いていく。

 新しく覚える言葉を幾つも言われながら薬は全身の鞭の痕に塗られていった。腫れが引くと鞭で叩かれる。背中、尻、太腿、腹。痛みで何がどうなっているのか解らない。新しい言葉を話せるようになっても、更に読み書きやら計算を教えられ、その繰り返しが何ヵ月も続いた。

 商人達が近くで見ていても、シュラの成長は早い。

 貴族の都合でシュラを売る日が先延ばしになり、次王の誕生祭十日前に引き渡す事になったが、言葉使いと食事の作法だけなら宿屋に来てから二日目には売りに出せる位になっていた。

 仕方が無いので字を教えれば翌日には読めるようになり、書くのもすぐに覚えた。計算も教えれば正確に早く答え、試しに商人の扱っている店の計算を任せれば、すぐに計算を終わらせて不備まで指摘された。

 商人は引き取りを先延ばしにする貴族に渡すのが惜しくなり、苛立つ気持ちでシュラに鞭を振るい、泣き叫ぶシュラに乱暴を続けていたのだ。


 アヤメは毎月の会食が楽しみで仕方ない。

 まだ正しい作法が身に付いて無いと、バキエから厳しく注意されても、何度も鞭で背中を叩かれても、次こそは両親に正しい作法を食事会で見て貰おうと頑張っている。

 まつりごとの歴史もコアの作成したセトラナダの歴史に合わせて教師と相談しながら作っている。

 同年代の友人が居る訳でも無く、両親と会う機会も制限されている。しかし政や歴史の資料にかかわる事で、両親に近付いた気持ちになれるのだ。

 バキエが厳しくする程アヤメが真っぐに王政を学んで行くのは、バキエにとって苛立いらだちが増えるばかりだ。

 アヤメが勉強をしている時間にバキエはヘルラの城へ行く。王との会食での対話やアヤメの日常を詳細しょうさいに報告する為だ。バキエの報告はヘルラの城に来ている他の貴族も複数が聞いている。

 ウェルが王となれたのだから、龍の血族だけで無く、貴族も王の候補としたいと考える派閥の集会だ。

 中にはコアの付き人が一人、ウェルの護衛も一人居る。

 ヘルラを王にする為ならば、いくらでも暗躍する貴族のアシンとゾーベはバキエの報告も書き残す。

 短い時間で集会は終わるが、度々この報告会は行われている。


「シュラはなかなかさとい子供だ。今日は貴族が買いに来て下さるから、粗相そそうの無いようにな」

 まだシュラの服は返されてない。扉を叩く音と同時に貴族らしい男が従者をぞろぞろ連れて入って来る。

「これはこれはゾーベ様、これが以前とり逃がした子供でございます」

 シュラは武器を持っていない事を解りやすくするためだと、裸のままでこの数ヶ月に教え込まれた挨拶をする

「初めまして、シュラと言います。これからゾーベ様にお仕えさせて頂く為にこちらの商人よりご指導いただきました。至らない点は今後ともご指導をお願いしたく、これから宜しくお願いいたします」

 シュラの言葉で商人がゾーベに鞭を渡した。

 ニヤリと受け取ったゾーベはいきなりシュラに鞭を振るう。白い肌に赤い筋が幾つも出来た。「やめてください」と座り込むシュラに笑い声をあげながら容赦なく打ち付け、商人から手渡された軟膏を従者がシュラの体に塗り込む。

 鞭で打たれて悲鳴をあげたり軟膏を塗られても悲鳴をあげるシュラに満足したのか、商人との商談が始まる。

 シュラには新しい首輪と同じ素材の腕輪、足首にはめる物も従者達の手で装着された。次に貴族の屋敷に向かう為に新しい服を着せられる。両足は短い鎖で繋がれた。帽子を深く被せらせて、退出の準備は出来たようだ。シュラの持っていた鞄に着ていた服も詰め込んで、商人から直接手渡される。何故なぜか、かなり重く感じた。

 商人達に見送られ、ゾーベを中心に従者が揃って広い階段をゆっくり下りていく。階段を下りる度にシュラの足に付けられた鎖がジャラジャラ音を立てる。


 商人達は従者に渡された金額を確認して急いで荷物をまとめ、裏の階段を飛び降りるように掛けおりた。予想していたシュラの金額は多ければ金貨で八十枚。今回受け取ったのは何と金貨二百枚だったのだ。

