第4話 大きな目標
引き続き短め
謁見の間を退出した後、この国の王女ミリスに案内されたのは、城の一角、端の方に追いやられるようにして存在しているこじんまりとした部屋。中は存外綺麗なのでしっかり管理はされているようだ。
「ここは?」
大体予想は出来ているが、ここはミリスに訊ねるのが正解だろう。
「こちらはエイト様のお部屋でございます。このような場所しか用意が出来ず……申し訳ございません」
「そこは問題ない。むしろ部屋の大きさは丁度良いくらいだな」
俺がそう言うとミリスはその能面の様に貼り付いていた無表情に一瞬だけ安堵の色を浮かべ、一緒についてきた白装束の臣下を部屋から下がらせる。
白装束は多少出ていくのを躊躇っていたが、ミリスの無言の圧力に押され渋々退出した。
白装束が部屋が出たのを確認したミリスは、意を決した様に口を開く。
「エイト様、少しよろしいですか?」
「ん、なんだ?」
「エイト様は「どうして戦争をするのか?」と仰いましたね?」
「そうだな」
確かに聞いたので素直に頷く。
俺は戦争の原因を聞いた。しかし返ってきた答えは「相手が獣人だから」とだけ。一応はこれで形だけでも納得はしたが、やはり差別と言うのは「現代日本に生きた者としてあまり受け入れられない」と言うのが本音だ。
「相手が獣……多分獣人の事だろ?ちょっと自分達と違うから戦争をする。だからお前も手を貸せっても、頷けねーだろ?」
「そうですね。私も……そう思います」
今まで表情の読めないミリスだったが、今はハッキリと悲しんでいるのが分かった。
伏せていた目を上げ、ミリスは静かに語り出す。
「この国は最近まで獣人の国と友好的な関係を築けていたのです」
なるほど。俺は、この国は昔から差別が跋扈しているのだと思っていたのだがそうでは無い様だ。
それならばどうして戦争なんて話になっているのか。俺はミリスに続きを促す。
だが視界に映ったのは力無く首を横に振るミリス。
「分からないのです」
「分からない?」
「原因はお父様が突然変わってしまったこと。ですが父上がなぜ、どうして変わってしまったのかが分からないのです」
なるほど、あの太っちょの王様が突然豹変し獣人の国と敵対すると言い出した訳だ。
「どんな感じだったか聞かせて貰っていいか?」
「はい、あれは一月程前の事です。普段のお父様は隣国であるフォレスガルムを尊重し共に歩む者達だと周囲に言って憚りませんでした。しかし突然「フォレスガルムに戦争を仕掛ける」と言い出したのです」
確かにそんな人物がなんの脈絡も無くそんな事を言い出したのは不思議だな。
「本人から理由は訊いたか?」
「もちろん訪ねました。ですが「獣人だから」の一点張り。埒があきませんでした」
ミリスはそこで無表情を崩し、苦しそうな顔で「優しかった父上もいなくなってしまいました」と呟く。その表情がなんとも痛ましく、思わずミリスの頭に手を伸ばしかけたが、慌てて引っ込める。
流石に一国の王女を撫でるのはマズイだろう。いや、口調の時点で既にアウトの可能性はあるな。敬称くらい付ければ良かったか?
そんな事を考えても今更だ。今は話を聞くことに集中しよう。
「止めなかったのか?」
「止めました!私も!周りの家臣達も!」
それまで静かに喋っていたミリスが急に声を荒げ身を乗り出したので、俺は軽く目を見開く。
それに気づいたのか、ミリスは「申し訳ございません」と小さく呟き元の体勢に戻る。
「あぁ、スマン。俺も聞き方が悪かったな」
「いえ……」
ミリスは今逆境に立たされているのだ。聞き方に気を付けなければ。
「続けますね。初めの内は皆、お父様をどうにか止めようと動いていました。ですが日が立つ毎にお父様に賛同する貴族達が増えていきました」
「やり込められたのか?」
「全員がですか?それは有り得ません。貴族達も海千山千の曲者揃いです。その全員に、フォレスガルムを敵に回す事に価値を見出だせる程の利益を提示できるとは思えません」
「なによりお父様は交渉が苦手でらっしゃいましたし」と付け足す。
しかしそりゃそうだ。俺の中の貴族のイメージも「狡猾」と言う言葉がしっくり来る。どんなに交渉の上手い者でも全員を味方に付けるなど出来る訳がない。
「あ!」
「どうしました?」
そこまで考えた所で1つの可能性に思い至る。ここは前の世界とは違うのだ。それなら……
「この世界には魔法もあるんだろ?そういうので洗脳とかされたってのは?」
「この世界……?」
あれ?なんだこの反応。勇者召喚って言ったら異世界人の召喚てのが定番だよな?実際俺も……あぁ、いや、俺のはちょっと違うのか。冥府の入口からここに送られた感じだもんな。前の世界の俺は死んでるし。
「いや、なんでもねーよ。それで?どうなんだ?」
俺は軽く苦笑しながら誤魔化す。
