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妖怪悩み相談室 巡  作者: 新山まり夫
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「暇じゃ暇じゃー、誰か助けてぐれー!」

 古ぼけた小学校の3階女子トイレから悲痛の叫び声が校内全体に反響する。それはまるで、学校全体を飲み込もうとする虎狼の雄叫びである。

 花子は自暴自棄になっていた。叫んだ所で人間に聞こえるわけでもない。その事実が誰かに構って欲しいという当初のお願いコールの役割を捻り曲げ、攻撃的かつ何者も近寄り難い雄叫びへと変貌を遂げたのはいつからだっただろうか。今では単なる暇潰し、ストレス発散の一種である。

 「花子はん、そんなん言うても誰も来ませんて。聞こえるとしてもわしら妖怪だけやろし、正直その叫び声聞いたらこっから離れていく妖怪がほとんどやで。ほらほら、暇ならここにある赤いチャンチャンコ着せましょかぁー」

 隣にいる青いチャンチャンコも控えめに準備し始める。もしかしたら青の方が良いという可能性に賭けているのだろう。

 「赤も青もいらん!ダサいしクサい!てか何回このやり取りさせんねん」

 花子は2人の優しい気遣いを無常にもひと蹴りし、トイレの鏡の前で立ち止まる。

 整えたおかっぱ頭。清潔な白いワイシャツ。苺ジャムのような可愛いらしい赤いスカート。そしてとびっきりキュートなこの笑顔。

 自称美少女を掲げる花子は誇り高く、自身が生まれ持った姿を溺愛している。

 「思ってたんやけどあんたらさ、赤とか青のチャンチャンコ着せようと事あるごとにしてくるやん。それってあたしに嫌がらせしたいんちゃうの?なんなん、そんなに私を血だらけにしたい訳?なんなら逆に血祭りにあげたろか?」

 最後はお得意の邪悪な笑顔で会話を締める。

 「いやいやいや、花子はん、それは間違いやで。わしも青も花子はんを思て言うとるんやがな。わしらが出来ることって数少ないやろ?てか1つしかないやろ?まぁ2種類ありますけどな。だからチャンチャンコ試着をお勧めしてるんやがな。なぁ、青。」

 赤が側に立つ青に目配せをする。

 「そうやで。それに赤言うたら血だらけになる、青言うたら血吸われて真っ青になるいうのは昔から伝わる伝統やからな。ただ今はもうあかん。単純にチャンチャンコを着てもらいたい、広めたいんや…」

 青の声色が若干震えている。その横で高速で頷いている赤の目は血走っている。

 花子は若干引いていた。だがしかし、今までロクな話しかしてこなかったトイレ妖怪仲間の心情を垣間見、花子の中で新たなドアが開こうとしていた。

 考えるより先に口元が動く。

「あんたらえらい切実やな。なんかあったん?」

 花子が生まれて初めて他者に興味を持ち、より知ろうと尋ねた瞬間がこの時になる。些細な事には違いない。だが花子にとって、赤と青にとってこれは夢にも思わないサプライズイベントの幕開けだった。

 赤は嬉しさの余り声が出ない。自己中で自分勝手な花子が、話したい時に話しこっちの話は聞かずに去る花子が、話したくなくなれば会話の途中でもすぐ切り上げて個室に戻るあの花子が疑問形で語り掛けてくれている。

 赤は滲み出る涙を溜めた真っ赤な目を瞑り、大量の雫を床に落としながらゆっくりと青に向き合う。

 「わしは今、世界の変わり目を見届けたで。こりゃあかん、感極まってもうたみたいや。なぁ青よ。感情的なわしと違って知的でクールなお前がうまく説明したってくれへんか?」

 赤はそう伝えると高揚しさらに赤みを増した腕を優しく青の肩に回す。

 ドサッ

 赤が青に触れた瞬間、青が床に崩れ落ちた。辛うじて立てていたはずが、相棒である赤の回された腕の微かな重みに青の膝が崩壊を迎えたようだ。

 「青ーー!!お前どないしてもうたんやぁ!?どっか具合悪いんかぁ?!保健室行くかぁ?!」

 赤に揺さぶられながら青が囁くように答える。

 「わし、花子はんがわしらに興味持ってくれたことが嬉しくて…いつも聞く側やったわしらに答える機会をくれたことに…自己中で我が道しか行かん花子はんが疑問形を発した事にわしは……感動して頭が真っ白なってもうたんじゃ。」

 青は口をパクパクしながらその後も一言二言呟いたが、誰も理解できなかった。そしてやがて血を抜かれたようにさらに青白くなった青は静かに床に伏した。

 その隣で困惑を隠せない赤が頭をフル回転して状況判断を試みる。青から聞いた範囲内で憶測すると、赤と青が花子から受けとったメッセージは全く一緒である。青が思った事はそっくりそのまま赤にも反映された。ただ受け取る側に問題があった。

 感情的だと自負していた赤より、青は人一倍感傷的だったのだ。知的でクールなパートナーは実は儚く多感な妖怪だったのだ。青の知られざる部分を発見した赤は嬉し恥ずかしさに襲われ背筋が寒くなる。

 いや、それは違う。恐る恐る背後を振り返ると、そこには嘘偽りの欠片も無い、体全身でドン引きを表す花子が固まっていた。

 一体何を見せられているのだろう…

 茶番にしては2人共真面目過ぎる。花子は自分勝手ではあるが決して根が腐ったいじわるな妖怪ではなかった。とにかく楽しく笑っていこうの精神を持ち、正直で面倒見が良い姉御肌というべき立ち位置にある。その花子ですら、今の状況に困惑している。

 今の状況を笑えば良いのか、面と向かって自己中と呼ばれた事を怒れば良いのか、青が倒れた事に悲しめば良いのか…

 色々な感情が浮かび上がれば消え、また浮かび上がる。そして消える。不思議と悪くない気持ちだった。

 いつも馬鹿の一つ覚えのように楽しさ、笑いだけを追い求める花子にとってこの感情の起伏は新鮮なものであった。ただ今まで逝きてきた中で1番引いているのは事実。不器用であり正直な花子の体全身がこの状況に対して素直に反応する。

 「ほな…また日を改めて話そか。気つけなあかんで、保健室ついて行こか?」

 花子が珍しく小声で提案する。すると赤は立ち上がり花子に積み寄った。

 「いや、花子はん、次がいつになるかわからん。ぶっちゃけ後でやっぱ興味ないって心変わりされるんが1番悲しいわ。そやから今聞いてくださいな、わしらの悩みを」

 それじゃあ、と花子は俯きながら話を聞く態度に入る。

 その言葉を待ってましたと言わんばかりに口元が緩む。

  花子は不器用だが、正直である。自分の欲は必ず満たす。

  先程鏡に映ったものより魅力的な笑みが自然と零れ落ちた。

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