 法外な金額を渡す貴族は、大抵その後に取引先を消す。商人達は馬車も使わず急いで砂漠に通じる裏通りを走った。


 ゾーベ一行が宿屋の一階に着くと、従者が商人の使用していた部屋の支払いを済ませる。ゾーベが受付まで行って、この部屋を使用していた者を始末せよと伝えた。同時に従者が五人、今下りて来た階段を掛け上がる。


 商人たちは休む事なく森に向かって走り、やっとたどり着いて息も切れ切れに砂漠に向かう馬車を探し始める。先に小太りの男二人に会った。森で小さな商売を続ける二人なら馬車を探すのも早いだろう。金貨を一枚握らせて、子供が法外な値段で売れたと話す。

 すぐに状況を理解したのだろう。二人は別れて幾つかある馬車の発着所を目指した。


 貴族が子供を買うのは珍しく無いようで、人目に着く所でもシュラの首輪には太い鎖が繋がれている。良い買い物をしたと自慢するようにゾーベが宿屋を出ると、外にはゾーベを迎えるように馬車が何台も停まっていた。

 先頭の馬車にゾーベと家臣の従者、シュラが乗せられた馬車は最後尾だった。

 馬車が動き出すと、外は祭りのように賑やかな事に気付く。同乗していた従者達が次王の誕生祭が近い事を教えてくれる。ついでのように、ゾーベが他の貴族であるヘルラに陶酔していて、次の王を倒してヘルラが王になると従者達に言っている事も話し始める。

 ちなみに次の王はだ五歳になる前の幼女だと話すと、シュラを除く従者達が笑い出す。何となく賑やかな雰囲気のうちに馬車は広い建物の多い道に入った。

 

 商人達がそれほど待たないうちに、小太りの男は二人とも戻って来て、無理を聞いてもらった事を商人に強調して伝える。商人はもう一枚金貨を渡した。二人の男はニンマリして、すぐに出立しゅったつ出来るように準備が整った馬車まで案内した。

 商人と下働きの四人が馬車に乗れば、車輪の無い馬車は滑るように砂漠を動き出す。

 砂漠に出てしまえばセトラナダの貴族は追い掛けて来ない。商人は生き延びられた事に一心地着いて、生涯一番の大仕事が終わった事に安堵した。

 もうセトラナダに来る事は無いだろう。大金を手にしたし、これ以上危ない橋を渡る必要は無い。


  

 アヤメの誕生祭十日前に会食が開かれる。

 城の中では全く解らないが、国民はすでに誕生祭を前に盛り上がっている。貴族達も誕生祝いを準備しているのだが、実は前例が無い。

「ラーが儀式でアヤメを抱き上げたでしょ?」 

 その後は貴族達の儀式が始まり、ラーが帰城きたくした後で、コアが国民の前でアヤメの誕生日を言ったのだそうだ。ただの親バカ発言がアヤメの誕生日を祝えという命令に等しいと言われたが遅かった。

 ウェルは苦笑しているが

「私はとても反省しているのよ。もう大勢の前では余計な事を言わないわ」

 コアより余程よほどアヤメの方が発言に注意しているとウェルに指摘されて、コアはバツが悪そうに笑う。それでも大々的に我が子を祝えるのは嬉しい。

「わたくしのお誕生日ですか?」

 アヤメは特に知らされて無かったようで、少しモジモジしている。コアとウェルは嬉しそうにアヤメを見つめて、

「何か欲しいものはあるか?」

 ウェルに聞かれると、アヤメは心がポカポカ暖かくなり、

「お父様と、お母様と、一日中過ごしてみたいのですが、よろしいでしょうか?」

 無理ならそれでも良い。だけど、何が欲しいかと聞かれれば一緒に居られる時間が欲しい。そう考えただけでもアヤメの心が暖かくなっていく。

 ウェルとコアが書簡に予定の確認をして、ウェルが言う。

「誕生日の朝は二人でアヤメを迎えに行こう。国民への挨拶が終わったら、少し三人で散歩でもしようか。昼食も一緒に取ろう」

 午後からはアヤメに貴族の謁見予定が入っている。謁見が一通り終わったら夕食も一緒に取り、三人で眠るまでお話ししようとコアからも言われて、アヤメは言葉が出ずに何度も頷く。バキエは嫌そうな顔になるが、反対にアヤメの表情は生き生きしてきた。

