5話 狙い目は逃さずに
突如として現れた女性の刺客。
濃い紫のローブをまとった彼女は、闇のように黒いショートヘアが印象的だ。また、目つきは刃のように鋭く、こういっては何だが、刺客らしい表情である。
「小娘が何をするつもりかしら」
刺客の女は高飛車な調子で言ってくる。
私を小娘などと言っていることから察するに、どうやら、私が戦場に立つ剣士であったことは知らないらしい。私の情報は漏れてはいないようだ。
「フェリスさん……!」
床に転んだままのルカ王子が、不安そうに声を発する。
いつもはマイペースなルカ王子だが、刺客が目の前にいるという状況には、さすがに動揺しているようだ。
「ルカ王子は下がっていて下さい」
「でも……!」
「心配しないで下さい。必ず護ります」
見据えるは刺客の女。
今は、彼女がどう出てくるかを、冷静に見極めなくてはならない。
「貴女みたいな小娘に、何ができるというのかしら? まともにやりあう気だなんて、馬鹿げているわね」
刺客の女は、くくっ、と馬鹿にしたような笑みをこぼした後、一気に接近してくる。本当に戦うつもりのようだ。
勢いだけで私に挑むなど、「百年早い!」と言いたい気分である。
女は、接近しつつ、ナイフを投げてくる。
飛んできた細く飾り気のないナイフを、私は、剣をひと振りして防ぐ。
この程度なら余裕。
飛んできたナイフを弾いて防ぐくらい、どうということはない。
「小娘にしてはやるじゃない」
普通の小娘ではないもの、当たり前じゃない。そう言ってやりたい衝動に駆られる。しかし、今ここでそれを言うのは、褒められた選択ではない。そう判断したため、私は黙っておくことにした。
今私がすべきことは一つ。
この国の宝ともいえるルカ王子を狙った不届き者を、綺麗さっぱり片付けること。それだけだ。
「邪魔しないでちょうだい!」
刺客の女は凄まじい勢いで迫ってくる。ルカ王子暗殺という任務を達成するためなら、周りにいる人間を巻き込んでも構わない、ということなのだろう。彼女に躊躇いの色はなかった。
女はナイフ攻撃と体術を組み合わせた戦法で攻めてくる。
なかなか速さがある。そして、蹴りには結構な威力がありそうだ。
第一王子暗殺を依頼されるだけあって、それなりの実力者なのだろう。
けれども、その程度で私を倒せると思ったら大間違いだ。向こうは凄腕暗殺者かもしれないが、それなら私だって剣士。戦闘職であることに変わりはない。
面白い。やってやろうじゃない。
蹴りは確実に防ぎ、近寄らせないように剣を振る。
城内を血まみれにするのもどうかと思うため、極力斬らないで済むように心掛けながら、私は女と戦った。
「——っ!」
交戦することしばらく。
女の投げたナイフを左足首に受けてしまった。
咄嗟に避けようとしたせいで当たってしまったのだ。私はうっかり地面に転倒する。
「これで終わり、ね」
舐めたような口の利き方をしてくる刺客の女。彼女は既に勝った気でいるようだ。だが甘い。私は一撃食らったくらいでは折れない。怪我なんて慣れっこだ。
「そう上手くいくと思わないで」
私は冷たい声色で言い返してやった。
いつまでも舐められ続けるというのも、あまり嬉しいことではないからだ。普通の小娘と思われているのは気にしないが、弱虫だと誤解されるのは不愉快である。
「ふふっ。そこを退いてもらえるかしら」
「嫌よ」
「生意気ね……ならば」
刺客の女は、私が反抗的な態度をとることに、少々腹を立てているらしい。
「力ずくでいかせてもらうわ!」
来た。
彼女は今、冷静さを欠いている。ここは狙い目だ。
「フェリスさんっ!」
ルカ王子の叫ぶ声が聞こえる。
きっと彼は、私を心配してくれていることだろう。彼を必要以上に心配させないためにも、一刻も早く女を倒さなくては。
だから私は勝負に出た。
まず、半ば飛びかかるようにして襲いかかってきた女の片腕を掴む。続けて、腕を引っ張って引き寄せ、鳩尾へ膝を入れる。そして最後に、宙で一回転させて地面に叩きつける。
その結果、刺客の女は気を失った。
あれだけの勢いある女なら、もう少し粘ってくるかもと思ってもいた。しかし、思いの外あっさりと気絶してくれたので、助かった。
とにかくこれで一件落着。
地面に倒れ込んだ刺客の女の姿を見下ろし、ほっ、と安堵の溜め息を漏らす。
一時はどうなることかと思ったが、何とか無事片付けられて良かった。