「それも分からないのです。精神干渉系の魔法が使われたのなら、多少なりとも痕跡が残る筈なのです。それが全く発見できませんでしたので……」
なるほど。もちろん俺の考えた予測なんてとっくに調べられてるよな、と思い至り「タハハ……」と乾いた笑いを漏らす。
ミリスはと言えば今まで伏せていた目を上げ、今度はしっかりと俺を見て口を開く。
「実際、私は今回の戦争になんの正当性も感じていません。今ならエイト様1人を逃がす事くらいなら出来ます。私もいつ他の貴族達と同じようになってしまうのかわかりませんので。ですので!私が故郷にお送りします!」
相変わらず無表情だが、固い決意を感じさせる声音で宣言する。
だが俺としては頷くつもりは無かった。
「そうだな。現状は最悪だ。こんな面倒な事放って自由気ままに旅でもしたいところだが……だけどお前は?ミリスはそれで良いのか?」
「え?」
「自分で言うのもなんだが《勇者》っつう強力な駒に成り得る存在を簡単に帰しちまっていいのかよ?それに故郷に送って貰うのは無理だな。今の俺に故郷はないし」
そう言って俺は苦笑する。自分が思っていた以上に、この少女の苦し気な表情にやられていたらしい。柄でもないのに助けてやりたいと思う程度には。
ま、勇者ってのは苦しんでいる者を救ってなんぼだろう。流石に助けを求める全てに手を差し伸べる事は出来ないが、俺の目の前に転がって来たのなら出来ることはしてやろうと思う。
それに帰るべき故郷では俺は死んだ事になっている。と、言うか死んでいる。もし帰ったら幽霊扱いされるのが落ちか。
多分、さっきの反応からして、この世界の勇者召喚は、ラノベみたいに異世界人を呼ぶものではないのだ。あくまで自分の世界の勇者適正がある者を呼ぶのだろう。正直、直接連れ出しに行けばいいのでは?と思わなくも無いが、それが出来ない理由があるのだとしたら納得できる。
「俺は実を言うとこの世界の人間じゃねーんだ。別の世界で死んで、この世界に来た」
俺は思い切って別の世界から来た事を話した。俺がどの様にしてこの世界に来たのか、順を追って話していく。
始めは不審感を表情に出していたミリスだが、徐々に驚きに目を開いていく。全てを話終わる頃にはどうやら納得して貰えた様だ。
「うそ……でしょ?異世界人の召喚なんて、お伽噺の中だけだと思ってたのに」
口元を両手で隠して呆然と呟くミリス。
「それじゃあ、故郷が無いって言うのは……」
「この世界には無いんだから嘘じゃないだろ?」
彼女が頷いたのを見て、俺は提案をする。
「お前が望むなら協力しよう。とは言っても、俺のステータスは恐らく低い。暫くは従順なフリでもして、ちょっとずつ強くなるさ」
「どうして……貴方にメリットは無いでしょう?」
「そうだな、メリットは無いな。それに神様方も勇者に責任は生じないとは言ってたし。ほんとは自由にやるつもりだったさ」
そう。勇者に責任は生じない。しかし、《勇者》の称号を持っていれば他者より強くなるらしい。簡単に言えば成長に補正が掛かるのだ。ついでに言えば《成長促進》のスキルで強くなるのも速い。
正直「強い者が弱い者を守らなければいけない」とは思わない。それでも俺は彼女を救いたいと思った。
その理由は簡単だ。異世界に来て、軽いチート能力があれば人助けしてチヤホヤされたい、と。
……ちょっと嘘をついた。俺は、この王女が笑うところを見てみたいと思った。最初は氷の様に無表情で無愛想だと思っていたが、今はただ苦しみを我慢している様にしか見えない。我ながら単純だとは思う。だけど俺はそう考えてしまった。そうなったら性格上、止まれないのが俺だ。
それに最初の理由も嘘ではない。ラノベ主人公バリの活躍だってしたいと思う。
ま、結局は自分の為だ。俺はこの世界で好きに生きる。ちなみにさっき決めた。
「ま、気まぐれだよ。今はそれで納得しとけ」
するとミリスは少しだけ瞳に涙を浮かべ、指で拭き取るともう一度俺を正面から見つめる。
そして確かめる様に口を開いた。
「貴方は……私を助けてくれるのですね」
「あぁ」
「きっと大変ですよ?」
「上等だ」
「失敗すれば仲良く打ち首です」
「そうなりゃ2人で逃げようぜ」
「それでも……協力してくれますか?」
俺は軽く胸に手をあて笑いながら答える。
「任せとけ。あぁ、でも期待はすんなよ」
今度はミリスが苦笑する。ちょっとは無表情を崩せたか。だが俺が目指すのはミリスの心からの笑み。本当の笑顔だ。
この世界に来て初めての目標。存外大きな目標に、俺はまた軽く苦笑する俺だった。
主人公とミリスにはまだ多少認識の相違があったりします。多分。
ちなみにミリスをヒロインにするかはまだ悩んでいます。最初は性格も最悪にしようとしてましたし。けど、結局は女の子に甘い作者なのでした。
※6/16 1話からここまで改稿したよ!主人公とミリスの認識の相違?なんの事かな?そんな物は無い!