「今日はあんまりお話ししないのね」

 コアに言われて

「お誕生日にお話しする事が減ってしまいますもの」

 嬉しくて胸がいっぱいで、食事の味もよく解らない。だけど、普段の会食よりは随分と食べていた。

 お開きの時にラーが目の前にある花瓶から三本の真っ赤な花を抜いた。それぞれに小さな手紙を添えてウェル、コア、アヤメに手渡す。

 何が書かれているのか書簡が確認しに来たので、アヤメに渡した手紙だけを書簡に見せる。

おのれの意志に正直に生きよ』

「コアのように大事おおごとにしたくは無いのでな。節目に合わせた言葉を送ったつもりだ」

 ラーの言葉で書簡も他の手紙は確認せずに、会食は終わった。


 ゾーベの城に馬車が着く。先頭の馬車の後ろに立っていた護衛が飛び降りて馬車の扉を開ける。ゾーベがゆったり降り立つと、従者達が続いてサッと降り、馬車だけが通り過ぎる。次の馬車からは従者達がサッと降りるので、シュラの乗る最後尾まですぐに皆が降りた。

 従者が揃ってゾーベにひざまずいているので、シュラも同じように跪く。

 ゾーベがシュラの鎖を引くと、少し首が絞められるように苦しくて顔を上げる。

「シュラか。後で遊んでやろう。近々ヘルラ様に献上する予定だ」

 シュラが部屋に通される。鎖は外されたが扉は金属で厚く重い。天井付近にある窓も、小さくて体が通れるほどでは無い。

 寝台と机が用意されている。

 他に誰も居ないので、商人から渡された鞄の中を確認する。シュラが着ていた服がたたまれていて、出してみると服が重い。何かが入っていた。紙で包まれて棒のようになっている。紙の紐をほどくと銅貨が五十枚、銀貨が二十枚、金貨が二枚。すぐに紙で包み治し、同じように戻す。更に鞄の奥には手紙が入っている。確認しようとしたら急に扉が開いた。急いで鞄に服を入れる。

それは何だ?」

 ゾーベが鞭を手に従者を二人従えて入って来た。

「商人に会うまで着ていた服です」

 汚い服だな、とゾーベは鼻で笑い、どれ程の忠誠心かを試してやると言う。鞄に興味が無さそうで、シュラは安心した。

「服を脱げ」

 シュラはゾーベを見たまま上着を脱いだ。

「何をしている、遊んでやると言っただろう。さっきの続きだ、全部脱げ」

 痛い思いをするのは嫌だと思いながら、全部脱いでゾーベの前に立つ。

 ゾーベはシュラの白い肌に鞭を振るう。

「きゃぁっ」

 まだ変声期前のシュラの悲鳴を聞いてゾーベは更に勢いよくシュラを鞭で追いかける。シュラの体に無数の赤い筋が出来る。

「案ずるな、薬もあるぞ。ちゃんと治してやれ」

 従者に軟膏を塗り込まれる

「いやぁっ」

 少し暴れるシュラの両手は従者達によって壁に繋がれる。鎖をかける金属の輪が、壁に幾つも着いていた。部屋の中央で左右に手を鎖で繋がれたシュラは痛みに怯える目でゾーベを見上げる。

「いい目じゃあないか」

 声をあげて笑いながらゾーベはシュラの体に前後左右から鞭を振るい続けた。シュラは声が枯れるほど叫ぶ。

「まだまだ、これからだ」

 赤く腫れた所は指でなぞるだけでも痛む。薬を塗られると、焼けるように痛む。何をされたのか、体が裂けるような痛みに叫ぶと、ゾーベが乱れた衣服を整えて

「また遊んでやろう。満足したぞ」

 二人の従者はシュラの鎖を外し、軟膏を少しだけ置いてゾーベに付いて出ていく。

 外から鍵をかける音がして、痛む体を擦りながら軟膏に手をのばす。恐る恐る少し塗るが、激しく痛むのですぐに止めた。

 鞄の中の手紙を出して読んでみる。一番上の走り書きに『泣き叫ぶのを止めてみろ』とある。もしかして、鞭で打たれる時の事だろうか。他の手紙にも目を通す。

 商人の手で書かれた文字で、入れてあった金は拘束されていた時期にシュラの働いた賃金だと書かれていた。トレザでは金のやり取りが無く、セトラナダ迄は殆どが野宿をしていたので貨幣価値が解らない。それも見越しての事か、旅に使う品と料金の一覧表のような手紙も入っている。

