デビルトードだとぉ、ぶっとばしたるでぇ
ギルドのクラスの更新を終えたところで、依頼の確認へと移る。魔王についての情報を得たいところだが、まずは当面の生活費を確保しなくてはならない。なにせ、陽介が無一文と判明してしまったからだ。
お姉さんは難しい顔をしながら依頼書をめくっていく。と、いうのも、受諾済みの案件ばかりで、残っていてもランクが足りなくて挑戦できないか、あまりにも報酬が低すぎるものしかないのだ。一日かけてキノコを集め、粗末な服を一着買える程度では割に合わない。
依頼書が最後の一枚になろうかというところで、ようやく相応な依頼に巡り会った。
「これならどうでしょうか。デビルトードの討伐。夜な夜な大声で泣きわめくので、騒音被害で困っているそうです」
「トードというと、カエルですか。あまり積極的に戦いたくはないですね」
難色を示すが、他に依頼がないのではしょうがない。陽介が「カエルしかいねぇなら、帰るぞぉ」とサボり心を発揮している。彼の機嫌を損ねないうちに、とっとと依頼を決めた方がいいだろう。
かくして、デビルトードを倒すため、二人は大草原へと赴くのであった。
カソ村とは反対方向に通りを進んでいくと、一面に背の低い草花が生えそろう草原にたどり着く。遮蔽物が少なく、非常に見晴らしがいい。そよぐ風であおられるスカートを押さえつつ、マリナはしばし感慨にふけっていた。
デビルトードはこの草原を主な活動拠点とし、夜中になると町の光に誘われてゲロゲロ鳴くそうだ。夜行性ゆえに、活動が鈍る昼間に倒してしまおうという魂胆である。
ただ、無防備になると分かっているのに素直に姿を現すほど、野生生物は愚かではない。隠れる場所などほとんどない草原にも関わらず、一向にデビルトードと出くわさない。
「おい、カエル、出て来い。出てこねえと帰るぞ。帰るだけにぃ」
一人でつまらないシャレを言って馬鹿笑いする陽介。徒労に終わってしまうと諦観しながら、マリナは小石を蹴飛ばす。
すると、小石が転がっていった先で「ゲ」という鳴き声が聞こえた。かくれんぼうをするにはちょうどいい大きさの岩があり、どうやらそこから発せられたようだ。生唾を呑み、ポケットに手を添える。
ゆっくりと近寄っていったところ、予期した通り、デビルトードと出くわした。カエルとはいえ、デブ猫ほどの大きさがある。緑色の体表に、毒々しいまだら模様が描かれている。ようやくターゲットを発見できたものの、生理的嫌悪感が先行してマリナは口元を覆う。あからさまに隙を作ってしまったのがまずかった。
「ゲ~」
デビルトードは大口を開けると、つんざくほどの音波を発射した。マリナは思わず耳を塞いでうずくまる。単に大声を出しただけではなく、魔法攻撃の一種だろう。
おそらく、牽制のために小威力の技を放ったに過ぎない。本気で泣きわめかれたら、鼓膜が破かれていたところだった。
速攻で倒そうと打出のミョルニルを握る。だが、とめどなく手汗が噴き出してくる。醜悪な顔面を真っ向から直視し、足が震えて仕方ないのだ。
相手が仕掛けてこないと確信し、デビルトードは「ゲロゲロ」と歓声をあげる。肉食性ではないので捕食される心配はない。だが、気色悪い舌でいたぶられるかと思うと、女としてこの上ない屈辱であった。
鞭のようにしならせながら舌を伸ばす。そして、マリナの柔肌に先端が触れる。
「ゲロゲロうっせーぞ、この野郎」
そう思われた瞬間、デビルトードは天の彼方へとすっ飛んでいった。どうということはない。陽介が蹴飛ばしたのだ。
「ホームラン!」
バットを持っていないのに素振りをする陽介。お星さまになったデビルトードをマリナは半口を開けて見送るのであった。
とりあえず依頼は達成できたのだが、どうにも腑に落ちなかった。手柄を横取りした当人は、相変わらずエア素振りを続けている。マリナは不満をあらわにしながらも、さっさと町に戻って報奨金を受け取ろうと心づもりをする。まさにその時であった。
「ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲロ」
草原に大合唱が響き渡った。そして、マリナは全身の皮膚を泡立たせることとなる。
あろうことか、先ほど吹っ飛ばされたデビルトードが仲間を引き連れて報復に来てしまったのだ。おまけに、二回り、いや、三回りほど大きな個体まで同行している。突然変異したにしても巨大すぎる。考えるまでも無く、群れのボスであろう。
ここら一辺に生息している個体のボスが出てきてくれたのであればめっけもんだ。討伐できれば大金星となる。しかし、手下の一体でも勘弁してほしかったのに、巨大ガエルなど触るのも憚られる。
不本意ではあるが、陽介の助力を請うか。しかし、当人は、
「あ~、酒が足りねぇ」
敵前だというのに大の字に寝転がっている。