7話 美しい庭園
「ねぇ、フェリスさん。足首はもう大丈夫なのー?」
刺客の女と戦い、足首に軽い怪我を負ったあの日以来、ルカ王子は毎日のようにこんなことを聞いてくる。一応その度に「大丈夫です」と答えてはいるのだが、それでも彼は、聞いてくることを止めない。毎日、しかも一日に何度も聞いてくるため、これがなかなか面倒臭いのである。
「大丈夫ですよ。またそれですか?」
「いや、だってさ、心配なんだよ。フェリスさんが我慢してたらどうしようって」
ルカ王子は自室とそこから繋がっている庭とを行き来しながら、彼の自室内で待機している私に話しかけてくる。
「我慢なんてしていませんから、安心していて下さい。もし護衛の役割を果たせないと気づいた時には、すぐに言わせていただきますので」
果物やお菓子が盛られたガラス蓋つきのお盆を運ぶルカ王子は、まるで、発見した食物を運ぶ蟻のようだ。
その様子を見て、私は内心、「こういう時こそ侍女に頼めばいいのに」と思ってしまった。彼はちょっとしたことで侍女を呼びつける。なのに、こういう本当の用事の時に限って侍女を呼ばない。実に不思議である。
「やっぱりお手伝いしましょうか?」
「ううん、駄目だよ。フェリスさんはお茶会の準備ができるまで、そこで待っていて」
「けれどルカ王子。貴方一人では……」
今日は庭で二人お茶会を行うそうだ。しかもルカ王子と私の二人だけで。
これは彼の発案だった。
準備は自分がする、と張りきっていたルカ王子だが、彼はやはり不器用だ。慣れていないからというのもあるだろうが、いちいち動作が遅い。見ていてイライラしてくるくらいの、のんびりまったりとした準備である。
このくらい、私がやればすぐに終わるというのに……。
もやもやした気分になりつつ見守ることしばらく。
ルカ王子はようやく、二人お茶会の準備を終えた。食べ物は運び終え、庭にあるテーブルと椅子のセッティングも完了したようだ。
「お待たせ! できたよ!」
子どものような嬉しそうな顔で、準備完了を伝えてくれるルカ王子。
良い香りが漂う、いつもはさらさらの銀髪も、汗をかいたせいでしんなりしてしまっている。もっとも、汗臭くなっていないだけましだが。
私は彼に連れられ、庭へと出た。
そして驚いた。
凄く美しい、「さすが王国城」といった雰囲気の庭だったからである。
背の高いものから低いものまで様々な種類の木があるが、それらのすべてが、ほどよいバランスに剪定されている。空から降り注ぐ日差しは穏やかで、心を温めてくれた。そして、それ以上に素晴らしいと思ったのは、庭を鮮やかに彩る花の数々。赤、黄、ピンク、オレンジ——どの花も華やかで、明るい光を放っているかのように、美しい。暖色系の花々は、太陽の光と見事にマッチし、単体の時よりも一層魅力的になっている。
初めて見る素晴らしい庭園に、私は暫し何も言えなかった。
私が暮らしていた街にだって花は咲いていた。
けれども、それらはもっと、さりげない花だった。たとえば、路上に咲く野生のものや、一般国民が家の近くで育てた慎ましいものなど。
こんな見事に咲き誇る花は見たことがない。
「……凄い」
私は思わず漏らしていた。
そんなことを言うつもりはなかったのだが、心から言葉が溢れたのである。
「フェリスさん、どうしたの?」
「綺麗な庭園ですね。お花がたくさん咲いて、天国みたい」
まるで、私が生きてきたのとはまったく別の世界にいるかのようだ。
同じ世界であると頭では分かっていても、こうして眺めていると、同じ世界なわけがないと心が囁いてくる。
それほどに、この花咲く庭は美しいのだ。
私が庭に見とれていると、ルカ王子は歩み寄ってきた。そして、私のすぐ横まで来て、足を止める。今私たちは隣同士。
「この庭を気に入ってくれたんだね?」
「はい。凄く綺麗なところです」
「どういうところが特に好きなの?」
「……お花がたくさん咲いているところですかね。色とりどりの花は、心が安らぎます」
暫したわいない会話を続けていると、ルカ王子が唐突に冗談めかす。
「僕と結婚したらさ、ここ、全部君のものになるよ」
彼の言葉を聞き、私は一瞬、「は?」と思った。
いくら冗談でも、「結婚」なんて、言っていいものか。それに、女性にそんな冗談を言うなど、理解不能だ。
彼には第一王子の誇りというものが存在しないのだろうか……。
「止めて下さい。冗談のつもりであっても、そのようなことを仰ったとばれれば、怒られますよ」
第一王子と元剣士が結ばれるなど、起こりえない。
事実、そんな例は、これまで一度も聞いたことがないではないか。完全に笑えない笑い話である。
「私は護衛。貴方は王子。それを忘れないで下さいね」
「えー。どうしてー」
「そのような不満げな顔をされても困ります。貴方は、もっと身分の高い女性と、共に生きていくべきなのです」
「そんなのつまらないよー。いやいやー」
ルカ王子は子どものようにごねてみせる。
そのごね方は非常に彼らしく、見ていて心が温まった。