「ゾーベに使われて満足ならば良い。だが、其処そこを出たくなったら、此処ここへ立ち寄れ」

 住所が書かれていた。

「城の壁や扉は硬いが、天井裏を上手く使え」

 鞄の粗い縫い目に差し込むように、小さな鍵が入っている。試しに首輪の鍵穴に手探りで差し込むと、首輪が外せた。

 ゾーベの従者に殺されてしまった商人に、何故なぜこんな手紙をくれたのか確かめる事は出来ないが、城の造りが解らない事には天井裏で迷子になりかねない。首輪の鍵をかけ直して、天井を確かめる。薄い板が乗せられているだけのようで、埃の積もった天井裏は簡単に覗けた。真っ暗だった。


 コアは初恋の相手から初めて貰った手紙に浮かれ、ウェルはそんなコアも愛おしく、しかしコアに宛てられた手紙の内容は気になって二人で同時に読む事に決めた。少し赤くなっているコアも、後でこの事をアヤメに話そうとかダメだとか言い合って微笑ましい。

 同時に手紙を開いて、すぐに二人の表情が固くなる。

 ウェルの手紙は

『不穏な動きを感じる。注意せよ』だけだった。

 一方、コアの手紙は少し長い。

『龍の守りによってコアの命は守られるが、ウェルには直接の守りが無い。充分に警戒し、命を守れとウェルに伝えて欲しい』

 これは、ウェルの命が危険という事ではないか。

 翌日はコアとウェルで早朝の仕事が始まる前にラーの城へ行った。

「貴族の誰かが中心となって、王の座を狙っているようだ。私はコア以上に王政にはうとい」

 貴族達の『気』は解っても、普段から対話もしない大勢の貴族達の名前は覚えていないのだ。

「いつから?いつまで警戒を続ければ良いの?」

 計画が進んでいる気配はラーも掴んでいるが、明確な内容は解らない。確実に安心出来るのは、アヤメが成人する頃だろう。

 しばらく考えていたコアが

「ラーは?ラーは安全なの?」

「私は人からの攻撃くらいなら、何ともないぞ。案ずるな」

 小さな頃からコアにしてきたように、コアの頭に優しく手を乗せる。

「アヤメも心配だな、龍神、アヤメは大丈夫なのだろうか?」

 前王であったコアの父親よりも、ずっと濃く龍を感じるアヤメなら問題は無いだろうとラーが言う。いっそウェルに同行させれば龍の守りも強固に出来ると聞かされる。

 コアとウェルは仕事があるので、ラーの城を出ながら対策を話し合った。

 アヤメは幼いが、ウェルの執務に同行させてみようとバキエを呼び出した。アヤメの意見を聞くためだ。アヤメが嫌がれば無理に執務は同行させない。毎日の食事も一緒に取れるようにしたいとバキエに伝えた。


 シュラの部屋を開ける音がする。

 ゾーベが昨日と同じ従者を連れて入って来た。まだ朝食の前だ。

「脱げ」

 黙ってシュラは服を脱ぐ。昨日の鞭で打たれた痕が、まだ痛々しい。従者が黙って軟膏を塗り始めるが、シュラは痛みをこらえて黙っている。

「一晩過ぎると痛まぬのか。つまらんな、鳴け」

 ゾーベがシュラの白い肌に幾つも赤い筋を作り出す。鞭の音に少し怯えながらも、痛みに耐え続けた。

「どうした、昨日のように泣きわめけ」

 ゾーベは笑わずに、むきになってシュラの顔も鞭で打つ。頬に赤い筋が浮き出た。

 寝台に押さえ付けられると背中の皮が剥けそうに痛んで「うっ」と声を漏らすと

「もっとだ、もっと鳴け」

 と言いながら腹や太腿を鞭で打つ。白い肌が殆ど真っ赤になった所で軟膏を塗り込めば、痛みに耐えきれずに漏れた声を、まだ足りないと背中や尻を鞭で打つ。

 痛みは昨日と同じだ。怖いし叫びたい。体が引き裂かれるような痛みに声を少し漏らすが

「興が冷めた。次は昨日のように鳴け」

 従者を連れて部屋を出ると、鍵が閉まる。

 商人の手紙は信用できると思いながら、腫れた所に軟膏を塗ってみる。かなり痛むが、痛み続けるよりは良い。少しずつ、焼けるような痛みに耐えながら、見える所だけは薬を塗った。怯えた表情も駄目だろう。睨んでもいけない。

