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9話 慣れないけれど悪くはない

 それからというもの、私とルカ王子の二人きりのお茶会は、定期的に開催されるようになった。


 なんせ、参加者が二人だけなので、何人もの予定を合わせることをしなくて良い。そこがこのお茶会の良いところだ。私はルカ王子を傍で護る役割なので、どのみち彼の近くにいる。だから、いつでも好きな時に開始できるのだ。こんな便利なことはない。


「あ! 今日はそのドレス、着てくれたんだね!」


 先日ルカ王子からいただいた桜色のドレスを、今日、初めて着てみた。

 大概のことに疎い彼だが、こればかりは、気がついたようだ。


「はい。いただきっぱなしというのも申し訳ないので」

「やったぁ。嬉しいなー」


 ルカ王子は心から喜んでいるらしく、子どものように軽いステップを踏んでいる。


 王国の未来を担う第一王子とは到底思えぬ振る舞いだ。しかし、こういう枠に囚われないところが、彼の良さなのだとしたら、このままで良いような気もしてくる。


「桜色、フェリスさんならきっと似合うと思ってたよー」


 私に似合うかどうかで選んでくれたんだ。


 そう思うと嬉しくて、一瞬顔がにやけそうになる。


 だが、私はすぐに、首を左右に動かした。

 こんなくらいで喜ぶなんて、女として情けない。彼はただ、忙しい私をねぎらってくれているだけなのだ。


 それだけに決まっている。


 だって、第一王子がただの護衛に優しくする理由が、他にはないもの。


「フェリスさん、気に入ってくれた?」


 余計なことを色々考えていると、ルカ王子が私の顔を覗きこんでくる。彼の顔がすぐ目の前にあることに驚いた私は、思わず、声もなく退いてしまった。


「ちょ、ちょっと、いきなり何ですか……!」


 対するルカ王子は首を傾げている。


「え? どういうこと?」

「いきなり顔を近づけないで下さいっ……!」


 驚きやら、戸惑いやら、恥ずかしさやら、様々なものが入り混じり、脳内が奇妙な状態になってしまった。たくさんの絵具をぐちゃぐちゃに混ぜたような感覚である。


「と、とにかく。急に話しかけるのは止めて下さい。心臓に悪いので」


 一応真面目に説明しておく。


 するとルカ王子は、くすくすと笑いだした。

 ピエロのユニークな芸を見たかのような、控えめでありながらもはっきりとした笑い方だ。そんなに笑えるような滑稽なことをした自覚はないのだが。


「フェリスさんって、意外と面白いね」

「笑わないで下さい。失礼です」

「ごめんごめん。悪い意味じゃないんだ。良い意味で面白いって言ったんだよ」


 良い意味で……面白い?


 私には理解し難い感情だ。

 女性に向かって「良い意味で面白い」だなんて。


「取り敢えず、次からは急に話しかけないよう気をつけるよ」

「はい。お願いします」

「うん! あ。それにしても、ドレスを着てると、フェリスさんはより一層輝いて見えるね」


 唐突に話題を変えてくるルカ王子。

 その自由奔放さは、ある意味見習いたいくらいだ。


「そうですか?」

「うん! 凄く綺麗だよ!」

「本当に?」

「もちろん! 今このタイミングで嘘をつく理由がないよー」


 ルカ王子が褒めてくれたので、改めて、身にまとっているドレスを見下ろしてみる。


 生地は上から下まですべて桜色で、丈はくるぶし辺りまで。

 スカートの裾には白と金の糸により刺繍が施されており、さりげない色合いながらも華やかさがある。

 また、ウエストを包み込むように位置するコルセットは、生地より少し濃いめの桜色で、全体を引き締めるような印象がある。ウエストを締めるコルセットがあるために、ぼんやりした印象にならずにすんでいるのだろう、と思った。


 私はドレスという衣装にあまり馴染みがない。


 しかし、こうして眺めていると、「そんなに悪いものでもないな」と思えてくる。


 女性をより女性らしく仕上げるには、こういった服装が相応しいのだろう。

 もっとも、私が着たところで、さほど女性らしくはならないが。


「あの……」

「うん。何?」

「素敵なドレスを、ありがとうございます」


 私はこの時、ようやく、素直にお礼を述べることができた。


 これまでは何となく気恥ずかしくて、ついついそっけない態度をとってしまってばかりだった。それでは駄目だと頭で分かってはいても、どうしても、逆の行動をとってしまうことが多かったのである。


 しかし、この時は、思いの外すんなりと感謝の言葉を述べられた。

 あれほど上手く言えずにいたのに……人間分からないものだ。


 私が初めて素直に感謝の意を伝えると、ルカ王子は、子どものように純真な笑みを浮かべて返してくる。


「どういたしまして」


 彼の笑みには穢れがない。

 心から溢れてくるものを、ほんの少しも脚色することなく表したような、そんな笑みだ。


 だからこそ、こんなにも、見る者の心に響いてくるのだろう。

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