ダンジョンへ
幼い頃、俺はダンジョンが好きだった。
12歳でダンジョン探索専門の冒険者になり、毎日ダンジョンに足を運んだものだ。
だが、5年前からダンジョンを避けるようになった。
理由は忘れてしまった。
いや、わざと忘れたのだ。
「ねえ。ねえ、聞いてる?」
肩を揺すりながら、そう問いかけてくる少女。
俺の行きつけの食堂"猫耳亭"の自称看板娘ことリアナだ。
ちなみに人気は看板猫であるミィの半分以下だろう。
「えーと……なんの話だっけ?」
「も~!やっぱり聞いてなかったじゃない!」
そう言って、手を振り上げるリアナ。
だが、全く怖くない。
これでも俺は冒険者だ。
そこらの少女の攻撃など、恐れるに足らん。
ダンジョンを避けるようになった俺は、地上の魔物を討伐する一般的な冒険者となった。
冒険者ランクはCと微妙だが、それなりに稼げている。
まあ、今は金欠。
空腹で行き倒れていたところを、リアナに助けられたのだが……
「また考え事してるでしょ!」
リアナが俺の肩をつかみ、ブンブン揺すってくる。
「ま、まあ。冒険者も大変なんだよ」
「え~。最近仕事がないってぼやいてたじゃない。どうせ宿でゴロゴロしてるんでしょ?」
「うっ……」
完全に図星で、返す言葉もない。
「仕事がないなら、来週のお祭り一緒に行ける?」
首をかしげてそう言うリアナ。
「いや。俺に祭りを楽しむような金は……」
「ないなら稼げばいいでしょ!」
まあ、正論ではあるが、何せ仕事がないのだ。
稼ぐ方法があるなら話は別だが。
「あっ!仕事がないならダンジョンに行けばいいじゃない!」
名案を思い付いた!とばかりに言ってくる。
「だ、ダンジョン……ね」
「でもほら、昔はダンジョン専門だったんでしょ?」
「5年も前の話なんだけど……」
5年も前のことだ。
それに俺がダンジョン専門だったのは1年だけ。
初心者と何ら変わらない……とまでは言わないが、大したことはできないだろう。
「も~!ごちゃごちゃ言わないの!」
そう言って、俺の黒髪を引っ張るリアナ。
そっちがその気なら!……と、俺も負けじと引っ張り返す。
だが、リアナの美しい髪を引っ張るのには少し抵抗があった。
誰かが『甘い蜜のようにつややかな茶髪』と表現していたが、まさにその通りだ。
しばらく髪を引っ張り合っていると、ふふふという笑い声が聞こえてきた。
「笑ってしまってすまないね。あまりに微笑ましかったものだから」
そう言ったのは、短めで薄紫の髪が特徴的な美女"アイリス"。
彼女はダンジョン専門の冒険者で、その腕前は折り紙つきだ。
「ところでカイン君、リアナ君。公共の場でいちゃつくのは控えないかい?見ているこちらが恥ずかしいよ」
いちゃついてません!……と俺が訂正する前にリアナが口を開いた。
「べ、別に、いちゃついてなんてませんから!ほ、ホントですからね!」
そんな言い方するといちゃついてたみたいじゃないか?
大丈夫だろうか。
勘違いされたら困るんだが。
と、俺が内心でかなりヒヤヒヤしていると……
「そうかい。仲がいいんだね」
ふふふと笑いながらアイリスが言った。
勘違いされてないだろうか。
「そうだ。カイン君はダンジョンに行くんだろう?だったら一緒に行かないかい?」
首をかしげてそう言うアイリス。
その動作も様になっている。
「ほら!アイリスさんも誘ってくれてるし、ダンジョン行ってきなよ!」
「わ、わかったよ」
せっかく誘ってくれてるんだ。
行くべきだろう。
「じゃあ、早速行こうか」
「はい」
俺はアイリスと並んで店を出た。
後ろから『アイリスさんと2人きりだからって、変なこと考えたらダメだからね!』と聞こえてきたがそれは無視した。