 扉を叩く音がしてビクッとするが、鍵を開けた従者が食事を置いて出ていった。


 アヤメは誕生日が待ち遠しくて、眠れなかった。嬉しくて眠れなかった夜は始めてで、着替えをさせてくれる付き人達にも両親と一緒に過ごせると嬉しそうに話す。

 珍しく朝食も残さず食べきった。

 普通なら、同じ城に住む仲の良い家族が一緒に過ごせる時間は、もっと多くて良いはずだ。王だからとか、王の子供だからといって、引き離すのはどうなのだろう。付き人達は、家族と自由に会えないアヤメが少し不憫に思えた。

 食事の片付けが終わる頃にバキエが来る。明らかに不機嫌だ。

 朝から解任を言い渡された。今回は注意ではなく決定だと言われたばかりなのだ。アヤメの意見を聞く前に王からの要請を全て却下し、アヤメがまだ勉強不足だと伝えた事がいけなかったらしい。

 誕生日の前日までに全ての引き継ぎを済ませるように言われた。バキエは引き継ぎよりも、ヘルラ様にどう報告するか考えていると、部屋にカンナが入って来た。コアが幼い時からずっと付き人をしているし、教師達にも指導をしている人物で、百年以上前から王族の付き人をしている。

「バキエの後任として、アヤメ様の付き人に決まりました。カンナでございます」

 まだバキエが解任された事を知らない皆は少し騒然となる。

「アヤメ様のお誕生日までは私が仕事を致します。カンナは連絡を急ぎ過ぎていませんか」

 きっとカンナから伝えなければ、最終日まで何も知らせるつもりは無かったのだろう。バキエが指示する予定だった付き人達の仕事を、カンナが代わりに指示する。

 身の置き所が無くなったバキエは私物をある程度まとめてから退出した。

「アヤメ様はウェル様の執務に興味はございますか?」

「ございますとも。書面で知った事は多くございますけれど、どのようにそこに至ったのかを知りたいと、常々思っておりました。ご迷惑にならない範囲で見学しとうございます」

 カンナは微笑んで

「では、お誕生日の翌日以降になりますが、ウェル様の執務に同行なさいませんか」

「なさいますとも」

 少し言葉がおかしいとカンナに指摘されると、アヤメは目を固く閉じて両腕を前に伸ばす。

「何をなさっているのですか?」

 間違えたり失敗するとバキエは鞭でアヤメを叩いていた。カンナにも叩かれると思っていたアヤメの方が驚いた。


 シュラの食事が終わった頃に、従者が三人入って来る。一人は扉の前に、一人がシュラの鎖を繋ぎに、もう一人はシュラがおとなしく鎖に繋がれたので食器を持って出る。シュラが出た後にも扉には鍵をかける。

「部屋には誰も居ないのに?」

 シュラが聞くと、皆の習慣なのだそうだ。扉を閉めたら必ず鍵を閉める。新しく買われた者は鍵の閉め忘れに敏感で、すぐに脱走しようとするそうだ。

 まだ城の造りが解らないうちから逃げても、すぐに追い詰められるだろう。力ずくで出られても、外で迷って捕獲されては逃げる以前より警戒される。城の形や周りの逃げ道を確保してからだ。

 従者が集まる部屋に来るとシュラの鎖は壁に繋がれる。

 ゾーベが入って来て、王の暗殺計画を話し始めた。シュラが来る前から綿密に打合せがされていた様子で、すぐに話が終わる。

 従者達がそれぞれの仕事に戻る中、ゾーベはシュラの部屋に従者を十人連れて入って来る。

「この者達が暗殺に直接携わるのだ。シュラはこの者達を倒せるか?」

 首や手足の鎖を外されて、扉とゾーベを守る従者が合計四人。同時に六人を倒せと言っているのだろうか。早速一人が殴りかかって来るのを交わし、次の従者は飛び越えた。同時に二人がかかって来るのを直前で交わして勢いの余った従者を軽く蹴れば、勢いよくよく倒れる。一人に腕を捕まれたが、捕まれた腕を軸に蹴あがり回転する勢いで一人の顎を次に近い者の胸を蹴りながら腕をほどく。

「もう良い。シュラも暗殺に同行するが良い。少し遊んでやろう」

 ゾーベに言われるまま、服を脱ぐと全身を鞭で叩かれる。白い肌はみるみる赤くなるが、シュラは無表情だ。

「前のように鳴かぬか」

 どんなに叩いても表情すら変えないシュラに腹が立ち、ゾーベは近くの従者に鞭を振るう。

「うわぁ、やめてくださいゾーベ様」

 叫んで逃げる従者を何度か叩き、

「シュラも同じように鳴け」

 鎖で繋いでいないのに、微動だにせず鞭を受けるシュラに言うと

「やめてくださいゾーベ様」

 真っ直ぐに見上げられて、他の従者から薬を塗られても表情を変えなかったシュラに

「痛まぬのか?」

「痛みます。とても」

 白さが戻ったシュラの肌に何度も鞭をあて、ゾーベは欲求を満たすが面白くない。鞭に悲鳴をあげた従者の上着を脱がせて薬を塗ると、絶叫したまま気絶した。

「鳴かぬとつまらぬではないか。シュラには王の暗殺を命じる。重要な資料は後で持って来よう」

 ゾーベが言った通り、従者が四人でシュラの部屋に資料と新しい従者の服を持ってくる。すぐに従者の服に着替えた。少しは信用されたと思って良いのだろうか、鎖は繋がれないが、まだ首輪は付けられたままだ。

 しかし、その日からゾーベの暴力は無くなった。

 

 ヘルラの城ではゾーベ、バキエ、アシン、そしてヘルラが話し合っている。バキエが急に解任された事で、計画の見直しをしなければならなくなった為だ。

「役に立たない女だな、バキエ」

 ゾーベが口を開けば、バキエは貴族相手でも負けてない。言い争いが始まる。

此処ここは言い争う場ではないぞ」

 くだらない口喧嘩を面白そうに見ながらヘルラが言うと、二人は黙る。

 今まで組み立てて来た計画を元に、どう実行するかは改めて話し合いが始まった。


 カンナが付き人になった事で、アヤメの部屋は雰囲気が変わった。誕生日を境に、両親との時間が増えると解ったアヤメの笑顔を叱る者が居なくなったのが大きいだろう。

 たまにバキエが私物を取りに入るが、アヤメが食事を残す事は無くなる。


 シュラが渡された資料の中には城の見取図もあった。王の城ではゾーベの城と違うだろうと思ったが、深夜に屋根裏から確認すると、かなり似た造りだった。裏庭に続く廊下に出られる事を確認して自分の部屋に戻る。朝まで眠った。

 暗殺計画の話し合いに呼び出され、皆の集まる所でもシュラの鎖が繋がれる事は無くなっていた。

「シュラは人を殺した事はあるか」

 ゾーベが従者達の居る中で聞く

「まだ、ありません」

「では、動物は?」

 動物は、食うのに必要な分だけは殺した事がある

「何度も」

 短く答えると

「ふむ。殺す時は動物と同じだと思え。出来るな」

 確実に殺せということだろう。

「まだゾーベ様にお仕えして日の浅い私がこのような大役をお任せいただき、大変栄誉に思います。ゾーベ様のお心のままに尽力致します」

 心にも無い事をすらすら言えるようになったものだと自分に感心しながら、ゾーベが満足しそうな言葉を並べた。

「ヘルラ様に献上する前に、シュラに箔をつけさせてやるのだ。誇って良い」

 ゾーベは満足そうに言って、暗殺計画の詳細を伝えた。


 コアとウェルの間には、ヒリヒリした空気が漂う。大きな変化が無いままアヤメの誕生日の前日を迎える。ウェルの護衛には幼少から仲の良かった者が二人着いている。気心も知れる仲で、しかし公私はきちんと分ける。とても信頼出来る相手だ。交代で夜の護衛を任せられる人材としても頼もしい。

 

 アヤメの部屋には朝からバキエが居た。最後の日だから誠心誠意お仕えしたいと言う。アヤメの行動に対して、バキエもいちいち注意はしなかった。昼食を過ぎた頃に、前夜祭の催しをヘルラが計画しているとバキエが話す。

「アヤメ様の為にヘルラ様が花火を打ち上げて下さるそうですよ。この部屋から良く見えるように打ち上げると、おっしゃっていましたわ」

 バキエは誕生日の当日に直接祝う事が出来ない為、正装したアヤメと二人で部屋から花火を楽しみたいと皆に打ち明けた。カンナは二人きりになる事を了承しなかったが、心配なら部屋の外から鍵をかけて、花火が終わった後に直接話を聞くといいとバキエが引かないので仕方無く承知した。


 ウェルとコアは翌日に控えた誕生日の儀式の最終確認や通常の業務を恙無つつがなく終わらせて、早目の夕食を取りながらアヤメと何処どこを散歩するか話し合う。カンナからの報告ではアヤメが城の外に出た事が無かった様子で、城の中庭を歩こうと決めた。

「私はアヤメの年齢に生るよりずっと前から、自由に色々な所へ行っていたのよ。その代わり、良く叱られたわ」

 アヤメのように理不尽な叱られ方はしていない。コアは本当に自由な子供だったし、今でもあまり変わっていない。


 シュラはゾーベの従者と服で王の城に向かう。日が落ちる迄は近くに潜み、日没とともに手引きする者が城の中を案内する。


 アヤメが正装に整えられて、カンナが窓辺にアヤメの椅子を用意した。カンナ達を見送り、バキエにすすめられて窓辺の椅子に腰掛ける。アヤメの後ろに立つバキエの姿が硝子ガラスに写り、手紙を見ているのが解った。

 ドクンと何の前触れも無くアヤメの心臓が嫌な音をたてる。急に息苦しくなり、走った後でも無いのにドドドと脈が上がる。

「もうすぐ花火が始まる頃ですよアヤメ様」

 カンナになら息苦しいのを伝えられる。バキエだと怖くて話せない。とても長い時間に感じられた。

 パッと窓の外が白く輝き、ドンと爆音が続く。

「白ですね」

 バキエが呟いて再び手紙を見た。続いて幾つも白い花火が上がる。

 爆音で苦しいのか、その前から苦しかったのか解らなくなるほど花火が美しい。

 白い花火が一段落すると、色取り取りの花火が夜空に開く。

「ヘルラ様からのお祝いはご満足いただけましたか?」

「とても美しいですね。だけど、音がとても怖くて苦しくなります」


「クソッ。アシン様の従者に先を越されたな、シュラ。撤退だ」

 バキエ、ゾーベ、アシンにヘルラから同じ内容の手紙が渡されていた。

『白い花火…………アシンによる暗殺成功

       アシンはゾーベの城へ身を隠せ

 赤い花火…………ゾーベ(シュラ)による暗殺成功

       ゾーベはアシンの城へ身を隠せ

 青い花火…………暗殺失敗

       証拠を全て隠滅した後、アシンとゾーベは自害せよ

 バキエは暗殺成功したらそれぞれの城へアヤメを連行。失敗したら私の城へアヤメを連行しなさい』

 シュラは従者と共に、ゾーベの城へ戻る。


 ゾーベの城には既にアシンがくつろいでいた。

「ゾーベから聞いているぞ。シュラは良い声で鳴くのだそうだな」

 いきなり言われた言葉に驚くが、シュラと従者が跪いて挨拶をする。

「アシンもな、シュラと遊んでみたいと言って色々と準備してきたのだ。きちんと挨拶しなさい」

 機嫌の良さそうなゾーベから促されて

「この度受けた大役を果たせず、申し訳ございませんでした」

 アシンが跪いているシュラの髪を掴んで顔を見る

「綺麗な顔だな。珍しい動物をいたぶれる大事な機会だ、のがす訳には行かぬからな。先に私の従者がウェルを暗殺して自害した。計画通りでシュラの失敗では無いぞ」

 アシンに髪を捕まれたまま、ゾーベがグラスをシュラに手渡す。

「献上する前の祝いだ。飲め」

 グラスの飲み物を一口飲み込んだ。喉が焼ける。ゾーベがシュラの腕を取り、細くて長い針を刺した

「ひゃぁっ」

 こらえていたはずの声が出る。

「本当に、良い声で鳴くな。朝まで楽しませてもらうぞゾーベ」

「こんなに良い薬が有るなら、もっと早くアシンに聞いておけば良かったな。献上するのは明日の夜だ、夕方までなら良い。従者の皆も、前祝いとして無礼講だ」

 シュラを皆で痛め付けるのだとゾーベが満足そうに従者にも話す。

「きゃぁぁ」

 長い針を抜かれて叫び声は出たが、血は出ない。アシンが幾つも持って来た拷問道具の一つだと言いながらゾーベが声を出して笑う。

「シュラは部屋で待機するがいい。楽しみであろう?」

「心よりゾーベ様達のおいでをお待ちしております」

 そう言ったシュラの表情が少し怯えていた事もゾーベは満足そうにしていた。二人の従者と共にシュラは部屋まで行き、鍵をかけられた音を確認しながら鞄を肩にかける。いつものように天井に飛び挙がろうとしたら、酒のせいか少し足がもつれて飛び上がれない。息が上がるほど何度も飛び上がって天井の板をずらし、天井裏へ入り込む。天井の板を元の位置に戻して以前確認した裏庭に続く廊下へ進む。途中でゾーベ達が居る部屋を上から少し覗いて見ると、アシンが様々な拷問道具をゾーベに見せて自慢していた。ゾーベが使い方を確認する声に身震いした。

 音を立てないように、慎重に裏庭へ出る。花火の火薬の臭いに混ざった獣の臭いが少し気になる。


「アヤメ様、もうすぐ花火が終わります。少しお散歩に行きましょうか」

 扉が開いた。カンナが早目に戻って来たと思って、アヤメは扉を笑顔で見つめる。しかし扉のむこうに居たのは、どこかの貴族の従者達だ。不安になってバキエを見上げれば、抱き上げられて部屋を出る。鍵をかけて見知らぬ従者と歩きだすバキエに何が起きているのか聞こうとすると

「淑女が勝手にオお口を開いてはなりませんわ、アヤメ様」

 そう言いながら鞭で腕を叩く。早足で歩く従者に小走りで進むバキエが外に出る。人目に触れないような整備が行き届いて無い所を選んで進むと、何かに囲まれた。綿密な計画の中には無かった緊急事態だ。花火の爆音に驚いた野犬がバキエ達を取り囲んだ。


 シュラが人目に付かない所を選んで音を立てずに移動していると、行く先に野犬に囲まれたゾーベの従者達を見付けた。このまま野犬の世話はゾーベの従者に任せようと音を立てないように木に登ると、女が抱えている子供を野犬の中に投げ込んで走り出した。

「きゃぁあっ」子供の悲鳴と同時にゾーベの従者達も別々の方向へ走り出す。野犬は少し子供の臭いを嗅いでから、従者達を追い掛けた。

 このまま逃げる前に、野犬の中に投げ込まれた子供が気になって近付いて見る。近くで従者の悲鳴が上がった。続いて血の臭い。次々と従者の悲鳴が上がると血の臭いが強くなる。

 ガッシリ足を捕まれてビクッと見下ろすと、震える子供が大粒の涙を流して無言で見上げている。無事だけ確認したらシュラは一人で逃げようと思っていたのに、色々な意味で重い荷物を拾ってしまった。

「城へ戻るか?」

 シュラが聞くと子供は大きく首を左右に振る。

「龍神様が、おのれの意思に正直に生きよと言葉をくださいました。わたくし、外を知りたいのです」

 実際に自分の目で見て自分の足で進みたい。

「私を信用出来るのか?売り飛ばすかもしれぬぞ」

「あなたは、わたくしに酷いことはなさいません。わたくしこれでも、人を見る目は確かですもの」

 とても面倒な荷物が増えてしまったと思いながら、セトラナダから出る事を伝えて背負って木の枝を伝って貴族の住む城の建ち並ぶ所を後にした。



 ラージャは今まで見た記憶から、シュラがヘルラに少し関わっていた事を知った。しかし本意では無かった事も解る。

「シュラは痛い思いを沢山したのじゃな」

 ヒムロはサラに氷の剣を沢山投げられるようになりたいとせがむ。強くなれば、沢山の人を守れると素直に考えたからだ。

 星空の下で時折光る人影は、サラに教えられて空気中の水分を凍らせる練習に励むヒムロの姿だ。

 静かに吹き抜ける風が眠るシュラの髪を少し揺らした。




 お疲れ様でした。

 私、ストレスでしょうか。シュラをいじめてしまいました。ごめんなさい。本当にごめんって。アヤメもごめん。


 ヴァキエにしようかバキエにしようか考えていたのですが、脳内でバキエをヴァキエに変換しておきお楽しみ頂けると、私が満足します。


 今回も有難うございました。来週は追憶の続編ですね。

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